エリザベス・モス主演の鑑賞者も大混乱するミステリー・サスペンス…「Apple TV+」ドラマシリーズ『シャイニング・ガール』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
シーズン1:2022年にApple TV+で配信
製作総指揮:エリザベス・モス、レオナルド・ディカプリオ ほか
DV-家庭内暴力-描写
シャイニング・ガール
しゃいにんぐがーる
『シャイニング・ガール』あらすじ
『シャイニング・ガール』感想(ネタバレなし)
記憶が、あれ?
最近、記憶があやふやになっていませんか?
「アレ、どこにやったんだっけ…」「そう言えば私、何をしようとしてたんだったかな…」「コレって私がやったの?」「ソレ、前にも見たような…」
そんな曖昧な記憶、認識、感覚…。まあ、人間の脳なんてそんなパーフェクトなものじゃないので多少のあやふやな状態はしょうがない。そういうものだと気にせずに生きていきましょう。
でも、さすがにちょっとこれはヤバイぞというレベルの記憶の混濁があったりすると困ります。例えば、「私、いつのまに結婚してたんだっけ?」とか…。
今回紹介するドラマはそういう説明不可能な認識の混乱が不定期に巻き起こっていく状況に陥った主人公を描く作品です。それが本作『シャイニング・ガール』。
なお、本作の原題は「Shining Girls」です。「Girls」と複数形になっているのですが、なぜか邦題は「シャイニング・ガールズ」ではなく「シャイニング・ガール」になっています。ほんと、なんでなんだろう…。ちゃんと「Girls」であることに意味があると思うのだけどなぁ…。
気を取り直してこのドラマ『シャイニング・ガール』、どういう物語なのかというと…これがまた驚きの連続で…。何から説明して、どうやってネタバレを回避すればいいのか…。
ひとまず主人公はひとりの大人の女性。会社で書類管理の事務仕事という下っ端のポジションで働いているのですが、この主人公には悩みがありました。それは記憶の混濁。しかも、かなり深刻なもので、ゆえに普段からメモをしてその記憶の曖昧さを補助しています。ところがそんなことではカバーしきれないほどの異常事態が発生。さらに近場で起きた殺人事件が自分の過去に受けた暴力事件と関連している疑いまで…。この犯人は誰なのか? そして自分の過去の秘密が明らかになっていく…。
そんなミステリー要素の強いサスペンスであり、心理スリラーのような緊迫感もあり、あげくには「え? そういうジャンルなの!?」という仰天の飛躍も見せていく。なかなかにとんでもないドラマシリーズです。
ただ、物語自体はかなりゆったりした話運びというか、とにかく第1話から謎が多すぎて頭が「?」だらけになると思いますけど、4話あたりから整理がつくようになって一気に面白くなってくるので、頑張って鑑賞を続けて頭をフル回転させてください。
『シャイニング・ガール』は製作総指揮&主演を務めるのが、ドラマ『ハンドメイズ・テイル 侍女の物語』や2020年の『透明人間』など常に圧倒的な演技をみせつけてくる“エリザベス・モス”。最近は『ハースメル』でも主演&製作を兼任していましたが、今回は新しいドラマシリーズを引っ張ります。これまた実に“エリザベス・モス”らしい作品に仕上がっていますよ。
そしてこの『シャイニング・ガール』、製作総指揮にはあの“レオナルド・ディカプリオ”も加わっています。“レオナルド・ディカプリオ”の設立した「Appian Way Productions」、結構色んな作品を幅広く手がけているんですよね。俳優としては出演していません。
『シャイニング・ガール』の原作は南アフリカ出身の“ローレン・ビュークス”が2013年に執筆した小説です。”コナン・ドイル”や“アガサ・クリスティ”など著名な作家が多数寄稿したことで知られる「ストランド・マガジン」の名を冠する賞でも受賞しており、原作の時点で高評価でした。
共演は、『WASP ネットワーク』『セルジオ: 世界を救うために戦った男』の“ヴァグネル・モウラ”、社会現象となった『ハミルトン』でも話題の“フィリッパ・スー”、『SKIN/スキン』の“ジェイミー・ベル”、『アルゴ』の“クリストファー・デナム”、ドラマ『ボクらを見る目』の“クリス・チョーク”、ドラマ『弁護士ビリー・マクブライド』の“エイミー・ブレネマン”、ドラマ『ハンドメイズ・テイル 侍女の物語』でも活躍していた”マデリーン・ブルーワー”など。
『シャイニング・ガール』は全8話。1話あたり約45分程度です。「Apple TV+」で独占配信されています(「Apple TV+」は現時点では7日間の無料トライアルがあり、Apple製デバイスを持っていると3カ月無料になります)。
