時計だけがスマートだった…Netflix映画『ザ・キラー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本:2023年にNetflixで配信、10月27日に劇場公開
監督:デヴィッド・フィンチャー
ザ・キラー
ざきらー
『ザ・キラー』あらすじ
『ザ・キラー』感想(ネタバレなし)
今度はどんな「Guy」?
2008年の『HUNGER/ハンガー』で英国インディペンデント映画賞主演男優賞を受賞し、2011年の『SHAME -シェイム-』で68回ヴェネツィア国際映画祭にて男優賞を受賞。その後も『それでも夜は明ける』(2013年)、『スティーブ・ジョブズ』(2015年)とアカデミー賞のノミネートにあがってきた俳優、“マイケル・ファスベンダー”。
2001年のドラマ『バンド・オブ・ブラザース』で注目を集め、2007年の『300 〈スリーハンドレッド〉』のスパルタ戦士役で鮮烈にスクリーン・デビューを果たしましたが、テレビ映画のキャリアもありました。
そのテレビ映画の最初の作品が2004年の『レジェンド・オブ・サンダー』(原題は「Gunpowder, Treason & Plot」)です。
この作品は「火薬陰謀事件」と呼ばれる、1605年のイングランドにて一部のカトリック教徒たちが、国王ジェームズ1世の暗殺を企てたものの失敗に終わった政府転覆未遂事件を主題にしています。大量の火薬で議場ごと爆破するというあまりに大胆な計画を考えていたのですが、火薬を見張っていた「ガイ・フォークス」という男が捕まってしまい、暗殺には至りませんでした。
ガイ・フォークスはこの事件で一躍話題の人となり、処刑されましたが、後世に語り継がれ、あの英語の「guy」(男の意味)もこのガイ・フォークスが由来になっているほどです。
『レジェンド・オブ・サンダー』でこのガイ・フォークスを演じていたのが“マイケル・ファスベンダー”です。
なかなかの豪快殺人を企てた男を演じた“マイケル・ファスベンダー”ですが、2016年には『アサシン クリード』でアクロバティックな暗殺者を演じたりも…。
そして2023年、またも殺し屋の役に舞い戻ってきました。
それが本作『ザ・キラー』です。タイトルはそのまんま。
本作はフランスのグラフィックノベル「The Killer」を映画化したものなのですが、「殺し屋の映画なんてもう今年だけでも何作も観たよ…」と辟易しているそこのあなた。大丈夫です。この映画、すごく変です。
なぜなら本作の監督がなにせあの“デヴィッド・フィンチャー”ですから。
今回は自身のキャリアを一気に高めた映画『セブン』の脚本家である“アンドリュー・ケヴィン・ウォーカー”と再タッグを組むという、監督ファンも湧きたつ座組です。
そしてやっぱり“デヴィッド・フィンチャー”監督らしいニヒリスティックな作品を作ってくれました。そもそも“デヴィッド・フィンチャー”監督は『ファイト・クラブ』『ソーシャル・ネットワーク』『ゴーン・ガール』といろいろな意味でひん曲がった男を主役にしてきたわけです。
今回の『ザ・キラー』はジャンルとしては暗殺者モノですけど、古今東西の凡百のものとは違います。散々、『バレリーナ』のような社会正義のもとヒーロー化された暗殺者、『ジョン・ウィック』のような俳優のスター性をまとって同情を誘う暗殺者、『イコライザー』のような畏怖として神秘化された殺しのプロとしての暗殺者、『リコリス・リコイル』のようなエンタメ消費型のアイコンとしての暗殺者など、あれこれ見られてきた中、この『ザ・キラー』はハッキリとジャンル解体的な手癖をしてきています。氾濫する暗殺者ジャンル作品を逆撫でするかのようです。
殺人が主題だからといって同じ監督作の『セブン』や『ゾディアック』とは全くトーンが違うということだけは備えておくべきです。後は観てのお楽しみ。
『ザ・キラー』は基本的に“マイケル・ファスベンダー”がほぼ出ずっぱりの映画です。約2時間、ずっと“マイケル・ファスベンダー”が満喫できます。
なんでも“デヴィッド・フィンチャー”監督は本作の映画化をかなり前から考えていたらしいのですが、“マイケル・ファスベンダー”のひと押しもあって、ついに今回実現する運びになったのだとか。
制作では“ブラット・ピット”の「Plan B」が指揮をとっています。でも“ブラット・ピット”は製作のクレジットだけです。
正直、今回の主人公は“ブラット・ピット”がもしやっていたら少しネタに傾きすぎだったと思うので、“マイケル・ファスベンダー”で良かったんじゃないかなと思います。
『ザ・キラー』は「Netflix」で独占配信中。
“マイケル・ファスベンダー”は今度はどんな「男(guy)」になっているのかな?
