番組の打ち切りは実生活の夫婦の最終回にもなる?…映画『愛すべき夫妻の秘密』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にAmazonで配信
監督:アーロン・ソーキン
恋愛描写
愛すべき夫妻の秘密
あいすべきふさいのひみつ
『愛すべき夫妻の秘密』あらすじ
1950年代にアメリカで放送されて国民的人気番組となったシットコム「アイ・ラブ・ルーシー」。その二大スターであるルシル・ボールとデジ・アーナズは実生活でも夫婦で仲睦まじい存在として視聴者にも愛されていた。しかし、ルシルに思わぬスキャンダルが舞い込み、夫婦の関係に危機が訪れる。同時に番組制作の裏側でも不穏な空気と緊張感が漂い、多くの関係者が「恐ろしい1週間」と振り返る日々が動き出す。
『愛すべき夫妻の秘密』感想(ネタバレなし)
あの俳優夫婦の秘密とは?
I love Lucy and she loves me.
(僕はルーシーを愛していて、ルーシーも僕を愛している)
We’re as happy as two can be.
(僕たちは最高に幸せだ)
Sometimes we quarrel but then
(時々喧嘩もするけれど)
How we love making up again.
(すぐにまた仲直り)
上記のこれは『アイ・ラブ・ルーシー』というシットコムのテーマソングです。
『アイ・ラブ・ルーシー』は1951年~1957年にわたってCBSで放送されたアメリカのドラマ。タイトルを変えつつ、1974年まで継続され、当時は絶大な人気を集めました。内容はいたって平凡な夫婦コメディで、ニューヨークのアパートメントに暮らすルーシー・リカードとその夫のリッキー・リカードを主軸に、友人や管理人などを交えた、くだらない日常を笑いたっぷりに描いています。ルーシーはショー・ビジネスの世界に憧れている天真爛漫な女性ですが、どこかマヌケなこともしでかし、毎回周囲を動揺させたり、波乱を生んでいく…というのがだいたいの土台。
この『アイ・ラブ・ルーシー』で夫婦役を務めたのが“ルシル・ボール”と“デジ・アーナズ”。実はこの俳優2人は実生活でも夫婦であり、お茶の間の話題でした。日本でも2021年は俳優同士の結婚報告が多数ありましたが、やっぱり役者同士が夫婦でその役者2人が作品でも夫婦役だと世間の関心はどうしたって集まるものですよね。どういう経緯で出会ったのだろうとか、それが作品演技に影響を与えているのかなとか、いろいろ思うこともあります。
この“ルシル・ボール”と“デジ・アーナズ”にも語りがいのあるドラマがたくさん。そしてそのアメリカの50年代の芸能界を賑わせた夫婦の伝記映画が誕生しました。
それが本作『愛すべき夫妻の秘密』です。
説明したとおり、本作は「ルシル・ボール」と「デジ・アーナズ」という2人に焦点をあてて、この2人の馴れ初め、関係の構築、そして夫婦の波乱を描いています。とくに前述の『アイ・ラブ・ルーシー』制作における“とある1週間”に比重を置いた描き方をしており、脚本構成がなかなかにトリッキーです。
それもそのはず。『愛すべき夫妻の秘密』の監督&脚本を務めたのがあの“アーロン・ソーキン”なのですから。2010年に脚本を担当した『ソーシャル・ネットワーク』でアカデミー賞の脚色賞を受賞。そこからはハリウッドで最も腕利きの脚本家として名を馳せ、2011年の『マネーボール』、2015年の『スティーブ・ジョブズ』でも見事なシナリオを披露。
2017年の『モリーズ・ゲーム』では監督デビューもし、そちらでも才能を発揮。
2020年の監督&脚本作『シカゴ7裁判』は賞レースに食い込む存在感を見せたばかり。
その1年後にもう新作を送り込むとは…“アーロン・ソーキン”作の特徴であるプロットの軽快さと同じくらいに作品投入スピードがあがってきましたね。
『愛すべき夫妻の秘密』は夫婦劇とショー・ビジネス界隈を合わせて描く複合的な構成ですが、相変わらず巧みに描ききっており、“アーロン・ソーキン”流は冴えわたっています。今作でもいくつかの部門で賞レースに絡むのは当然でしょう。
気になる俳優陣は、まずルシル・ボールを演じるのは、『ストレイ・ドッグ』『スキャンダル』『ザ・ゴールドフィンチ』、そしてドラマ『ナイン・パーフェクト・ストレンジャー』でもおなじみの“ニコール・キッドマン”。賞に輝き続ける名優ですが、夫婦ドラマと言えば、こちらも当時の夫とともに夫婦役で主演した『アイズ ワイド シャット』を思い出してしまいますね。
次にデジ・アーナズを演じるのは、『パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊』などのブロックバスター映画から、『誰もがそれを知っている』『ノーカントリー』などの賞に輝く作品まで、幅広いキャリアを持つスペイン出身(カナリア諸島)の“ハビエル・バルデム”。デジ・アーナズ本人とはそんなに似てないのですけど、本作でのパフォーマンスが本当に素晴らしく魅了されます。
