映画も考察も気取るのではなく味わって…映画『ザ・メニュー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2022年11月18日
監督:マーク・マイロッド
自死・自傷描写
ザ・メニュー
ざめにゅー
『ザ・メニュー』あらすじ
『ザ・メニュー』感想(ネタバレなし)
呑気に食べている場合ですか?
2022年10月頃から環境活動家による美術館に展示されたアートを対象にした抗議活動が相次いでいます。最初に最も大きく報じられたのは、環境活動団体「ジャスト・ストップ・オイル」のアクティビストがイギリスのナショナル・ギャラリーでフィンセント・ファン・ゴッホの「ひまわり」にトマトスープを投げつけた事件。その後もさまざまなアートがターゲットにされ、連鎖反応が起きています。
こうした抗議運動への反応はさまざまです。「なんてことするんだ」という批判も聞かれます。そもそもなぜアートを狙うのかと疑問な人もいるでしょう。
こういうスタイルの抗議活動は今に始まったことではなく、昔から見られました。そして美術館も常に批判のマトでした。なぜなら美術館や博物館というのはいわゆる支配階級(エスタブリッシュメント)の象徴的な存在であり、それらの文化自体が植民地主義や環境破壊と密接に関係があるからです。大手美術館と石油企業との癒着については「美術手帖」などのメディアでも解説されているので参照にしてほしいのですが、権力批判にわりと積極的な左派やリベラルの人でさえもこういう芸術業界を妄信的に称賛して文化に浸りがちです。気候正義に根差す若い世代はそうした偽善性に憤っているんですね。
芸術業界に限らず映画業界なども含めて多くの業界・分野でもそうだと思いますが、エスタブリッシュメント的な文化というものは成熟しやすいです。そしてそれはたいてい歪んだ支配構造を持っています。だからこそどの業界でもエスタブリッシュメントは批判されるのです。いろいろな方法で…。
今回紹介する映画もエスタブリッシュメント批判が痛烈に口に流し込まれる、そんな激辛で激苦な映画です。
それが本作『ザ・メニュー』。
本作は、富裕層の間で密かに話題になっている孤島のレストランが舞台。そこにツアーで訪れたのは、それこそより取り見取りのリッチな人たち。提供されるメニューを味わおうと上機嫌でしたが、いざ始まると、そこは何やら不穏な空気に…。
あまり詳細は言えないタイプの物語です。ネタバレには注意しないといけないですね。
まあ、とりあえず言えるのは観客を嫌な気持ちにさせる映画だということ。決してエンターテインメントに浸らせて満足して帰ってもらいたいわけではない。むしろそういう需要を風刺する。本作を観て不快な気分になったら、それこそ作り手の狙いどおりでしょう。
そしてレストランが舞台になっているとおり、本作はグルメ業界を批判の切り口としています。グルメの世界も支配階級にとっては大好物です。料理を格付けし、食材を高級なものだけ吟味し、ある特権者しか味わえない世界を築き、そこに満足げに浸る。
『ザ・メニュー』はそんなグルメの上層の業界とそこに通うのを日常とするような人たちを、バッサリと切り刻むような鋭い風刺に溢れています。
この『ザ・メニュー』を監督したのは、ドラマ『メディア王 ~華麗なる一族~(Succession)』を手がける“マーク・マイロッド”。ドラマ『メディア王 ~華麗なる一族~』もエスタブリッシュメント風刺のブラックコメディですが、そのエピソード内でも嫌~な気分にさせる食事の場面がありました。この『ザ・メニュー』はそこだけで1本の映画を作っちゃったような作品であり、そこにほんの少しのスリルのスパイスを加えたような映画ですね。
ドラマ『メディア王 ~華麗なる一族~』と同様に“アダム・マッケイ”も製作に関わっています。
『ザ・メニュー』は俳優陣も豪華で、この方面でもたくさん味わえます。
ひとりはドラマ『クイーンズ・ギャンビット』でも名演を評価され、今やハリウッドで最も勢いがある若手俳優となっている“アニャ・テイラー=ジョイ”。『ラストナイト・イン・ソーホー』に続いてのスリラーノジャンルですが、やはり“アニャ・テイラー=ジョイ”はスリラーが似合っていますね。
また、その“アニャ・テイラー=ジョイ”の隣に並ぶのは“ニコラス・ホルト”です。私は『女王陛下のお気に入り』とかドラマ『THE GREAT 〜エカチェリーナの時々真実の物語〜』とか、とにかくクソ野郎をノリノリで演じる“ニコラス・ホルト”が大好きなのですが、今回もそれがたっぷり味わえて最高でした…。
他には、『キングスマン ファースト・エージェント』の“レイフ・ファインズ”、ドラマ『ウォッチメン』の“ホン・チャウ”、『偽りの忠誠 ナチスが愛した女』の“ジャネット・マクティア”、『ミラベルと魔法だらけの家』で大人気ソングをもたらした“ジョン・レグイザモ”など。
『ザ・メニュー』は基本的に観ていてお腹がすくような美味しそうなシーンはほぼないのですが、あるメニューだけは強烈に胃袋を刺激するでしょうね。鑑賞後はそれを食べたくなるかもですが…。
