エル・ファニングとニコラス・ホルトの演技合戦…ドラマシリーズ『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2020年~)
シーズン1:2021年にAmazonで配信(日本)
原案:トニー・マクナマラ
性描写
THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語
ざぐれーと えかちぇりーなのときどきしんじつのものがたり
『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』あらすじ
理想を夢見るロマンチックな少女だったエカチェリーナは、皇帝ピョートルとお見合い結婚するためロシアへやってくる。愛に溢れた生活を思い描いていたエカチェリーナだったが、一歩足を踏み入れるとそこは堕落に満ちた理想とはかけ離れた世界だった。やがてそんな世界を変えようと決心する彼女。そのためにしなければならないのは、夫を殺し、教会を打ちのめし、軍隊を黙らせ、宮廷を味方につけること。彼女は女帝になれるのか。
『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』感想(ネタバレなし)
あの女帝を大胆に映像化
女性の天皇をなかなか認めない日本ですが、世界において女性の君主は現在の時点でどれくらいいるのでしょうか…と思って調べたのですが、調べるまでもありませんでした。
今いる女性君主は世界に2人です。イギリスの「エリザベス2世」と、デンマークの「マルグレーテ2世」。
どちらもすっかり高齢なので2人とも亡くなればこの世に女性君主は存在しなくなります(その後を女性が継ぐことがあれば別ですが)。
男女平等が叫ばれる昨今なのに…と思いましたが、そもそも君主制自体が衰退の一途をたどっているわけで、そういう事情を鑑みれば当然なのかとも。
でも私は君主制を支持するつもりはありませんが、女性が明らかに男社会が染み込んでいるであろう国家の君主になるということ自体は興味深いなとも思いますし、どうやって女性が君主であり続けたのか、その実態を探るのは好奇心がそそられます。ジェンダー平等の時代だからこそ、現在や過去の女性君主を分析し直すのも面白いものです。
その現代的切り口から女性君主に再アプローチして大成功を収めていたのがイギリスのドラマシリーズ『ザ・クラウン』でした。話題沸騰ですね。
だったらイギリスに対抗してロシアでいこう!と打ち出されたのかはわかりませんが、この新しく始まった“とある女性君主”のドラマシリーズも見逃せないパワーがあります。それが本作『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』です。
原題は「The Great」。ほら、「The Crown」に対抗意識を燃やしている感じがする…。
本作は邦題にあるとおり、ロマノフ朝第8代ロシア皇帝として1762年から1796年まで君臨し、女性ながら「大帝」として敬われた「エカチェリーナ2世」を主人公として歴史ドラマです。
ただし、前述した『ザ・クラウン』とはこの『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』はタッチが全然違います。
まず根本的に言ってしまうとあまり史実を重視していません。むしろ史実を大胆に踏みにじっていく痛快さえあるというか…。なにせ作中で「たまに史実に基づく」といけしゃあしゃあと宣言するくらいですからね。かなり好き勝手にアレンジしている作品だと思ってください。
そしてものすっごいクセが強いです。ほぼダークユーモアであり、バイオレンスで残酷な描写も躊躇いなく下品な笑いのネタとし、どぎついジョークも連発します。正直、観る人を選ぶのも無理ないでしょう。ノリとしては最近だと『女王陛下のお気に入り』に近いかも。それもそのはず原案の“トニー・マクナマラ”は『女王陛下のお気に入り』の脚本を担当しています。
エカチェリーナ2世を題材にした作品は過去にもあるのですが、本作『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』はそれらと差別化するためなのか、とんでもなく極端に振り切りましたね。
そのエカチェリーナ2世を熱演するのが“エル・ファニング”というから最高です。“エル・ファニング”は過去のフィルモグラフィーでは王道のヒロインを演じたりもしましたけど、どう考えてもそういう枠に収まる人じゃないですからね(『パーティで女の子に話しかけるには』とか『ティーンスピリット』とか、ちょっと世間ずれしている役の方がやっぱりノリノリ)。『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』では初の製作総指揮としても参加し、過去最高の“エル・ファニング”がたっぷり見れます。ほんと、暴れまくりです。
