これをどんな物語と見るかはお任せします…Netflix映画『聖なる証』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス・アイルランド・アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にNetflixで配信
監督:セバスティアン・レリオ
児童虐待描写 性描写 恋愛描写
聖なる証
せいなるあかし
『聖なる証』あらすじ
『聖なる証』感想(ネタバレなし)
一切食べないで平気?
皆さんはお腹が空いたらすぐに腹ごしらえする派ですか? それとも絶対に決まった時間にしか食べない派ですか?
食べたいときに何でも食べていたらすぐに肥満になってしまいそうですし、どこかで何かしら抑えている人が多いはず。一方で「私はダイエット中なのでちょっと…」と食べること自体を控えてしまっている人もいます。
とくに女性はダイエット経験者が非常に多いことは各種のアンケートなどの調査でも明らかになっているとおり。この現在でも「自分の体形が気に入らない」と考えている人は女性に多く、「女ならダイエットをするべし。そして体をシェイプアップするべし」という漫然としたプレッシャーが社会に充満しています。
健康のためにダイエットするのと、社会的な規範上の期待に応えるためにダイエットするのでは、全く違ってくる話なのですが、なかなかこの区別をつけること自体が難しい世の中です。今、自分が何のためにこの食事制限をしているのか曖昧なままに流されてしまうだけの人も少なくないでしょう。
今回紹介する映画は、そうした状況がある意味で最も極端に発生したような、そんなシチュエーションに置かれた女の子を主題にしている作品です。
それが本作『聖なる証』。
本作は1860年代のアイルランドを舞台にしています。その辺鄙な村にひとりの少女がおり、にわかに注目を集めていました。その理由は「何も食べない」から。あまり食べないではありません。一切何も食べない。その断食のような状態が数カ月も続いているにもかかわらず、その子はとても健康そうにしているのです。子どもなんてただでさえ食べ盛り。なのにそんなことはあり得るのか…。
その謎めいた一切の食事を摂らない少女のもとに、ひとりの看護師が派遣されてくることから物語は始まります。ジャンルは言及しづらいのですが、サスペンスやスリラーというほどの緊迫感はないのですが、じんわりとした緊迫感はある…心理ドラマに該当するのかな。
寂れた田舎で起きる超常現象に向き合うことになる物語と言えば、最近は『エセックスの蛇』というドラマもありましたが、その手の類のものだと思ってください。宗教と科学が交錯する中、閉鎖的なコミュニティの実像が炙り出されていくあたりも共通してます。
そんな怪しげな田舎に足を踏み入れる看護師を演じるのは、『ブラック・ウィドウ』でもおなじみの“フローレンス・ピュー”。なんだか『ミッドサマー』や『ドント・ウォーリー・ダーリン』のように酷い目に遭ってしまいそうな予感がまたもしてきますが、今回はそこまで踏んだり蹴ったりな立ち位置ではないです(でも辛いと言えば辛い)。個人的には翻弄されまくる“フローレンス・ピュー”も好きなのですけど…。
そして一切何も食べない少女を熱演するのは、“キーラ・ロード・キャシディ”。今作での名演も評価されているようですし、今後の活躍も楽しみな子役です。
共演は、『Mank/マンク』の“トム・バーク”、ドラマ『Intruder』の“エレイン・キャシディ”、ドラマ『レイズド・バイ・ウルヴス/神なき惑星』の“ニアフ・アルガー”、『マクマホン・ファイル』の“トビー・ジョーンズ”、『ベルファスト』の“キーラン・ハインズ”など。
『聖なる証』を監督するのは、『グロリア 永遠の青春』のチリ出身の“セバスティアン・レリオ”。これまでトランスジェンダー女性を描いた『ナチュラルウーマン』や、女性同士の愛を描いた『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』といった、差別の渦中で懸命に生きるクィアを映し出す映画を手がける印象が目立っていましたが、今回は随分と違った挑戦で来ました。でも社会の何とも言えない嫌な抑圧を描くという点では過去作と同じですし、そこは手慣れています。
『聖なる証』は英国インディペンデント映画賞でも多数ノミネートされそうなので、“セバスティアン・レリオ”監督はイギリス映画界でも存在感をぐいぐい発揮してますね。
日本では劇場未公開でNetflix独占配信になってしまったのですが、『聖なる証』も忘れずに鑑賞リストに加えておいてください。
