日本の未来は大丈夫ますか?…アニメシリーズ『SPY×FAMILY』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2022年)
シーズン1:2022年に各サービスで放送・配信
監督:古橋一浩
恋愛描写
SPY×FAMILY
すぱいふぁみりー
『SPY×FAMILY』あらすじ
『SPY×FAMILY』感想(ネタバレなし)
経歴詐称はダメだけど
新年が始まると「心機一転で頑張ろう!」という気持ちになる人も多いと思いますが、まさか心機一転どころか、己のプロフィールを一新してしまう者まで現れるとは…。
そんなお騒がせ政治家としてアメリカで2022年末から話題を集めたのが、共和党のジョージ・サントス下院議員です。この人、2022年の中間選挙で当選したのですが、すぐに経歴詐称疑惑が浮上します。それも詐称の次元が違います。
なんと学歴、資産、信仰、人種、家族歴…あらゆる項目を偽っていたことが判明。ここまで嘘をつきながら堂々と政治家をやろうとするのだからなんとも…。この人にはアイデンティティというものが無いのだろうかと思うのですけど、どうやら白人至上主義であることはバレちゃったようです。
ネット上ではすっかりネタにされ、「名前も本名なんですか?」とか「スパイの人なんでしょうか?」と、いじられまくっています。確かにこんな経歴を丸ごと偽造するなんてスパイみたいですよね。まあ、スマートさは欠片もないですが…。
こんな愚か者はさておき、今回紹介するアニメシリーズも経歴詐称が主題ですけど、中身はずいぶんとほんわかしています。
それが本作『SPY×FAMILY』です。
本作は“遠藤達哉”による「少年ジャンプ+」で2019年より連載中の漫画が原作。とても人気が高く、2022年のアニメ化によって、その人気にさらに火が付いた感じです。大人や10代だけでなく、小さい子にも親しまれており、『鬼滅の刃』と並んで2020年代を象徴する日本庶民の大衆化へと到達した漫画作品のひとつでしょう。
作品自体はそのタイトルどおり「スパイ」が題材で、あるスパイの男が任務のために偽装家族を作らないといけなくなり、ひとりの少女を娘の役に、ひとりの女性を妻・母の役に…そうやって仮初の家族が出来上がります。
これだけだとスパイものであれば何も新規性もないベタなやつなのですが(『レッド・ファミリー』みたいな映画もあるし…)、『SPY×FAMILY』は少し変わっています。本作の特徴は、男がスパイである素性を疑似家族に付き合っている女性と少女に隠しているだけでなく、実はこの妻・母役の女性も自分が殺し屋であることを他の人に隠しているということ。これでもジャンルとしてまだ普通です。『Mr.&Mrs. スミス』など、男女が騙し合って関係を築くのは定番ですから。
『SPY×FAMILY』はここにさらに追加し、この娘役の少女は実は人の心が読める超能力者であるという設定になっており、そのことを父と母の役をする大人には黙っています。当然、心が読めるので父と母の役をする大人の素顔を知ってしまっています。
この何とも言えない、絡み合ってすれ違っている3人家族が主役になっているのが面白さです。
とくに超能力少女であるアーニャという子は本作のマスコット的存在であり、ほとんどこの幼いアーニャの可愛さと面白行動だけで押し切っているような感じもあるのですが、このトリックスターなアーニャのパワープレイがあるからこそ、本作が愉快で予測不能で楽しくさせるのかな、と。
そうです、『SPY×FAMILY』はスパイものですが、そんなにリアルな生々しい要素はありません。舞台も架空の世界、架空の時代。たぶん大戦後の冷戦初期をモデルにしているのだと思いますけど、ディテールはゆるゆる。あくまで日本の一般人の考える「ふんわりしたスパイのイメージ」に迎合しているだけ。
実際のジャンルはファミリーギャグコメディであり、ほぼ日常アニメのカテゴリだと言っていいでしょう。こういう敷居の極端な低さが、大衆ウケする要因なんだと思います。『スパイキッズ』とか、スパイを子ども向けにした作品って世界中で人気ですしね。
『SPY×FAMILY』はアニメ化にあたって気合いが入っており、「WIT STUDIO」と「CloverWorks」の2つのスタジオが中心になり、第1期が分割2クール(全25話)で2022年に始まり、2023年には第2期と劇場版も決定済み。やはり人気作は待遇が違うんだなぁ…。
ほのぼのスパイ&ファミリーアニメである『SPY×FAMILY』は気楽に見れる作品なのは間違いありません。少なくとも現実で経歴詐称している奴を眺めるよりは有意義です。
『SPY×FAMILY』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :気軽に暇つぶしに |
友人 | :一緒に見やすい |
恋人 | :異性愛ロマンスあり |
キッズ | :子どもでも馴染みやすい |
『SPY×FAMILY』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):家族になりませんか?
