ただでさえ女というだけで敵が多いのに…「Disney+」ドラマシリーズ『シー・ハルク ザ・アトーニー』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
シーズン1:2022年にDisney+で配信
原案:ジェシカ・ガオ
セクハラ描写 恋愛描写
シー・ハルク:ザ・アトーニー
しーはるくざあとーにー
『シー・ハルク:ザ・アトーニー』あらすじ
『シー・ハルク:ザ・アトーニー』感想(ネタバレなし)
女のヒーローはウザいって?
「マーベル・シネマティック・ユニバース」、通称「MCU」は2021年の『ワンダヴィジョン』からフェーズ4に突入し、映画のみならずドラマシリーズ、アニメシリーズ、スペシャル作品と、バラエティーを大増量して展開するようになりました。
それからまだ2年も経っていないのが信じられないですが、勢い絶好調なMCUに対するいわばバックラッシュのような反応もフェーズ4になってから目立つようになっています。もちろん普通の批判なら何も問題ないですし、ガンガン批判するべきなんですが、中には明らかに批判という言葉では片付けられない反応もチラホラ。
それが多様性(ダイバーシティ)に対するネガティブな反応です。MCUはフェーズ4になってから明確に主要登場人物の人種や性別が多様になっており、マイノリティな人種や女性をピックアップしてきています。これまでが相当に白人男性に偏っていたので、当然の多様化とも言えるのですが、それを目障りに思っている人が残念ながらこの世界には存在します。
「ポリコレのせいで作品がつまらなくなる!」という反応はそもそもを辿れば「コミックス・ゲート」事件に遡りますが、その勢力がMCUにも群がってきたかたちです。
そんな雑音に対して当のMCU側は「相手する価値なし」と完全無視を決め込んできましたが、ここにきてその世相さえもきっちり題材にする作品を生み出してきました。
その作品とは本作『シー・ハルク:ザ・アトーニー』というドラマシリーズです。
本作はコミックでは1980年に登場した「シー・ハルク」というキャラクターを主役にしたドラマシリーズであり、シー・ハルクはいわば「ハルク」の女性版です。ただ、ハルクとは全然作品観が違います。
まず本作は「法廷ドラマ」であり、もちろんMCU初のジャンルの試み。いわゆるキャリアを歩む女性をお仕事モノでもあり、完全にこれまでのMCUとトーンが違います。シー・ハルクは世界を脅かす敵を倒すヒーローではなく、自身のキャリアをコツコツと歩んで仕事面でも人間関係面でも満足いく人生を手に入れたいひとりの女性です。これまでの既存の主役級のMCU大人女性キャラは、ブラック・ウィドウ(ナターシャ・ロマノフ)、ワンダ・マキシモフ、キャプテン・マーベル(キャロル・ダンヴァース)と登場してきましたが、かなり特殊な立ち位置のキャラばかりで、シー・ハルクにてやっと等身大の女性が描かれた感じでしょうか。
そして『シー・ハルク:ザ・アトーニー』は歴代MCUの中で最もフェミニズムしている作品でもあり、詳細は見てのお楽しみですが、トキシック・ファンダムなど現在のMCU周りの諸問題をしっかり網羅し、極めて自己批判的な作品に仕上がっています。
本作自体が「ポリコレのせいで…なんちゃら」とほざく集団に対して「何か言った? やってやろうじゃないか!」とファイティングポーズをぶちかましており、非常にMCUの姿勢が明示されている一作です。
『シー・ハルク:ザ・アトーニー』の原案&脚本は“ジェシカ・ガオ”。アニメ『リック・アンド・モーティ』を手がけた人物で、ほんと、フェーズ4以降のMCUは『リック・アンド・モーティ』クリエイターたちに頼りっきりだな…。
主役のシー・ハルクを演じてMCUの仲間入りを果たしたのは、ドラマ『オーファン・ブラック 暴走遺伝子』の“タチアナ・マスラニー”。実は“荻上直子”監督の『トイレット』にもでていて地味に日本に縁があります。
共演は、ドラマ『グッド・プレイス』の“ジャミーラ・ジャミル”、ドラマ『スペース・フォース』の“ジンジャー・ゴンザーガ”、ドラマ『オルタード・カーボン』の“レネイ・エリース・ゴールズベリイ”、『ベイウォッチ』の“ジョン・バス”、ドラマ『フライト・アテンダント』の“グリフィン・マシューズ”など。
他にもすでにMCUで登場済みのあんなキャラこんなキャラもサプライズで登場します。
『シー・ハルク:ザ・アトーニー』は全9話(1話あたり約30~38分)。これまでMCUに興味なかった人でもオススメです。
『シー・ハルク:ザ・アトーニー』を観る前のQ&A
A:今作で初登場のキャラクターです。なので知らなくても良し!