冒頭が肝心な映画なのでじっくり目を離さないように。
『聖なる証』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2022年11月16日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優ファンも注目 |
友人 | :シネフィル同士で |
恋人 | :ロマンス描写はややあり |
キッズ | :子どもにはやや退屈 |
『聖なる証』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):満たされている少女
1862年、英国を出発しアイルランドに向かう船の中にひとりの英国人の看護師の女性がいました。揺れる狭い船の中で黙々と食事を摂るその女性の名はエリザベス・ライト。
船を降り、列車に揺られ、馬車に乗り、やっと到着したのはある辺鄙な村です。夜の土砂降りの中、宿泊する建物に飛び込みます。濡れた体のまま、宿屋の主から説明を受けるエリザベス。どうやらこのあたりではここしか泊まれる場所はないようで、他に修道女も宿泊しているそうです。
朝、1階に降りると、机にいた女の子たちに「アナを実験しに来たの?」と言われます。「いいえ、知り合い?」「ここではみんな知り合いよ」
すると男が「ライトさん、委員たちが待っている」と声をかけ、朝食をとる暇もなく、委員の前に立たされます。自分の隣には修道女がいました。
「少女目当ての見物客が村に押し寄せている」「新聞記者も。我々を笑いぐさにしている」…喋り倒しな男たちに対して「少女の問題が何なのか聞いていません」と発言するエリザベス。
「何も問題はない」「そうですか。では英国に戻ります」
本題に入らない男たちに苛立ちつつ、そう答えると、「アナ・オドネルは食べない」と委員の男は言葉を選びながら説明します。「では病院で強制的に食べさせます」とエリザベスが言うと、「強制してはならない。だが本人が希望すれば食事を与えること」「11歳の誕生日以来奇跡的なことに何も食べていない」「少女が食事を一切摂らずに生き延びている理由を究明することが目的だ」と委員の男は語ります。
「彼女を見張れと?」「そうだ。8時間ごとの交代制だ。夜9時に交代すること。最終日の14日にそれぞれ証言をしてもらいたい」
「最後に食べたのはいつですか」「4カ月前」
委員との話し合いは終わり、エリザベスはマクブリアティ先生から「シスター・マイケルが2人目の看護師だ」と補足を受けます。
そして村から離れた地にポツンと建つ家に案内され、中へ招かれます。さっそくその少女に会いたいと言うと、今は来客中だと言われます。
やっとエリザベスはアナと対面。すぐに診察すると、いたって健康そうでした。
「食べなくていい。天からマナを与えられている」とアナは淡々と語ります。
「どんな気分?」「満たされてる」
家族との食事に同席するエリザベス。もちろんアナは食べていません。
シスターと交代し、宿に戻ります。いまだにアナの話が本当なのか納得いきません。
アナの兄は亡くなっているそうで、その兄の死をあの家族は抱えて生きているようです。姉のキティ、母親のロザリーン、父親のマラシーからなるオドネル家は信仰深く、あのアナをひとめ見ようと、多くの信仰者が訪れている状態でした。
エリザベスはテレグラフ紙のウィル・バーンに遭遇し、質問されます。ウィルはアナはどこかでこっそり食べているに違いないと思っているようで、自分なら見抜けると豪語していました。
部屋に怪しいものを見つけられず、エリザベスはアナを家族とも会えないようにします。
あの少女の秘密は明らかになるのか、何もまだわからずに…。
この話を信じてと言われても…
『聖なる証』はいきなり冒頭から「あれ?」という感じでびっくりさせられます。
そこに映し出されるのは木造の家のセットの外観で、スタジオの中に単管パイプ足場丸出しで建てられています。そしてカメラはぐるっと動いて、今度は船内を精巧に作り上げたセットに焦点をあてます。そこに“フローレンス・ピュー”演じる主人公のエリザベスがいて、黙々と食べている。カメラはグっとズームして、完全にセットだとわからないほどに、アップになります。そして誰のものかもわからないナレーションが、「皆さんはこの話を信じて欲しい」と語る…。
このナレーションの正体は映画のラストでキティだと判明します。本作のラストもスタジオのセット内での食事のシーンです。
つまりこの映画は「これは作られた物語です。でも本物の物語であるかのように今からお見せします」と最初からネタばらしをするわけです。
