怪獣が歴史の勝敗を決める…映画『ハンサン 龍の出現』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2022年)
日本公開日:2023年3月17日
監督:キム・ハンミン
ハンサン 龍の出現
はんさん りゅうのしゅつげん
『ハンサン 龍の出現』あらすじ
『ハンサン 龍の出現』感想(ネタバレなし)
歴史的な海戦を映画化
朝鮮と日本の歴史は根深いです。そもそも弥生時代に日本列島に居住していた「弥生人」には朝鮮半島から渡って来た人々もいたので、私たち日本人のルーツとして根本的に朝鮮が存在しています。文化の影響も大きいです。
一方で、1900年代初めには朝鮮は日本に併合され、事実上、侵略されてしまいました。『マルモイ ことばあつめ』で描かれるように、朝鮮の文化さえも奪われてしまいます。さらに『金子文子と朴烈』やドラマ『Pachinko パチンコ』で描写されるとおり、日本国内における朝鮮人への虐殺も起きました。
いずれも無理したり、無かったことにはできない、朝鮮と日本の歴史の接点です。
そんな中、16世紀にも朝鮮と日本には歴史的に大きな接続がありました。日本が朝鮮を侵略しようとしたのは何も20世紀が最初ではありません。この1500年代にもある出来事が起きました。
それが豊臣秀吉による朝鮮への侵攻です。日本では「文禄・慶長の役」(昔からは「朝鮮征伐」と日本側は呼んでいた)とも言われるこの歴史的事件。当時、天下統一を果たした豊臣秀吉は中国の王朝である「明(みん)」の征服を目指して、その足場とするべく、遠征軍をまず朝鮮に差し向けました。
当初はかなり日本側が攻め入っていましたが、追い込まれた朝鮮側が思わぬ反撃にでます。その形成が変わる歴史的な分岐点となったのが「閑山島海戦」と呼ばれる激しい海上での戦いでした。
かなり規模の大きい海戦であったため、歴史的に注目が高く、「“朝鮮版”サラミス海戦」なんて評価をされたりもします。
その「閑山島海戦」を特大スケールで映像化した大作映画が今回紹介する作品です。
それが本作『ハンサン 龍の出現』。
内容はすでに説明したとおり。本作の監督である“キム・ハンミン”は、『バトル・オーシャン 海上決戦』という、同じく「朝鮮vs日本」のこの歴史上の海戦のひとつを2014年に大作映画化しており、実質、続編シリーズみたいなものです。ただ、『ハンサン 龍の出現』の「閑山島海戦」は1952年の話で、『バトル・オーシャン 海上決戦』で描かれる「鳴梁海戦」は1957年の出来事なので、時系列的には『ハンサン 龍の出現』のほうが先になります。
『ハンサン 龍の出現』のもうひとつの特徴は、朝鮮側はもちろん日本側も対等に描かれており、朝鮮と日本の双方の大将が互いを好敵手と認めながら、知略と戦術で緊迫感ある接戦を繰り広げるという点です。
もちろんメインとなる海戦シーンはたっぷり描かれ、迫力はクオリティ抜群。海戦を主題にした戦争映画としてはトップクラスで手に汗握る映像が満喫できるでしょう。
主人公を演じるのは、“キム・ハンミン”監督とは『神弓-KAMIYUMI-』でも手を組んだ“パク・ヘイル”。他にも、『茲山魚譜 チャサンオボ』の“ピョン・ヨハン”、『殺戮にいたる山岳』の“アン・ソンギ”、『王と道化師たち』の“ソン・ヒョンジュ”、『悪人伝』の“キム・ソンギュ”、『奈落のマイホーム』の“キム・ソンギュン”、『無垢なる証人』の“キム・ヒャンギ”、『時間回廊の殺人』の“オク・テギョン”など。
この手の時代劇モノではもはや当然ですが、登場人物の数は多く、とくに日本人観客にしてみれば、あまり知識の無い人物がバンバン登場するので面食らうかもしれません。でも映画自体はかなり丁寧にじっくり描いてくれているので覚えやすいと思います。人間関係の構図もシンプルで、そこまでトリッキーなことはしていません。
兎にも角にも迫力満点の海戦を見たい!という人は『ハンサン 龍の出現』は絶対に外せない映画だと思います。
なお、レーティングでは「R15+」になっているのですけど、別にそんなに暴力的な描写はありません。戦争映画なので人は死にますし、殺傷シーンもあるのですが、直接的にはそんなに描かれていないし…。他のもっと暴力的な描写のある映画でも普通に「G」指定もあったりするのに、映倫はどういうつもりで本作を「R15+」にしたのだろうか…。
『ハンサン 龍の出現』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :海戦に釘付け |
友人 | :エンタメとして |