A:ありません。事前に鑑賞しないと物語が理解できないような作品は一切なく、いきなり本作から鑑賞てもOKです。MCU初心者も気楽にどうぞ。作中で多少関連してくる作品は『インクレディブル・ハルク』『ドクター・ストレンジ』などです。あと「ケビン・ファイギ」の名前だけ、知らない人はネットでググっておいてください。
オススメ度のチェック
ひとり | :MCUの新たな切り口に |
友人 | :語り合うも良し |
恋人 | :異性愛ロマンスあり |
キッズ | :わりと大人のドラマ |
『シー・ハルク:ザ・アトーニー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):怒りを抑えるのはいつもやってる
「力を持つ者の責任とは? 力を乱用しなければ義務は果たされますか? それとも弱者を守る務めがあるのでしょうか?」
新進気鋭の弁護士のジェニファー・ウォルターズは最終弁論の練習中でした。「いつか地方検事になれる」とパラリーガルの友人であるニッキ・ラモスにも励まされます。
そんなジェニファーはついこの間ちょっとしたトラブルがありました。数か月前のこと。いとこのブルースとドライブ旅行をしていました。ブルースは以前は緑の巨人「ハルク」として世界を救ったりもしましたが、今は腕の装置で変身を抑えており、隠居中です。
かつてのアベンジャーズのメンバーであるスティーブ・ロジャースの話題で盛り上がり始めた頃、走行中の車の前に急に謎の飛行船が出現し、車は横転。ジェニファーはブルースを救出しますが、彼の血が腕の傷から入り込んでしまい、自分の姿が変わっているような感覚に襲われつつ、森へ走り去ります。
目覚めると夜の森。近くのバーに向かい、トイレで酷くなった服を直していると他の女性たちが面倒みてくれます。外で待っていると男に話しかけられ、イラつくと、なんとハルクに変身。圧倒的なパワーで男を突き飛ばすことができました。
そしてまた目覚めます。ベッドの上です。しかも南国風のロッジ。その地下にブルースがいました。ここはメキシコだそうで、ブルースのラボのようです。ブルースの説明でジェニファーもハルクになれる体になったことが明らかになります。
治してと頼みますが「ハルクは消せるものじゃない」と言われ、「僕も2人の自分を融合させるのに精一杯だった。もう前の仕事に戻れない。何年もかかる。ハルクであることを受け入れる旅だ。15年くらいかな…」とブルースは喋り続けます。
しかし、ジェニファーはハルクとしての自分をあっさりコントロールできました。「女なら生きているだけで怒りと恐怖を味わっているけど…」
そこでしばらくブルースからハルクの能力について学びます。ジェニファーはスーパーヒーローになるつもりはなく、弁護士を続ける気でした。そして職場に復帰します。
ところが、肝心の法廷で自分のスキルを発揮しようとしたその瞬間、なんだか知りませんがやたらと強そうな女が乱入。ジェニファーはやむを得ず、ハルクに変身してぶちのめします。
それは瞬く間にニュースになり、「シー・ハルク」として話題騒然。こんなはずじゃなかったのに…。
法廷ドラマとして:MCUを法律で整理する
『シー・ハルク:ザ・アトーニー』は前述したとおり法廷ドラマです。
これまでのMCUのキャラクターたちは法律なんてなんのその、「私はヒーローだぞ!」と、まあ、それはそれは我が物顔で描かれてきました。『シビル・ウォー キャプテン・アメリカ』でソコヴィア協定が描かれましたが、それも反故にしたも同然でしたし、だいたいヒーローというのは一般的なルールを破って活動している奴らばかり。それがいわばヒーローの特権でした。コンプライアンスとか意識ゼロですよ。
この実情に対して本作は「いや、法律は何よりも大前提にあるべきでしょ?」と至極まともに正論を突きつけます。