そしてこれは本作のキーパーソンであるアナの状況とも重なります。
結局のところ、アナは一切何も食べていないわけではなく、母親がこっそり口移しで食べ物を与えていたのだろうという推察が持ち上がり、実際に面会を禁止するとアナはみるみる弱り、歯も抜け、気絶してしまいます。
さらにアナは近親相姦の被害を受けていることがその本人の証言から察せられ、あの家族は極めて信仰深く、その信仰が非常に歪んだかたちで暴走した結果がこの「断食少女」の真相だとわかります。家族はアナを利用して多くの信仰者を焚きつけ、注目を集めることに成功。村もそんなアナの超常現象におののきつつ、この奇跡にすがってしまい、妄信してしまいます。
要するにカルト的であり、児童虐待なのですが、マインドコントロールが蔓延すればそれは容易に「奇跡」へと早変わりする。カルトは「物語」というものを悪用するのだという視点はドラマ『ミッドナイト・クラブ』にもありましたけど、まさしくこの『聖なる証』も同じですね。
日本でも世界平和統一家庭連合(旧統一教会)にて信者の子どもの養子縁組が繰り返されていたことが判明し、厚生労働省が実態を確認する方針を決めたというニュースが報じられたばかりですが、カルトは子どもを真っ先に道具にするというのは残念ながら現在も変わりません。
イン…アウト…
この『聖なる証』で描かれるアナのような「断食少女」、実は歴史的に取り沙汰されることが何度か実際にありました。とくにヴィクトリア朝時代に多く、まさに映画の舞台となった時期です。
例えば、モリー・ファンチャー(Mollie Fancher)という少女は、19歳の頃に7週間断食したと報告され、さらにあらゆる感覚が失っても生きていられたとされています。1860年代に噂がたち、最終的に断食は14年間続いたなどという話もありましたが、結局は検証は行われなかったようです。
また、サラ・ジェイコブ(Sarah Jacob)というウェールズの少女は、10歳以降は全く食べ物を食べなかったと言われています。この子に関しては病院で看護師の監視のもとで検証が行われ、その結果、明らかに飢餓の症状が観察され、それでも親は食事を与えることを拒否。最終的には亡くなってしまうという悲劇が起き、両親は過失致死罪で有罪判決を受けました。
おそらくこの『聖なる証』で描かれるアナはこのサラ・ジェイコブのエピソードから着想を得ているのだと思われます。
“フローレンス・ピュー”が演じているからこの村ごと全部焼き払って満面の泣き笑いでエンディングになってもおかしくないと思いながら見ていましたけど、そこまでの狂気には至らず…。『聖なる証』ではエリザベスはアナの死を火事で偽装し、最後は自分の子(ナン)として密かにイギリスに連れ帰ることに成功します。
本作は抑圧的な社会に閉じ込められた女性を救う物語として、私たちに新しい信じたくなるストーリーを提供してくれるのでした。当然、こっちの方がいいです。
苦言をあげるなら、女性の解放は良いのですけど、ちょっと母性神話が濃すぎるかなとは思います。そもそもが母鳥が雛に餌を与える姿と重なる設定も見せつつ、エリザベスはアナに執着していくというのも、過去に自分の幼い赤ん坊を失ったことへの埋め合わせもあるのでしょうし…。ラストではウィルと夫婦っぽさもだしつつ、ありきたりな家族構成に収まっていくのは単純すぎるかな、と。
あと本作の舞台がアイルランドで、英国からやってきた人間がまるで前時代的で非倫理的な村から少女を救うというこの物語の図式というのは、政治的にどうなんだろうとは思わなくもない…。
でも映画全体のスマートな締め方といい、かなり手際よくキマっていたので、さすが“セバスティアン・レリオ”監督だなと実感しました。
カルトに食い尽くされた田舎なんて救いようもないですからね。田舎はやっぱり美味しい名産品とかグルメとかを売りまくっている方が平和なんですよ。みんなのお腹を満たしましょう。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 84% Audience 71%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
フローレンス・ピュー出演の映画の感想記事です。
・『ドント・ウォーリー・ダーリン』
・『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』
・『ミッドサマー』
作品ポスター・画像 (C)Netflix ザ・ワンダー
以上、『聖なる証』の感想でした。
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