練習の時間は終わり!…映画『ポライト・ソサエティ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2023年)
日本では劇場未公開:2024年に配信スルー
監督:ニダ・マンズール
恋愛描写
ぽらいとそさえてぃ
『ポライト・ソサエティ』物語 簡単紹介
『ポライト・ソサエティ』感想(ネタバレなし)
マターナルをぶっ潰すマーシャル!
「マターナル・フェミニズム(maternal feminism)」という言葉があります。
「マターナル(maternal)」というのは「母の / 母らしい」といった意味。マターナル・フェミニズムは「女性は母親としての役割を果たすことが重要である」という前提を持ったフェミニズムのことです。要するに「男女は平等だけど、男と女は異なる役割を持つものだ」という生殖の考えを軸にしています。
これは保守的なフェミニズムであり、人によってはフェミニズムではなく、むしろ反フェミニズム的で、家父長制に迎合していると強く批判されます。第1波フェミニズムの初期時代から観察されるタイプのもので、“ハンナ・モア”のような支持者が有名です。
このマターナル・フェミニズムは現代でも根強く残っており、中絶の権利に反対する女性たちや、「トランスジェンダー女性は女性ではない。女性は妊娠できる体を持っている性別のことだ」と主張する反トランスの女性たちは、典型的なマターナル・フェミニズムの考え方を内在化させています。
今回紹介する映画はそんなマターナル・フェミニズムを10代の女子がぶっ飛ばす作品です。どうやって? それは…マーシャル・アーツ(武術の技)で! はい、物理です。蹴り飛ばします!
それが本作『ポライト・ソサエティ』。
本作はとにかく個性が際立っているので何から説明すべきか迷うのですが、まずは監督から紹介しましょう。
2018年、あるドラマシリーズのパイロット版エピソードがイギリスで話題となりました。それがロンドンを舞台に、等身大の若いムスリム女性たちがパンクバンドを組んで世の中に自分たちの声をぶつけていく…ステレオタイプを木っ端微塵にする最高なシスターフッド作品…『絶叫パンクス レディパーツ!』です。
このユニークなドラマを生み出したのが、新進気鋭のパキスタン系イギリス人の“ニダ・マンズール”でした。
その“ニダ・マンズール”が長編映画監督デビューを果たしたのが今作『ポライト・ソサエティ』で、『絶叫パンクス レディパーツ!』の姉妹作といえる同系統のノリが全開です。
今作も、ロンドンに暮らすパキスタン系イギリス人の10代女子が主人公で、違うのは今回の主人公は武術好きで、スタントウーマンになるのが夢だということ(でもオタクってところは一緒)。
そんな猪突猛進パワーファイターを夢見る少女が、大好きな姉のためにその体術を精一杯駆使する…という破天荒なストーリーになっています。『ジョン・ウィック』みたいな本格的アクションはできない…でもいつかやってみせる!…その志だけで突っ走ります。
そして…断言します。ものすっごくアホな映画です。「なんじゃそりゃ」って感じの勢い任せ。同じ2023年製作だと『ボトムス 最底で最強?な私たち』を彷彿とさせる…。
でもちゃんとフェミニズムしてますよ。アホでもフェミニストになれるのです。いや、アホだからいい。フェミニズムに必要なのは…ジャンプキック!(こんな感じのバカさです)
こんなハチャメチャな『ポライト・ソサエティ』で主演として前衛に立ったのは、若手の“プリヤ・カンサラ”。インド系のイギリス人で、ドラマ『ブリジャートン家』にもでていました。
最近は、ドラマ『ミズ・マーベル』の“イマン・ヴェラーニ”、ドラマ『私の初めて日記』の”マイトレイ・ラマクリシュナン”と、南アジア系の若手女優の活躍が印象的で、この“プリヤ・カンサラ”も今回の主演作を機に伸びていってほしいな…。
共演は、ドラマ『アンブレラ・アカデミー』の“リトゥ・アリヤ”、ドラマ『ミズ・マーベル』の“ニムラ・ブッチャ”、ドラマ『The Doll Factory』の“アクシャイ・カンナー”など。
これほど語りがいの多い個性作なのですが、『ポライト・ソサエティ』は日本では劇場未公開で、しれっと配信スルー。なんでだ…。この映画をバズらせようとか思わないのか、日本の配給は…。この映画を気に入って宣伝してくれそうな人なんていっぱいいるぞ…。
ということで、『ポライト・ソサエティ』は届くべき人にバシっと届いてほしいです。
『ポライト・ソサエティ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :気持ちよく堪能 |
友人 | :一緒にスカっと |
恋人 | :歪んだ恋愛に別れを |
