いろいろ遅いよ!…「Disney+」ドラマシリーズ『アガサ・オール・アロング』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
シーズン1:2024年にDisney+で配信
原案:ジャック・シェイファー
交通事故描写(車) 恋愛描写
あがさおーるあろんぐ
『アガサ・オール・アロング』物語 簡単紹介
『アガサ・オール・アロング』感想(ネタバレなし)
アガサは不敵に舞い戻る
15世紀、ある書物が大ヒットしました。ドミニコ会士で異端審問官であった“ハインリヒ・クラーマー”によって書かれた『魔女に与える鉄槌』(Malleus Maleficarum)という本でした。
この本は「魔女」について書かれており、後のかの有名な社会パニックである「魔女狩り」を引き起こす元凶のひとつとなりました。
魔女狩りの迫害の対象となったのは大部分が女性であり、もっと言えば当時の慣習に従わないような女性たちでした。つまり、女性差別の結果です。
この『魔女に与える鉄槌』にも「(女性は)魂と肉体の両方に欠陥がある」などと書かれていたり、露骨に女性蔑視な偏見が滲みでています。
こうした歴史ゆえに表象でも魔女はネガティブに描かれ、シェイクスピアの『マクベス』(1606年頃)からディズニーの『白雪姫』(1937年)まで、魔女はとことん薄気味悪く怪しい存在でした。
転換点になったのは1964年から放送されたアメリカのドラマ『奥さまは魔女』なのかな。この作品で魔女は親しみやすく描かれ、主役の人気者に。このドラマは日本でも大人気になり、「魔法少女モノ」の起爆剤ともなりました。
こんな流れですっかり大衆化し、ポップカルチャーに取り込まれた「魔女」。これはこれで良い時代の変化のようにも思えますが、女性差別の結果という歴史的事実はないがしろにされがちであり、結局は女性がいいように消費されていることには変わりない気も…。迫害の時代を経験した魔女当事者なら今をどう思うのでしょうかね。
今回紹介するドラマは、魔女の当事者がでてきて「最近の魔女文化はあれよね~」みたいなトークもする、魔女たちのぶっちゃけお喋り作品です。いや、違うか? う~ん、そういうことにしておこう…。
それが本作『アガサ・オール・アロング』。
本作はどこまで巨大化するか全貌が誰にも見えない「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」の一作となるドラマシリーズ。ちなみに今作から「マーベルテレビジョン(Marvel Television)」の名称のプロダクションが復活しており、ドラマはこれでやっていくようです。プロダクション名が変わっただけで、MCUの一部なのは変わりません。
物語はMCUドラマシリーズの記念すべき第1弾であった2021年の『ワンダヴィジョン』の実質的な続編となっています。
そちらがどういう話だったのか、かいつまんでざっくり説明すると、ある町が2人の強力な魔女(ワンダ・マキシモフとアガサ・ハークネス)のせいで滅茶苦茶になる…そんな感じ。1行で語ると本当にそんな中身です。
『アガサ・オール・アロング』はそのアガサを主役にしたスピンオフ続編となります。
そして配信時期からして『アガサ・オール・アロング』はハロウィン作品も兼ねています。MCUは2022年に『ウェアウルフ・バイ・ナイト』というハロウィン・スペシャルの単発エピソードを配信したこともありましたが、今回は魔女にお任せくださいってことで。
ということでハロウィン・パーティみたいなテンションの軽快なノリが作品に漂いつつ、でもMCUの世界観に大きく影響を与えそうな出来事も起きたり…? この魔女、やりたい放題に翻弄してきます。
『アガサ・オール・アロング』のショーランナーは、『ワンダヴィジョン』を手がけた“ジャック・シェイファー”が引き継いでいます。
『アガサ・オール・アロング』でアガサを主演するのはもちろん“キャスリン・ハーン”。今回は初登場だった『ワンダヴィジョン』のとき以上に魅力全開で生き生きと輝いています。
今作で新しく共演するのは、ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』で最高の存在感で心を鷲掴みにしてくれた“ジョー・ロック”。MCUに加わる新たな若手となりましたが、私はあの主演作ドラマの余韻を引きずっているせいで、“ジョー・ロック”は幸せな人生を送ってほしいというそういう気持ちでいっぱいになってる…。
『アガサ・オール・アロング』は全9話(1話あたり約30~50分)。「Disney+(ディズニープラス)」で魔女の一団に加わってみませんか?
『アガサ・オール・アロング』を観る前のQ&A
A:『ワンダヴィジョン』の鑑賞を推奨します。加えて『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』も観ておくと世界観の補完となります。
オススメ度のチェック
ひとり | :MCUファンなら |
友人 | :魔女好き同士で |
恋人 | :シリーズを紹介して |
キッズ | :子どもも基本は楽しめる |
『アガサ・オール・アロング』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
鼻歌を歌いながら小雨降る濡れた道路を運転するひとりの刑事、アグネス・オコナー。封鎖された現場に到着。それは森の中。すでに警察車両がいくつも並んでおり、仕事にとりかかっています。容疑者を殴ったことで停職となっていたアグネスでしたが、このたび署長から直々に今回の事件の捜査を任されることになったのです。
同僚のハーブの説明によれば、身元不明の女性の遺体が森で発見されたとのこと。唯一の所持品はウエストビュー図書館の貸出票。死因は何か大きくて重いものによる頭部の外傷。遺体を目にするとアグネスは何か胸騒ぎがします。無惨にうつ伏せで倒れている遺体。ひっくり返して顔を見てもアグネスにも誰だかわかりません。
図書館に向かい、貸出票を見てもらうと、今はデジタルで管理しているとドッティは言います。貸出票にも名前はないですが、借りた本ならわかるとのこと。その書架は妙に燃え尽きたようになっています。
署に戻ると被害者の爪の土はここのものではないと署長は発言。そこにFBIのヴィダル捜査官も来ます。アグネスとは知り合いでギスギスした雰囲気に…。ヴィダルは「魔法で遺体が現れたようだ」と揶揄ってきます。アグネスは張り合いますが、「ならずっとここに住んでいるあなたが適任ね」とヴィダルは言い残します。
現場で見つけたブローチはロケットになっており、髪の毛が中に入っていました。さらに借りていた本の頭文字が「DARKHOLD」だと気づきます。
考えこんでいると家にヴィダルが来て、死亡時刻の1時間前にイーストビューで自動車事故があったことが話題に。「私を嫌う理由を覚えている?」と不意に聞かれますが、アグネスは覚えがありません。
そのとき、2階で物音。誰かが窓から逃げるので追いかけます。それは身元不明の10代らしき青年。逮捕し、署で取り調べするも、なぜかアガサのキャリアを知っています。
「私の家で何を探していたの?」と聞くと「“道”を探していた」と答えます。彼の指先は黒くなっていました。アグネスは高圧的に詰問しますが、ふと目を落とすと遺体の写真は花の写真に変化していました。マジックミラー自体も壁にかけられた大きな絵に変わっており、気が付けばティーンエイジャーはブツブツと呪文のようなものを唱えています。
取り調べを打ち切り、検視局へ。でも遺体がありません。遺体の特徴を思い出すように呟くと想像どおりに現れてきます。「髪の色は…緋色(スカーレット)」
図書館の貸出票には「10月13日」の項に「W. マキシモフ」の名前が浮かび上がり、絶妙なタイミングでヴィダルが現れます。
「あの魔女はもういない」
アグネスの見た目がどんどん変わり、全てを思い出します。
私の名はアガサ・ハークネスだと…。
孤独な中年女性を主軸にした物語
ここから『アガサ・オール・アロング』のネタバレありの感想本文です。
MCUのドラマもすでに結構観てきた自分としては、『アガサ・オール・アロング』は「はいはい、ハロウィン・スペシャルの延長みたいなドラマなんでしょ?」と肩の力を抜きまくって観ていったのですけど、ちょっと舐めすぎていたかもしれない…。想像よりもはるかに複雑に入り組み、そしてキャラクターを掘り下げていく濃厚な物語が待っていました。
まずこの主人公となるアガサ・ハークネス。『ワンダヴィジョン』でのヴィランだったわけですが、ヴィラン主役のスピンオフと言えば、『ロキ』の先例がありました。2人ともトリックスターとして翻弄するキャラという共通点もあります。
『ロキ』はそんなヴィランが一転して翻弄される側に追い込まれるというところにコメディを用意していましたが、今回の『アガサ・オール・アロング』は基本的にずっとトリックスターのままで、悪い魔女なのか良い魔女なのか、最後まで曖昧のままに登場人物たちも観客も揺さぶりまくります。前回はワンダという最強魔女にコテンパンにされたので、今作ではアガサの本領発揮といったところでしょうか。
しかし、それだけでなく、アガサというキャラクターの表面からは推察もできなかった複雑な内面を掘り起こし、キャラクターの魅力を何倍にも膨れ上がらせてくれました。
まず第1話からはまだ正体を見せておらず、いかにもハロウィンのノリな軽めの雰囲気です。「魔女の道のバラッド」という曲もテーマソングとしてのキャッチーさがあり、エンタメに特化しているのかなと思わせます(後にこの曲は非常に重たい歴史があることが判明しますが…)。
