寂しいときは蜘蛛とお友達になろう…Netflix映画『スペースマン』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にNetflixで配信
監督:ヨハン・レンク
すぺーすまん
『スペースマン』物語 簡単紹介
『スペースマン』感想(ネタバレなし)
星雲とアレとアダム・サンドラー
宇宙にあるのは星だけではありません。塵やガスのようなものも漂っており、それらが密集したものは「星雲」と呼ばれます。
専門家は宇宙のあちこちに観測される星雲に固有の番号をつけて区別しているのですが、具体的な名称がつけられる星雲もあります。例えば、「かに星雲」や「ふくろう星雲」などです。
さらに「くも星雲」なんてものもあるそうです(National Geographic)。これだと「雲(くも)」がダブってる気がしますが、この「くも」は「蜘蛛(spider)」のほうです(正確には「クロゴケグモ星雲」という名称らしい)。
人間はいろんな生き物の名前を星雲につけまくっていますが、もちろんそこにその生き物が実際にいるわけはありません。
いたら面白いんですけど…。だってほら、宇宙にカニが漂ってたら絶対にバズりますよ。
そんな中、今回紹介する映画は、星雲(星間雲)でとんでもない存在に出会ってしまうひとりの宇宙飛行士の男の物語です。
それが本作『スペースマン』。
本作は、1988年にチェコ共和国の首都のプラハで生まれ、15歳でアメリカに移住した“ヤロスラフ・カルファシュ”が執筆したSF小説「Spaceman of Bohemia」を原作としています。
物語は前述したとおりで、ひとりの宇宙飛行士の男が主人公で、地球からはるか離れた宇宙のある地点で単独でのミッションの中、孤独に沈んでいると、ある存在に出会ってしまう…。
こう書くとなんだか『エイリアン』みたいなパニックものに勘違いされそうですが、そういうジャンルでは全くないです。そんなジャンルに明らかになりそうなんですが、不思議とならないんですね。
『ゼロ・グラビディ』からダイナミックな映像演出を引いて、『惑星ソラリス』を足し合わせたような、静かな自問自答のようなドラマが展開されます。
インディペンデント映画っぽい雰囲気が漂っていますし(ただ、2021年に撮影され、ポストプロダクションにかなり時間がかかってしまっているそうです)、実際の中身もだいぶ絞った演出に抑えています。エンタメ大作を求める人には退屈でしょうけど、落ち着いたSFドラマを静観したい人向けかな。
とは言え、この『スペースマン』、静かなSFドラマとは言え、一点か二点、際立った特徴があって…。
そのひとつが、まず“アダム・サンドラー”主演ということ。最近は過去の低迷期を無かったことにするくらいの勢いで“アダム・サンドラー”は絶好調。『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』(2017年)、『アンカット・ダイヤモンド』(2019年)、『HUSTLE ハッスル』(2022年)と、演技面でも高評価を連発し、俳優としての底力を発揮していました。加えて2023年は『レオ』というアニメーション映画でも才能を見せていて…。57歳でキャリアのピークを更新しているんだから、凄いもんですよ。
今回の『スペースマン』でもギャグ封印で名演を披露しているのですが、でもある存在と共演するんですよね…。そこが…なんというか、何とも言えない“アダム・サンドラー”っぽさがあって…。一応、伏せておきますけど、でも隠すほどでもないか…。
“アダム・サンドラー”と共演するのは、『マエストロ その音楽と愛と』の“キャリー・マリガン”です。共演と言っても作中で隣に立つシーンはほんのわずかしかないのだけど…。
映画『スペースマン』を監督するのは、ドラマ『チェルノブイリ』で話題となったスウェーデン出身の“ヨハン・レンク”。実際に起きた殺人事件を題材にした2008年の『Downloading Nancy』で長編映画監督デビューしていたのですが、相当に久しぶりの映画の仕事となります。
音楽は『戦場でワルツを』の“マックス・リヒター”が手がけています。
『スペースマン』は「Netflix」で独占配信中。
惨めそうな佇まいで孤独に沈む“アダム・サンドラー”を見たい人、オッサンと変な存在の珍妙なスペースライフ&ウォークを眺めたい人…そんなピンポイントな需要に答えてくれます。
『スペースマン』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2024年3月1日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優ファンなら |
友人 | :エンタメ要素薄め |