キッズ | :子どもに夢を |
『ポライト・ソサエティ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
道着を身に着けて、運動場で多くの10代が一心不乱に拳を前に突き出して鍛錬に励んでいます。その中のひとりが、ロンドンに住むイギリス系パキスタン人のティーンエイジャーであるリア・カーンです。
リアの目は闘志で燃えています。なぜなら彼女には夢中になっていることがあるのです。リアは帰ってからも部屋でお手製の剣を構え、剣術の身振り手振りを鍛えます。それを動画に撮り、自身のチャンネルで「the Fury」というもうひとりの自分になりきって公開していました。
リアはスタントウーマンになるのが将来の目標で、憧れは映画界で活躍した大ベテランのユーニス・ハサート。あのユーニスに指導してもらうと張り切っており、メールも送ってみました。返事はないですが、きっと「マーベル」とか「スター・ウォーズ」の仕事で忙しいに違いない…。
一方、そんな血気盛んなリアと正反対で、姉のリーナは放心状態でベッドに横たわっていました。リーナは芸術系の大学に行っていましたが今はやる気を失い、スランプです。
そんな姉を引っ張って、庭で撮影係をしてもらい、リアは渾身のアクションを披露します。でも必殺技の逆回し蹴りは失敗。いつもです。ぶざまに地面に倒れるのみ…。それでも姉はなんだかんだで見守って夢を応援してくれました。
リアは学校へ行くと、常に一緒の親友のクララやアルバとくだらなくお喋り。教師はスタントウーマンになりたいというリアの夢は現実的ではないと一蹴し、もっと堅実なキャリアを目指せと言ってきますが、リアの心は諦めません。
学校のいじめっ子コバックスが挑発してきたとき、相手してやろうじゃないかとリアは戦闘意欲を全開に。ポーズを決め、壁を蹴って勢いをつけてキックをお見舞い…することはできなかったですが、それでも戦いをやめません。周りの野次馬に囲まれ、大声をあげて逆回し蹴りをきめ…やっぱり攻撃は届かず失敗…。
そこに先生が駆け付けて、説教を受けます。
ところかわってリアの母はパキスタン系の母親たちの社交界のリーダーであるラヒーラを中心としたママ友の会に参加していました。そこでさりげなく、でも明らかに意図的に娘たちの話題をだされるも、リアの母はまだよくわかっていません。
その日の夜、父もそろっての食事。両親はリアに半ば呆れ、リーナには心配をしていました。
ある日、家族でラヒーラの豪華な邸宅でイードの夜会に招かれます。ラヒーラの息子サリムは学問に長けており、ハンサムで、今宵も若い女性たちに囲まれて楽しそうに談笑中。遠目に見るリアです。
暇なのでリアはひとりで探索していると、ある部屋でたくさんの女性の写真が1枚1枚並べられた机を発見。その中にはリーナのものもあり、どうやらサリムにふさわしい結婚相手を見つけるためにセッティングされた場だとわかります。
急いで戻るも、リアはサリムと話しており、時すでに遅し。策略に嵌められたとリアは思い知ります。
まんまと上手くいってしまったようで、サリムとデートを重ねていくリーナ。気に入らないリアですが、交際は順調で、ついには婚約を決めてしまいました。
姉があんな男に奪われてしまうのか。リアの闘志が燃え上がりますが…。
アホでもオタクでも、応援してくれる人がいるなら
ここから『ポライト・ソサエティ』のネタバレありの感想本文です。
なんだか最近は人種的マイノリティのファン・ガールを主人公にした作品もよく見かける気がして、嬉しいかぎりですが、『ポライト・ソサエティ』の主人公であるリア・カーンもド直球でそういう少女です。
リアが熱中しているのはスタントウーマン。憧れの人物に“ユーニス・ハサート”という実在の人物を挙げているほど。“ユーニス・ハサート”はイギリス人のスタントウーマン&スタントコーディネーターで、90年代から2000年代以降、“アンジェリーナ・ジョリー”や“ミラ・ジョヴォヴィッチ”などのスタントを務め、作中で言及されるとおり、MCU作品や『スター・ウォーズ』でも仕事している大ベテランです。
ドキュメンタリー『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』でも語られるように、このスタント・パーソンの仕事は裏方なので、あまり目立たないのですが、リアはどこでどう知ったのか、これを天職だと考えている様子。
リア本人のやる気だけはみなぎっており、自分の動画チャンネルで日々のスタントの腕を撮影したビデオをアップロードし続けていて、イタいオタク街道を突っ走っています(振り返ってはいけない)。
