その恋愛はステージ1-8くらい…アニメシリーズ『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ・日本・カナダ(2023年)
シーズン1:2023年にNetflixで配信
監督:アベル・ゴンゴラ
性描写 恋愛描写
スコット・ピルグリム テイクス・オフ
すこっとぴるぐらむ ていくすおふ
『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』あらすじ
『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』感想(ネタバレなし)
恋愛はスコピルがクリアします!
先日、11月19日は「国際男性デー」でした。
「男性が抱える問題」を解決することが主要なテーマとなる日ですが、今回は「男性と恋愛」の話をしましょう。
「Scientific Reports」のある論文によれば、ソーシャルメディアを分析したところ、男性は女性よりも恋愛で劣等感を抱きやすいと指摘されていました。
あくまで大雑把な比較ですが、女性と比べると男性は男性同士で恋愛の悩みを素直に語り合うことはしにくいのかもしれません。恨みや疑念だけが匿名のSNSでぐつぐつと煮えたぎり、それが劣等感に繋がる…ということでしょうか。
やはりこれも“男らしさ”の有害なマイナス面ですね。
作品で「恋愛する男性」を主題にするなら、この劣等感をどう描き、どう処理するのか…そこは重要だと思います。まあ、もちろん劣等感と全然無縁の男性もいるでしょうけど。
『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』は、こんがらがった恋愛を主題にしながら、このジェンダーのトラブルを気持ちよく解きほぐし、スカっとする答えをみせてくれます。
本作を紹介するならまずは『Scott Pilgrim』を知っていますか?というところから始めないといけませんね。
カナダの漫画家“ブライアン・リー・オマリー”が原作者のグラフィックノベルで、2004年から出版されました。韓国系とフランス系カナダ人のハーフである“ブライアン・リー・オマリー”は、アメリカと日本の漫画/コミックからインスピレーションを受けた「ハイブリッド」な作品を作りたいと考えてこの『Scott Pilgrim』を生み出したそうです。
カナダのトロントに暮らすボンクラなバンドマンの若い男が主人公で、ある日、ひとりの女性に出会って恋に落ちるも、その彼女の元恋人たちがなぜか襲ってくるという、ヘンテコな物語です。ジャンルを挙げるなら…ファンタジーアクション・ラブコメ? “ブライアン・リー・オマリー”いわく『らんま1/2』をよく読んでいたそうで、確かにこの『Scott Pilgrim』も“高橋留美子”的なドタバタ恋愛活劇みたいな雰囲気ですね。
このマニアなファンから支持された『Scott Pilgrim』は、2010年に“エドガー・ライト”監督の手で『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』として実写映画化。あの映像化の難しそうな奇想天外な展開をしっかり表現してみせていました。
そんな略して「スコピル」?…な原作が今度はアニメシリーズになって2023年に帰ってきたのがこの『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』です。
むしろ実写よりもアニメのほうが適しているんじゃないかという作風だったので、待ってました!という人もいたと思うのですが、アニメーション制作はなんとあの「サイエンスSARU」。『平家物語』や『犬王』など幅広い作品を縦横無尽なアニメーションで表現してみせる、今やワールドクラスの“湯浅政明”創業のスタジオです。『Scott Pilgrim』に最も最適なスタジオですね。
今回は“アベル・ゴンゴラ”というスペインのアニメーターが監督をしています。『スター・ウォーズ ビジョンズ』でも一部エピソードを担当していましたね。
本作『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』は非常に豪華なことに、アニメにおいても声を担当するのはほぼ実写映画の俳優たちです。つまり、“マイケル・セラ”も、“メアリー・エリザベス・ウィンステッド”も、“キーラン・カルキン”も、“アナ・ケンドリック”も、“ブリー・ラーソン”も、“クリス・エヴァンス”も…続々再登板してます。
それでいて原作の物語そのままではなく、このアニメ版独自のものに大きくアレンジされています。けれども“ブライアン・リー・オマリー”がしっかり関わっているので原作者による公式リブートみたいなスタイル。「シン・スコット・ピルグリム」ですよ。
原作らしさを維持して、さらにポップでキュートになった『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』。ファンの人も、初めての人も、この世界ではいつでもゲームスタートできます。