東国(オスタニア)にて大使館に向かう車に乗っていた西国(ウェスタリス)の外交官が事故死。西国情報局対東課「WISE」はこれは東の極右政党による暗殺と分析し、東国の政治裏で密かに動いていると推察される戦争の企てを突き止めるべく、最も腕の立つエージェント「黄昏」に任せることが決定します。
黄昏…いくつもの顔を使い分け、平凡な生活とは縁遠い人生を送ることに慣れ切っていたこのエージェントの男は、WISE局長から次の任務指示を受けます。
標的は国家統一党総裁ドノバン・デズモンド。不穏な動きを探るために、まず結婚して子どもを作れというあまりに無理難題な内容でした。用心深いデズモンドが唯一現れるのは、息子が通う名門校で定期的に開かれる懇親会のみだそうで、子どもをこの社交の場にもなっているイーデン校の懇親会に入学させるのが唯一のルートとのこと。入学の期限が迫っているため猶予は1週間。任務名「オペレーション〈梟〉(ストリクス)」がこうして始動しました。
さっそく黄昏はロイド・フォージャーという精神科医の男のプロフィールで行動することにし、孤児院に向かいます。都合のいい子はいないかと探すと、読み書きできる子はこのアーニャという名の子だけだそうです。その子は難解なクロスワードを解いてみせ、ロイドを驚かせます。
実はこのアーニャは超能力者で、人の心を読むことができます。とある組織の実験によって偶然に生み出されて施設を逃亡したという背景がありましたが、アーニャは誰にも言っていません。
ロイドはアーニャを引き取り、「俺のことはお父様と呼ぶように」と教えます。「ちち」と繰り返すアーニャ。家に着くなりアーニャはテレビを見つけてはしゃぎ、好きなアニメ「SPYWARS」を見始めます。アーニャはスパイが好きで、ロイドの本業もスパイだと心を読んで理解しています。
次にロイドは馴染みの情報屋フランキーから受験の情報を入手。また、アーニャはもう何度も里親を転々としているようです。ロイドはアーニャの身に危険が及ぶ事態を経験し、子どもはもう巻き込まないと誓ってアーニャを手放そうと考えましたが、アーニャは立ち去りませんでした。
こうして入学のための筆記試験を合格したものの、二次審査は三者面談。つまり、母親が必要であり、早急に手頃な妻兼母親役を探さないといけません。
しかし、偶然に出会いがありました。仕立て屋で出会ったのは市役所勤務のヨル・ブライア。彼女は独り身だとスパイと疑われると心配し、さらに弟のユーリにパーティにはカレシと行くと言ってしまった矢先、その場合わせの相手の男性がいないかと思っていました。
利害が一致し、ロイドはヨルを妻兼母親役として誘います。
でもロイドは知りません。ヨルは公務員をする傍ら、実は「いばら姫」のコードネームで密かに殺し屋をしているということに…。
スパイごっこの弊害
スパイもののジャンルに欠かせないもの。それは「政治」です。そもそもスパイは政治的な駆け引きのために仕事する人たちなので、政治がないとスパイも存在しようがありません。国に従事するスパイならなおさらです。
しかし、前述したとおり本作『SPY×FAMILY』は架空の世界&時代の二国間冷戦を土台にしているだけで、史実からの借用は貧弱で、「ふんわりしたスパイのイメージ」を形作っています(だから『SPY×FAMILY』を観て冷戦を知った気になった子どもがいざ学校で史実の冷戦を学んだらその違いに困惑するだろうなと思うけど、もともと今の日本の授業でそんなに冷戦を深く学ばないか…)。
つまり、この『SPY×FAMILY』のわずかばかりの政治要素はジャンルを成り立たせるための最低限度のハリボテにすぎません。これくらいでいいだろうという塩梅。
これは本作の在り方としてそれはそれでフィットしていますし、結果的に万人ウケしやすい敷居の低さになっているという話はもうしました。
言い方を変えれば、ジャンル的なエンタメ性のために政治を必要分だけ残して後は脱色しているわけですが、実はこれこそ最も政治的行為であることも忘れてはなりません。政治色を薄め切れば「政治的」でなくなるわけではないのです。政治色を薄め切った作品ほど政治的影響は大きかったりする…。
『SPY×FAMILY』はわかりやすさを重視した結果の副作用なのでしょうけど、ものすごく国のプロパガンダっぽいトーンの作品になってしまっているとも思います。
まずスパイ・エージェントは「世界平和の秩序を守るヒーロー」という扱いになっており、かなり露骨に偏った描かれ方です。もちろん黄昏(ロイド)が属する西国だってそれなりに非道なことをしているのでしょうが、少なくとも作中では好印象を受ける活躍を連発します。
また、ヨルの弟であるユーリが属する国家保安局の秘密警察は作中でも最も残虐的に描かれていますが、そのユーリの極度のシスコンっぷりのコメディ描写でその恐怖は吹き飛んでおり、こちらも受け入れやすい味付けに変えられています。
とにかく本作は本来は政治的に安易に善悪を評せないものに対して、かなり無頓着に大衆化によって親しみやすくしており、これこそ権力者の思う壺みたいな立ち位置になってしまっているような…。だから矛盾しているんですよね。ドノバン・デズモンドの戦争の企てを阻止するという目的を作中の登場人物は遂行してるくせに、この作品自体が戦争を企てたい人間が一番よくやりそうなアプローチをとってしまっているので…。作り手がどこまで自己批判できているのかわかりませんけど…。
まさにスパイアニメを無邪気に摂取するアーニャと同じ状況に、この『SPY×FAMILY』の視聴者も陥っている感じです。
昨今の日本作品は「公安」などを社会治安を守る人間としてカッコよく描く傾向がチラホラ見られ、それも合わせて考えると、この風潮はあんまりよろしくないなと思ったりも…。
家族ごっこの弊害
『SPY×FAMILY』を見ていて、もうひとつ気になるのはやはり「家族規範が濃すぎる」ということ。
この作品の物語は出だしから相当に強引です。学校の厳戒態勢な懇親会に潜入するために学校に入学する…まではまだわかるのですが、そのために「父と母」が揃っていないといけないというのはいくら何でも無理やりです。シングル家庭を全否定していますからね。
いや、もちろんこれは物語の設定を成り立たせるためのこじつけにすぎないのでしょうけど、こういうのを天真爛漫にさも当然のように描くのは、一部の子には結構キツイ仕打ちですよね。
そして本作のロイド・ヨル・アーニャの3人が紛い物の家族ながら、しだいに本当の家族としての連帯感を強めていくというのが、この作品の「感動」なのでしょうが、これもまた「普通の家族こそあるべき姿である」という、なかなかに保守的な家庭理想論の強化になってしまうし…。
それもあって各キャラクターがテンプレ的な「良いお父さん」「良いお母さん」になることを善としすぎている傾向が色濃く、とくに目立つのが女性、ヨルの描写です。
良妻賢母としての成長の方向性が露骨で、料理下手とか、いかにもアニメにありがちなステレオタイプも相まって、ベタすぎる…。序盤に面接試験官のスワン先生からの女性差別的な「女は料理しないと…」というセリフを入れ込みながら、結局その蔑視的な主張どおりの女性像へと成長していくヨルを良しとしてしまったら元も子もないだろうに…。
陰湿な女コミュニティが描かれたり、これは明らかに作り手の女性観の偏狭さが滲んでいる感じです。
どうせアニメ化するなら、これらの欠点を改善してフォローすればいいのに、そういうのも無いというのはチャンスを無駄にするも同じ。いくらでもこの部分はより良く改変できるだろうし…。
逆にステレオタイプを崩せている存在は意外にもアーニャかもしれません。こういう幼い子どもを大人社会を見透かす存在として再構築してツッコミ役に回すのは『クレヨンしんちゃん』でも見られる構造なのですが、アーニャの場合もそれが上手くいっています。
『SPY×FAMILY』もこのまま永遠にギャグコメディをやり続けて大衆化の肥やしになろうがどうぞご勝手にと思うのですが、軌道修正するポテンシャルもあるはず。ポピュラー化によってあれこれ綻びなど弊害がでるのはよくある話なので、それを自覚して「次はこうやってみるか?」と試行錯誤を繰り返し、息の長い作品として愛されるといいなと思います。
ROTTEN TOMATOES
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IMDb
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シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
日本のアニメシリーズの感想記事です。
・『ぼっち・ざ・ろっく!』
・『後宮の烏』
作品ポスター・画像 (C)遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会
以上、『SPY×FAMILY』の感想でした。
Spy × Family (2022) [Japanese Review] 『SPY×FAMILY』考察・評価レビュー