人生は30歳までじゃない、だから大丈夫…Netflix映画『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本:2021年にNetflixで配信、11月12日に劇場公開
監督:リン=マニュエル・ミランダ
tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!
ちっくちっくぶーん
『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』あらすじ
1990年のニューヨーク。食堂のウェイターとして働きながらミュージカル作曲家としての成功を夢見るジョナサンは、オリジナルのミュージカルの楽曲を書いては直しを繰り返して8年が経過していた。もうすぐ30歳を迎え、これまでともに夢を見てきた仲間たちも現実に目を向け始め、焦りを覚えるジョナサン。自分の夢に価値はあるのか、時間を無駄にしているだけではないかと自らに問いかけながらも、時だけが過ぎていき…。
『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』感想(ネタバレなし)
もうこんな年齢だけど…
人生に焦りを感じていませんか。
自分はもうこんな年齢になったけど、何も夢を叶えられていない。理想的な家庭を持つこともできていない。充実した仕事も手に入らない。誰かの助けになることもできない。それどころか今日を生きるのに精いっぱいで未来も見えない。
そんな気持ちを抱えて日々を心配している人はきっとたくさいいるはず。
20歳になってしまった…30歳になってしまった…40歳になってしまった…。焦る、焦る、焦る…。
でも焦っても何も解決しません。ますます上手くいかなくなるだけだったりします。
じゃあ、どうすればいいのか。うん、そうですね…映画でも観ましょうか(やっぱりこの結論)。ということで今回の映画『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』です。
本作は前提を説明するのが少し面倒で…まず、“ジョナサン・ラーソン”というアメリカの作曲家がいました。そんな大昔の人ではありません。1960年生まれで、90年代後半まで活躍した人です。一番の有名作は映画化もされたミュージカル劇『RENT/レント』ですね。『RENT/レント』は貧困・エイズに苦しむ人々やセクシュアル・マイノリティを描いた群像劇となっており、当時としてはとても前進的で新たな物語の幅を切り開くような作品でした。その“ジョナサン・ラーソン”が『RENT/レント』を手がける前に作ったミュージカル劇が『Tick, Tick… Boom!』であり、本作はその映画化です。
で、この『Tick, Tick… Boom!』はちょっと変わっていて、“ジョナサン・ラーソン”自身の創作における苦悩をそのまま題材にした作品なんですね。自分で自分をネタにする、かなり自己批判的というか、自虐的ですらもあるような、そんな作風。そうでもしないとやってられないぐらいに当時の“ジョナサン・ラーソン”は悩んでいたのでしょう。
『Tick, Tick… Boom!』では、もうすぐ30歳になろうとしているのに何も成し得ていない自分に焦って空回りしていく“ジョナサン・ラーソン”そのものが描かれており、その痛々しさは身に染みて共感してしまう人も多いんじゃないでしょうか。
でも“ジョナサン・ラーソン”は結局は『RENT/レント』で成功するでしょ?と思うかもしれないですが、そこは映画版『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』では一応は伏せておきますけど哀愁のようなものもあって、だいぶ元のミュージカル劇とは違う後味です。
その映画版となる『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』を監督したのが、現在のミュージカルにおいて最も成功をおさめた新鋭である“リン=マニュエル・ミランダ”であるというのがまたアツいじゃないですか。“リン=マニュエル・ミランダ”は、2015年の伝説的話題作『ハミルトン』で一躍頂点に上り詰め、その後も『モアナと伝説の海』『イン・ザ・ハイツ』『ビーボ』など音楽が魅力的な作品を次々と生み出している、ノリに乗っている作曲家。もはや2015年からしばらくはこの“リン=マニュエル・ミランダ”の時代と言っても過言ではない。それがここに来て『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』で長編映画監督デビュー。勢いはまだ全然止まりそうにないです。
俳優陣は、主人公を演じるのが『ハクソー・リッジ』『アンダー・ザ・シルバーレイク』『メインストリーム』などで多彩に活躍している“アンドリュー・ガーフィールド”。
共演は、『X-MEN ダーク・フェニックス』の“アレクサンドラ・シップ”、『ボーイズ・イン・ザ・バンド』の“ロビン・デ・ヘスス”、『スイッチング・プリンセス』の“ヴァネッサ・ハジェンズ”、『POSE ポーズ』の“MJ・ロドリゲス”、『セルジオ: 世界を救うために戦った男』の“ブラッドリー・ウィットフォード”、ミュージカル劇『ディア・エヴァン・ハンセン』の“ベン・リーバイ・ロス”など。
『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』はミュージカルですが、全体としては歌って踊って楽しい!みたいな空気ではなく、人生の辛酸をなめる姿をずっと眺めることになる、自問自答型の自省ムービーですので、人生に焦りを感じている人は本作を観て自分を振り返るといいと思います。
『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2021年11月19日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :人生に焦りを感じる人も |
友人 | :ミュージカル好き同士で |
恋人 | :ロマンス要素あり |
キッズ | :大人のドラマだけど |
『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):曲ができない!