『ザ・メニュー』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :好きな人はハマる |
友人 | :俳優好き同士で |
恋人 | :デート気分ではない |
キッズ | :残酷な描写あり |
『ザ・メニュー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):食べるのではなく…
マーゴとタイラーのカップルは船着き場にいました。マーゴが煙草を吸っていると、タイラーはこれから食事なのだから吸うべきじゃないと知識をひけらかして指導してきます。
そこに1隻のボートが来ます。ジュリアン・スローヴィクという有名シェフが仕切る秘密のレストラン「ホーソン」のツアーの船です。あたりを見渡すと同じく参加者と思われる複数の有力者がゾロゾロと現れ、タイラーはこの集団のひとりになれるんだと興奮します。
料理評論家のリリアン・ブルームと夫のテッド、大富豪のアンと夫のリチャード、ビジネスマンのソーレン、デイヴ、ブライスの3人組、映画俳優のジョージと秘書のフェリシティ。
船はプライベート・アイランドになっている島に到着。レストラン支配人のエルサが出迎えます。
ところがマーゴは招待客ではないと言ってきます。実はタイラーは当初招待されていた恋人とは別れたため、新しい恋人であるマーゴを連れてきたのでした。エルサは丁寧な態度で応じますが、やや複雑な気持ちになるマーゴ。気を取り直します。
エルサは一同に島を案内。穏やかな風景で、ここでは食材も育て、スタッフも暮らしているそうです。シェフのジュリアンの住むコテージもありますが、立ち入り禁止だとか。
そしてレストランに到着。内装は豪華。各自席につきます。タイラーは厨房を覗き、マーゴに得意げに語りだします。
各自が会話を弾ませながら最初の一品(アミューズブーシュ)を口に運びます。次に最初のコースの一品が運ばれてきます。
提供される前にシェフのジュリアンが挨拶。「ようこそ」と落ち着いた声で語り、料理が提供されます。タイラーはまた饒舌に語りだしますが、場の空気を読んで少し黙ります。タイラーは感動で涙目になりながら、ジュリアンの話にうっとりしていました。
2品目が続き、ここでもまたジュリアンが淡々と語りだします。タイラーは心酔するように呟きながら聞き惚れます。料理はゲーム性のある不思議な品でした。
3品目。トルティーヤにそれぞれプリントがあり、各ゲストの個人的なことが描かれているので、各自が困惑します。
4品目。スー・シェフのジェレミーを紹介するジュリアン。直立で姿勢を崩さないジェレミーの横で、「彼はGoodだがGreatではない」と腕前を批評。するとジェレミーは口に銃口をくわえ、自殺してしまいます。
ゲストは騒然。これはリアルなのか、いやパフォーマンスでは…。厨房は何事も無かったかのように黙って料理を続け、ジェレミーの遺体は片付けられます。
料理が出され、怯えながらナイフとフォークを手に食べるゲストたち。タイラーは全然気にしていません。
さすがに身の危険を感じ、出ていこうと抵抗したリチャードでしたが、その指をスタッフが切り落としてしまいます。これには立ち上がって恐怖する残りのゲストたち。
ジュリアンはこれもメニューの一部だと静かに説明しますが…。
最後まで良いメニューでした
いきなりですが『ザ・メニュー』の真相の話。シェフのジュリアンの目的は、ここに集ったエスタブリッシュメントな人たちへの復讐でした。彼は若い頃からこうした上流階級の人たちに従事してきたにもかかわらず、虐げられ、いいように使われただけで、その恨みがここまでの壮大な計画に結び付いた…という背景が後半で明らかになってきます。
おそらくエルサも同様の背景があり、きっとここで働くそのスタッフたちも上流階級への復讐に突き動かされていたのではないでしょうか。
レストランという舞台もここで重要です。レストランという場は上下関係がひっくり返るエリアでもあります。ゲストである上級階級の人たちは当然自分たちはお客様であり、レストラン側は尽くしてくれるはずだと信じ切っています。でも冷静に考えると料理を提供するレストラン側の方が圧倒的に優勢です。口に入れるものまで全部がこちらの支配下にあるのですから。
その立場の逆転を全く理解していないゲストたちが自分たちは管理される側の席にいつのまにか座っているんだと気づかされる。
そしてレストランは極めて軍隊的な統率性で動く場所でもあり、それは『ボイリング・ポイント 沸騰』やドラマ『一流シェフのファミリーレストラン』でも描かれるとおり。
軍隊的なコミュニティで精神的にも壊れてしまった者が、上位の存在へと銃口を向ける…なんだか『フルメタル・ジャケット』みたいな話ですね。
とは言え、このジュリアンの抗議のスタイルが明らかに料理における美学に基づいたアートな手段になっているあたりは、映画的なインパクトを考えてのことだと思いますが、非常に強烈で目を楽しませてくれました。
なかなか見れないですからね。頭にチョコレートのデカい帽子をのせて、無数のマシュマロでできた衣装を被せられて、スモアされる人間の姿なんて…。
製作陣は『ミッドサマー』の影響でも受けたのかな?