その“エル・ファニング”演じるエカチェリーナ2世と対峙することになる夫「ピョートル3世」を演じるのが“ニコラス・ホルト”。こちらもハマリまくりで…。『女王陛下のお気に入り』での怪演・狂演をさらにパワーアップさせてきている…。
なお本作『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』はキャスティングでわかると思いますけど、ロシアが舞台ながら基本は英語です。このエセロシアっぷりがまたギャグになっていていいんですけどね。
アメリカではHuluで配信されているのですが、日本では複数では「スーパー!ドラマTV」や「Amazonプライムビデオ」など複数で扱われています。吹き替えもあり、主役2人は“早見沙織”と“関智一”の実力じゅうぶんの声優が熱演。
権力蔓延る既存の社会にイラついたときにこそ、観ればスカっとするのでぜひどうぞ。
オススメ度のチェック
ひとり | :世の中にムカついたときに |
友人 | :本音で語り合える友と |
恋人 | :恋愛要素もあるけど… |
キッズ | :性描写・残酷描写たくさん |
『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):たまに史実に基づく
北ドイツ(現在のポーランド領)の神聖ローマ帝国領邦君主の娘として生まれたエカチェリーナはもうすぐ結婚することにワクワクしていました。「財産もないあなたと結婚したがる人なんかいる?」と友人は辛辣です。しかしエカチェリーナは気にしません。
「彼は気にしない。ピョートル皇帝と夫婦になる」「ロシアの?」「私がロシア皇后になるの」
そしてやってきました、ロシア。豪華絢爛な建物に到着し、意気揚々と頬を紅潮させて皇帝のもとへ。すぐに夫となるピョートルは側近とともに現れました。彼はまじまじとエカチェリーナを眺め、「肖像画より背が低い。送り返せ」と一言。でも急に笑い出し、ジョークだと言ってのけます。初対面で一発でわかりました。この男、口汚く横暴で失礼だと。
侍女のマリアルが今日からエカチェリーナの世話をしてくれます。彼女はかつては宮廷の貴婦人だったそうですが、ワケあって今は侍女です。するとサムサ司祭(アーチー)が処女かどうか確かめるという伝統に基づき、エカチェリーナを“チェック”。次にみんなで食事です。ヴェレメントフ将軍はやたらとキモイ態度で挨拶してきます。またピョートルの叔母のエリザヴェータとも会話。
「万歳(ハラショー)!」でグラスを投げて割る習慣に戸惑いつつも、クマをプレゼントされて大はしゃぎなエカチェリーナ。夢に見ていた結婚を成し遂げた自分に部屋でうっとり。マリアルから「今夜何をするかわかっていますか」と言われ、「合体」を詩的に表現するエカチェリーナ。
いざベッドで待ち受けますが、現れたピョートルが自分にしてくれたことは想像していたロマンチックとは程遠いものでした。
朝。エカチェリーナは「1.ピョートルを愛する。2.私も愛されるように努力する。3.文化と教育を追及する」と自分のなすべきことを書き留めます。
しかし、そんな決心も残念な現実に直面します。ピョートルはゲオルギーナ・ディモフ夫人との淫らな夜を過ごすのに夢中でした。しかも、ピョートル含めてここにいる男たちは酒飲みと殴り合いしかしない教養の欠片もない奴らばかりで、女は女でまるで学への意欲もありません。唯一、オルロ伯爵という臆病そうな男だけが学問に関心あるようでした。
学びの拠点とするはずの学校を燃やされ、「女は読書ではなく繁殖のためにある」と豪語するピョートルに激怒したエカチェリーナ。「妊娠したか」とそればかり聞いてくるピョートルは反抗するエカチェリーナをビンタし、「治めるのは私、仕えるのは君だ」「毒を吐く不感症な妻は必要ない」と彼女を脅します。
理想が砕け散ったエカチェリーナ。だったら自分がその理想の中心人物になってやる…そう使命が宿った瞬間です。
シーズン1:演技合戦で権力の座を争う
『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』の魅力はやはり“エル・ファニング”と“ニコラス・ホルト”の過剰すぎるほどの演技バトル。この2人演じるエカチェリーナとピョートルがとにかくオーバーすぎるキャラクター造形になっています。
まずピョートルですが、一言で言えば「クズ野郎」です。人間として終わっているような、倫理感ゼロ。完全なる裸の王様。平民であろうが貴族であろうが妻であろうが他人を残酷な目に遭わせることに何も心を痛めないサイコパスであり、女性なんて快楽を与える道具か世継ぎを産む機械としか思っていないミソジニーであり…。それでいて亡き父の偉大さに押しつぶされる恐怖を抱え、母を今もミイラを飾るほどに溺愛し、何よりも自分が最高だと思っている究極のナルシスト。そこらへんのどんな映画の悪役よりも酷いんじゃないか…。
普通に考えれば視聴者の嫌悪感は尋常ではなく高められるのですが、“ニコラス・ホルト”の絶妙な演技バランスもあって、放っておけない魔力もある。“ニコラス・ホルト”は『ザ・バンカー』でもそうでしたけどこういう弄ばれる軽さのある役をやらせるとパーフェクトですね。
