鮮血のスラッシャー・スター誕生…映画『Pearl パール』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2023年7月7日
監督:タイ・ウェスト
動物虐待描写(家畜屠殺) ゴア描写 性描写 恋愛描写
Pearl パール
ぱーる
『Pearl パール』あらすじ
『Pearl パール』感想(ネタバレなし)
あの老婆の若かりし頃が語られる
総務省統計局によれば、日本の高齢者の人口は2022年に3627万人と、前年(3621万人)に比べ6万人増加し、過去最多となりました。総人口の29.1%が65歳以上ということです。
そんな高齢者ですが、今は高齢であっても当然昔は若かったわけです。若造呼ばわりで当時の大人に小馬鹿にされたりしていたかもしれません。若さゆえの未熟な失敗や、青臭い理想を追い求めていたかもしれません。
一定の年齢になると「お年寄り」というレッテルを永遠に貼られ続けることになってしまいますが、「かつて若かった人」としての内面を掘り下げれば、いろいろな人生経験が見えてきます。現在の高齢者の若かった時代は今よりも記録媒体が乏しいので、過去を知るには本人の語りに依存することが多いです。聞いておくべき貴重な話がいっぱいあるのではないでしょうか。
でも今回紹介するような映画みたいな過去を聞かされたら、ちょっとどんな反応していいのかわからなくなりますけどね。
その映画とは本作『Pearl パール』です。
『Pearl パール』は2022年に公開された『X エックス』という映画の続編にして、前日譚(プリクウェル)となる作品です。原題では「An X-traordinary Origin Story」という副題を添えています。
あまり詳細はネタバレできませんが、『X エックス』に登場した重要なキャラクターである「パール」という老婆、その若かりし頃が描かれます。
『X エックス』はスプラッタなスラッシャー映画で、若者たちが田舎にやってきて惨劇に直面するというジャンルの王道を突っ切りつつ、新鮮なファイナル・ガールの爆誕や、ジャンル風刺が満載で、言ってしまえばマニアがニタニタと笑えるような映画でした。
今回の『Pearl パール』は前作とはまた少し趣向を変えつつ、よりこのシリーズが貫いているテーマ性が色濃くなっており、「あ、こういうことをしたかったのか!」と納得がいく感じです。この『Pearl パール』で終わらず、3作目の『MaXXXine』も製作中ですが、一連の作品のアイデンティティがハッキリする2作目なので、3作目も楽しみになってきますよ。
この「X」シリーズを見事に軌道に乗せた“タイ・ウェスト”監督。ホラー映画界の名手としていかんなく才能を証明しました。最近は『テリファー』の“デイミアン・レオーネ”監督といい、インディペンデント映画を基軸にホラーシリーズを成功させる監督が増えていて心強いですね。個人的にはもっと多様な監督がこうしてキャリアアップしてくれるともっと嬉しいのだけど…。
今回の『Pearl パール』で“タイ・ウェスト”監督に並んで忘れてはいけないのは主演の“ミア・ゴス”です。前作『X エックス』でも圧倒的な怪演を、しかも実は一人二役という荒業で披露してくれましたが、今回も主演ながら、加えて製作と脚本も兼任。より「“ミア・ゴス”の映画」と断言していい堂々とした存在感であり、映画を手中におさめています。私は“ミア・ゴス”のでる映画は前から好きでしたが(『サスペリア』とか)、ますます“ミア・ゴス”自身から目が離せなくなってきましたよ。
なお、“ミア・ゴス”演じる主人公の母親役として今回、共演している“タンディ・ライト”は、インティマシー・コーディネーター(性的なシーンで役者側に不公平や不利益が起きないようにマネジメントする仕事)でもあり、前作『X エックス』でもインティマシー・コーディネーターで関わっていたそうです。
後半の感想では『X エックス』のオチのネタバレもしているので、それでも良しという人は読み進めてください。『Pearl パール』を鑑賞したけど『X エックス』を観ていない人は『Pearl パール』が気に入ったなら『X エックス』の視聴も強くオススメしますよ。
『Pearl パール』を観る前のQ&A
A:物語が繋がるシリーズの1作目は『X エックス』ですが、『Pearl パール』はその前日譚なので、この『Pearl パール』から鑑賞し始めても全く問題ありません。
オススメ度のチェック
ひとり | :ここから俳優ファンに |
友人 | :ジャンル好き同士で |
恋人 | :相手の好みに合うなら |
キッズ | :殺人含む残酷描写あり |
『Pearl パール』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):スターになりたい
1918年。穏やかな田舎の風景に囲まれて建っている一軒の民家。その一室で、パールは鏡の前で物憂げに佇んでしました。薄桃色の衣装に身を包み、自分が映画の主人公になった気分で想像の世界に入り込み…。