共演は、『セッション』の“J・K・シモンズ”、ドラマ『ビリオンズ』の“ニーナ・アリアンダ”、ドラマ『Veep/ヴィープ』の“トニー・ヘイル”、『20センチュリー・ウーマン』の“アリア・ショウカット”、ドラマ『ホワイト・ロータス / 諸事情だらけのリゾートホテル』の“ジェイク・レイシー”など。
夫婦ドラマが好きな人、ショー・ビジネスの仕事裏に興味がある人、俳優の名演が見たい人…そんな人にオススメの『愛すべき夫妻の秘密』。日本では劇場公開されずに「Amazonプライムビデオ」での独占配信となってしまいましたが、2021年の忘れずに観ておきたい映画なのは間違いないでしょう。
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優ファンなら注目 |
友人 | :興味ある人同士で |
恋人 | :夫婦ロマンスだけど |
キッズ | :大人のドラマです |
『愛すべき夫妻の秘密』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):I love Lucy
「恐ろしい週でした。考えてもみてください。今の大ヒットテレビ番組の視聴者数は? とんでもなく大ヒットしたとして1500万です。『アイ・ラブ・ルーシー』の場合はどうだったか。6000万人です」
そうやって作品人気の過熱っぷりを振り返るのは、製作総指揮&脚本主任のジェス・オッペンハイマー。
また、脚本担当のボブ・キャロルJrは「かなり前だがよく覚えている。恐ろしい週だった」と語り、同じく脚本担当のマデリン・ピューは「みんな怖がりなのよ、私は大恐慌や砂嵐も経験している。でもあの週はさすがに怖かった」と口にします。
デパートは月曜の夜の閉店時間を早め、月曜日の夜9時から30分間は水道の使用量も大幅に減った。そこまで社会現象となった『アイ・ラブ・ルーシー』というシットコム。
しかし、その主演だったルシル・ボールとデジ・アーナズに突如として職を失う危機が降りかかってきます。2人は大衆と同じようにウォルター・ウィンチェルのラジオでそれを知ったのでした…。
その問題のラジオは番組を藪から棒にこう締めくくったのです。
「ルシル・ボールは共産主義者」
実はその前にデジの不倫記事もタブロイドにでており、夫婦は揉めていました。けれどもラジオが流れる中、セックスで仲直りします。ところがそのラジオから「国民的女性テレビスターが共産党員の疑いをかけられているようです」との言葉が耳に飛び込んできて、夫婦の情事は停止します。
『アイ・ラブ・ルーシー』の読み合わせの日。みんな集合していました。ルシルとデジを除いて…。
共演者であるビルは機嫌が悪そうで、口論になります。製作総指揮で脚本家のジェスは「みんなの気持ちは同じ。気が気じゃない」「普段どおりにやる」と言いますが、その言葉に安心感を感じられる状況ではありませんでした。
別の場所。ルシルとデジはCBSと弁護士、スポンサーのフィリップ・モリスと議論中。ルシルは弁明します。「共産主義者になったことはないけど、厳密には正しい」…なんでも幼い頃に父は亡くなり、母と祖父に育てられたのだとか。CBSのハワードだけを残し、さらに過去の説明を加えます。「祖父は共産党員だった。思いやりがあって自分たちを育ててくれた祖父を喜ばせたくて有権者登録にチェックマークをつけた」…と。当時は共和党員と似たような扱いであり、関わりは20年前の有権者登録だけ。集会もパーティも機関誌も持ってない…。「全て上手くいく」とデジは励まします。
読み合わせはまだ紛糾しており、ビルは「もし共産主義者なら7歳の子でもぶちのめす」と豪語。そこに渦中のルシルとデジが颯爽と現れました。
例の件を釈明し、先週に非公開の審問でシロだと決まったこと、ウィンチェルは間違った情報を掴んだことを説明。その場をおさめます。
読み合わせを開始。監督はドナルド・グラス。ルシルはドナルドが気に入っておらず、厳しい発言。脚本にどんどんツッコんでいき、いつも以上にピリピリした空気が充満。
けれども騒動はこれで終わりではありません。こうして地獄のような1週間が始まり…。
当時の保守的な業界体質
『愛すべき夫妻の秘密』は冒頭からいきなりとてつもなくトリッキーな演出で始まります。「当時はあの週は恐ろしかったです」と年老いた関係者が過去を振り返るという、いかにもインタビューっぽいシーン。こんなのをしれっと見せられると「あ、この映画はドキュメンタリー的な構成を混ぜているのかな」と思ってしまうのですが、実はこれ自体フェイク。そもそもジェス・オッペンハイマーなんて1988年に亡くなっていますからね。あそこの脚本関係者は全員が俳優の演技。フェイク・ドキュメンタリー演出なのです。
