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映画『ディア・エヴァン・ハンセン』感想(ネタバレ)…無垢な歌で終わっていいのだろうか

ディア・エヴァン・ハンセン

ブロードウェイ・ミュージカルを映画化…映画『ディア・エヴァン・ハンセン』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Dear Evan Hansen
製作国:アメリカ(2021年)
日本公開日:2021年11月26日
監督:スティーヴン・チョボスキー
イジメ描写 恋愛描写

ディア・エヴァン・ハンセン

でぃあえばんはんせん
ディア・エヴァン・ハンセン

『ディア・エヴァン・ハンセン』あらすじ

学校に友達もなく、家族にも心を開けずにいるエヴァン・ハンセンが自分宛に書いた「Dear Evan Hansen(親愛なるエヴァン・ハンセンへ)」から始まる手紙を、同級生のコナーに持ち去られてしまう。後日、コナーは自ら命を絶ち、手紙を見つけたコナーの両親は息子とエヴァンが親友だったと思い込む。悲しみに暮れるコナーの両親を前に、エヴァンは思わず話を合わせ、コナーとのありもしない思い出を語ってしまい…。

『ディア・エヴァン・ハンセン』感想(ネタバレなし)

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人気ミュージカルの映画化

普段は映画業界のことばかりに関心がある私ですが、たまには演劇の業界についても目を向けてみようと思います。例えば、ブロードウェイ。ニューヨークのブロードウェイ・シアターは右肩上がりの急成長を続けているそうです。観劇に来る人々も順調に増加し、統計によればニューヨーク外の人や非白人の客層の割合が増えてきているとか。つまり、これまである程度の限られた客層の文化だったものが、より範囲が拡大することで業界の促進に繋がっているんですね。

コロナ禍の影響で2020年・2021年は大打撃をうけたのでこの急成長は一旦停止しましたが、客足が戻ればまた元の勢いを取り戻し、以前の急成長路線に復帰すると思われます。

それだけの成長力のあるブロードウェイですから、映画業界にも影響は与えるのも当然。映画で成功した作品がブロードウェイ化することもあれば、ブロードウェイで成功した作品が映画化することもある。この相互作用は今後も頻繁に続いていくのでしょう。

今回紹介する映画もブロードウェイで大ヒットした作品を映画化したものです。それが本作『ディア・エヴァン・ハンセン』

もともとは2015年にワシントンDCのアリーナ・ステージで公演され、2016年3月から5月にオフ・ブロードウェイ作品としてセカンド・ステージ・シアターで上演された後、2016年12月にブロードウェイのミュージック・ボックス・シアターで公演を開始したとのこと。この作品はとても高く評価され、トニー賞でも受賞やノミネートが相次ぎました

それが2021年に映画化。もはやブロードウェイで称賛されたら映画化は決まったも同然なんだろうか…。

物語は、エヴァン・ハンセンという名の男子高校生が主人公で、その通う学校でひとりの男子が自殺をしてしまい、その男子と友人であるという誤解が広まってしまったことで巻き起こる人間模様を描いています。SNSなども物語の鍵になるまさに今を貫く現代的な舞台であり、昨今のメンタルヘルスへの意識の高まりもあって、時代にフィットしたのが成功の要因なのかな。

そしてこの『ディア・エヴァン・ハンセン』はミュージカルであることも忘れてはいけません。ベースとなる音楽を手がけたのは、『ラ・ラ・ランド』『グレイテスト・ショーマン』で世界を魅了した楽曲を贈り込んだ“ベンジ・パセック”“ジャスティン・ポール”のコンビ。そもそもこの演劇の企画自体がこのコンビによるものみたいですね。

主人公を演じるのは、元のミュージカル劇から続投する“ベン・プラット”。ドラマ『ザ・ポリティシャン』などでも活躍する若手です。この“ベン・プラット”の父親が“マーク・E・プラット”であり、オライオン、トライスター、ユニバーサルといった映画会社をトップで率いた超大物。この『ディア・エヴァン・ハンセン』もきっちり製作に関与してますので、親子作品でもありますね。

共演するのは、『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』や『穢れと祈り』でも印象的だった“ケイトリン・デヴァー”。ドラマ『アンビリーバブル たった1つの真実』では過酷な目に遭う主人公を名演していて、もう可哀想な役はしばらく見たくない…と思ったのですが、今回は兄が自殺してしまう妹役なのでまた可哀想に…。

また、『エブリシング』『ヘイト・ユー・ギブ』、ドラマ『ジ・エディ』などでこちらも印象的に活躍している若手の“アマンドラ・ステンバーグ”。ちなみに“アマンドラ・ステンバーグ”はノンバイナリーを自認しています。