『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』は全8話(1話あたり約27分)。「Netflix」で独占配信中です。
『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :失恋中でも |
友人 | :オススメし合って |
恋人 | :気持ちを素直に |
キッズ | :ややベッドシーンあり |
セクシュアライゼーション:なし |
『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):ゲームの開始
ひとりぼっちで果てしない世界を彷徨うひとりの若い男。そこにローラーブレードで颯爽と駆け抜けていくひとりの女性が現れ…。
23歳のスコット・ピルグリムはベッドから飛び起き目覚めます。隣でゲイの25歳、ウォレス・ウェルズが文句を言っていましたが、今のスコットはあのカッコいい女性が何度も夢にでてくるのを忘れられません。あの髪色が派手な子は自分の空想の産物なのか…。
カナダのトロント。スコットはここで暮らし、「Sex Bob-Omb」という無名のバンドでベースをやっていました。他のメンバーはスティーヴンとキム。ナイヴスとヤングが演奏練習を見守っています。
それが終わってジュリー・パワーズのパーティーに行くと、あの夢にでてきた女性が普通にいました。現実にいるのか…。緊張しながら接近、話しかけてみます。どうでもいいオタク話をしてしまい、「君って本物?」と直球で聞いてしまって、恥ずかしくなって去ります。
ジュリーからあの女性はラモーナ・フラワーズだと教えてもらいます。NetflixのDVD配達員らしいです。
そこでさっそく注文し、彼女を待ち続ける日々。ついにあの子が玄関に現れ、DVDを渡して帰ろうとするラモーナに「夢にでてきた?」と質問。なんだか亜空間ハイウェーだとか難しいことを言っていましたが、とりあえずデート的なお出かけを約束することに成功。
雪降る公園でのんびり会話し、吹雪になってきたので、ラモーナの家へ。
2人はキスし、スパークを感じます。ベッドに入り、横に並んで一緒に寝て、穏やかな時間を過ごしました。
翌朝、バンドをしていると紹介し、今度の演奏に招待します。スコットが帰ってくるとウォレスは「高校生の彼女であるナイヴスと別れろよ」と言ってきます。スコットとしてはそこまで本気ではなかったのですが、ナイヴスはスコットに夢中でした。
そのとき、マシューなんとかからの手紙があるのを見つけます。知らない人です。決闘だとか、元恋人の軍団がどうとか書いてましたが、無視します。
ライブ会場にて演奏が開始。ところが、全くの唐突にいきなり襲ってくる正体不明の男。スコットは咄嗟に応戦します。なんでもラモーナには邪悪な元恋人が7人いるそうです。
よくわからないまま「マシューvsスコット」の戦いが始まりますが、戦闘の最中、スコットは攻撃を受けて消え、数枚のコインだけ落ちていました。
もしかしてスコットは死んでしまったのか。これでゲームオーバー…?
ラモーナの視点を軸にする意義
ここから『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』のネタバレありの感想本文です。
『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』は、原作を知っていると「ええ!?」という1話のラストが待っています。主人公であるスコットが負けてしまい、そのまま物語からしばらく退場するのです。全く先の見えない展開が待ってます。
実質、今回のアニメ版は主人公はラモーナ・フラワーズだと言っていいくらいで、タイトルも『ラモーナ・フラワーズ』に変えても問題なさそうなほどです。
今作ではラモーナが、スコットは死んだのではなく、ポータルによって消えて連れ去られただけだと推理し、犯人を捜すために奔走します。その過程でラモーナの元恋人と何人も出会い、自分の過去を見つめ直します。
ちなみに実写映画でもタイトルに使われていましたが、「元カレ軍団」という表記は正直どうかと思います。観てのとおり、ラモーナはバイセクシュアルで、元恋人の中にはロキシー・リヒターのように女性もいます。アニメ版ではところどころで「元恋人」の表記を使っていましたが、「元カレ軍団」の言い回しだけは変わらずで、これだとバイセクシュアル・イレイジャーになるだけだし…。英語だと「exes」とジェンダーニュートラルな表現ができているのですが、日本語の性別二元論的な言葉が邪魔になっているな…。
ともかくラモーナ視点で物語を進行させたのは正解だったのではないでしょうか。というのもやっぱりこれがスコット視点だと、女性の交際経歴にズカズカ入り込む男という図式になってしまい、女性の主体性がないがしろにされている感じは否めません。