1990年1月26日。ジョン(ジョナサン)・ラーソンは、ミュージカルの作曲家。でもまだ何も話題になれていませんでした。その頃、ジョナサンはオリジナル・ミュージカルを書いていました。「SUPERBIA(スーパービア)」というもので、MTV世代に向けた初のミュージカルで風刺SFという企画です。構想8年。書き直してはまた書き直しで苦労を重ねています。なのに映画会社やレコードスタジオには全部そっぽをむかれ、すっかり意気消沈。1週間後には30歳になろうとしているのに…。
30歳前に成功した同業者はいくらでもいます。スティーヴン・ソンドハイムは『ウェスト・サイド物語』で成功をおさめたし、ポール・マッカートニーはジョン・レノンと最後の曲を書いていたし…。自分の両親だって子どもがいて、定職を持ち、住宅ローンを抱えていた…。
では、自分は何を成し遂げたのか?
今のジョナサンはダイナーでウェイターをしているだけ。バイト仲間の友人たちに不安を愚痴るしかできません。
才能のある俳優で2人でニューヨークに引っ越してきたマイケルは早々に見切りをつけて大手広告代理店に就職していました。でもジョナサンは夢を諦めきれずに今に至ります。
恋人のスーザンは生物学専攻でしたがモダン・ダンスにのめり込み、劇団へ。ところがリハーサルで足を骨折。夢は絶たれましたが今も小さなステージでダンスをしており、ジョナサンと違って有名になろうとは思っていないようです。
そんなジョナサンにとって大事なワークショップは来週に迫っていました。自分の企画を業界関係者にお披露目できるのです。でも曲はまだできていません。
部屋で仲間を呼んでパーティーをした日のこと。スーザンはダンス教師になるチャンスが舞い込んできたそうで、バークシャーに行くとのこと。どう思うか、一緒に行かないかと聞かれ、答えを保留にするジョナサン。
劇場の責任者であるアイラ・ワイツマンにまだ曲ができていないと打ち明けます。彼は「SUPERBIA(スーパービア)」の試聴会を申し出てくれた唯一の人物です。「エージェントのローザに連絡は?」と言われますが、ローザからの音沙汰はありません。
なぜジョナサンはここまで頑張れるのか。それはある人の言葉があったからでした。作曲ワークショップに通った昔のこと。プロのゲストに披露する機会があり、そこにあのスティーヴン・ソンドハイムがいたのです。そして、「コンセプトを感じた。曲は見事だったが、感情の流れを追えない。歌詞もメロディも素晴らしい」とかなり前向きなコメントを貰え、その言葉は原動力になりました。
だからこそこれが30歳になる前の大勝負。そのプレッシャーで曲作りが止まります。スーザンは例の返事を欲している。友人のフレディは病気で緊急搬送。でも見舞いに行けない。バイトも忙しい。おカネがない。曲はできない。
時間の針だけが容赦なく進んでいき…。
曲も俳優も魅力的に
『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』は、俳優のアンサンブルが良くて、まさしく『RENT/レント』の土台になったであろうジョナサン・ラーソンの人間関係模様が印象的でした。
まずは主人公のジョナサンを演じた“アンドリュー・ガーフィールド”。実は歌の経験が無かったそうで、“リン=マニュエル・ミランダ”監督も未知数な中での起用だったそうですが(それでも起用されたのは主演の舞台『エンジェルス・イン・アメリカ』での成功があったからなのでしょう)、そんな不安も吹き飛ぶ素晴らしい歌声&名演のハーモニーです。“アンドリュー・ガーフィールド”お得意の、いかにも危なっかしいほどにダメさを抱えつつもどこか無邪気で嫌な気分にはさせない、そんな佇まいも絶妙にマッチしてました。
その主人公の恋人のスーザンを演じた“アレクサンドラ・シップ”。スーザンはジョナサンと対照的で表面上は夢を必死に追うような振る舞いを見せていません。でも彼女にだって焦りはある。夢がある。そんな2人の男女のすれ違いというのは、恋愛ドラマなら何百回と見たような構図なのですが、本作ではそれをあえてシリアスにもエモさ満載にもせずに滑稽な曲に乗せて映し出していく。あの「Therapy」という曲があるおかげで、ジョナサンの優柔不断さをぐっさりと突き刺す効果を発揮しており、バランスをとるうえでも良い演出でした。