恋人 | :ロマンス要素なし |
キッズ | :船が好きなら |
『ハンサン 龍の出現』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):すでに戦いは始まっている
1592年。朝鮮半島は脅威に震撼していました。隣の列島を天下統一で支配した日本の武将・豊臣秀吉は、大陸の大国である「明」を次の狙いに定め、侵攻の足がかりとして地理的に欠かせない朝鮮半島に出兵したのです。
朝鮮に押し寄せた日本軍は釜山(プサン)城に進撃し、陥落させた後、朝鮮の首都・漢陽(ハニャン)も占領。あっという間でした。
こうして占領地となった地域では、甲冑姿で歩く武士に怯えながら生活する現地の朝鮮人がいました。その中、ひときわ凄みをみせる日本軍の将軍が脇坂安治です。静かな物腰ですが、容赦ない気質でもあり、気を緩めることはありません。
脇坂は以前の海戦で、敵の朝鮮側にイ・スンシン(李舜臣)という海の怪物ごとき恐ろしい大将がいると配下の者から耳にします。その海上の戦いでは、朝鮮軍は、亀のように船体が覆われた特殊な船を駆使し、その船の先には竜の頭が付属し、そこから砲撃まで繰り出されました。その竜頭は豊臣秀吉側の船体に激しく食い込み、銃砲を勇ましく鳴らし、近距離砲撃で穴を開け、攻撃を続行。その恐ろしさはそこにいたものの記憶に刻まれていました。
脇坂は朝鮮征伐のために麗水をたたくことに決め、その謎の船とイ・スンシンについて調べさせることにします。
一方、朝鮮の王・宣祖(ソンジョ)は、破竹の勢いの豊臣秀吉軍から逃れるべく、北方の平壌に避難していました。
全羅の左水営(チョルラチョスヨン)の夜、朝鮮側の一同が集まり軍議で舌戦を交わしていました。ここまで窮地に追い込まれている以上、策を打たなければ完全に占領されてしまいます。
慶尚右道(キョンサンウド)水軍を率いる慶尚右水使(キョンサンウスサ)のウォン・ギュンは、劣勢ゆえに防御を固めるべきだと主張。しかし、イ・スンシンの一派は攻勢に転じるべきと真逆のことを主張し、意見は合いません。
イ・スンシン本人はこの戦況を冷静に考えていました。イ・スンシンは自身の配下である遊撃将ナ・デヨンと突撃将イ・オルリャンから、新しい船を造ることを提案されます。この新たな船が突破口になるかもしれないので、イ・スンシンは船を造るように命じます。
また、イ・スンシンは、朝鮮最高の水先案内人である光陽県監のオ・ヨンダムを呼び出し、王の動向を分析します。自分たちはこの戦いに命を懸けるべきなのか。慎重に熟慮しないといけません。
そんな中、豊臣秀吉軍が本陣を置く釜山浦(プサンポ)では、脇坂が水軍の将となって、指揮をとることになりました。焦ることをしない脇坂はイ・スンシンを確実に仕留めるために、朝鮮語を解する甥の脇坂左兵衛を間者として敵陣に送り込み、探らせることにします。
朝鮮側でも動きが起きていました。捕虜となった日本軍の武将・俊沙がなんとイ・スンシンに仕えたいと寝返ることを提案してきたのです。身を挺して守り戦った彼の姿に感銘を覚えてのことで、これは戦況を左右する駒となるかもしれません。
こうしてイ・スンシンと脇坂の戦いはすでに静かに始まっており…。
脇坂安治は韓国作品で輝く
ここから『ハンサン 龍の出現』のネタバレありの感想本文です。
『ハンサン 龍の出現』はジャンルは時代劇戦争映画ですが、初っ端からドンパチしまくっているだけの単調な作品ではありません。むしろ前半は砲撃も銃声もなくとも、対立する両者が静かに知略でせめぎあう、一種の情報戦が繰り広げられます。
主人公のイ・スンシンが魅力的に描かれるのは当然です。韓国にとっての英雄であり、今や大韓民国海軍の駆逐艦の名前に使われたり、朝鮮民族の屈しない精神性を象徴する存在としてアイコン化しているほどですから。
本作が面白いのは、このイ・スンシンだけでなく、日本側の脇坂安治まで非常に奥深く魅力的に描かれているということです。
脇坂安治の周囲にも日本勢がいますが、同じ「賤ヶ岳の七本槍」のメンバーである加藤嘉明と九鬼嘉隆などと比べるとやはり今作の脇坂安治は別格の存在として描かれています。かといってコテコテの侵略者としての極悪人という風情で誇張的に描写されているわけでもなく、むしろ身内に厳しい人物として冒頭から活写されます。
本作の脇坂安治は、好敵手となる敵将(イ・スンシン)を見い出したことで、その戦いに専念し、非常に戦いに対する義を重んじます。相手を冷笑して油断するような真似はしませんし、常に相手の能力を過小評価せず、策を入念に練り込んで用意周到に準備を重ねる。