自身の過去にケリをつけるならラモーナ本人が適任です。ラモーナも自分の交際の人生を振り返って、いろいろな後悔もみせる中、ひとりひとりと向き合っていきます。本作では案外と元恋人たちも良い奴で、ラモーナに身勝手な憎しみをぶつける人はそんなにいません。
スケボー好きのルーカス・リーは俳優業以外の道を見つけ、ヴィーガンのトッド・イングラムはウォレスとの恋で成長し、ケンとカイルのカタヤナギ双子はただのすごい発明家だったし…。ラモーナにアツい感情を依然として抱えていたのは大学時代に付き合ったロキシーでしたけど、そこも後腐れなく解決するし…。
恋愛に対して、男性は劣等感を、女性は後悔を抱きがちという研究上の指摘もありますが、『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』は女性キャラクターであるラモーナを軸に、後悔を華麗に振り払ってみせていました。バイセクシュアルのステレオタイプである「性or恋愛関係をやたらと無責任に持つ」みたいな鋳型にも陥らず、軽やかな表象になっていましたね。
自分を救えるのは自分
一方、スコット・ピルグリムはと言えば…未来に飛んでました。『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』はタイムトラベルものです。
未来で出会った37歳のスコットはラモーナと結婚していたものの関係にヒビが入ったことで「交際するきっかけとなった過去」を無かったことにしようと画策。さらに47歳スコットがAK(アンチキス)フィールドで妨害してくるほどのしつこさです。
要するに己の劣等感に耐えきれなくなったスコットがあろうことか自分の恋愛経歴を否定しにかかってきたわけですが、23歳のスコットはそんな歪んだ自分と対峙します。迷惑な話ですけども。
本作のスコット(23歳)は結構ちゃんと自己反省できる男で、結果的に振り回してしまったナイヴスにもきっちり謝りますし、だからこそ劣等感に染まった未来の自分にも向き合えます。トキシック・マスキュリニティに染まっていません。
ラモーナについても、トロフィーのようには扱わず、女性に認められることで肯定感を得るようなストーリーの仕掛けにもしていません。それどころかロボットを通してラモーナの成長を見守っていました(観察ゲームっぽく)。
本作の“男らしさ”への接し方はとても健全です。
日本にも男女のラブコメ作品は有象無象で存在しますが、まだまだステレオタイプな男女観は目立ちますし、それは恋愛モノだととくに露呈しがち。実は恋愛モノって一番難しいジャンルだと私は個人的に思っているくらいです。無意識にその作り手のジェンダーバイアスが物語内に滲みますよね。モテない男の劣等感が女性からの肯定で救われるオチだったり、男の主人公が女性たち(ましてや未成年だったり)を魅了してはべらすだけだったり…。
けれども男性に大事なのはもっとシンプルな行動なんじゃないかと思います。「謝る」とか「自分の弱さを受け入れる」とか「対等に話を聴く」とか、そういうことです。これができるようになるだけで、恋愛に対する見え方が男性は180度変わるはずで…。
ひと昔前のタイムトラベルものだと『バック・トゥ・ザ・フューチャー』といい、『ドラえもん』といい、男性主人公が女性とカップルになることがそのまま幸せへと直結することが多かったですが、現代はやはりそんな安直では扱えないです。
『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』は恋愛セラピーみたいな作品で、スコットもラモーナも自分と向き合うことが主軸になっています。「vs自分」です。過去の行動で人の本質は決まらないように、恋愛(の成否)に重きを置きすぎず肩の力を抜こう…というスタンス。恋愛を過剰に美化することなく、恋愛をポップコーンみたいにつまみながら、でも互いを尊重する。こういうことが自然と実現できるようになるといいですよね。
エンドクレジットでは、ギデオン・グレイヴズ(ゴードン・グース)とジュリー・パワーズが結託して何かを企んでいそうな感じでしたが、本格的な「vs元恋人」はここから飛び立つのか。
『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』の世界観はまだまだ見ていたいので、続きを作ってほしいものです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 76%
IMDb
8.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix スコットピルグリム テイクスオフ
以上、『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』の感想でした。
Scott Pilgrim Takes Off (2023) [Japanese Review] 『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』考察・評価レビュー