他の周りにいる人たちも『RENT/レント』を意識しているのか、バラエティに富んだ構成に。ゲイもいれば、レズビアンもいるし、“MJ・ロドリゲス”を起用しているということはおそらくトランスジェンダーとの設定なのでしょうし…。ちなみに入院するフレディを演じている“ベン・リーバイ・ロス”はノンバイナリー当事者です。
作中では、テレビにてジェシー・ヘルムズ上院議員が麻薬常習者とゲイはエイズの原因だと厳しく発言していたり、当時の社会情勢もさりげなく描かれており、丁寧な作りでもありました。
今を全力で生きよう
『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』のジョナサンの悩み…もう30歳になろうとしているのに何も成し遂げていない…という不安。気持ちはわかりますが、一般的にはこんな悩みをこぼしている人がいたら「人生は30歳までじゃない、まだ若いんだから」と元気づけるものです。
でも本作はそんな安直には片付けられない哀愁があります。その理由は、ジョナサンが30代で亡くなってしまうからにほかなりません。1996年、『RENT/レント』オフ・ブロードウェイ・プレビュー公演初日未明の突然の死亡。大動脈解離でした。
元のミュージカル劇はジョナサン本人は当然生きている状態で制作されており、この「tick, tick…」というのも30歳へのカウントダウンだったわけですが、その死後、この作品における「tick, tick…」は死へのカウントダウンにも重なるようになってしまうという、なんとも言えない不吉さに。
では、努力する意味はないのか。いや、30歳という区切りを気にする必要はない、人間はいつ死ぬかもわからないのだから、今を全力で生きようじゃないかという、原作以上の力強いメッセージ性を持った作品に変化したのだと私は思います。
どういう未来や夢を持つにせよ自分が何をなすかは自分で決めよう…という提示をする作品と言えば、最近も同じ音楽業界に生きる人間を描く『ソウルフル・ワールド』があったのですが、『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』はジョナサンの死というリアルな出来事を経て、余計に『ソウルフル・ワールド』っぽさが増したというか。年齢とか生死とかじゃない、「今」が全てなんだなっていう…。
終盤、曲をかくぞと気合を入れるも電気をとめられ、泳ごうと半ば現実逃避している中で、「30」というプールの底の数字が消えて、ライン上に楽譜が浮かび上がってくる演出。とてもファンタジックであり、生死を超越した境目での閃きを暗示するような、すごく象徴的なシーンでした。
『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』を観た後はぜひとも『RENT/レント』も鑑賞してみてください。ジョナサンが遺したものとして捉えると、印象がまた変わるでしょう。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 94%
IMDb
8.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
リン=マニュエル・ミランダの手がけた作品の感想記事です。
・『モアナと伝説の海』
・『イン・ザ・ハイツ』
・『ビーボ』
作品ポスター・画像 (C)Netflix チックチックブーン! tick tick BOOM!
以上、『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』の感想でした。
tick, tick…Boom! (2021) [Japanese Review] 『tick, tick…BOOM! チック、チック…ブーン!』考察・評価レビュー