魔女の道の試練は「家」をフィールドに毎度趣向を凝らした仕掛けがあり、常にポップカルチャーを参照しているあたりも、『ワンダヴィジョン』と同じ。コスプレ感が強めなので、ハロウィン向けです。
ところがだんだん浮き上がるのは、召集された女性たちの人生の苦悩。アガサだけでなく、リリア・コルデルー、ジェニファー(ジェン)・ケール、アリス・ウーのそれぞれの人生の引っかかりが明らかに…。まあ、シャロン・デイヴィスだけは完全に巻き添えだけど…。
第7話で明かされるリリアの非連続的な時間移動の人生の終わりなき結末も見事な大団円でしたし、ひとつひとつが重いです。
その中でもやはりアガサ。息子ニコラス・スクラッチの喪失に対する歪んだ執着の人生。それは最終話でやっと描かれますが、まさに「魔女狩り」をしていた魔女としての自虐的な汚名。
全体として孤独な中年女性を主軸にした物語に特化しており、MCUでこういうジェンダー構造的に最も避けられがちな属性のキャラクター・ストーリー(歪んでいるけどもエンパワーメントもある物語)が堂々と描かれるのは初なので、新鮮でしたね。
遅すぎるけど快挙なクィア表象
『アガサ・オール・アロング』のもうひとつの特徴はクィア表象です。
思えばMCUのLGBTQ表象はそれは控えめに言っても不甲斐ないものばかりの歴史でした。
2019年に『アベンジャーズ エンドゲーム』が公開されたとき、「クィアなキャラがでるらしい」との噂がたち、どんなものかと蓋を開ければ、監督が陰気なゲイのモブキャラを一瞬演じて登場しただけという…。
それでも2021年の『エターナルズ』でゲイのキスが初めてスクリーンで描かれ、LGBTQのファンは「ここからMCUは私たちのヒーローになってくれるんだ」と湧きたちました。
ところがその後は映画にクィアなキャラが登場してもわずかな匂わせで終わるものばかりという扱い。瞬きレベルの登場にLGBTQのファンは指パッチンで消失したような気分になっていました。『ロキ』や『デッドプール&ウルヴァリン』などで主人公がクィアだとセリフでほのめかされるも大半のマジョリティ観客に伝わるものですらありませんでした。
その荒んだ現状の中、『アガサ・オール・アロング』はやっとやってくれました。
アガサは「ストレートな女」ではないと作中でも自称していましたが、リオ・ヴィダル(その正体は生死を司るデス)とは第1話から魅惑的に視線を交わして手を舐められるなど、キンキー(kinky)な空気をむんむんに漂わせていました。それはクィアネスのサブテキストで終わることなく、物語上で明確に2人は元恋人同士と明らかになり、第8話では運命のキス。MCUでの初のレズビアン・キスシーンとなりました。しかも、死を乗り越える幽体で復活したアガサは、クィアのステレオタイプな類型も軽々跳ねのけました。
魔女&ハロウィンとゲイな要素を盛沢山にしてアガサは正面突破でクィアを描いたことは本当に快挙です。
さらにティーン(ウィリアム・カプランでしたが、ワンダの息子のビリーが転生)もゲイで、作中では恋人のエディとキスするシーンも描かれました。最終的にビリーとアガサは血縁などなくてもクィアな親子として絆を築くというオチも、LGBTQコミュニティのライフスタイルと一致します。
正直、2024年にようやくこの表象に辿り着いたMCUには「遅すぎるよ!」と言いたい気持ちもあります。5年以上何をしてたんだ、と。ここで「MCUは凄い!」と褒めるのは甘やかしすぎな気もする。でもこの表象を貫いたクリエイターと俳優陣には拍手を送りたいです。
「遅すぎる」案件で言えば、今回で発覚した転生の話。ビリーも転生したし、トミーもどこかで転生。おまけにビリーには母ワンダと同じ現実改変能力が受け継がれていることもわかり、ワンダの子どもたちの今後の活躍が期待されます。
それはいいのですが、じゃあ、『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』でワンダが必死に子どもたちと再会を試みてマルチバースで闇落ちまでしたのは何だったんだ!(意外と近くに転生していたじゃないか!)という根本的なツッコミは残りますよね…。
ワンダはファンの間でも現時点でMCUの中で最も救ってあげたい人物のひとりとなっていますので、これは絶対に何とかしないとダメですよ。でも死を克服したクィアには何でもできるのね。やってくれるでしょう。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)
関連作品紹介
マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の作品の感想記事です。
・『シークレット・インベージョン』
・『ミズ・マーベル』
作品ポスター・画像 (C)Marvel Studios アガサオールアロング
以上、『アガサ・オール・アロング』の感想でした。
Agatha All Along (2024) [Japanese Review] 『アガサ・オール・アロング』考察・評価レビュー
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