でもそんな姿を愚直に貫けるのは、バカにせずに応援してくれている姉のリーナが身近にいてくれるから。オタクであることの最大の理解者が家族の中にいるというのは幸せ者ですね。
『ポライト・ソサエティ』はピュアな姉妹作品で、このリアとリーナの姉妹愛が全編にわたって輝いています。こういう妹は姉としても可愛いんだろうな…。
それだけでなく、リアの周りの学校の友人たちも良い奴らです。リアに負けず劣らずアホですけど…。というか、あの学校の雰囲気そのものが相当にバカっぽくあえてふざけて描かれていて、良い意味で幼稚さがあるコメディです。
こういうノリのコメディは他にも腐るほどありますが、南アジア系の子を主役にするものでは描かれることがほとんどありませんでした。だからこそやる価値があります。
テロリストの役とか、貧しい役とか、逆に超金持ちの役とか、そんな極端な役回りだけじゃない。こういうただただアホなティーンでもいいじゃないか、と。
すごいコテコテなステレオタイプな男装でジムの男子更衣室に潜入したり、ワックス脱毛で拷問を受けたり、使用済み偽装コンドームを設置しようとしたり、もう全てがイチイチくだらないのですが、そんなマヌケな姿にも付き合いたくなる魅力のある映画でした。
カンフーとか武道がアクションのベースだからか、いきなり日本語曲が流れてびっくりしましたけどね…。
I am the fury!
これだけ『ポライト・ソサエティ』の主人公であるリアが、荒唐無稽なオタク少女で全力全開なので、ヴィランとして立ちはだかる敵も、『キングスマン』にでてきそうなくらいにベタな悪役です。まさしくリアの脳内アクション・ワールドで対峙するにふさわしい存在…。
リーナの婚約者であるサリムとその母のラヒーラ。その狙いは、リーナの健康な生殖能力。卵巣、卵子、子宮…それらが女の存在価値を決めると定義する…。女性たちの母体を品定めし、選別する…。女性を産む機械としてしかみなしておらず、その体を器として利用すること以外は眼中にない、とんだサイコパスなマターナル親子でした。
あらためてこうやってあんな研究室でその実態が明らかになると、普通にキモイですね…。まあ、誇張されているとはいえ、ああいう考えの人たちは世の中にうじゃうじゃいるのですけども…。
このワイフ・ハンティング野郎と母体信仰ファック・マザーを懲らしめるために立ち上がることになるリア。最初は姉を失う寂しさによる幼い嫉妬心もあったかもしれませんが、ついに好敵手を見つけました。そう、強くなるには倒すべき悪党がいないといけなかったのです。
今作ではそんな歪みきったおぞましい保守的な女性観に対抗するのが、このバリバリの中二病フェミニズムなのが最高じゃないでしょうか。ええ、私はこういうのを「中二病フェミニズム」と表現していきたいところ。真面目で不真面目なフェミニズムの真骨頂がこの映画にはあります。
結婚式での威嚇ダンス、ギリギリの攻防による決死のバトル、そして最後は「I am the fury!」の叫びからの一撃。小さな小さな中二病フェミニズムは私たちに戦う勇気をくれます。
ラストは、また姉の他愛のない戯れ、オマケで夢へのさりげない後押しと、きっちり揃っており、これでもかと暴れまくった物語ですが、芯にある姿勢はとても良かったです。『ポライト・ソサエティ』くらい振り切ったほうがいいですね。
南アジアの本場であるボリウッドなどの市場では、正直、マスキュリニティを讃えるような大作がわんさか作られている状況を微妙な気持ちで眺めていましたが、いつかこんな『ポライト・ソサエティ』のような魂の通ったエンターテインメントが本場でも見たいものです。
“ニダ・マンズール”監督にはもういくらでも製作費を渡して、どしどし映画でもドラマでも作ってほしいです。もちろんそのクリエイティブに余計な口出しが無い環境で…。
私も遠慮なく怒っていこうと思います。
「共同親権で家族の団結を深める」って? …I am the fury!
「女性の定義は生理があることだ」って?…I am the fury!
「出生率改善のために官製お見合いだ」って?…I am the fury!
この世界、怒ることが多すぎるんですよ…。蹴りに使う足が痛いぜ…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 90% Audience 84%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Focus Features ポライトソサエティ ポライト・ソサイエティ
以上、『ポライト・ソサエティ』の感想でした。
Polite Society (2023) [Japanese Review] 『ポライト・ソサエティ』考察・評価レビュー
#パキスタン系 #シスターフッド