影に追いやられた女たちの反撃…Netflix映画『ロスト・イン・シャドー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:インドネシア(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にNetflixで配信
監督:ティモ・ジャヤント
性暴力描写 児童虐待描写 性描写
ろすといんしゃどー
『ロスト・イン・シャドー』物語 簡単紹介
『ロスト・イン・シャドー』感想(ネタバレなし)
インドネシアのアクションは2024年も凄い
2024年は政治の激変期でした。日本でも衆議院議員選挙が10月にあり、与党であった自民党&公明党が過半数を下回り、政権がこれまでの余裕ではいられなくなりました。アメリカでは大統領選挙がありました。
そんな中、インドネシアでも2024年2月に大統領選挙が行われ、結果を踏まえて10月から新しい大統領が就任しました。
これまでインドネシアの大統領を務めていたのは“ジョコ・ウィドド”という人物でした。その出自から庶民派として親しまれる一方、大統領の座につくと自身の批判を封じる強権的な振る舞いも見せるなど、独自の存在感を放っていました。インドネシアでは3期目の大統領にはなれないので、必然的に2024年の大統領選挙には出馬できませんでしたが、自身の強力な支援で右派ポピュリズムの“プラボウォ・スビアント”を候補を大差で勝たせ、大統領の道に誘いました。
そんなインドネシアの二大政治権力者である“ジョコ・ウィドド”も“プラボウォ・スビアント”も、東南アジアの伝統的な武術である「シラット(プンチャック・シラット)」を学んでいるそうです。インドネシアではシラットの習得はありふれているのかな…。
今回紹介する映画はインドネシアを牛耳る男性権力者も震え上がる一作…かもしれません。
それが本作『ロスト・イン・シャドー』。
『ロスト・イン・シャドー』を監督する“ティモ・ジャヤント”の話から入りましょう。このインドネシア人は今やアクション界隈では知らぬ者はいない2010年代からの急先鋒です。
「モー・ブラザーズ」というコンビで2009年の『マカブル 永遠の血族』で長編映画監督デビューを果たし、『悪魔に呼ばれる前に』(2018年)などホラーのジャンルで最初は頭角を現したのですが、“ティモ・ジャヤント”はアクションという武器も持っていました。
とくに『ヘッド・ショット』(2016年)、『シャドー・オブ・ナイト』(2018年)と立て続けに凄まじいアクション映画を繰り出し、硬派なアクション・マニアを唸らせました。
以降、“ティモ・ジャヤント”はあちこちに引っ張りだこで、インドネシア国内では「ブンミラゲット・シネマティック・ユニバース」という巨大シリーズに起用されたり、はたまたハリウッドでは『Mr.ノーバディ』の続編映画の監督に抜擢されたりと大忙し。
『ロスト・イン・シャドー』は“ティモ・ジャヤント”監督の大得意とするインドネシア・アクションの正当進化系。おなじみの「やりすぎじゃないか」というぐらいの勢いで本編ずっと続く暴力のスピード、極悪アクション熱狂者を陶酔させる過激バイオレンス、これらは鈍っていません。
今作では女性を主軸にしたアクションとなっており、女性を搾取する男社会に反撃するという構図となっています。なので、作中では女性への抑圧、暴力、それらが政治権力によってなされていることまでしっかり活写しつつ、怒りが炸裂します。女性主人公だからといって“ティモ・ジャヤント”監督流のインパクトが衰えるわけもなく、今回も情け容赦なしです。
以前の『シャドー・オブ・ナイト』が男を主役にしながら、脇で女性のアクションもぶちかましていましたから、今作『ロスト・イン・シャドー』はそこを抜き取って、世界観を築いた感じでしょうかね。
2024年の最も苛烈に勢いのあるアクション映画のトップランナーは間違いなくこの『ロスト・イン・シャドー』です。定期的にたまに摂取する“ティモ・ジャヤント”監督作は悪くないですね…。
『ロスト・イン・シャドー』は「Netflix」でオリジナル映画として配信中。良い子のみんなはマネしないように。怪我します。
『ロスト・イン・シャドー』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2024年10月17日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :アクション好きは楽しい |