『ザ・キラー』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2023年11月10日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :監督作好きなら |
友人 | :俳優ファン同士で |
恋人 | :癖が強いけど |
キッズ | :子ども向けではない |
『ザ・キラー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):心拍数はどうでもいい
明かりもろくにつけず、小さいヒーターだけを足元でつけて、殺風景な部屋で窓を見つめて座るひとりの男。一点を見つめるように、窓の向こうのホテルをずっと視界に入れています。パリの朝の目覚めの空気を味わっている…わけではありません。
彼はプロの殺し屋です。
時間が経過し、佇んでいた男はやっと立ち上がります。地味な灰色の上下、黒のグローブ。椅子に座り直し、イヤホンをつけて、気に入っている音楽を流します。次に窓に近づき、通りを眺めます。平凡しか知らない住民の姿…。
世界の人口、出生と死亡を考えながら…自分の仕事がこの数値に影響を及ぼすわけではないと謙虚に…。
ゆっくり体を伸ばして入念にストレッチ。コートと、帽子を被り、サングラスをつけて、階段を降りて、外へ。
どこにでもあって栄養もとれるマクドナルドで食事をする。これがベストです。
電話がかかってきて、相手は行動を起こさないことに苛立っているようですが、こちらにはこちらのペースというものがあります。焦ったりはしません。
先ほど使っていたスマホを捨て、ベンチでゆったり食事。ハンバーガーの中身だけを食べながら、あたりの人たちを見渡します。何も知らない普通の庶民たちです。
そしてまた潜伏先の部屋に戻り、窓からスコープで下を見ます。暗くなり始めると、狙撃銃をスタンバイ。
すると誰か近づいてくる音。銃を構えますが、戻っていったようです。
完全に暗くなり、建物の窓に明かりがつき、室内が見え始める時間帯になります。これぞスナイピングにはうってつけ。
歯を磨き、流し台を念入りに洗うと、固い台の上で横になり、落ち着きます。右向き、左向きと安静を確認するためにスマートウォッチでチェック。
ようやくターゲットが部屋に現れました。銃を組み立てて用意。台を少し上にあげます。またもポータブル音楽プレイヤーで音楽をかけ、目薬で万全のコンディションを確保。
スコープを覗き、レティクルを合わせて赤いドットでターゲットを追います。心拍101。ターゲットの男はボンテージ女性を眺めています。呑気です。心拍65。その男の頭に狙いを定め、確実な正確さで射抜くように引き金を引きます。
発砲。弾丸は身をかがめた女性に命中しました。
部屋はパニックになっているようで、ターゲットの男の姿は見えなくなります。殺し屋も内心ではパニックでした。
ヘルメットを被り、急いでその場から撤収。もたつきながら外に止めていたバイクで走り去ります。ハアハアという息づかいと共に、これからどうするかを頭の中で考えます。
ひとまずトイレで体を拭き、髭を剃り、着替えを完了。タクシーで空港に到着します。尾行されているかもしれない、すでに捜査網を敷かれていて警察が待ち構えているかもしれない…。
さあ、本当にどうしよう…。
ドジっ子・“マイケル・ファスベンダー”
ここから『ザ・キラー』のネタバレありの感想本文です。
『ザ・キラー』は冒頭から主人公である「殺し屋」(本名はわからない)のモノローグがひたすら続く中で、その殺し屋がパリのホテルに現れるターゲットを始末するべく狙撃地点で構えている様子が淡々と映し出されます。
徹底した行動の厳格さ、潔癖主義的な動作、感情を殺した落ち着き…。スマートウォッチで心拍数まで計測し、とにかくこの殺し屋がプロフェッショナルとして特異な一流であることを強調しまくります。
一方のモノローグは皮肉っぽい思考が漏れており、この殺し屋の癖の濃さを示しています。虚無的で人間らしい心情から距離をとっています。
このモノローグが続いていくこと10分、「まさかこれで2時間やるのか…」とこの『裏窓』的な絵面に注視するしかない私たち観客ですが、ついに狙撃の瞬間。緊張は解放されます。
失敗すんのかよ!…と。
そこからの逃走になるともうモノローグは消えます(基本、この殺し屋、余裕を取り戻して誰かを殺すターンになるとモノローグが再開します)。
以降はダメっぷりが露呈し続けます。そうです、たまたま1回だけミスしたわけではありません。この男はミスが多いです。そういう奴でした。
空港の搭乗手続きで警備の犬と目があい、心配になってまたトイレで体を拭いたり、この男、とにかく犬が苦手らしいんだなとわかったり…。隠れ家のドミニカ共和国で普通にプライベートでパートナーがいることがわかったり…。弁護士のホッジスをネジで攻撃して「6~7分は持つ」と考えるも相手はあっさり死んじゃったり…。
