「マリオ」は「反ポリコレ」?…いいえ、もっと奥が深いです。
『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の大ヒットの裏で…
2023年4月に劇場公開されたCGアニメーション映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』が世界で大ヒットしています。2023年5月12日時点で全世界での興行収入は11億8100万ドル。2023年に最も興行収入をあげた映画であり、同じ制作スタジオの「イルミネーション」の『ミニオンズ』の記録を上回りました。アニメーション映画の興行収入歴代トップは『アナと雪の女王2』の14億5000万ドル(超実写版『ライオン・キング』もアニメーション映画とみなすなら、この超実写版『ライオン・キング』が16億6300万ドルで1位となっている)なので、これを超えるか、注目されています。
各地の映画館が盛況となるのは嬉しいニュースですが、その裏でこんな主張をいけしゃあしゃあと語る人達もチラホラ現れていました。
それが「『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』は“反ポリコレ”(anti-woke)だから成功したんだ」というもの。
「ポリコレ」というのは「ポリティカル・コレクトネス」の略ですが、これは「差別をせず多様性を支持するための取り組み」などを意味する、かなり漠然とした一般的表現として現在は認識されていますが、実情としてはそれらの「多様性」に関する行動や姿勢を嫌う人たちが、自分の気に入らない仮想“敵”概念を示すのに用いる陰謀論的な用語であり、揶揄や犬笛の効果を発揮する言葉となり果てています。
この「ポリティカル・コレクトネス」という言葉の乱用に関しては、私も以前に『「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)」とは? 意味と歴史を整理する。そして作品をポリコレで語る是非』という記事で解説しました。
残念ながら一部には、自分の気に入らない作品を「ポリコレ」と罵倒し、自分の気に入らない作品が不調であれば「ポリコレのせいだ」と貶し、自分の好きな作品がヒットすれば「反ポリコレだったからだ」と得意げになるのが、条件反射になっている人たちがいます。
今回の『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の大成功もそんな「ポリコレ嫌い」の人たちの中で都合よく信仰化されてしまっているようで、「Inside the Magic」によれば、「ポリコレ嫌い」の人たちは「ディズニー」を「ポリコレ」の急先鋒とみなしており、この『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』が昨今のディズニー映画よりもヒットしたことで「反ポリコレが勝ったのだ」と称賛していると分析されています。これは海外だけでなく日本でも同様の光景がSNSを中心に観察できます。
これはいわゆる「chanカルチャー(2ちゃんねる、もしくはまとめサイト)」発祥の「ゲハ論争」と通じるような、勝手に「“何か”と“何か”」の対戦を妄想して自分で優越感に浸る…という有害な文化(トキシック・ファンダム)です。
実際のところは、「ディズニー」は「ポリコレ」が進んでいるという事実はなく、また『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』にも「反ポリコレ」に該当するような要素は全く見当たらないのですが…。
そんな『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』を「反ポリコレ」で神格化することしかできない人たちにはとうてい理解できないかもしれませんが、実は『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の原作となった「スーパーマリオ」シリーズのゲーム含むフランチャイズ・コンテンツは海外のLGBTQコミュニティの間でも大人気です。
「スーパーマリオ」シリーズのゲームには公式にLGBTQキャラクターは登場していません(あくまでオープンリーなキャラクターとしては)。
では一体なぜ「スーパーマリオ」シリーズは海外のLGBTQコミュニティの間で人気なのでしょうか。
今回は日本側からはあまり注目されていない、「スーパーマリオ」シリーズにおける海外のLGBTQコミュニティでの人気っぷりの理由を、各キャラクターごとにまとめています。
LGBTQ視点で見る「スーパーマリオ」キャラクター
キャサリン
「スーパーマリオ」シリーズの中で最もLGBTQのキャラクターとして設定上のポテンシャルを持っている存在と言えば、この「キャサリン」でしょう。英語名は「Birdo」となっています。『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』には登場していませんが、ゲームのシリーズではちょくちょくと顔をだすキャラクターです。
見た目はピンク色で頭に大きな赤いリボンをつけており、あからさまに「女性的」なデザインになっています。言葉遣いも意図的にわざとらしいほどに女性的になっています。
しかし、設定上は「女の子と思い込んでいる」ことになっており、どうやら男性として割り当てられたものの、自身では「女性」として生きたいと望んで振舞っているようです。
この設定から、キャサリンは「ゲーム史上で初のトランスジェンダーのキャラクター」と評価されることもあります(PinkNews)。『キャプテン★レインボー』というゲームに登場した際は、「女の子だと主張したキャサリンが“間違ったトイレを使用した”として投獄される」というエピソードまであり、非常にトランスジェンダーっぽいです。『大乱闘スマッシュブラザーズ』では性別が「不確定」として紹介されてもいました。
