あの子のために…Netflix映画『バレリーナ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2023年)
日本では劇場未公開:2023年にNetflixで配信
監督:イ・チュンヒョン
性暴力描写 自死・自傷描写
バレリーナ
ばれりーな
『バレリーナ』あらすじ
『バレリーナ』感想(ネタバレなし)
また、このペアです
2023年7月から始まった全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)と全米脚本家組合(WGA)による全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)への同時ストライキ。このうちWGA側は10月早々にAMPTP側と新契約で合意し、148日間のストを終結させました。
この新契約では、ストリーミング配信企業がコンテンツの視聴者数をWGAに報告することが義務づけられ、脚本家はストリーミングサービスでの各作品の視聴者数に基づいて追加報酬を得られるようになるとのことです。つまり、作品を観れば観るほどに好きな作品を生んでくれた脚本家さんにお賽銭を投げられるようなものですね。
しかし、ここで忘れてはいけないことがひとつ。
これはあくまでWGA、アメリカの労働者組合との契約なので、他の国々の作品の脚本家はまた別の話になってきます。動画配信サービス企業もそんなお人好しではないので、「アメリカはこうなったので、他の国にも報酬あげますね」なんてしてくれないでしょう。そこは国ごとに労働者が交渉しないといけません。
問題は例えばNetflixなんかは2020~2021年の時点でオリジナルコンテンツの55%は英語以外の言語だと言われているように、アメリカ以外の海外の独占作品を充実させる方向へ動いていることです。
今度はアメリカ以外の国のクリエイターがこき使われるだけではないかと、その不安は残ります。
そんな懸念も払拭できない世の中、Netflixが精力的に増やしているのが韓国作品。今回紹介する映画もそうですが、単に視聴するだけでなく、関わっているクリエイターの労働環境も気にしたほうがいいですね。
ということで本題。映画『バレリーナ』です。
本作は、日本ではNetflixで2020年に独占配信された『ザ・コール』で鮮烈に長編映画監督デビューを成功させた“イ・チュンヒョン”の長編映画監督作第2弾。
すっかりNetflixに確保されたのか、今作『バレリーナ』もNetflix独占配信映画となっています。こうやって特定の動画配信サービスに最初からキャリアを依存する監督や作家も今や普通に見られるようになりましたね…(前述した不安がだからこそ増すわけですが…)。
『ザ・コール』は謎の電話をきっかけに運命が交錯する2人の女性を描いたサスペンス・スリラーで、息も詰まる急展開にぐいぐい引き込まれるパワーが魅力でした。
今回の『バレリーナ』も“イ・チュンヒョン”監督が脚本にも関わっているのですが、ジャンルはアクション・スリラーになっています。
近年の韓国映画界は、『悪女 AKUJO』(2017年)、『The Witch 魔女』(2018年)、『The Witch 魔女 増殖』(2022年)、『キル・ボクスン』(2023年)、『JUNG_E ジョンイ』(2023年)と、ばりばりにジャンル的な女性主導のアクション映画が着実にボリュームアップしています。この『バレリーナ』もそこに加わる新顔となるでしょう。
本作『バレリーナ』で主演を飾るのは、『バーニング 劇場版』でイ・チャンドン監督がオーディションで見いだした逸材で、『ザ・コール』でも驚愕の怪演をみせていた“チョン・ジョンソ”。2021年には『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』で海外デビューし、その活躍の幅を広げています。
そんな“チョン・ジョンソ”は“イ・チュンヒョン”監督と交際していることもあってか、『バレリーナ』でもまた再タッグを組みました。さすがに“ホン・サンス”みたいにずっと作品が一緒ということはないと思うけど、今後もこのペアは何回か見られそうです。
“チョン・ジョンソ”と共演するのは、ドラマ『悪の花』の“キム・ジフン”、『ドライブ・マイ・カー』の“パク・ユリム”、韓国ドラマ版『ソロモンの偽証』の“シン・セフィ”など。韓国映画では毎度おなじみの特別出演枠もありますが、そこは観てのお楽しみ。
物語は、ひとりの戦闘に秀でた女性がある事件で悲劇的な結末を迎えた知り合いの女性の無念を晴らすために復讐にでる…という出だし。タイトルは「バレリーナ」ですけど、バレエが主軸で描かれるわけではありません。
