ドアはちゃんと閉まりますか?…映画『ブギーマン』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2023年8月18日
監督:ロブ・サヴェッジ
ブギーマン
ぶぎーまん
『ブギーマン』あらすじ
『ブギーマン』感想(ネタバレなし)
2023年、ブギーマンが映画館を訪問
あなたの家には「あれ、閉めたはずなのに、開いちゃってるぞ?」というドアはありませんか?
一回ガチャリと閉めても、閉まった状態を保持せず、すぐにカチャっとドアが開いてしまう。これは心霊現象…ではなく、ドアの調整が必要なだけです。
ドアには「ラッチ」という部分があって、そこをドライバーで調整すると開き戸が完全に閉まるようになります。ドアは使っているうちにだんだんと調整が要るほどにズレてくるんですね。私の家の部屋のドアもそうなりました(ちゃんと簡単に直りました)。場合によっては丁番の調整がさらに必要になるケースもあります。一度それぞれの自分の家のドアをチェックしてみてください。
でも今回紹介する映画にでてくるドアは、ちょっと小手先の道具で修正するだけではどうにもならないレベルの話です。
それが本作『ブギーマン』。
少し誤解のないように説明しておくと、『ブギーマン』という邦題の映画は過去にもいくつかあります。1981年の『ハロウィンII』の日本公開時のタイトルも『ブギーマン』でしたし、2005年には“サム・ライミ”製作の『ブギーマン』(原題は「Boogeyman」)も公開されました。
今回の2023年の『ブギーマン』(原題は「The Boogeyman」)は、それらとは全く無関係であり、リメイクでも続編でもありません。本作は、”スティーヴン・キング”が1973年に発表した短編小説(邦題は「子取り鬼」)を長編映画化したものです。なお、過去に個人製作レベルで映像化したこともあるようです(CBR)。
そもそも「ブギーマン」というのは、民間伝承における「子どもたちをしつけるためにわざと怖がらせる目的で語られる“怖い存在”」のことです。「ブギーマンが来るから良い子にしてないとダメだよ」って感じですね。19世紀半ばぐらいから語られるようになり、そのブギーマンの見た目は語り部によって違います。ただ、爪みたいなものを持っていることが多いようです。「ホブゴブリン」と呼ばれるイギリスの民間伝承に登場する精霊に由来しているのではという説もあります。
ホラー小説家のレジェンドである”スティーヴン・キング”の作りだした「ブギーマン」の物語はオリジナルのもので、映画ではさらに脚色してアレンジしています。
とある一家に恐怖が降りかかるというベタな構図ではありますが、正体不明で神出鬼没のブギーマンが人間のトラウマを餌に入り込んでくる姿が不気味に映像化されています。
この2023年の『ブギーマン』は、当初は20世紀フォックスが配給をする予定だったのですが、ディズニーに買収されたことで、企画は一旦キャンセル。しかし、また復活し、「Hulu」(アメリカではディズニーの傘下にある)で独占配信するのみとなる予定だったものの、急遽、劇場公開が決定。その流れなのか、日本でも劇場公開されることになりました。
最近は大手スタジオのホラー映画が全然日本では劇場公開されない傾向が続いていたので(例えば、『死霊のはらわた ライジング』、『スクリーム6』、『Smile スマイル』、『ボディーズ・ボディーズ・ボディーズ』、『バーバリアン』など)、ホラーファンにとっては嬉しい決定です。ほんと、劇場公開して…ね…。
本作『ブギーマン』の監督は『ズーム 見えない参加者』や『DASHCAM ダッシュカム』といった主にデジタル・ツールを題材にしたスリラー映画を手がけてきた“ロブ・サヴェッジ”(ロブ・サベッジ)。今作ではデジタル機器要素は全然ないのですけど。
脚本には、『クワイエット・プレイス』の“スコット・ベック”と“ブライアン・ウッズ”が参加しています。制作スタジオは「21 Laps Entertainment」というドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』のところで、だからなのか“ショーン・レヴィ”も製作に関わっています。
俳優陣は少なめで、主演のひとりは、ドラマ『イエロージャケッツ』でも印象的に活躍し、注目の若手となっている“ソフィー・サッチャー”。
そして『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』や『AIR/エア』、ドラマ『シャープ・オブジェクト KIZU -傷-:連続少女猟奇殺人事件』など多彩にでている“クリス・メッシーナ”。
ドラマ『オビ=ワン・ケノービ』でレイアの幼い姿をキュートに演じた“ヴィヴィアン・ライラ・ブレア”も重要な役で出演しています。