このキャサリンをトランスジェンダーのキャラクターとして公式に設定するのはそんなに難しいことではないと思うので、あとは任天堂の対応しだいです。
なお、これ以外にもトランスジェンダー・アイコンになっているキャラクターとして、『ぺーパーマリオRPG』に登場したマリオの仲間であるビビアンが挙げられます(Them)。
任天堂は『ゼルダの伝説』などが他にも象徴的ですが、「オカマ」ネタでギャグを作るという、あまりよろしくない前歴があったので、このキャサリンを機会にそれを改めて欲しいと個人的には思っていますが…。
キノピオ
「スーパーマリオ」シリーズの中で脇役ながらとても印象的に毎度よく姿をみせるのがこの「キノピオ」です。
頭がキノコっぽいこのキノピオは種族として登場し、たくさんの同類のキャラクターが描かれ、主にピーチ姫の統治するキノコ王国の住人ということになっています。『マリオストーリー』などのゲームではかなりバラエティ豊かなキノピオのデザインが見られます。
このキノピオは一見すると基本は「男性」で、作品によっては髪形があって「女性」っぽい見た目をしているキャラクターもでてくるのですが、単純にそれが性別を表しているのかというとそうでもないようです。
生みの親の“宮本茂”も「キノピオは性別は念頭に置いていなかった」と語っており、『進め!キノピオ隊長』のクリエイターも「キノピオに性別はない」と述べています(PinkNews)。性別があるかのような見た目でも実際は性別の無い種族ということです(GameSpot)。なぜその設定にしたのかはわかりませんが、キノコだからなのか…(キノコは動物や植物とは異なる性別の概念がある)。
とにかく結果的にこのキノピオは、ノンバイナリーのような存在感を秘めており、実は「スーパーマリオ」シリーズのメイン舞台とも言えるキノコ王国はノンバイナリーに優しい世界なのかもしれません。
なお、ゲームは変わりますが『ゼルダの伝説』にでてくる主人公リンクも、プロデューサー“青沼英二”によれば「リンクにはジェンダーニュートラルであってほしかった。プレイヤーに“リンクは男の子なのか女の子なのかも”と思ってもらいたかった」とインタビューで答えており(The Mary Sue)、もしかしたら任天堂はキャラクターデザインとしてわりと意欲的にジェンダー規範に基づかないアイディアを取り入れているのかもしれません。
ピーチ姫
「ピーチ姫」は「スーパーマリオ」シリーズのヒロインにして、最も有名な女性キャラクターのひとりです。
そんなピーチ姫は、プリンセスですが、全身がピンクのドレスで、ブロンドの髪に、女性らしい所作と身だしなみを備えており、徹頭徹尾「女らしさ」を体現するかのようなビジュアルをしています。中身の性格は作品によってバラバラで、大人しいときもあれば、意外にアグレッシブだったりもするのですが…。
そのビジュアルだけを見れば極端すぎるほどに「女らしさ」をまとうピーチ姫は、それゆえにドラァグのアイコンになっており、かなりいろいろなドラァグクイーンたちがピーチ姫のコスプレを披露しています(PinkNews)。ピーチ姫に変身するというのはドラァグの間では定番のひとつなんですね。
確かにあれだけ極端な「女らしさ」のビジュアルをしていれば、ドラァグの格好の素材になるのも納得です。「女らしさ」が好きな人ほどピーチ姫になりたくなるのです。
余談ですが、映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』ではクッパの手下であるカメックというキャラクターが、ピーチ姫にプロポーズしたいクッパの練習相手として、ピーチ姫の見た目になりきってあげる…というシーンがあり、さりげなくこの「ピーチ姫はドラァグのアイコン」という文化への目配せになっているように解釈できる場面にもなっていました。
クッパ
そのピーチ姫を毎回誘拐しようとする「スーパーマリオ」シリーズの定番の悪役、それが「クッパ」です。英語名は「Bowser」となっています。
この巨大なトゲトゲのカメみたいなクッパは、火を噴いたり、その大柄な体格を駆使したり、はたまた自分の率いる軍勢や根城を活かしたり、いかにも悪者らしい存在感を発揮。一方で作品によってはそんな悪役の隠れたチャーミングな一面を見せたり、すっかり人気の悪役になっています。
そのクッパ、実は英語圏ではゲイ(同性愛もしくは性的少数者全般を意味する)のアイコンとしてミームになっています。これは日本ではあまり知られておらず、なぜならクッパとゲイが結び付けられる理由になったのが、とあるマリオの英語のセリフだからです。
発端はゲーム『スーパーマリオ64』。主人公のマリオは最終的にクッパと一騎打ちし、クッパの尻尾を掴んでぐるぐる回して豪快に投げ飛ばします。
その際にマリオは英語版だけ“あるセリフ”を言うのですが、こんなふうに多くのプレイヤーは聞こえたのです。
「So long, gay Bowser(あばよ、ゲイのクッパ)」
いきなり耳に入ってくる「gay」の単語に多くのプレイヤーは困惑。なぜマリオはトドメの一撃でクッパをゲイ呼ばわりしたのか…。実はこれは空耳で、実際は「So long, King Bowser(あばよ、クッパ大王)」とマリオは言っていると思われます(Polygon)。
ただこの空耳セリフがあまりにもインパクトがあったもので、すっかりこのセリフはミームとなって定着し、ゲイと言われてしまうクッパのやられるシュールな姿と相まって忘れられない存在になりました。
「So long, gay Bowser」で検索すれば実際のゲームのシーンが動画で見れると思うで、ぜひ聞いてみてください。
ルイージ