先ほども書きましたが、ミステリアスな進行なので、じっくり腰を据えて物語に集中して楽しむのがオススメ。映像の中の些細な変化も見逃さずに…。
残酷に殺された死体が頻繁に生々しく描写されるので、苦手な方はご注意ください。
オススメ度のチェック
ひとり | :ミステリーSF好きは注目 |
友人 | :謎解きを一緒に |
恋人 | :サスペンス好き同士で |
キッズ | :残酷な描写あり |
『シャイニング・ガール』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):何かが変わっている…
1964年。家の前の外の階段で遊んでいる幼いひとりの女の子。そこに男がふらっと現れて軽々しく話しかけてきます。おもむろに距離を詰めてコップの中にいたマルハナバチを素手で掴み、羽をむしりとってしまう男。ペガサスの小物を「僕が帰るまで預かっていて」と言うも、「要らない」と口にするその子にそれを置いてそのまま立ち去ってしまいます。
1992年。ノートに文字を書きつらねるひとりの女性、カービー。それは記憶のためで、ある出来事以来、不安定でした。家にいる猫の名はグレンデル…とメモ。母のレイチェルに別れを言い、ヘッドホンをつけて外へ。
勤務場所はシカゴ・サンタイムズ。といっても荷物配りの文書管理の仕事です。ここは金曜日までで辞めるつもりでした。配り終えたカービーは自分の机に戻りますが、戻ったつもりなのに他人が座っていて不思議に思います。「君の席はあっちだろう」と言われ、従います。でも自分の机は天井から水がポタポタ垂れていてマグカップで受け止めていたはずなのだけど…。
その頃、街の下水管のある地下にダン・ベラスケスという記者が入り込んでいました。中では警察が慌ただしく動いており、女性の遺体が発見されたようです。身元はジュリア・マドリガル、2年前に行方不明になった人です。
カービーは刑事に呼び出されます。実はカービーは以前に不審人物に襲われて一命をとりとめた過去があったのです。刑事からついさっき起きた遺体発見事件が自分の事件と共通点があると言われ、無数の男の写真を示されます。でもカービーは犯人の顔を覚えていませんでした。
カービーは家に帰宅。そこにいたのはグレンデルという犬…。
別の場所。プラネタリウムで天文学の解説員をしているジニーは、職場の机に羽がないハチの死骸を見つけます。ジニーは夜に屋上で休んでいると急にドアが閉まって取り残され、予期していたように傘があるのに気づきます。
一方、記者のダンは独自に調査していました。あの遺体は殺人とみられ、被疑者は精神障害がある男で名前はパヴェウ。不当な捜査であり、見当違いの犯人を追っている気がしました。
事件に関心があったカービーは職場のダンのメモを盗み見て、パヴェウが疑われていることを知り、記者を名乗って夜にその人のもとに行ってみます。「僕はジュリアを傷つけていない、5カ月の付き合いだった」と語るその男は無実そうでした。
そこでダンと遭遇。カービーは6年前に自分も同じような事件に遭ったことを打ち明けます。
カービーはその事件で犯人によって体に独特な傷をつけられたそうで、それが手がかりになるかもしれないとダンと一緒に女性の法医学者アイリスに見てもらいます。ところが診察台で背中を見せて上半身裸だったときに、ふと法医学者の方を見ると、なぜか男性の医者ハワードがそこに立っていました。
パニックになるカービー。確かに女性だったはず…。
状況はわかりませんが、それはさておきおそらくカービーを襲った人間と共通であろう犯人は被害女性の体の中に“モノ”を残すようです。カービーの場合は存在しないバーのマッチ箱でした。ということは犯人はジュリアの中に何かを残したのかもしれない。
疑問だらけのまま、家に帰ると部屋の場所が上階に変わっていました。そして家にいたのは母ではなく職場の同僚のマーカス。自分はこの人と夫婦関係のようで…。ペガサスの小物だけがそのまま部屋に変わらずあるだけ…。
全ての始まりは「家」だった
『シャイニング・ガール』は第1話から主人公も視聴者も頭が大混乱です。
最初は普通に殺人事件の調査が主軸なのだろうと思うじゃないですか。主人公のカービーは唯一の生き残りで、ジニーはこれから被害に遭う人間で、これは同一犯による連続殺人なのだ、と。
でも何かその傍らで異常現象が起きるわけです。記憶が曖昧だったり、精神が不安定なのはわかります。きっとカービーはあんな怖い目に遭ったのですから、トラウマを抱えているゆえのこうした境遇なのだろうと察せます。ところがなんだかそれでは説明できないレベルのことが勃発し続けます。さすがに結婚していたことに気づかないのは変ですし、一体これは何なんだ…。