そこに扉を開けて入ってくる母のルース。あの世界は一瞬で消滅です。現実に引き戻され、淡々と冷たい口調でパールは仕事を命じられました。
作業できる服装に着替え、畜舎に行って、家畜の世話です。今は人手となるのはパールしかいないのです。父は体がほとんど動かない麻痺を抱えており、パールの夫ハワードは戦争に出兵してしまいました。
ここでも牛に話しかけて、おどけてみせ、気分はヒロインなパール。
そのときガチョウが1羽迷い込んできます。それを見下ろし、ピッチフォークでおもむろに串刺しにするパール。突き刺さったままのガチョウを近くの湖に棲みついているワニに楽しそうに食べさせます。
家で母と父と3人で夕食。父を助けてあげなさいと母に言われ 口元にご飯を持っていきます。風呂場では父に薬をあげ、自分はのんびり湯につかります。
薬を購入するために自転車で街へ。目の前にある映画館に吸い寄せられて、入っていきます。スクリーンを満喫し、並んで踊っている女性たちの映像に憧れの眼差しを向けます。自分もいつか…。
それが終わって映画館の路地裏でタバコ休憩中の映写技師の男に出会います。煙草を1本もらい、さらにフィルムの一部を切り取ってくれてプレゼントしてくれました。
すっかり気分良くなりながら、自転車で田舎道を帰っていると、風でフィルムが飛ばされてしまいます。見つかりそうにもなく、トウモロコシ畑をかきわけて途方に暮れるパール。
するとカカシにでくわし、普通のみすぼらしいカカシですが、高い位置に縛られているカカシであのステキな映写技師の男性を思い浮かべます。そのカカシの帽子を自分で被り、地面に降ろして一緒にゆったりとダンス。そして熱烈なキス。
一瞬、我に返って「私は結婚している!」と叫ぶも、今度はカカシにまたがって自慰行為。快感を止められません。
帰宅すると、母は相変わらず厳しい言葉しか言いません。またも風呂場で、意識があるのかもわからずぐったりしているだけの父を見つめ、殺意が脳裏をよぎります。首に手をかけますが何もしませんでした。
ある日、乳しぼりをしていると、夫のハワードの妹ミッツィーが来ます。ブロンドの髪で、裕福な生活を送っているのが見た目でわかります。ミッツィーは劇団一座のオーディションの情報を持ってきて、パールを誘います。自分もスターになればここから出られるかもとパールは期待を胸に躍らせます。
夜中、2階からこっそり家を抜け出し、映画館の路地裏のあの映写技師のもとへ。中へ案内され、そこでポルノ映画を見せてくれます。
そして再度家に帰ると、そこである決定的な事件が起きてしまい…。
ワニとそんな前から友達だったのか…
ここから『Pearl パール』のネタバレありの感想本文です。
『Pearl パール』はオープニングからガシっと心を掴まれます。
『オズの魔法使』や『メリー・ポピンズ』に代表されるようなハリウッド・ミュージカル黄金時代の作品を思わせる、鮮やかな色調と演出、それに挿入される文字。
主人公のパールもいかにもこの田舎で鬱屈を抱えている若い女子という感じで、この夢見がちな女子が本当の理想を手に入れる、そんなサクセス・ストーリーなんだとわざとらしいほどに期待を抱かせます。畜舎で牛とかに話しかけるあたりはちょっとディズニー・ヒロインっぽいです。
しかし、ガチョウの串刺しで空気は一変(ガチョウさん、不運!)。「どうぞお食べ」とワニに満足そうに餌をあげて、満を持してのタイトルがデン!と。
本作がどういう映画なのか、この清々しいオープニングで明らかです。
『Pearl パール』は前作『X エックス』を観ていなくても楽しめますが、鑑賞済みだとより笑えるユーモアが芽生えます。例えば、あのワニとそんな昔から友達だったのかよ!とか…。ちなみに舞台となったテキサス州にはワニ(アリゲーター)は生息しているのですが、人が殺されたという話はないようです。まあ、この映画でもワニは直接人を殺してないしな…。
でもこのワニと前作のワニはたぶん同一個体ではないでしょうけどね。
そしてやはり最後の最後で家に帰ってくる夫のハワード。戦場で酷い光景をたくさん見てきただろうに、自宅の方がもっと凄惨だったという…。それにしてもあのハワード、前作でも高齢の姿で登場していましたから、今回の出来事からずっとパールと添い遂げたということですよね。
私は前作を観たときは、あの夫婦は戦争のトラウマでいろいろ抱えているのだろうと推察していましたが、もうこんな若い時代からショッキング体験の連続だったとは…。ハワード、完全にとばっちりじゃないですか…。申し訳ないけど、前作を観ているとあのハワードの絶望の表情にちょっと笑ってしまう…。
全体的に殺害シーンのカメラワークも良かったです。とくにミッツィーを最後に斧で殺す場面の、あの「くる、ついてきてる! 怖い!」ってなる感じの映像とかね。前作はもうヨボヨボだったのでアレでしたが、全盛期の頃はこんなにイキイキと斧を振り上げていたんだなと思うと、若いって羨ましいですね(私はもう斧を振り上げるなんてできそうにない。腰がダメになる…)。
何がパールに起こったか?