また、『アントマン&ワスプ』や『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』の“デヴィッド・ダストマルチャン”も短い出番ながら非常に印象を残す怪演を披露しているので注目です。
本作『ブギーマン』はホラー映画にしてはゴア描写もないので、そういうのが苦手な人にも見やすいかもしれませんが、そうは言ってもホラーはホラーなので、こればかりは個人の反応しだいですね。
とりあえず家のドアはしっかり閉めて、映画鑑賞してください。
『ブギーマン』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ホラーファンなら |
友人 | :肝試し気分で |
恋人 | :怖さを一緒に |
キッズ | :ホラー平気なら |
『ブギーマン』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):何かが家にいる
ある家。真夜中。その暗闇の中で、ベビーベッドで泣き叫ぶ子ども。得体のしれない空気だけがこの家を充満していき…。
ところかわって、別の家。セイディ・ハーパーは、クローゼットの中の服を複雑な表情で見つめ、懐かしむように顔を近づけます。それは母のものでした。そして母はもうこの世にいません。
同じくその家の部屋でアラームで目を覚ます幼い女の子、ソーヤー。不安な心は眠りを浅くし、丸い光の球体を抱えていないと寝れないほどでした。
そのセイディとソーヤーの父であるウィルはセラピストの仕事に淡々と没頭。心に苦悩を抱えている患者を前に、自分の苦悩は押し隠していました。
ハーパー家は悲しみを引きずっています。母親(妻)のカーラを交通事故で亡くし、残された3人はこの喪失感をどうやって埋めればいいのか途方に暮れていました。
セイディも母の古いワンピースを着て学校に行くことにします。その姿をリビングで見て、父は少し驚いたようにするも、でも平静を装います。
父ウィルは、セイディとソーヤーを車に乗せます。セイディは意を決して車から出て学校へ。しばらく遠ざかっていたので、怖いです。極力誰とも話さないように、しかし周囲の反応は気になってしまいます。
セイディの傍に真っ先に来たのは、友人だったベサニーです。でも距離ができてしまっており、ベサニーもどうすればいいのか戸惑っていました。そんな中、金髪の女子と口論になり、悪態をついたセイディはその女子にロッカーに押し付けられ、服が汚れてしまいます。せっかくの母の…。たまらず学校を飛び出します。
一方で、ウィルの自宅のオフィスを訪れたレスター・ビリングスという無感情そうな男。いつものように対面で話を聞いていき、録音します。無表情で語っていくレスター。
なんでも3人の子供たちが死亡し、家族にしがみついている邪悪な存在によって全員殺されたと説明してきます。そして1枚の紙を見せてきます。
レスターは不気味さの中に危険性を感じてしまい、密かにその場を離れた隙に警察に通報してしまいます。
その最中、セイディは家に帰ってきてワンピースを洗濯。部屋に戻ろうとするが何かの気配を感じて、家を探索します。セイディは母親の美術品や絵具が散乱する部屋へと踏み入れます。
するとゴンゴンと何か大きな物音がクローゼットからします。父が慌てて入ってきましたが、振り返った瞬間に2人は男の遺体が吊るされているのを発見。それはレスターでした。
そんな衝撃的な出来事の日の夜、ウィルはソーヤーをベッドに寝かせ、セイディの部屋にも行ってあげます。ウィルは洗濯の終わったワンピースを手に複雑な心境…。
その夜、ソーヤーがけたたましい物音で起きます。ベッドの下を確認。そのとき、「何か」がいて驚いてベッドから落ちます。
これは幻覚なのか、それとも実在する「何か」なのか…。
原作と映画の違い
ここから『ブギーマン』のネタバレありの感想本文です。
原作となっている”スティーヴン・キング”が1973年に発表した短編小説では、レスター・ビリングスの家族の物語が主に語られています。
あくまでこの原作の話ですが、こちらのレスターも「自分の子どもが死んでそれはブギーマンのせいだ!」と主張しているのですが、作品を読み解いていくと、このレスターは家庭内暴力傾向があり、差別的で、要するに「有害な男らしさ」をそのまま具現化したような男性像になっています。つまり、自分の暴力性を認めたくない男が「ブギーマンのせいなんだ」と頑なに主張するという、そういう皮肉めいた寓話をこの”スティーヴン・キング”は提供しているわけです。
「子どもたちをしつけるためにわざと怖がらせる目的で語られる“怖い存在”」と真逆、「大人が自分の欠点を見て見ぬふりをして誤魔化すために語られる存在」としてブギーマンを位置づけ直しているんですね。「ブギーマン=有害な父親」と言えます。