私はこういう奇抜な映像を最後に見せてくれるだけでも満足してしまうほどに甘い人間なので…。
あの男が風刺するもの
『ザ・メニュー』であのレストランに訪れるゲストはそれぞれ立場は違えど、支配階級的な存在なのは同じです。
少し異様なのはタイラーです。彼の生い立ちとかは詳細には語られないのですけど、得意げに料理のことを語っている姿からはオタク感が滲みでています。たぶん製作陣はこのタイラーを有害なファンボーイ、もっと言えばインセル的な男性として風刺させるべく設置しているのだと思います。
タイラーがああやって女性相手に饒舌に知識をひけらかすのはいかにもスノビズムなミソジニーっぽさがあるのですが、物語が進むといろいろ衝撃的なことが明らかになります。
まずタイラーはこのレストランで全員が死ぬということを知っていました(だから凄惨なことが起きても平然としていた)。そしてマーゴは本当の恋人ではなく、マーゴの正体はエリンというセックスワーカーであり、あくまで付き添いとして連れてきただけだという事実も判明(死ぬとわかっていて道づれで同行させたことにマーゴの怒りの鉄拳が炸裂)。
つまり、タイラーは「死ぬんだったら、美人な女を横にはべらせて、上流階級に浸りたい」という願望の持ち主であり、「どうせみんな死んでしまえばいいんだ」という鬱屈した劣等感を根底にした巻き添え思想もある。こういうのはインセル・テロリズム的なそれと全く同じでしょう。
最終的にはその本心をジュリアンに見抜かれて、屈辱の中で料理をさせられて、酷評を受け、最期は首吊り自殺をする。あれは「ざまあみろ」的な展開というよりは、インセル的な男性が惨めさをこじらせていけば待っているのはああいう死の運命だという結末を提示しているのかなと思います。
インセルの風刺だったらさすが“アダム・マッケイ”製作陣は特徴を捉えるのが上手いですね(『Qアノンの正体』のようなドキュメンタリーを作っているだけはある)。
対するマーゴ(エリン)ですが、彼女はジュリアンとの共通点があり、ある種の希望を背負う役柄です。タイラーというキャラクターがああなっていることからも、本作には女性搾取への反抗が軸として描かれていることがわかるわけですが、男性逃走ゲームの最中に残った女性たちは意思を通わせます。セクハラを受けたスタッフがぶっ刺す一件からも察せられるように、単に富による上下だけでない、男女の支配・消費の構造もあるという、本作の批評の範囲拡大の部分です(まあ、テーマの掘り方としては浅いと思うけど)。
その女性の輪に混じれていない“ホン・チャウ”演じるエルサのことを思うと、人種的な交差性も考えさせられて苦しいですが…。
ラストはマーゴ(エリン)のチーズバーガー&フライドポテトのオーダーによって、料理の本来の楽しさを思い出させる結末で終わります。今まで散々意味不明な品々を映しておきながら、ここで実に美味しそうなチーズバーガー調理過程を見せる。観客の食欲で映画の終わりを満腹にさせ、映画館らしいジャンクフードに誘導させるとは、なんてニクい手口なんだ…。
こうして私たちはエスタブリッシュメントのおぞましさを見せつけられつつ、今度はファストフード業界と映画業界の支配構造に取り込まれてしまうのでした。
チーズバーガー美味しいね…で終わらないでねってことです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 90% Audience 78%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
アニャ・テイラー=ジョイ出演の作品の感想記事です。
・『EMMA エマ』
・『クイーンズ・ギャンビット』
・『ウィッチ』
作品ポスター・画像 (C)2022 20th Century Studios. All rights reserved.
以上、『ザ・メニュー』の感想でした。
The Menu (2022) [Japanese Review] 『ザ・メニュー』考察・評価レビュー