そんな大嘘を初めからぶっこみながら、本作は「月曜日の読み合わせ」「火曜日のブロッキング・リハーサル」「水曜日のカメラ・リハーサル」「木曜日の遠し稽古」「金曜日の番組収録」…と怒涛の1週間を描いていき、その間で、ルシルとデジの馴れ初め、『アイ・ラブ・ルーシー』という番組が始まった経緯を回想で描いていく。伝記映画として嘘のつき方が非常に上手いです。結局、私たち観客にはどれが真実でどれが嘘なのかわからないわけですから。
そんな流れの中で当時のショー・ビジネスの保守的な体質が見えてくるのが本作の見どころです。
例えば、ルシルはデジのキャリアを築くためにかなり尽力してきたことが描かれます。というのもデジはキューバ系であり、ゆえにアメリカらしさを求めるショー・ビジネスではどんなに歌の才能があってもスターにはなれなかったからです。CBSラジオの『My Favorite Husband』の成功にともない、MGMでのテレビ化企画を提案された際、ルシルは夫のデジを作中でも夫役に起用するように強く進言。しかし、アメリカ人らしい女性がスペイン人と結婚するのは無理だと言われてしまいます。デジの出演は叶いますが、製作総指揮にするという提案は夢かなわず。
また、ルシル自身もこの業界での女性のキャリアアップの難しさを身を持って痛感。『ビッグ・ストリート』の成功があったにもかかわらず、39歳という年齢を理由に人生を捧げてきたRKOから切られたり、妊娠してお腹の大きい妊婦女性を番組には出せないと言われてしまったり…。
とにかく当時の映画もテレビも業界全体が保守的で、それも客層をクリスチャンの白人家庭に据えているからなのですが、表現の自由がなく、現実を反映した多様性を否定されていたことがわかります。そのわりには今なら煙たがられるタバコ会社の「フィリップ・モリス」がスポンサーについているのが今の視点で見るとシュールですけど。
ルシルは「デシル・プロダクション」という会社を立ち上げ、当時としては珍しい女性経営者として保守的な業界体質を改革するように頭角を現していくのですが、その闘いの歴史が垣間見える作品でもありました。
番組は続く、夫婦は終わる
『愛すべき夫妻の秘密』はそんな保守的な業界の中で懸命に働く夫婦のステキな話…のような看板を掲げていますが、実際のところはもっと皮肉です。
このルシルとデジの夫婦に巻き起こる最大の危機。それがルシルの共産主義者疑惑。赤狩りと呼ばれるマッカーシズムが1940年代終わりから50年代前半にかけてのアメリカ社会を席巻。アメリカにおける共産党員、および共産党シンパと見られる人々の排除が活発化し、ルシルはその余波を受けることになってしまいます。別に共産主義者だからといって即危険人物ということにはならないのですが、当時の共産主義への敵意は凄まじく…(まあ、それは今のアメリカも同じですし、今の日本だってそうなのですけど)。
そんなスキャンダルに揺れる夫婦によっての唯一の頼み綱となるのがこの『アイ・ラブ・ルーシー』の成功。だからこそ脚本家や共演者と険悪になってでも、会長に電報で直談判してでも、この番組を自分のしたいようにすべく猪突猛進でぶつかっていきます。
まるでこの番組が成功すれば夫婦は再起できると信じているかのように…。
そしてラスト。ついにルシルの共産主義者疑惑の記事が世間に出てしまい、絶体絶命のピンチ。ここでデジが一世一代の大見せ場で収録現場の観客や記者にパフォーマンスをしてみせる。FBIのエドガー・フーヴァーとの直通電話による潔白証明までオマケして、一気に世間を味方につける。このまさしくショー・ビジネスの反撃という後味は気持ちがいいものです。
しかし、これで一件落着にはならない。実はデジは不倫をしていて…。そこで口紅の証拠を突き出されたデジが先ほどの堂々たる威厳はどこへやら言い訳がましく「ただのコールガールだよ」と弁解するシーン。ルシルにとっては許せない言葉だったはずです。なぜならコールガールだってショー・ビジネスの世界で働く女性労働者のひとりなのですから。それを見下した発言。さらにはルシルの祖父を踏みにじる言葉。これらによってこの夫婦の関係は完全にプツンと切れます。
『アイ・ラブ・ルーシー』のようにお気楽な仲直りとはいきませんでした。「ルーシー、ただいま」のお約束の夫のセリフに固まってしまうルシル。
クリエイティブな演技界での夫婦の揺らぎの物語と言えば、2021年は『ドライブ・マイ・カー』が大絶賛されていますが、『愛すべき夫妻の秘密』はそのアメリカ版としてとてもアメリカらしい肌触りのある良質な一作だったと思います。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 70% Audience 73%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Amazon Studios
以上、『愛すべき夫妻の秘密』の感想でした。
Being the Ricardos (2021) [Japanese Review] 『愛すべき夫妻の秘密』考察・評価レビュー