対してこの映画『ブギーマン』のほうでは、レスターが訪れたセラピストであるウィル・ハーパー家族の恐怖が中心となって描かれ、原作の続編のような立ち位置になっています。レスターの物語は冒頭の赤ん坊が泣き叫ぶシーンと、レスターの妻であるリタの語りだけからしか推測できません。
ではハーパー家はどんな物語となるのかと言えば、「大切な人の死」という喪失感といかに向き合うのかというテーマです。別の語り口で述べるなら、母性の喪失を家族は乗り越えられるか…という話です。
これ自体は原点そのものは誰しもが経験しうる話であり、何か自分の拠り所となる存在を失ってしまったとき、人はその恐怖にどう立ち向かえばいいのかというのは常に問われることになる宿命です。
ハーパー家の場合、父がセラピストというところが皮肉のようになっていますが、他者の心に寄り添うセラピストと言えども自分の家族をメンタルケアできるとは限りません。このあたりはドラマ『シュリンキング 悩めるセラピスト』などでも描かれる題材ですが…。
ハーパー家の3人はそれぞれの不安を抱えてこじらせてしまっています。
ウィルは仕事に没頭することで現実逃避し、男らしさに固執するゆえか、感情を表に出しません。セイディは友人との絆を自ら切ってしまっており、ベサニーのようなかなり寄り添ってくれる姿勢をみせる相手すらも拒絶してしまいます。ソーヤーはより幼い子らしい不安を発露しており、丸い球体ライトが手放せないところにその心理が表れています(歯を抜くくだりは子どもながら可哀想だったけど)。
最終的には、母性が喪失しても家族はちゃんと成り立ちますよ…という着地をみせます。
この映画版はブギーマンをより広範な家族各々の心理を象徴する存在へと改変しているのでした。
そうやって倒せるのか…
映画『ブギーマン』は映像化する以上、どうやってブギーマンをビジュアル的に表現するのかが気になってきます。
しかし、原作の設定からして、これは別に具体化して描く必要はなく、そもそもが抽象的な存在なので、そこに本質はありません。
ただ、映画では完全に実体のある存在として描いており、ここに関しては少し賛否が割れるところだと思います。
最初は全く実像がわからないブギーマンなのですが、なかなかにアグレッシブにブギーマンを仕留めようとしているリタの行動といい、わりとガツンとやれば倒せそうな雰囲気が増していきます。そして終盤、覚悟を決めたセイディが父と妹を助けるべく、家に乗り込んでいく最終ラウンド。まさかのライターとスプレーによる即席の火炎放射器で焼き殺す!
そういう感じでよかったのか…。
何だか知りませんが、家中をインテリアのように覆い尽くしていたカビも消え、綺麗さっぱり燃やし尽くされたのでした。
まあ、このオチはともかく、ホラーの演出として、かなり地味で暗いシーンも多かったりと、感触としてまどろっこしい部分は否めなかったかもしれません。最近のホラーはとにかくキャッチーなビジュアルとインパクトを重視する傾向がある中で、トリッキーなストーリーも乏しい本作はやや存在感に欠けたかな。
たぶんもうちょっとテーマを掘っていくと良かったんじゃないかなと思います。原作のように「有害な男らしさ」をそのまま扱うなら、もっとブギーマンがそれを象徴するものとして、より現代的な批評が必要でしょうし…。
近年も『死霊のはらわた ライジング』みたいに家族団結で恐怖と戦う物語はいくらでもあるので、テーマ性だけではオリジナリティはなかなかだせないのが今のホラー界隈です。
有象無象のホラー界隈の中で作品を突出させるには、演出と批評性が特に最近は問われているように思いますし、その点、『ブギーマン』は少し全体がパワー不足でした。でも最後の「ドアを閉める」という文字どおりの閉幕は好きですよ。疑心暗鬼や恐怖から脱する一歩を確実に踏み出したとも言えるラストです。
やっぱりドアは閉めておくべきなんです。この感想を読んでいる最中に近くの閉めたはずのドアが開いていないなら、あなたも大丈夫です。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 62% Audience 66%
IMDb
6.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
日本劇場未公開だったホラー映画の感想記事です。
・『スクリーム6』
・『Smile スマイル』
・『ボディーズ・ボディーズ・ボディーズ』
作品ポスター・画像 (C)2023 20th Century Studios.
以上、『ブギーマン』の感想でした。
The Boogeyman (2023) [Japanese Review] 『ブギーマン』考察・評価レビュー