YRFスパイ・ユニバースだと!?…映画『PATHAAN/パターン』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:インド(2023年)
日本公開日:2023年9月1日
監督:シッダールト・アーナンド
PATHAAN パターン
ぱたーん
『PATHAAN パターン』あらすじ
『PATHAAN パターン』感想(ネタバレなし)
YRFスパイ・ユニバースの本格稼働
ハリウッドでは「スパイアクション」のジャンルは映画界では大人気です。派手で大掛かりな見せ場、駆け引きによるサスペンス、間に挟まれるロマンス…いろいろなエンターテインメント要素を詰め込みまくれるので、うってつけなんでしょう。
それはインドでも同じようです。
インド映画界もスパイアクションは盛り上がっており、大ヒットした大作もいくつもありました。
そんな中、ついにこんなところまで到達してしまいました。
その象徴となった映画が『PATHAAN パターン』です。
『PATHAAN パターン』は2023年公開のインド映画ですが、現時点でインドの歴代国内興収ランキングで4位につけています。
この映画の特筆すべき点はその展開です。単純に続編を重ねるシリーズもののスパイアクション映画はインドでも普通にありましたが、今作はシェアード・ユニバースなのです。つまり、複数の作品が世界観を共有していて、クロスオーバーしていく…ということですね。
製作会社がインド最大の映画スタジオのひとつである「Yash Raj Films」なので「YRFスパイ・ユニバース」と名付けられているそうですが、その第1弾は2012年公開で“サルマーン・カーン”主演の『タイガー 伝説のスパイ』。そしてその続編となる『Tiger Zinda Hai』が2017年に公開されます。ここまではよくあるシリーズ展開です。
次に2019年に『WAR ウォー!!』という“リティク・ローシャン”と“タイガー・シュロフ”が共演した全く別の主人公の映画が公開されます。この時点ではシェアード・ユニバースは意識されていません。
しかし、今作『PATHAAN パターン』によって完全にシェアード・ユニバースの方向性で確定。一応のこれらの作品の共通項は「RAW(Research and Analysis Wing)」というインドの実在の対外諜報機関のエージェントを主軸にしているというところ。それだけなので世界観自体は結構自由です。
アメリカでもスパイを題材にした壮大なシェアード・ユニバースとしてドラマ『シタデル』が試みられていますが、勢いとしてはこの「YRFスパイ・ユニバース」のほうがノッてる感じです。
近年のインド映画界は本当にシェアード・ユニバース企画に乗り気で、つい最近も『ブラフマーストラ』が「アストラバース(Astraverse)」というシェアード・ユニバースを始動させたばかり。
やっぱりインド国内で『アベンジャーズ エンドゲーム』が大ヒットしたのをうけて、「うちもアレできるんじゃない?」ってなったのかな…。まあ、確かにインドならできそうではあるけど…。
話を戻して本作『PATHAAN パターン』ですが、こちらはとにかく王道のスパイアクションに徹しており、インド版『ミッションインポッシブル』みたいなものです。歌とダンスはありますけどね。
『PATHAAN パターン』で堂々たる主演を務めるのは、“サルマーン・カーン”、“アーミル・カーン”と並ぶ、ボリウッドの「3人のカーン」のひとりにして「キング・オブ・ボリウッド」に君臨する“シャー・ルク・カーン”です。
そして『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』で“シャー・ルク・カーン”と共演して大ブレイクした“ディーピカー・パードゥコーン”がヒロインに抜擢されています。
さらにシェアード・ユニバースですからね。あの大物俳優も…。
要するに座組としては「これ以上のものはないだろう」というレベルのトップクラスを揃え切っており、実際に大ヒットしたわけですが、当然ですよね。
『PATHAAN パターン』を監督するのは、『バンバン!』(2014年)、『WAR ウォー!!』(2019年)と、この手のジャンルを得意とする“シッダールト・アーナンド”。
新たな動きを見せるインド映画界に注目する意味でも見逃せない一作です。
『PATHAAN パターン』を観る前のQ&A
A:シェアード・ユニバースですが、関連する過去作が日本では鑑賞しづらいので無理して見る必要はないです。できれば『タイガー 伝説のスパイ』を観ておくと盛り上がりが増します。
オススメ度のチェック
ひとり | :インド映画初心者でも |
友人 | :気楽にエンタメを |
恋人 | :ロマンス要素薄め |
キッズ | :やや長い。 |
『PATHAAN パターン』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):最大のピンチに最高の仲間を