さらに作中の高校生たちの母親役として、『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』『ザ・ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』の“エイミー・アダムス”、『ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気』『サバービコン 仮面を被った街』の“ジュリアン・ムーア”も出演。こうしてみるとかなり豪華なキャスティングですね。みんな、歌を歌うし…。

監督は、『ワンダー 君は太陽』“スティーヴン・チョボスキー”(スティーブン・チョボスキー)です。“スティーヴン・チョボスキー”が脚本に関わった、こちらもブロードウェイ・ミュージカルで映画にもなった『RENT/レント』も思い出しますね。

ということで、原作といい、俳優陣といい、音楽といい、これだけの座組であれば一定の見ごたえは担保されていますので、ミュージカル映画好きなら『ディア・エヴァン・ハンセン』に足を運んでみてください。ブロードウェイにはまだまだ行けないけど、映画館なら多少は行きやすいですし。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:俳優ファンなら
友人 3.5:ミュージカル好きなら
恋人 3.5:ロマンス要素あり
キッズ 3.5:自殺がテーマで重いけど
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ディア・エヴァン・ハンセン』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):親愛なる…

エヴァン・ハンセンにあてた手紙をパソコンで打ち込んでいく…夢中でその文字を綴っている男子高校生の名はエヴァン・ハンセン。自分への手紙です。これはセラピストから勧められたもので、エヴァンもいやいやながら取り組みますが、なかなか文章は進みません。

リュックを背負い、食事を食べ、薬を飲み、母のハイディが運転する車で学校へ向かいます。母は骨折して片腕がギブスになっている息子を心配しますが、エヴァンにしてみれば口うるさい母親です。

学校では大勢に囲まれていますが、エヴァンは孤立ぎみ。友人らしい友人はおらず、自分のギブスにメッセージでも書いてくれる人はいるわけもなく…。

集会ではエヴァンは隅でギターを弾いているゾーイに目がいっていました。ゾーイだけが優しいのでエヴァンは彼女に好意を抱いていました。集会ではアラナという生徒が真面目にスピーチ。アラナはいつも品行方正です。

エヴァンは廊下で自分の学生生活の惨めさを噛みしめていると、ロッカーの前で立っていた男子が視界に入ります。その男子・コナーは学校で幅を利かせている男子グループにイジメられていました。そんなエヴァンの視線に気づいたのか、コナーは近寄って怒鳴ってきます。

そこへゾーイが話しかけにきて慰めてくれます。あのコナーはゾーイの兄です。「ゾーイです」と自己紹介され、手を差し出されますが緊張したエヴァンはその場を立ち去ります。

食堂でひとり食事をとり、その後は学校のパソコンでまた手紙の続きを書き、印刷。するとあのコナーが話しかけてきて、さっきの件を水に流し、しかもギブスに書いてくれました。デカデカと「CONNER」と…。

ところが印刷した手紙を見られ、そこにあるゾーイへの想いを変に勘違いされ、強い口調で責められてしまいます。そして、そのまま部屋を出ていってしまうのでした。手紙を持って…。

エヴァンはトイレで吐き気に苦しみ、薬を床にぶちまけながら、なんとか落ち着きます。家に帰ると必死にSNSに「エヴァン・ハンセン」で検索するが何もないです。あの手紙はネットに流出はしていないようだけど…。

翌日の学校。いきなり放送で呼び出されるエヴァン。校長室ではずいぶん深刻そうな声を先生にかけられます。部屋にいたのはコナーの親でした。そして衝撃の知らせを聞きます。

コナーが自殺した…。

コナーのポケットからエヴァンの手紙が見つかり、コナーの両親はこれがエヴァンに宛てた遺書であると考えました。加えて、コナーの母のシンシアはコナーの名前がサインされたギブスに気づき、コナーとエヴァンの親友だったと信じ込んでしまいました。シンシアの微かな希望を見つけた表情を前に何も言えなくなるエヴァン。

この衝撃的なニュースは学校中に拡散。コナーはどうすればいいのか途方にくれます。しかし、本音を言えず、ついさらに勘違いを嘘で上書きしてしまい、余計に状況は引き返せなくなり…。

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脇役俳優のアンサンブルがもっと見たい

映画『ディア・エヴァン・ハンセン』は、役者のアンサンブル、とくに脇役としてサイドに立つ登場人物たちが良かったですね。

まず、主人公の片思いの相手となるゾーイ・マーフィーを演じる“ケイトリン・デヴァー”。今回も終始辛い境遇で、もうこれ以上可哀想な目に遭わせないでくれと思ってしまうし、ゾーイを結果的に裏切っている主人公にはやや反発的気分を持ってしまうのですが、それでも“ケイトリン・デヴァー”の演技は良かった…。なお、“ケイトリン・デヴァー”は妹と一緒にデュオグループ「Beulahbelle」を結成して音楽活動もしているので、作中でも当然のように歌は上手かったですね。