韓国映画『バレリーナ』はアクションもきっちり楽しめつつ、“チョン・ジョンソ”のカッコよさを堪能する…そんな作品です。
なお、組織的な性暴力事件を題材にしているので、そのあたりは留意してください。
『バレリーナ』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2023年10月6日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :静かに堪能 |
友人 | :賑やかな作品ではない |
恋人 | :好みに合うかは要確認 |
キッズ | :性暴力描写あり |
『バレリーナ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):あの子はもういない
とある小さな店に遠慮なしに男たちが強盗に入ってきます。レジを開けろとナイフでアルバイト店員を脅し、「後ろにある金庫はなんだ」とさらに要求。
そんな緊迫の状況の中、ひとりの女性が「会計をお願いします」と平然と現れます。加えてお札を無造作に出し、強盗の鞄からお釣りを貰う行為にまで…。
さすがに舐められているのかと思った強盗男たちがその女性に掴みかかった瞬間、その女は素早い身のこなしと体技で男たちを圧倒して、一瞬でぶちのめしてしまいました。店内は荒らされるも、完全に強盗犯は沈黙。それを気にせず、女は「これも買います」と買い物を続けます。
その女は家で独り静かに食事をとっていました。すると電話がかかってきます。そのスマホには「バレリーナ」と表示されています。
少し躊躇いながらもでると「もしもしオクジュ?」と相手は声をかけてきます。久しぶりの会話ですが、オクジュは耳を傾けるだけ。その相手は「昨日まで公演があって忙しかった。今、時間あるかな?」と一方的に喋るのでした。
何か声色からただ事ではない感じもしたので、夜にオクジュはバイクを走らせます。
途中で飲み物を買い、アパートのインターホンを押します。応答はないです。「ミニ、入るよ」と番号を入力してロックを解除。
水槽が光り輝く部屋。そのベッドの上にプレゼントのように赤いリボンがついた箱がひとつ置いてありました。
中身はバレエシューズ。そして1通の手紙。そこにはこう書かれていました。
「復讐してほしい。一緒に飲めて楽しかった」
まるで遺言のような内容。そして浴槽にあの子の遺体が…。
公園で佇み、何があったのかを考えこむオクジュ。昔を思い出します。
最初の出会いはケーキ屋。チェ・ミニは店員でした。「お誕生日ですか」と聞かれ、ずいぶんと綺麗にリボンで包装してくれました。「誰のですか」と何度も聞かれるので「私です」と答えると、その子はオクジュの名を知っている中学校の同級生だとのこと。
少し2人で食事し、「外国の企業で働いている」とオクジュは説明しながら、ミニはバレエをしているのだとにこやかに語ります。
あの記憶もすでに遠い過去か…。「シェフ・チョイ 1004」と手紙には書いてありました。これがミニを死に追いやった犯人の手がかり…。
さっそく家で検索すると、SNSのアカウントがヒット。寿司屋のようで、注文できるかと連絡してみます。支払いはビットコインのみだと返信があり、慎重にやりとりするも相手は退室。何か警戒されたのでしょうか。
そのとき、見知らぬ番号から電話。場所を指定され、来なければ家族や友人に危害を加えるような脅しの声が流れてきます。
その指定先の橋に行くと、そこにいた怪しい人物を発見し、その車を追跡。田舎に似合わない高級スポーツカーのランボルギーニをかっ飛ばしており、屋敷住まいのようです。
いなくなったところで忍び込むと、部屋の奥にSMプレイの道具がズラリと並ぶクローゼットを発見。さらに大勢の女性の名前のUSBがあり、「看護師」「日本人」などラベルがつけられていました。そこに「バレリーナ」と書かれたものが…。
そのUSBの中にあった動画を確認し、全てを察したオクジュは復讐を決行することに…。
チョン・ジョンソ映画と考えると贅沢
ここから『バレリーナ』のネタバレありの感想本文です。
韓国映画『バレリーナ』(同名の原題の映画があるのでこれは韓国映画のほうだと強調しておきます)は、早い話が「レイプリベンジ」ものです。主人公が被害を受けたわけではないですが、親友を自死に追い込んだ残虐な相手への復讐に乗り出すので、間違いなくこれはリベンジです。
逆に主人公のバックグラウンドは本当にあやふやで、“チョン・ジョンソ”のあの佇まいも相まって、ミステリアスさを常に残しています。