2019年、パキスタン。カーディル将軍が医者から診断を受けていました。癌はかなり深刻なようです。そこにテレビがある報道を伝えます。パキスタンと敵対関係にあるインド政府が、領土問題として揉めているジャンムー・カシミール州に特別な地位を与えるインド憲法第370条を無効にしたというニュースでした。これではこの地はインドの好き勝手にされてしまいかねません。
カーディル将軍はこれに怒り、余命数年ながらその最期を賭けて行動に出ます。そのために、民間テロ組織「アウトフィットX」を率いるジムに電話するという奥の手を使うことに…。
3年後。アフリカ南部。ひとりの拘束された男がいました。彼の名はパターン。これはあくまでコードネーム。インドの諜報機関「RAW」に所属していたエージェントです。
パターンは拘束された状態からも華麗に反撃。武装した敵を次々と圧倒し、ショットガンをぶっぱなします。ヘリを強奪して倉庫内で機銃を連射し、ロケットランチャーを回避。上の窓から逃げ出すのでした。
一方、インドのニューデリーでは、「JOCR」という秘密組織の責任者のナンディニ・グレーワールがこの組織が生まれた経緯を振り返っていました。
2年前。パターンとの出会いが、「JOCR」の誕生のきっかけです。過去のトラウマや怪我により引退を余儀なくされた元RAWエージェントを採用し、スニル・ルスラ大佐の承諾を得て、設立したのです。
あのとき、パターンのチームは、科学会議でインド大統領を攻撃するという情報を嗅ぎ付け、ドバイへ向かうことにしました。しかし、そこで狙われたのは科学者のファルーキ博士とサハニ博士で、2人の誘拐が本当の狙いだったようです。
急いでパターンは車で追いますが、横転。逆さまの状態で襲撃者のジムの顔を見ます。余裕なジム。自分は逃げられましたが、メンバーは犠牲に…。
そこで終わるわけにはいきません。ヘリで乗り込んで、ジムを蹴り飛ばし、なんとかサハニ博士を奪い返します。トラックの上で対峙するも、あえなくジムと決着はつけられず…。
本部に戻ると、ジムは元RAWエージェントで、ソマリアのテロリストに妻と胎児を殺されたことが判明します。ジムの生死は不明でしたが、生きていたようで、おそらくインドを憎んでいます。ジムにとってはインドとパキスタンの政治的対立もどうでもいいはずです。復讐だけに突き動かされています。
ジムの次の行動を探るためにも、情報を握るルビナ・モフシンという女性に接触することにします。ところがそこにもジムはいました。ジムの仲間たちはいろいろなエージェントに過去は属していたわけありの奴らです。そしてルビナもまた「ルバイ」というコードネームを持つパキスタン軍統合情報局(ISI)の元エージェントでした。
しかし、ルバイはなぜかパターンを助けてくれます。2人は手を取り合って次のミッションに挑むことになりますが、その先には裏切りと最高の助っ人が待っていました。
アイツが来てくれる瞬間が最高潮
ここから『PATHAAN パターン』のネタバレありの感想本文です。
『PATHAAN パターン』はジャンルとしては極めてオーソドックスで、変化球なところはほとんどありません。小細工なしで、何よりも「スターを揃えてやったぜ!」と恥じらいもなく誇るぐらいの清々しさがあるんじゃないでしょうか。
“シャー・ルク・カーン”は言うことなしの貫禄。今作では長髪スタイルを個性にしていくのかな。
そして“ディーピカー・パードゥコーン”演じるルバイという美女にスペインで出会い、案の定、彼女は敵対する間柄で、それでもなんだか親交を深めていき…と、こちらも何十回と見た展開を繰り返します。
ちなみに今作のルバイは初登場時からやたらとセクシーなダンス&ソングを披露するパートが始まりますが、インド国内では右派から「猥褻だ」と非難されたらしいですけど、でも検閲はきっちり通っているんですね。まあ、セクシーって言っても大人の水着だからな…。
それよりも今作では主人公とヒロインは、恋愛に発展しそうでそうならないという微妙なストッパーがかかっていました。たぶんそれをやっちゃうと完全に『タイガー 伝説のスパイ』でのISIの女性との恋模様とまんま瓜二つだからやめたのでしょうね。
『PATHAAN パターン』も土台はステレオタイプなマッチョイズム映画ではあるのですが、『K.G.F CHAPTER 1/CHAPTER 2』ほど極端ではないのは、あのルバイも後半はマッチョに活躍しまくってくれるからですかね。前半のセクシーさが吹き飛ぶくらいのパワープレイで暴れてました。
でも一番のテンションMAXシーンは、みんな一致するであろう、あの場面。『タイガー 伝説のスパイ』の主人公で“サルマーン・カーン”演じるタイガーが駆け付けて共闘する列車パートです。この2人の俳優の共演自体は珍しくないにせよ、クロスオーバーでこうやって一緒に戦ってくれる風景がそれだけで嬉しいですし、無敵モードでこっちまで楽しくなってきます。
今作は『トップガン マーