愚かな男たちの汚れた手で…ドラマシリーズ『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
シーズン1:2024年にU-NEXTで配信(日本)
原案:ローレン・ルフラン
自死・自傷描写 自然災害描写(津波) 性描写 恋愛描写
ざぺんぎん
『THE PENGUIN ザ・ペンギン』物語 簡単紹介
『THE PENGUIN ザ・ペンギン』感想(ネタバレなし)
もはやペンギン・サーガに夢中
マーベルの現行の映像フランチャイズは比較的整理しやすいのですが、DCはそう単純ではなく、いつもこれを初心者にどう説明すればいいのか困ります。
「スーパーマン」や「バットマン」でおなじみのDCは、以前は「DCエクステンデッド・ユニバース」というフランチャイズで一応は統一していましたが、それを放り捨て、「DCユニバース(DCU)」という新しいフランチャイズを開幕させると2022年に宣言しました。
一方でそれ一筋ではなく、それ以外の作品群も存在し、それらを「DCエルスワールズ」という括りでまとめています。
その「DCエルスワールズ」の中でもいくつかシリーズが乱立しており、2024年に2作目が公開された『ジョーカー』シリーズもそのひとつ。
そして「DCエルスワールズ」のもうひとつの骨太なシリーズが「バットマン・エピック・クライム・サーガ」と銘打たれているものです。
これは”マット・リーヴス”が指揮しており、2022年に公開された映画『THE BATMAN-ザ・バットマン-』から始動しました。
この「バットマン・エピック・クライム・サーガ」の歩みはだいぶゆっくりめで、映画の2作目は2026年に公開予定。
しかし、スピンオフのドラマシリーズとして2024年に世界観を拡張してもいました。
それが本作『THE PENGUIN ザ・ペンギン』です。
本作はタイトルのとおり「ペンギン」のあだ名を持つオズワルド・“オズ”・コブという男を主人公にしています。「ペンギン」の名の犯罪者は「バットマン」フランチャイズでは有名なヴィランのひとりです。『THE BATMAN ザ・バットマン』で初登場したオズはまだ大物ではなく、顔見せな感じでした。今作ではそのオズが犯罪王へとのし上がろうとする姿が描かれます(バットマンは登場しません)。
正直、「バットマン・エピック・クライム・サーガ」がまだ動き出したばかりなので、「ペンギンだけで世界観が上手く広がっていくのか?」と半信半疑でしたが、いざ観てみればこの『THE PENGUIN ザ・ペンギン』は非常に面白く、個人的には『THE BATMAN ザ・バットマン』よりも好きかもしれない…。
『THE BATMAN ザ・バットマン』の1作目と2作目を繋ぐ「1.5」の立ち位置ではありますが、この『THE PENGUIN ザ・ペンギン』でもじゅうぶんサーガの魅力を何倍にも増量する成果をだしていると思います。
ドラマ『THE PENGUIN ザ・ペンギン』は”マット・リーヴス”が製作していますが、ショーランナーはドラマ『エージェント・オブ・シールド』にも関わった“ローレン・レフラン”です。この“ローレン・レフラン”の仕事ぶりが素晴らしく、もう今後の映画も全部“ローレン・レフラン”がやってほしいくらいです。
主演は映画に引き続いて、“コリン・ファレル”がファットスーツを身に着けて巨漢のオズを熱演。さらに『パーム・スプリングス』の“クリスティン・ミリオティ”が重要なキャラクターを演じており、注目です。ドラマ『ランナウェイズ』の”レンジー・フェリズ”も、オズの腰巾着となる若者を演じ、物語を揺らしていきます。
ドラマ『THE PENGUIN ザ・ペンギン』は本国では「Max」で、日本では「U-NEXT」で独占配信中。シーズン1は全8話(1話あたり約50~70分)。
犯罪ギャングのジャンルは男臭いイメージですが、『THE PENGUIN ザ・ペンギン』は見てくれに反してかなりフェミニズムな題材もあり、意外に多彩な手際をみせてくれますよ。『ゴッドファーザー』や『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』といった往年のマフィア・ギャングのジャンルをアップデートする意欲作をどうぞご覧あれ。
『THE PENGUIN ザ・ペンギン』を観る前のQ&A
A:本作からいきなり観ても物語は理解できますが、『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のラストのネタバレに言及されるので、そちらから鑑賞しておくのを推奨します。
オススメ度のチェック
ひとり | :アメコミ嫌いでも |
友人 | :オススメし合って |