恋人 | :夫婦モノでもあるけど |
キッズ | :大人向けのドラマです |
『スペースマン』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
森の静かなせせらぎの川の中をゆっくり歩いているひとりの男。場違いな宇宙服を装着しており、茫然と自身の周囲を見渡しているだけ…。
宇宙飛行士のヤクブは調査ミッションで太陽系の果てにたった独りで送られました。殺風景な宇宙船内を浮かびながら移動するのは自分だけです。無機質な機械に苛立ちながら、この孤独の空気を浴び続けてもうかなり経ちます。心理的にかなり滅入っており、現実は曖昧になってきました。
ある日、189日を達成したソロ・ミッションを高らかに説明しながら、地球とビデオ通話をします。このときばかりはヤクブはこの宇宙での仕事にワクワクしているかのような表情を顔に張り付けます。子どもからの質問で寂しくないのかと聞かれますが、毅然と仕事に打ち込む宇宙飛行士として振舞います。
もちろん、本音は違いました。でも誰にも言えません。
ヤクブの一番の気がかりは、家族。とくに妻のレンカを恋しく想い、妻は妊娠中で、まだ生まれていない娘も頭に引っかかります。自分は会えるのだろうか…。
一方で、実はレンカはヤクブと別れたいという感情をこぼれだしながらのメッセージを彼に送っていました。けれどもヤクブの指揮官であるトゥーマ長官がそのメッセージを届かないようにブロックし、任務に支障がでないかたちでコントロールします。上層部はヤクブをミッションに閉じ込めます。
何も知らないヤクブは黙々と基本の運動トレーニングをし、体を拭き、味気のない食事を摂取し、排泄をし、そんな日常のルーチンワークを淡々とこなします。
レンカに連絡を試みても、応答はしてくれません。
別の日、顔の皮膚の下を何か這いずり回る感覚に襲われます。口から何か足の長い生き物が飛び出すような…。それは悪夢でした。
いつもの管制室のピーターとの通信。その最中、何か別の声が聞こえた気がします。そんなことはあり得ないのですが、気のせいなのか…。
ところが、船内で信じられないものを見ます。それは巨大なクモのような生き物。でも人の言葉を喋っています。
夢ではありません。思わずエアロックを閉じて、その謎の生物を閉じ込めます。どうすればいいのか、頭の中は混乱です。これは異常事態。想定していない状況です。
どうやらこの謎の生物は人の言葉を話せるのでコミュニケーションできるようです。そこでヤクブは少しずつこの謎の生物と会話を重ねていきますが…。
チェコの政治的背景は薄め
ここから『スペースマン』のネタバレありの感想本文です。
『スペースマン』は家族という最も身近な居場所からも切り離され、孤独の中で己を見つめ直すひとりの人間の物語です。『ゼロ・グラビディ』や『インターステラー』のように、このアプローチはもはや定番ですが、本作は夫婦間の一方通行な孤独を主軸にしています。
最近も『もっと遠くへ行こう。』など、SF要素を交えて夫婦関係の揺らぎを描くものはありましたが、『スペースマン』はそう考えるとそこまで真新しくもありません。
ただ、本作は原作からしてチェコの作品だということは特筆したい部分です。
原作はチェコの政治的背景が作品に重なっているのですが、この映画版ではあまりそこが目立ってきません。
主人公のヤクブはチェコ人です。主人公の父親はチェコスロバキア共産党の党員だったということになっています。チェコスロバキアは現在のチェコ共和国およびスロバキア共和国が合わさって成り立っていた国で、1948年からはチェコスロバキア共産党の事実上の一党独裁制によるソ連型社会主義国となり、1960年にチェコスロバキア社会主義共和国と国名を変えました。
経済成長は上手くいかず、国民の不満は高まり、「人間の顔をした社会主義」を掲げて改善を試みるも、結局、1989年にビロード革命で共産党政権が崩壊し、終焉を迎えます。1993年にチェコ共和国とスロバキア共和国に分離しました。
主人公のヤクブの父親は、チェコスロバキア共産党の党員、しかも「StB」と呼ばれる秘密警察に所属しており、当時の政権の弾圧に手を貸していました。そのため、この父親の経歴が世間に明らかになったことで、ヤクブの家族は厳しい視線を注がれるようになってしまい、家族の不和へと繋がっていったようです。
原作では、ロシアの宇宙飛行士も登場し、チェコスロバキアとソ連の関係性を暗示させるような構図にも発展していきます。
作中のヤクブは妻のレンカとの関係の冷え込みを抱えていますが、それはヤクブが単に仕事熱心だったからというだけではないでしょう。というよりも、ヤクブはそこまで宇宙に情熱を捧げているタイプの人間には見えません。