一方のエカチェリーナはそんな文字どおりの暴虐の帝王であるピョートルに対して、聖人君子であろうとする…わけでもなく、彼女も彼女でなかなかにやりたい放題。目には目を歯には歯をであのピョートルに立ち向かっていく…そこがまた痛快です。確かにキャリアはないし、経験もないし、若い女性として未熟ではある。でも“導く”という才能を示していく。しっかり文学や科学への敬意もあったり(人痘接種を描く第7話はコロナ禍に響く話でした)。
これは若い世代のリーダーとして現在でも通用するような存在感であり(お行儀よいわけではないというところが大事)、この過去の女性表象を現代的アレンジで生まれ変わらせるアプローチは『ディキンスン 若き女性詩人の憂鬱』や『EMMA エマ』でも定番ですし、私はほんと凄いクリエイティブだなと毎度感服してしまいます。
この新生エカチェリーナに“エル・ファニング”がまあハマるハマる。え、エルってエカチェリーナの略称だっけ?というくらいに我がものにしていて、恐ろしい俳優ですよ。
そのエカチェリーナがピョートルという絶対的男性権力を前にすっかり縮こまっている男たち(アーチー、レフ、ヴェレメントフ、オルロなど)を屈服させる姿も良いですし、かといって極端に圧倒するわけでもない弱さもあるあたりも上手いです。あの第9話でピョートルとグリゴールとゲオルギーナが刃を向けてきたロストフを予想外の連携攻撃で華麗に仕留める姿にあっけにとられる場面とかね…。
それにマリアルの立場も印象的で…。彼女は一番反逆の意志があったはずなのに最後は男性に従属してしまう。そこもリアルで…。本作は「男女」の差別構造はちゃんとうやむやにせず向き合っているんですね。
シーズン1:史実?王道?知りませんけど
『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』は史実と全然違うところは本当に全くといっていいほどに無視しています。例えば、出だしからそうで、エカチェリーナがロシアに来たときは史実ではピョートルはまだ皇帝ではなく、あのエリザヴェータが女帝だったんですね。そうしていないのはエカチェリーナが女帝になるというメインストーリーを際立たせるためなのでしょう。結果、エリザヴェータがメンターなのか敵なのかわからない存在としてサスペンスを生んでいました(蝶とか同性愛関係とか意味深なキャラ付けだったり、エリザヴェータだけこの物語の外にいる感じなのはそういう史実との違いがあるからなのかな)。
史実に対してだけでなく、本作は全体的にアンチイズムが強く打ち出されています。理想の結婚と生活を夢見て最上流世界へ飛び込んだら地獄で、やがて夫を殺す計画を練り始める…なんてのはこれ以上ないほどのアンチ・プリンセス(クラシックなディズニーのほうね)です。
アンチ結婚、アンチ妊娠、アンチ家族と、保守的価値観にツバを吐き続けるエカチェリーナの姿は「夫婦なんてこんなもの、権力なんてこんなもの」と私たちの世間も嘲笑うような…。
そしていよいよクーデター決行。史実ではピョートルは在位6ヶ月で廃位・幽閉され、暗殺されます。でもこの本作では最終話で「史実どおりいくのか? もしかしてif路線に突っ切るのか?」と実に巧みにハラハラさせてくれます。ここでクーデターの首謀者が妻だと知って悲しそうな顔のピョートルとか、両者が勝つゲームを提案するエカチェリーナとか、双方のベストシーンが連発する中での決着。それは本作で唯一規範的であった“真実の愛”としてのレフとの関係をエカチェリーナが諦めるというくだりで達成されるというのも意味深いですね。最後の最後で「アンチ純愛」。ひとりの理想の男性が自分の幸せには必要という価値観を捨てるときがきました。
こうしてあらゆるアンチイズムで規範を屍にし、その死屍累々を積み重ねて、やっとこの20歳の若き女性は女帝へと上り詰める。男は簡単に皇帝になれるけど、女はここまで犠牲を払わないと皇帝になれない。その過酷なリアルと共にエカチェリーナがグレイトになる。このラストの畳みかけは個人的には圧倒されっぱなしでした。
シーズン2があるらしいですけど、どうなるのかな…。
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 88% Audience 83%
IMDb
8.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Paramount Television Studios ザ・グレイト エカチェリーナ
以上、『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』の感想でした。
The Great (2020) [Japanese Review] 『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』考察・評価レビュー