ジェニファーはシー・ハルクの能力を得ても筋力で戦うわけではなく、あくまで法律で戦います。それが彼女なりのヒーローの在り方です。
このMCU世界観で発生するあらゆる異能力者的な珍事に対して、1件1件「これはこの法律で…」と対処していく物語はとてもユニークです。ミーガン・ザ・スタリオンに化けるシェイプ・シフターの詐欺とか、ドニー・ブレイズというマジシャンの件では魔術に著作権はあるか議論したり、フロッグのスーツの不良の賠償の件ではヒーローの個人情報は開示できるか…とにかく話題に事欠きません。
タイタニアの一件ではちゃんとヒーロー名はその活動をしたヒーローに権利があると判例ができ、これでMCUの他のヒーローたちもホっとひと安心したことでしょう(偽物は全部訴えることができるはず)。
そんな中でも笑えるのがウォンです。彼はフェーズ4のMCU作品に頻繁に登場し、MCU世界の良心なんてファンからは言われていましたが、本作ではそんなウォンの別の側面が垣間見えます。法廷で「なんたらディメンションが…」と一方的にまくしたてる姿は完全にヤバい奴。どんなにそのヒーローの世界では常識人であっても世間一般では非常識でしかないという現実があられもなく表出していましたね。
ジェニファーも良いキャラクターでした。素の状態の”タチアナ・マスラニー”がいいですね。弁護士と言えば真面目な人間として描写されがちですが、このジェニファーは良い意味でくだけており、仕事もしますが、プライベートでは男漁りもします。でも実家の自分の部屋に『エリン・ブロコビッチ』のポスターが飾ってあることから推察するに、きっと弁護士を夢見る女の子時代があったのだろうなと思わせる。夢を叶えたけどでももっと欲張りたい、そんなミレニアル世代のリアルがあったんじゃないでしょうか。
フェミニズムとして:トキシックなあいつら
『シー・ハルク:ザ・アトーニー』は仕事に恋にと前進する主人公のジェニファーを中心とする非常にフェミニズムな切り口での物語が終始展開し続けます。
そのフェミニズムは第1話から炸裂。怒りを制御するのに宇宙まで行くほどに苦労を重ねたブルースに対して、ジェニファーはあっさりコントロールしてみせる。ここでこれまで比較的温和キャラに思えたブルースがいわばアベンジャーズ保守派ともいうべき存在としての側面が浮き彫りになり、ジェニファーに対してあれこれ指導しているのもマンスプレイニングに見えてくる描写になっています。中年男性ヒーローが若い女性に継承するというのは『ホークアイ』にもありましたけど、こうやってジェンダー差に向き合うのは今までほぼなかったです。
まあ、このエピソードに苦言をあげるなら、ちょっとバイナリー規範すぎるかなと思いますけどね(ただでさえハルクは肉体変異をともなうので、男女の怒りに対する違いも生物学的に決定しているように受け取られかねない)。
そして年間最優秀女性弁護士賞のステージに立つジェニファーに襲いかかった醜悪なヴィラン。それはインテリジェンシアというサイトに集う男たちで、ネット上で「キャンセル・シーハルク」と盛り上がって、殺害予告荒らしもしたりする…要するに現実に存在するあいつらでした(ちなみにこのドラマ自体、実際にそういう女性嫌悪な人たちからのレビュー爆撃の被害を受けています;ScreenRant)。
その中心にいたハルクキングの正体はトッド・フェルプスで、仮釈放で協力したエミル・ブロンスキー(アボミネーション)が裏でちゃっかり関与していて…。あの第7話のメンタルケアはブラフでしたね(でもあのエピソードの面々も面白かったけど)。男の反省はそう簡単には信用できないってもんです。
エンディングはまさに「ネットで調子に乗っているそこのあなた、やりすぎれば法廷で相手しますよ」という警告ですしね。