本音としては、父のせいで汚名を被ってしまった家族の名誉を取り戻すために、この困難なミッションを成功させて、英雄になればその家族の回復が達成されるのではないか…そんな下心があったらしいことが窺えます。
一方で、ヤクブの心の中には政治的軋轢で引き裂かれてしまったことへの整理がまだついていないようにも感じる。とてもアンビバレントな立ち位置で、それがあの宇宙船内での孤独なミッションとクロスオーバーしてきます。
映画でもこの部分をもっと掘り下げればいいのですが、やっぱりチェコ特有の政治に特化しても動画配信サービスを視聴する大衆にはわからないと考えたのか、ばっさりカットされてました。最後に韓国の宇宙船に回収されるとか、なんでそうしたんだろう?と思う改変も…。
ラストの後味からして、結構、民主主義というか、欧米的な自由を獲得するオチに近くなっているような感じですね。夫婦愛にベタに収まったとも言えます。原作はチェコスロバキアという今は無い国家の名残を匂わせる終わり方なのだけども…。
私は普通にチェコ(チェコスロバキア)の政治に重点を置いて描いてほしかったなと思います。そうじゃないとますますどこかで見たような物語になっちゃいますからね。
ポール・ダノです
映画『スペースマン』は、政治的背景を脱ぎ去ると、どうしたって残るのは、オッサンとクモの奇妙な共同生活です。
厳密にはクモではなく、地球外生命体のような存在ですが、どこからどう見てもクモです。
それにしても原作だと文字の情報から読者がインスピレーションを膨らまして想像するので、まだそこまでショッキングではないのですが、映画として映像であのまま表現されるとなかなかのインパクトですね。
現実で、家で手の指先サイズのクモを見てもギョっとする人は少なくないだろうに、手のひらどころか、ドアを塞げるサイズのクモがいきなりヌっとその場にいるんですよ。叫び声をあげるのは避けられないか、硬直してしまいそう…。私はそんなにクモが苦手ではないけども、さすがにあの大きさのクモだと怖いと思ってしまうし、そもそもクモは捕食性の生き物なので、あれだけのサイズ感なら普通に人間も捕食するのでは?と警戒してしまう…。
『ハリー・ポッター』なら魔法の杖で戦うのですが、今回はただの宇宙服を装着したオッサンです。打つ手なし。
本作は別にコメディじゃないし、全体としてはシリアス一辺倒で進んでいくのですが、“アダム・サンドラー”がクモとああやって友好を深めていく姿は、微妙にシュールで「笑いをとっているのか?」と勘繰りたくもなります。くしゃみみたいなのを先手で浴びせられるとか、限りなくギャグですよね。
しかも、あのクモもどきの生命体(「ハヌーシュ」と名付けられる。これはチェコのプラハのランドマークである「プラハの天文時計」を作ったとされるも実は作ったわけではない人物の名前に由来すると思われます)、声が“ポール・ダノ”なんですよ。
最近の“ポール・ダノ”は、友達少なめ謎ナゾ犯罪者を怪演した『THE BATMAN ザ・バットマン』や、複雑な立場で息子とぎこちなく接する父親を熱演した『フェイブルマンズ』、一発逆転の大儲けを狙うYouTuberをノリノリで演じた『ダム・マネー ウォール街を狙え!』など、本当に多彩な活躍を見せています。でもクモになるとはね…。
この“ポール・ダノ”声で喋りかけてくるハヌーシュが何とも言えないキャラクター性で、本作はクモが大の苦手な人は直視できないかもしれませんが(足の動きとかリアルですね)、私はいつの間にかあのハヌーシュが気になる存在になって、ちょっとヤクブとシンクロしてました。
ハヌーシュが宇宙空間へ身を投げてから、ヤクブも宇宙服を身に着けて後を追って外へ出て、そのチョプラ雲が広がる中、密接して見つめ合うシーンなんか、もうこの二者はロマンチックな関係にでもあるのかと思ってしまうくらいの絵面でした。その後のヤクブとレンカのシーンがさっぱりしすぎる感覚になるほどには、ハヌーシュとの組み合わせのほうがマッチしている気がする…。
孤独でも“ポール・ダノ”声で語りかけるクモがいるなら、私は寂しくないかもしれない…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 51% Audience 63%
IMDb
5.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
アダム・サンドラー主演の映画の感想記事です。
・『HUSTLE ハッスル』
・『アンカット・ダイヤモンド』
・『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『スペースマン』の感想でした。
Spaceman (2024) [Japanese Review] 『スペースマン』考察・評価レビュー
#アダムサンドラー