恋人 | :恋愛要素は薄め |
キッズ | :やや激しい暴力描写あり |
『THE PENGUIN ザ・ペンギン』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
ニュースではゴッサムシティの現状は報じられています。リドラーという首謀者が悪意に染まった庶民を扇動し、大規模なテロリズムを実行し、防波堤の崩壊で街は甚大な被害を受けました。今、復興を市長は誓っていますが、街は騒乱に包まれていました。犯罪が跋扈し、治安は悪化するばかり。
その街を見つめるひとりの男、名前はオズ。以前はカーマイン・ファルコーネという裏社会を仕切る犯罪王の右腕でしたが、そのカーマインは殺されてしまい、オズは自身の進むべき道を見定めていました。
雨の降る夜中、車からひとり降りたオズはある建物へ。拠点であったアイスバーグ・ラウンジです。壁の一部をハンマーで破壊すると、中に金庫があり、そこにはファイルと写真が…。ファルコーネの秘密の代物です。
そのとき、背後から男に銃を突きつけられます。カーマインの息子で後継者のアルベルト・ファルコーネでした。オズは落ち着いた様子で動じることなく語りかけ、空気を変え、アルベルトと飲み交わします。
アルベルトは父に負けないボスとして君臨したいようです。軽々しく野望を述べ、ファルコーネのドラッグ組織の発展を目指すと豪語。権力を渇望する若造でした。オズも昔話を語ります。ギャングになりたかった若かりし頃を…。
しかし、アルベルトはオズを同類と思っていないようで「甘ったれた夢」と嘲笑います。その瞬間、オズは無言で懐から銃を取り出し、アルベルトを射殺。椅子に座ったまま少し笑うと、ついやってしまったことに悪態をつきます。
オズはアルベルトの死体を袋に入れ、抱えて運びます。足が悪いので階段から遺体を投げ捨てるしかないです。車に戻ると不良たちがタイヤを盗もうとしており、憤怒の形相で脅していきます。
その中の1人、ヴィクター・アギラールがどもりながらびくつく姿を目にし、オズはヴィクターに遺体運びを手伝わせ、運転させます。
道中、質素なアパートに住む恋人のイヴのもとに寄ります。一方のヴィクターはホームレスのティーンエイジャーで、みすぼらしい住処で2人は少しばかり語ります。オズはヴィクターを気に入り、翌日からヴィクターを引き連れて裏社会の仕事を見て回ります。
そしてファルコーネの組織の現在の実質的なボスであるジョニーのもとへ。しかし、意外な人物が現れました。アルベルトの妹ソフィアが背後から近づいてきたのです。彼女は精神病院のアーカム・アサイラムにいたはずですが、最近釈放となったようです。
ソフィアはオズがアルベルトの失踪に関与していると疑っています。抜け目のない存在であり、オズもそのヤバさはわかっていました。
慌てたオズは町を逃げ出す計画を急ぎますが、母フランシスに励まされて考えを変えます。
このゴッサムシティの犯罪の頂点に立ってみせると…。
狂人に仕立てあげられた女
ここから『THE PENGUIN ザ・ペンギン』のネタバレありの感想本文です。
『THE PENGUIN ザ・ペンギン』は、主人公のオズはひとまずさておき、何と言ってもソフィアというキャラクターの描かれ方が最高に良かったですね。
ソフィアは原作コミックにもいるキャラで、コミック上では「ハングマン」という連続殺人鬼でした。本作でもアーカム・アサイラムから不敵に解放されて登場し、序盤はいかにもサイコパスな雰囲気を醸し出しています。まさにオズと対峙する大物ヴィランの風格です。
ところが第4話で180度ひっくり返ります。本作で「ハングマン」という残忍な連続殺人鬼だったのはソフィアの父カーマインのほうであり(母も殺している)、ソフィアは家と組織の男たち(下っ端だったオズも含む)にハメられ全ての容疑を被らされただけでした。
つまり、ソフィアの物語は組織的虐待の被害者であり、「狂人」の濡れ衣を着せられるという、ジェンダー構造における女性が受けやすい暴力をそのまま体現しています。
第4話でたっぷり描かれるアーカム・アサイラムでの非人道的な男性権威医療の怖さもゾっとします。これは『社会から虐げられた女たち』などでも描かれているとおり、実際に昔の女性はこうして「ヒステリー」などと病理化されたという歴史に基づくものでもあります。
ちなみにショーランナーの“ローレン・レフラン”いわく、このソフィアのキャラは、かの有名なケネディ家の妹“ローズマリー・ケネディ”からインスピレーションを得たそうです(ローズマリーは、父親から扱いにくいという理由で23歳のときにロボトミー手術を受けさせられ、知的障害の後遺症を負った; The Mary Sue)。