「スーパーマリオ」シリーズの主人公はマリオです。その弟で、緑の服装をしている「ルイージ」がいます。
このルイージもゲイのアイコンとしてLGBTQコミュニティで好かれるキャラクターになっています。その理由は基本的にはこのルイージが日陰者だからだと思うのですが、ルイージは作品によっては女装をすることや女性扱いで触れられることもあり、それゆえにゲイやトランスジェンダーと重ねやすくなっています(PinkNews)。
ルイージがどうしてそういう扱いなのかは明確な理由はないのですが、ルイージはやはり日陰者でいじられやすいキャラゆえなのかもしれません。そういう意味ではルイージにしてみれば可哀想ですが、一部のLGBTQコミュニティはそれこそバカにされがちなルイージがアイデンティティを見い出す好機だと考え、ルイージを応援してあげています。
ゲーム『New スーパーマリオブラザーズUデラックス』で「スーパークラウン」というアイテムが登場した際もひと騒動がありました。このアイテムはキノピコというキャラがキノピーチと呼ばれるピーチ姫に似た姿に変身できるものなのですが、これを他のキャラに使えたら?という二次創作が一時大流行り。日本では女体化のトレンドに乗っかって「クッパ姫」など遊びが盛り上がりました。一方で海外ではこの「スーパークラウン」で一番脚光を浴びたのはやはりルイージで、海外の任天堂によるアイテム説明でもルイージを少しからかう言及があり、もはやちょっとした公式公認のネタになりつつありました。
ルイージは映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』でもひと悶着あり、2023年4月になぜかコロンビア内務省が突然Twitterで「ルイージはゲイだと願っている」とコメントし、急遽取り消すという事件が起き、ネットをざわつかせました(Kotaku; どうやら個人のアカウント切り替えミスだったようです)。なお、この一件では「marica」という単語が使われたのですが、これはコロンビアのスラングで「同性愛者」を(ときに侮辱的に)意味する言葉だそうです。『マリオカート』の略称とかではないので勘違いしないでください。
映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の予告トレイラー公開時は、ルイージがクッパに捕まっている場面が確認できたため、上記の「クッパはゲイである」というミームと、「ルイージはゲイである」というミームが合わさって、一部のファンによるクッパとルイージのラブラブな二次創作に火がついていたりもしました。
つまり愛されているということ
他にもいろいろな「スーパーマリオ」シリーズに関するLGBTQ逸話があるのですが、紹介はこれくらいにしておきます。
これらはいわゆる「ヘッドカノン」です(Queerty)。つまり、公式ではなくファンが頭の中で想像して楽しんでいる解釈です。ときどきヘッドカノンが公式設定になったりしますが、基本はファンの中での盛り上がりにすぎません。
でもこれもまた作品のひとつの立派な楽しみ方なのです。むしろヘッドカノンは公式の遊び方以上に無限大の可能性があり、ファンを惹きつける魅力となっています。人気がある作品ほどヘッドカノンもわいわいと盛り上がるものです。
作品のファンダムはさまざまな側面を持っています。それを深掘りすると、思いがけない熱狂を発見できたりして面白いです。
よくその作品をLGBTQの視点で評価するとき、「作品内にLGBTQキャラクターが含まれていたか」「そのLGBTQ描写はリアリティがあったか」という観点で批評されがちです。それももちろん大切です。しかし、仮に作中にLGBTQキャラクターがいなくても、その作品が一部のLGBTQコミュニティに熱狂的に支持されることが起き得ます。これは「ファンダムやヘッドカノン」の観点で分析することでその理由が見えてきます。そしてこれらの視点もまた作品の批評には欠かせないでしょう。
「スーパーマリオ」シリーズは大人気の世界的ゲームですから、当然のように多くのLGBTQコミュニティもそこに接触しています(プレイしたことのない人もいるでしょうけど)。そうなればLGBTQの視点から遊び方を発掘されていくのも自然な流れです。LGBTQコミュニティはヘッドカノン的なファンダムを構築するのがとても上手いです。
だから大ヒットとなった映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』を観に押し寄せた観客の中にもLGBTQの観客はきっと普通にいたことでしょう。映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の盛り上げにはLGBTQコミュニティも貢献していました。くどいようですが、“反ポリコレ”の思想の人だけが映画を観に行ったわけではありません。
「映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』が“反ポリコレ”ではないことを立証しろ!」という主張は、典型的な「多重質問の誤謬」で「悪魔の証明」なので、相手にすることはできませんが、ひとつ確実に言えるのは映画を楽しむ観客はそんな容易く政治的に二分できないということです。
『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』も「スーパーマリオ」シリーズのゲーム含むフランチャイズ・コンテンツも、「反ポリコレ」でもないですし、「ポリコレ」でもありません。
多様な人々に愛される作品なのです。
「スーパーマリオ」シリーズが世界で支持される存在になったのも、それが最大の理由でしょう。
そしてきっとこれからもたくさんの多様な人々に愛されるのではないでしょうか。
LGBTQコミュニティと作品の関係をまとめた記事の一覧です。