前作『X エックス』と今作『Pearl パール』の共通性として、エンターテインメント業界を夢見ているというのがありますが、今回の若かりしパールはより無垢に業界を信じています。
時代設定もあって『スタア誕生』を思わせる物語の軸がありますが、“タイ・ウェスト”監督としては『何がジェーンに起ったか?』(1962年)を参考にしているようで、芸能界の当事者をメインに部分的に監禁スリラーになっているあたりも含めて確かに似ています。
そしてシリーズで一貫するのは「ポルノ」です。前作はポルノ映画の撮影をする若者たちでしたが、今回は主人公のパールはまず映写技師(演じるのは“デヴィッド・コレンスウェット”)に出会ってトウモロコシ畑で彼を思い浮かべて性的快楽に包まれます。
加えてその映写技師にポルノ映画を見せられるのですが、その作品は『A Free Ride』(1915年:製作時期には諸説ある)という実際のポルノ映画で、ただ、パールの反応は妙にわかりにくいです。映写技師が単純にポルノ映画に可能性を見い出しているのとはわけが違います。
当初、パールには「普通の女性でいること」という規範が押し付けられており、パールもそのとおりに振舞おうとしていきますが、ある時点で完全にリミッターが外れます。単にパールは性的快楽を知ったというわけではありません。パールはセックスシンボル以上の存在へと主体的に変貌します。まさしくセックスシンボルになりえるミッツィーを殺しながら…。
なお、あのミッツィーのバラバラ肉片を美味しく平らげるワニの名前は「Theda」ですが、これは“セダ・バラ”というハリウッド初のセックスシンボルのひとりと言われるサイレント映画時代の女優の名前に由来します。そこからも象徴的ですね。
女性が性に目覚めることがすなわち狂気の幕開けになるというのは、この手のホラー映画では定番の描写で、それこそ“アビバ・ブリーフェル”の「Monster Pains: Masochism, Menstruation, and Identification in the Horror Film」でも指摘されているとおり。『キャリー』など、よくみるやつですね。
しかし、パールの場合はもっと一皮むけた変化ですし、ある種の本来の自分を受け止めた感じにも思えます。
あの後半の非常に長い独白のシーン。実際はミッツィーを前に吐露しているのですが、ずっとパールの顔を映しています。そこで「病気だと思う?」と問いかけてきますが、パールの中ではずっと自分を「異常者」ではないかと後ろめたさを抱えていて、「普通」になろうと頑張りすぎていました。
そのパールが皮肉なことにミッツィーの承認で「自分は異常者ではない、これでいいんだ!」と開き直ることへと到達し、思う存分に血に染まっていく。これはパールのアイデンティティの確立の話なのかもしれません。だからか、私は今作のパールになんとなくクィアっぽさを感じたりも…。
それにしてもラストの“ミア・ゴス”の満面の笑顔作りでのエンドクレジット、怖かった…。もうやめて…って感じだけど…。
3作目の『MaXXXine』はこのテーマ性を踏まえて次に何を描くのかな。おそらくあの前作で鮮血のファイナル・ガールとなったマキシーンのその後を描くのだろうけど、これまた楽しみです。エンタメ業界のシリアルキラーものだと、最近も『キラー・ビー』などがあったし、盛り上がってるサブジャンルですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 82%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022 ORIGIN PICTURE SHOW LLC. All Rights Reserved.
以上、『Pearl パール』の感想でした。
Pearl (2022) [Japanese Review] 『Pearl パール』考察・評価レビュー