言ってしまえば、イ・スンシンと似た者同士であり、もし味方同士であったらさぞかし意気投合したであろう共鳴性です。
だからこそ、このイ・スンシンと脇坂安治の戦略が最後にぶつかり合う、あの「閑山島海戦」のシーンが始まると、もう朝鮮や日本の政治的利害をすっかり忘れて、あの2人の勝負が決する瞬間に思わず魅入ってしまうわけですが…。
脇坂安治はあの数多くいる安土桃山時代から江戸時代にかけての武将・大名の中でも、日本の時代劇などではそんなにクローズアップされるタイプの人物ではなく、単独で主人公として描かれる機会もほとんどないような存在です(なお、脇坂安治は幾度の海戦でも生存し、朝鮮出兵後の豊臣秀吉亡き後も、関ヶ原の戦いにも関与しましたが、そんなに目立つ感じでもありませんでした)。
ところが日本ではなく韓国の方がこの脇坂安治を表現するフィルモグラフィーとしての歴史があって、ついにここまで象徴的に描けるぐらいにまで到達しているんですから…。正直言って、私も脇坂安治のことを韓国作品で知りましたからね。
あの世の脇坂安治本人もびっくりしているでしょうね。
怪獣映画のような存在感
日韓の格差を感じる武将に新鮮に触れられる『ハンサン 龍の出現』。その物語で欠かせないもうひとつの存在…それが「亀甲船」です。
船の上廻り全体を楯板などでぎっちり装甲して防御力を堅固にし、敵船に接近して攻撃する「盲船(めくらぶね)」とも呼ばれるタイプの船で、この「亀甲船」は当時の朝鮮軍の秘密兵器であったとされる謎めいた船でもあります。
資料は乏しいものの、その独特の姿含めて語り継がれている存在で、まあ、詳細な構造は歴史専門家の人が議論すればいいと思いますが、何と言ってもめちゃくちゃロマンあふれるデザインをしていますよね。史実性はともかく、こんな船があるなら実際に水に浮かんでいる姿を見てみたいと思ってしまうような…。
『ハンサン 龍の出現』はその恐ろしげな「亀甲船」が相手に与えた恐怖、それと同時にこの船独自の構造的弱点を描きつつ、最後の最後、いざ本番の重大局面となる海戦であの最高の見せ場が用意される。こんなに船をかっこよく描く映画だとは…。
もちろんあの竜頭が引っ込んで…というギミックもすごくフィクショナルではあるのですが、そんなリアルはさておき、やっぱりここもロマン限界突破しているじゃないですか。『ONE PIECE』のルフィだったら目をギランギランに輝かせているだろうな…。
私は「亀甲船」はもう怪獣みたいだなと思いました。もしくはメガロドンですよ、メガロドン…。
その「亀甲船」が大暴れする海上戦。セット撮影だそうですが、最近ではよくある実際に水に浮かべることなくVFXで大海原を表現して撮影していくスタイルです。2014年の『バトル・オーシャン 海上決戦』と比べると、当時としてはあの映画も相当なスケールだったと思いますが、この『ハンサン 龍の出現』はさらにクオリティが成熟していました。若干浮いてしまうようなVFXっぽさはもうほぼないです。
ここ近年の韓国映画はセット&VFXの組み合わせによる撮影の技能が本当に急上昇しており、おそらく韓国国内の観客の目がハリウッド大作を見慣れてしまって肥えているというのもあるのでしょうけど、韓国映画はもう互角にハリウッドと勝負してます!という気合いすら感じますね。
日本も『キングダム』シリーズなど健闘している映画が最近は見られますが、こんな感じで東アジアの大作が盛り上がり続けるといいなと思います。
いつか韓国と日本の合作で歴史モノを築けるといいのですけどね…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 70% Audience 87%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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・『パイレーツ 失われた王家の秘宝』
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作品ポスター・画像 (C)2022 LOTTE ENTERTAINMENT & BIGSTONE PICTURES CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED.
以上、『ハンサン 龍の出現』の感想でした。
Hansan: Rising Dragon (2022) [Japanese Review] 『ハンサン 龍の出現』考察・評価レビュー