友人 | :過激なエンタメを満喫 |
恋人 | :恋愛要素は無し |
キッズ | :残酷描写&性描写あり |
『ロスト・イン・シャドー』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
日本、青木ヶ原樹海。雪降り積もる日本屋敷では、黒スーツの男たちが厳重に戸に立って見張る中、室内ではヤクザの組のボスが護衛されて暇を持て余していました。これだけの警護をするのは理由があります。
ヤクザの配下のケンジロウは世界各地の裏社会で恐れられる存在の不気味な話をします。裏社会での通り名は「死の影(Shadows)」。その存在が現れればそれはもう命はない。しかし、ボスは信じません。「忍者でも連れてこい」とバカにします。
そのとき、芸者の女がひとりやってきて、ボスは大喜び。調子に乗るボスは服を脱げと命令し、芸者を乱暴に扱います。その瞬間、黒づくめの刺客が背後から接近し、刃でボスの首を切り落としました。
手下たちが駆け付けますが、そこは血祭り。死体が転がっているのみ。「誰がやった?」と問われた芸者は後ろの甲冑を呼び指します。手下たちは銃を一斉に発砲するも、煙に紛れて殺し屋が出現。
何十人相手でも全く歯が立たないほどに殺し屋は強いです。血しぶきでどんどん部屋は染まっていきます。殺し屋が銃を奪って発砲すると、傍で怯えて立っていた芸者に命中し、一時動きの止まった殺し屋はケンジロウに撃たれます。
ケンジロウがその殺し屋の顔を確認すると若い女性です。
そこで停電が起き、部屋は真っ暗に。続いてアサルトライフルを手にしてナイトスコープを装着した別の殺し屋が現れます。こちらも先ほどの殺し屋以上に手際よくヤクザたちを倒していき、大爆発で制圧。
この殺し屋も女であり、顔半分をみせ、残るはケンジロウのみになりました。外に蹴り飛ばされた彼は、這いつくばり逃げようとするも、「誰ひとりとして己の定めは選べない」と殺し屋は首を切断。
鮮血の雪を背にその場を去り、倒れた殺し屋に注射を打ち、蘇生させます。「13」と呼びかけ、その若い殺し屋に撤収を命じます。「13」の女は芸者に布をかけ、後から来た殺し屋と一緒に退散します。
その後から来た殺し屋は教官であるウンブラです。ウンブラは厳しく、失敗を責められます。ウンブラにもブライという教官がいて、教訓と共に技を磨いてきました。感情に揺さぶられるようではこの暗殺の世界では甘いのです。
13は再教育すべきとの結論に達し、ウンブラは「任務の遂行こそが人生の目的だ」と告げ、13を貨物飛行機にひとり乗せて見送ります。
こうして13はインドネシアのジャカルタで薬を飲むようにと指示されるだけの日々を過ごしていました。教育と言っても何もやることはないです。
ときどきモンジという子が気になり、その子は母親の女性と隣の部屋に暮らしていました。どうやらは母は男に乱暴されているらしいですが、今日もその現場を目撃するも、手出しできません。
しかし、翌朝、あの子の母が死亡したことを知ります。モンジという少年は悲しんでいました。元凶は間違いなく男です。
モンジに話しかけると、彼は母に恨みをぶつけます。それでも優しく接すると、モンジは悲しみを露わにします。死因は薬の過剰摂取ということになっていますが、ハガという奴の仕業らしいです。一緒に墓まで行ってあげてそこで寝そべらせます。
次の日、あの親子の家を物色するジェキという男がいました。モンジはいません。脅してモンジの居場所を聞き出すと、ハガは売春業者で、プラセティオとアリエルという別の男と繋がりがあり、警察も黙認するヤバイ集団とのこと。
13は見過ごすことはできず、独断で行動にでますが…。
ティモ・ジャヤント監督のフィクションの加減
ここから『ロスト・イン・シャドー』のネタバレありの感想本文です。
『ロスト・イン・シャドー』は孤軍奮闘の主人公が裏社会全体に喧嘩を売っていくことになるという、非常にベタなストーリー構図です。『ジョン・ウィック』などでも散々見てきました。
ただ、この作中で登場する主人公(「13」というコードネームで、本名は「ノミ」)の属する「死の影」の全容が最後までわからないので、何とも言えないのですが、女性も多数所属しているようですが、わざわざ不妊状態にさせて管理していることを示唆する描写もあります(ウンブラが元教え子のヴォルヴァーと交戦した際に妊娠していることに驚くシーン)。
終盤で明らかになるように、ウンブラはノミの母親を殺害しており、それを伏せたまま、ノミを自身の属する組織内で殺し屋に育てあげていました。これ自体、とても有害なコントロールです。
つまり、これらからこの「死の影」では女性は都合よく支配されている状況が察せます(男性も往々にして似たような状態なのかもしれませんが)。
本作はその組織システムに対して主人公のノミがついに反逆する物語です。
殺し屋として育成された女性が女性を服従させる組織に中指を突き立てる構図と考えれば、最近だと『ブラック・ウィドウ』を連想します。“ティモ・ジャヤント”監督はアメコミ映画も好きそうですし、本当に参考にしているかもしれないですけど。
『ロスト・イン・シャドー』でもエンディングクレジット間際に次回作を匂わす癖の強い新キャラが登場し、観客の視界で強引に世界観を広げていく演出のしかたは、もろにMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)っぽいですし…。
『ブラック・ウィドウ』は結構なファンタジーでしたが、『ロスト・イン・シャドー』もフィクションとしての世界観を維持しつつ、インドネシアの政治腐敗を下地にしていて、権力批判のポテンシャルも示していました。とは言え、『モンキーマン』ほど攻めていない感じではありますけどね。
東南アジアであればこういう悪が蔓延っているのが現実的な加減としてちょうどよく、加えて現在の政治体制の風刺としてのリアリティもそこそこカバーし(それでいて政治権力に介入されない程度で)、ひとつの作品としてまとまっている…そのバランスを“ティモ・ジャヤント”監督は捉えながらのクリエイティブなのだろうと思います。
やはりもう10年以上キャリアの中であれこれやってきている中堅の“ティモ・ジャヤント”監督なので、そのへんは慣れてきたのかな。
ラストバトルは屈指の名勝負
『ロスト・イン・シャドー』のストーリーはさておき、ジャンルとしてはいつもの“ティモ・ジャヤント”監督のテンション。
序盤で過去作でも何度か手を付けてきた雑な日本世界観でのアクション(アクションはすごく作り込んでいる)を披露し、そこからはジャカルタのごちゃごちゃした狭い空間での連続アクションがずっと繰り出されます。
今作では悪役の奴らがなかなか香ばしく、とくに拷問趣味のアリエル。知事選挙戦に出馬する父親にもあの呆れ顔を突きつけられつつ、最後まで自分のプレイを貫いていて、綺麗な(醜い?)恥知らずだった…。いい穴があいたね…。
これだけ性格的に小物臭のある奴らを並べているのは、最後にはアツい強敵を用意しているからで…。それはもちろんノミにとっての師であり、この人生の元凶にもなっているウンブラです。
この「ノミvsウンブラ」のラストバトルは、本作の痛々しいアクションの中でも最高峰のアツさであり、手に汗握る緊迫感も、過激なバイオレンスもトップクラス。“ティモ・ジャヤント”監督作の中でも屈指の名バトルでした。
剣を駆使した戦闘としてはここ数年で私が観た映画と比較しても、この本作のラストバトルが一番迫力あったな…。一瞬でも目を離すと何か致命的なことが起きていそうなスリル。これもシラットなのかは素人の私にはさっぱりですが、とにかくスゴイのはわかる…。
ノミを演じた“アウロラ・リベロ”と、ウンブラを演じた“ハナ・マラサン”。戦っている間に母娘のような感情を醸しだし、火花を散らせる。良い剣劇でした。
『ロスト・イン・シャドー』でちょっと欠点だなと思ったのは、女性の反逆を描くとは言え、作中で何度も登場するセックスワーカーたちはどれも悲劇的な宿命を背負う人ばかりで、さすがにステレオタイプだったかな、と。
続編が描かれるかはわかりませんが(“ティモ・ジャヤント”監督、忙しすぎる)、反「死の影」として決起する本格的な展開が描かれるなら、ハリウッドに負けじとワールドクラスで暴れてほしいです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Netflix ロストインシャドー ザ・シャドー・ストレイズ
以上、『ロスト・イン・シャドー』の感想でした。
The Shadow Strays (2024) [Japanese Review] 『ロスト・イン・シャドー』考察・評価レビュー
#インドネシア映画 #殺し屋