フェミニズムとして:MCU最大の男
そんなヒーローとキャリアの両軸でバランスをとろうとするジェニファーに立ちはだかる最大の“男”…それはMCUを統括するアイツ…。
『シー・ハルク:ザ・アトーニー』は原作コミックを継承してメタな演出が満載で、視聴者に語りかける第4の壁の突破も平然とやってみせます(このあたりはドラマ『Fleabag フリーバッグ』の影響も強く感じる)。似たスタイルの『デッドプール』と比べても、『シー・ハルク:ザ・アトーニー』は観客の視線(つまりそれはジェンダー的な目線の話とも重なる)を意識する物語なので、この演出がマッチしていました。
で、いよいよ最終話の第9話ではまさかの物語一時停止からの「Disney+」メニュー画面で「アッセンブル(ドキュメンタリー)」に移動し、スタジオの「シー・ハルク」制作現場に突入し、ライターズ・ルームに不満をぶつけるという…いつかやると思っていたけど早々にやっちゃうとは思わなかった…。
そしてケビン・ファイギの名前が登場し、警備員をなぎ倒し、ついに大ボスのもとへ。そこにいたのは…AI「KEVIN」でした。アメリカのこの手のコメディではクリエイター本人が作中に登場するのはお約束なのですが、MCUではケビン・ファイギはAIなのか…。
ここで偉いなと思うのは、しっかりケビン・ファイギそのものも忘れずに批判しているところです。「崇拝されすぎ」だとか、そういうケビン・ファイギ信仰そのものが家父長制になりかねないでしょ?と忘れずに釘をさす。まさしくファンダムにありがちなことです。ついでに「女の性欲を描くシーンが少ない」とか、「ファザコンが多い」とか、「X-MENはいつ?」とか、聞きたいことは全部聞いて(VFX労働問題にも言及される)、物語はジェニファーの納得いくかたちで改変されます。
ケビン・ファイギ本人をださないのはやっぱり本人登場はスタン・リーだけの特別演出にしたいのかな…。
そんなジェニファーにとっての理想の男性フェミニストとして登場するのがデアデビルことマット・マードック。本作ではかなりマットを褒めまくりな登場のさせ方をしましたね。確かにあんな性格的にも誠実で法律の知識もあって全部をわかってくれたら最高ですよ…。『Daredevil: Born Again』ではこのマットのイメージがどこまで壊れるのか楽しみだ…。
他にも今後の気になる点はたくさんあります。最後まで能力の理由を一切明かさずに終わったタイタニアのあの一貫したシットコムにありがちな「よくわからんが場をかき乱すキャラ」としての徹底ぶりも良かったな…。ブルースが息子のスカーを連れてきたり、再収監されたエミルはウォンに連れられてカマータージへ逃げたり(あの刑務所、無能すぎる)…。何よりライターズ・ルームでシーズン2が検討されていたので、もうこれはシーズン2確定なのか?
シー・ハルクには今後もMCUをぶった切ってもらいたいです。次はディズニー本社に乗り込んで!
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 36%
IMDb
5.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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・『ミズ・マーベル』
・『ムーンナイト』
・『ホークアイ』
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作品ポスター・画像 (C)Disney シーハルク
以上、『シー・ハルク:ザ・アトーニー』の感想でした。
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