そのソフィアが男たち…というか「家」という呪いのようなものに復讐しようと決意し、「自由になりたいだけ」と本心を吐露しつつも冷酷に暴れ出す。それが『THE PENGUIN ザ・ペンギン』の始まりです。原作を大胆にアレンジしたソフィアのヴィラン誕生譚が素晴らしい出来栄えでした。“クリスティン・ミリオティ”の演技も一級品で、目が離せませんでしたし。
さらに本作はもうひとりの犠牲者の女性が大きな役割を果たします。オズの母であるフランシスです。
フランシスは当初は認知症で息子のオズをコントロールしたがる傾向が描かれていましたが、最終話でまた一気にひっくり返ります。息子のオズの常軌を逸した性質に対処できず、心を追い詰められていた…。サポートが必要だったろうに、そんなものはないこの社会。
それでもフランシスは彼女なりの意志を通しており、ソフィアに懐柔されもしませんし、オズも突き放します。母という呪いを振りほどこうと必死なのでした。
このように『THE PENGUIN ザ・ペンギン』は女性表象がいずれも社会構造における精神的病理化の加害性を深く絡ませながらとても奥深く丁寧に描写されていたのが良かったです。
見過ごされる男の狂人性
それらを踏まえたうえでの『THE PENGUIN ザ・ペンギン』の主人公オズです。
今作のオズはかなり人間味溢れ、親しみやすいように描かれています。他者を寄せつけないような残忍性をまとっていることもなく、話せばわかってくれそうな奴です。しょっちゅう危機に陥ってそのたびにひぃーひぃー言うので、むしろ弱そうにみえてきます。
第1話ではイヴという恋人が登場し、しかもセックスワーカーであり、なおかつ他の同業種の人たち(クィアっぽい人もいる)とも路上で挨拶交わすほどにフレンドリー。LGBTQの味方のペンギンが描かれているようにすら感じます。
でもこれらの安易なオズへの警戒心の緩和は全て打ち砕かれます。オズは心底ヤバイ奴なのでした。
最大の犠牲者はヴィクターです。白人が貧しい有色人種の若者に優しく接し、なんだかんだで導いてあげるという構図は作品によくあるものですが、本作もそのパターンと思わせます。しかし、実際は水害で家族を失ったトラウマを抱えるヴィクターを都合よくコントロールしているだけであり、最後は用済みとばかりに殺します。絞殺という手口がまた怖いですが、直後に財布からカネをくすねたり、何も感情の葛藤がない仕草がまた…。
当然、ソフィアに対する態度もそうです。オズがソフィアを怖がるのは、自身の情けなさを知られているからであり、それを外部の女性に指摘されるのが怖いからです。
オズは自己正当化だけで自分を構築しており、自己中心的な欲で肥えています。最後は母にも見捨てられ、あの狼狽した表情を浮かべていましたが、ずっと子どものままだったのでしょうね。兄弟を幼い頃に結果的に殺したことを許されているという安心感(実際は母は許してもいなかったけど)、それがオズをここまで増長させた…。
見過ごされた男の狂人性と言いますか、過小評価されて、逆にそそのかされて褒めやかされることもある男の有害性というものを、このオズは残酷に体現していました。
偶然でしょうけども、直近で同時期に公開されたDC作品である『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』と男女の描き方が真逆のアプローチでしたね。
『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』は逸脱した男を同情的に描き、『THE PENGUIN ザ・ペンギン』は同情できると思わせて最後はしっかりその同情こそが最も危険なのだと突きつける。また、『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』は精神病院にいる女を男ありきで描き、『THE PENGUIN ザ・ペンギン』は男社会の構造に虐げられる被害者として突きつける。
ゴッサムシティという実は私たちの社会と何も変わらない歪みを抱える世界で生きる男女の描き方としては、『THE PENGUIN ザ・ペンギン』のほうが1枚も2枚も上手だったと思います。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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作品ポスター・画像 (C)Home Box Office, Inc. DC
以上、『THE PENGUIN ザ・ペンギン』の感想でした。
The Penguin (2024) [Japanese Review] 『THE PENGUIN ザ・ペンギン』考察・評価レビュー
#アメコミ #DC #ギャング