そして第4話でいよいよこの物語のジャンル的な全容が浮かび上がってきます。1972年から惨殺遺体が不定期に発見されており、その様々な年代にいつも同じ容姿年齢のひとりの男がいる。被害者の中に次の被害者に関連するモノを入れて残しており、それはまるで入念な計画、もしくは未来を知っているかのような…。ついにカービーは怪しい男ハーパーと対峙。そこで男に掴みかかられると建物が一瞬で変化し、建物を出るとそこは存在しなかったはずのバーが…。
これはもう超常現象の類じゃないと説明不可能な展開です。
ドラマは続きます。第5話では「レオの二の舞になる」と焦って病室を抜け出すハーパー。カービーとダンは手がかりをつかんで精神病院施設に入所しているレオという男のもとに行くと「僕をあの家に連れ戻してくれない」とうつろに語るレオの姿…。
さらに第6話の「え?」という始まり。1918年のフランスの第1次世界大戦の戦場。そこで出会った兵士のハーパーとレオ。2人は戦地から戻り、ある家へ導かれ…。
はい、ネタバレ。『シャイニング・ガール』はタイムスリップものでした。レイクビュー通りのある家がその時間を超える舞台。なぜかこの家の扉は時間移動できるのでした。そしてそうやって時間移動を重ねるハーパーと接触した経験のあるカービーは、時間移動が起きるたび周辺の“何か”が変化してしまうという副作用みたいなものに自覚できるように…。
SFとしていきなりとんでもない展開が開いていく『シャイニング・ガール』。なかなかに怒涛の流れですね。
女性が主導権を取り戻す物語
ただ、『シャイニング・ガール』は単なる「わ~不思議だな~」という呑気なSFではなく、その根底のテーマとして、女性が男性に殺されていく「フェミサイド」への問題意識があります。
そもそもの発端であるハーパー。始まりはクララという女性への好意でしたが、クララにタイムトラベルへと案内しても魅了はできませんでした(その未来でクララはバーテンダーしているカービーと仲良くダンスを踊りにでてしまったりして、ちょっとバイセクシュアルな雰囲気を漂わせている)。
「女を俺のモノにしたい」という歪んだ欲望が支配欲から加害欲へと変わり、ハーパーはクララを殺害する最初の殺人以降、猟奇的なフェミサイド殺人鬼へと変貌し、ずっと時間を超えて血で染まっていきます。
要するに『シャイニング・ガール』は男の女への加害性というものをSFで視覚化したものであり、これは“エリザベス・モス”主演の『透明人間』と同じ構造ですね。今回はそのタイムトラベル版です。
面白いのはあの摩訶不思議な家は、そこに辿り着いた多くの男性にとっては自分を狂人に変えてしまう呪いになっているようだということ。ハーパーが家主になる前も別の男性たちがいたようですが、ひとりは首つりしているし、たいていは不幸な最期です。これは「男が家主になるという特権を得ることは、自分も周囲も傷つける」という法則を暗示するかのようで…。
『シャイニング・ガール』は「これ、1シーズンで風呂敷を畳んで終われるのか?」と心配になってくる世界観の広がりではありましたけど、終盤は結構な急ぎ足で物語が収束します。つまるところ、カービーが家主になるというエンディングであり、これは「女性が男社会から主導権を取り戻す」という着地を示しているのでしょう。
“エリザベス・モス”のあのラストの家で佇む堂々たる姿、貫禄あるな…。
責任を背負うかたちでカービーが家主になったことで「みんな死んでない世界」に変化します。未来の女性たちも暴力で命を落とすこともなく、ダンも生きている。印象的なのはきっとハーパーも肩の荷が下りたのではないかということ。ハーパーをこんな殺人鬼に変えたのは元を辿れば戦争のせいだと言えますから、戦争に行かなかったことになったハーパーにそんな重圧はなく…。
フェミサイドを、悪人を倒して終わり…という解決ではなく、その社会的構造にまで目を向けてその変革の重要性を極めてSF的なトリックで描いてみせる。かなり上手い脚本だなと感心してしまいました(原作本も読んでみようかな…)。
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 85% Audience 87%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Apple シャイニングガール
以上、『シャイニング・ガール』の感想でした。
Shining Girls (2022) [Japanese Review] 『シャイニング・ガール』考察・評価レビュー