そう、この主人公、絶対的な腕前のスペシャリストでもなく、サイコパスとかでもない。ポーズだけなのです。要するにドジっ子です。ドジっ子・“マイケル・ファスベンダー”です。
言われてみれば序盤から変でした。ターゲットを射殺するならもっとさっさと済ませればいいのに、やけに浮き出た目立つ格好で、「自分が殺し屋である」という空気に浸っている時間のほうを重視していました。完全に中二病の行動パターンです。
この殺し屋が各地で名乗る偽名もシットコムのキャラクター由来のものばかりで、妙にミーハーだったりします。モノローグ内で実在の連続殺人鬼である「ゲイリー・リッジウェイ」の名を持ち出したりしていましたが、それさえもドラマ『マインドハンター』とかに触発されただけなんじゃないかと思わせるくらいに…。
なんというか、近頃流行りの実録犯罪モノの殺し屋ノンフィクションに影響を受けて、「自分も殺し屋になれちゃうんじゃないかな!」と一念発起したような…そんな男です。
最後に見栄さえ張れれば…
ひとりの殺し屋があるミスによってどんどん追い詰められていくというサスペンス構造は、“ ジャン=ピエール・メルヴィル”監督の『サムライ』(1967年)に似ていますが、『ザ・キラー』は“デヴィッド・フィンチャー”監督らしい皮肉に溢れています。
あの痛恨の大失敗からは、もうコメディに転がっていってもおかしくないのですが、本作は根性というか、本人の意地だけでコメディにはならないギリギリの境界線で踏ん張ります。
今作の主人公は別にド素人というわけでもないのです。確かに人を殺すことには躊躇しないし、殺す過程も含めてやれることはやれる。基礎は押さえています。
例えるなら、卵焼きとかハンバーグとかは作れてお弁当を用意できる料理のスキルはある。でもなぜか自分は高級ホテルの3つ星レストランでコックをしていると嘘をついてパフォーマンスだけで乗り切ろうとする。そんな振る舞いといった感じでしょうか。
大失敗以降、主人公は名誉挽回とばかりにがむしゃらに努力します(逃げずにまたトライするあたりは真面目ではある)。
感情移入はするなと言いながら、ホッジスの秘書女性から「生命保険のために不審死じゃなくて事故死にして」と言われて、ちゃんとそのとおりに見事に偽装したり。本作はたいていは女性キャラクターのほうが肝が据わってるんですよね。
“ティルダ・スウィントン”演じる殺し屋とも緊張感のある探り合いのすえ、しっかり反撃される前に仕留めてみせたり。
最終的には最初の殺しの依頼をしてきた金持ちの男の住処にドヤ顔(無表情)で侵入してみせて、「俺って凄いから。前のはちょっと調子でなかっただけだから。本当はめっちゃ一流だから。わかったよね」っていう本音が見えそうなのを完全に隠しつつ、腕前だけ見せて立ち去ります(ネットショッピングで鍵の解除を調べたり、この過程も赤裸々に映画で見せちゃってるのが笑える)。
結局はこの男、最初から最後まで見栄を張りたいのです。そしてこれこそがこの映画が描いている、面倒くさい“男らしさ”みたいなもので…。
エンディングではとりあえず満足したのか、のんびりとプライベートに戻ってリラックスしているシーンで終わりますが、これだけ見せられると「あ~、はいはい、もうわかった、わかったから、好きにして」と言いたくなります。
まあ、でもこういう男はいますよね。最初に手痛い失敗をしたのに、去り際だけでもかっこつけようと必死すぎるほどに取り繕う奴…。負け犬の遠吠えになってしまうと本当に残念でしかないので、かっこつけるパフォーマンスで終わりだけ装飾して帰る人間…。「裁判では負けたが、心では負けていない」って言いきるあれと同じ…。
きっとこの主人公はこのままだと失敗では済まされない「ジ・エンド」を迎えかねないのですが、それは本人にはまだリスクとしてはわかっていないのかもしれません。危ない吊り橋を渡っている自分がカッコいいと自惚れている限りは…。
『Mank/マンク』みたいな業界を描くデカめの作品もいいけど、“デヴィッド・フィンチャー”監督はこういうコンパクトな単独“こじらせ男”の映画もしっかり定期的に作ってくれると、こちらとしては満足です。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 86% Audience 71%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
マイケル・ファスベンダー出演の映画の感想記事です。
・『スノーマン 雪闇の殺人鬼』
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『ザ・キラー』の感想でした。
The Killer (2023) [Japanese Review] 『ザ・キラー』考察・評価レビュー