後半で出てくる謎の組織で戦闘スキルを磨いたらしく、ただチョコミントすら知らない世間への疎さでしたから、本当に隔絶した環境で暮らしていたことが察せられます。しかし、何かしらの理由でその組織から抜けることにし、ひとり彷徨っていたところをミニに出会い…。
このミニとのシーンは、とてもキラキラふわふわしており、ちょっとわざとらしすぎないかとも思うのですが、まあ、殺伐としたメインの時間軸との対比を狙っているのでしょう。
ミニとの出会いですっかり感情を取り戻したようにリラックスするオクジュの姿といい、“イ・チュンヒョン”監督による“チョン・ジョンソ”をいろいろな角度からフィルターをかけて撮るという目的があちこちで垣間見える映画です。
もちろん主となるのは、アクション時のカッコよさ。今作のアクションは今のトレンドの速い展開を連発する乱れうち。もともとの“チョン・ジョンソ”は立っているだけでもクールなので、アクションし始めても全くブレることなく際立ってましたね。
とは言え、この映画は予算的には少なめなのだろうと思われ、アクション規模自体はそんなに大きくありません。近年は『ジョン・ウィック』シリーズに代表されるように、このタイプのアクションをひたすらに増量しまくる方向で個性を作っている作品もあるのですが、永遠にアクションを見続けたい需要の人には『バレリーナ』に少し物足りなかったかな。
むしろ“チョン・ジョンソ”のカッコいい映像集の中に、ここぞという見せ場でアクションまで追加されていると考えると、すごく贅沢な映画に思えてくるんですけど。
ちなみに本作の音楽を担当している“Gray”という人。一瞬、日本の”GLAY”なのかと思って空目してしまいましたけど、普通に韓国の歌手でした。本作はBGMもこだわっていましたね。
復讐には火炎放射器を
“チョン・ジョンソ”のカッコよさが詰まっていた韓国映画『バレリーナ』。個人的にややモヤっとするのが、そのジャンル的なマイナス面です。
先ほども書いたように本作はレイプリベンジもので、それは序盤ですぐにわかるのですが、加害者も被害者もひとりではありません。
オクジュが謎の男(チョイ)の屋敷に潜入すると、大勢の女性との映像が動画に記録されたUSBが保管されており、ここだけだと異常な単独犯に見えます。
しかし、その後に口裂け状態になったチョイが仲間に介抱されつつ、ボスが登場。ここでこれは組織的犯罪であり、多くの若い女性たちは言う事をきかないと動画をネットにばらまくと脅されていたことが判明します。
この犯罪の手口は、韓国を騒然とさせた2019年に発覚した通称「n番部屋事件」と呼ばれるものとそっくりです。不特定多数の匿名の人間たちが主に未成年の女性を特定のアプリサービス内で個人情報を人質に服従させて弄ぶように加害を行ったという事件です(詳細はドキュメンタリー『サイバー地獄: n番部屋 ネット犯罪を暴く』を参照)。
当然ながら細部の手口は違っていますが、実在の事件からインスピレーションを得ているのはほぼ確実でしょう。
それは別に構わないのですが、問題はエンターテインメントとして味付けもたっぷり加わっているので、やっぱりどうしても事件を消費している感じは否めないということです。
とくに加害者側も個性たっぷりに描かれており、チョイなんてBDSMを全開にしたいかにもコテコテな悪役ですし、それに対するオクジュの復讐における火炎放射器での豪快さも大盤振る舞い。
まあ、クソみたいな加害者を燃やし尽くしたいという切望は痛いくらいにわかるし、それをド派手に映像化するというのは映画らしいと言えばそうなのですが…。なんか『セーラー服と機関銃』みたいなノリでもあるな…。
“イ・チュンヒョン”監督の前作『ザ・コール』はストーリーに捻りがあったのに対し、今作ではセンチメンタルなシスターフッドのままで純粋に突き抜けたのも、少し意外性不足だったかもしれないです。
私はずっと見ている間、このオクジュにさらなる裏の顔があるんじゃないかとヒヤヒヤしながら見てましたよ。“チョン・ジョンソ”ならどんな役にもなり得るから余計に…。
“チョン・ジョンソ”の次の新作は高句麗の王妃を演じるドラマらしいので、さすがに今度は火炎放射器は持ってなさそうですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 83%
IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
女性主人公の韓国のアクション映画の感想記事です。
・『キル・ボクスン』
・『JUNG_E ジョンイ』
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『バレリーナ』の感想でした。
Ballerina (2023) [Japanese Review] 『バレリーナ』考察・評価レビュー