そして、アラナ・ベックを演じる“アマンドラ・ステンバーグ”も素晴らしかったです。やっぱり大多数の中でもキラリと光る存在感を発揮できる俳優ですね。今作では元のミュージカル劇と比べて出番が増えているアラナ。「コナー・プロジェクト」の立ち上げ人となり、作中でも歌声を披露する見せ場が用意。個人的にはもっと観たかったけど…。

さらに、“エイミー・アダムス”と“ジュリアン・ムーア”の母親組はもう言わずもがなの名演でした。そりゃあ、あの“エイミー・アダムス”にああまでして迫られたら何も言えなくなるよ…。後半は息子との距離を感じつつ、最後はグッと包容力を見せていく“ジュリアン・ムーア”も良かったし…。母親キャラクターは基本的に感情を表に出すシーンが少ないのですけど、そのぶんベテランの演技力で内側に秘めた心の揺れ動きをしっかり暗示できていて、ここはもうキャスティングの勝ちですね。

楽曲ももちろん聴きごたえがあるのですが、もっとキャラクター同士がクロスオーバーしていくような壮大なミュージカル展開があるのかと思ったら、そういうのはなくて、わりと個人の感情を代弁する意味合い程度だったのはちょっと拍子抜けではありましたが…。でもエヴァンがジャレッドとコナーとのやりとりの偽装を考えるくだりで、テキストを練り直すたびに歌詞が変わる演出など、凝ったこともしていて、そこは面白かったです。

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モヤモヤする部分もあるシナリオ

そんな一方で『ディア・エヴァン・ハンセン』のプロットに関して、個人的にモヤモヤする部分も多かったのもあります。

とくに主人公の存在です。本作は主人公が明らかに倫理的にアウトなことをしてしまい、それがズルズルと訂正されることもなく、最後にその全容が暴かれてしまい…という、まあ、よくありがちな展開です。ただ、それを物語として通していくうえで、やっぱり主人公の行動は清算しきれないものでもあり、元のミュージカル劇に比べると主人公がその過ちを償う要素が追加されているにしても、まだ不十分な感じもします。

本国では主人公のキャスティングについて、“ベン・プラット”では年がいきすぎているという批判もあったようです。これについては私は白人の顔がそこまで見分けられないので全然わからないのですけど、そもそも父親ありきの起用でしょうし、別の問題なのかなとも思います。

個人的な最大の懸念は、本作がよくあるいわゆる“無垢な障がい者”モノのステレオタイプの枠におさまっているだけではないかという部分。主人公は社交不安障害なのですが、だからこそ「ああいう過ちをしてしまうのはしょうがない」「社会がそんな主人公を許してあげましょう」という、無垢さを勝手に押し付けての語り口になっているのではないかとも思うのです。

加えてそんな社会に馴染めない主人公男子にとっての幸せを手に入れる手段が、可愛い同級生の彼女をゲットして、温かい家庭を持つこと…という方向に図らずも前提として集約されているのもどうなんだとは思います。

これが『Everybody’s Talking About Jamie ~ジェイミー~』みたいにLGBTQを題材にしていれば多少話運びが王道でも脱規範的な立ち位置になるのでマシなのですが…。

『ディア・エヴァン・ハンセン』も主人公が明確に同性愛者だったらまだベタにはならないのに…。そもそも主人公を演じている“ベン・プラット”本人はゲイで、その主人公と友人ではないらしいけどなぜかよく一緒にいるジャレッドを演じる“ニック・ドダニ”もゲイなんですけどね。なんか同性愛の物語を生むためのベストなキャストは揃っているんだけど…。

他にもいかにも感動を売りにしたTVCMみたいな演出があったり、ややマンネリのあるアプローチが残念でした。

こういうのっぴきならない状況に追い込まれたときは、やはり専門家のサポートに頼るべきだと、私も自分の経験からつくづく思うので、本作のように共感ありきで進むのはあまり良くないかなとも。

思い詰めて悩んでいることがあったら、まずは外部の専門家に気軽に相談してみてくださいね。

『ディア・エヴァン・ハンセン』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 30% Audience 88%
IMDb
6.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
3.0

作品ポスター・画像 (C)2021 Universal Studios. All Rights Reserved. ディアエヴァンハンセン ディア・エバン・ハンセン

以上、『ディア・エヴァン・ハンセン』の感想でした。

Dear Evan Hansen (2021) [Japanese Review] 『ディア・エヴァン・ハンセン』考察・評価レビュー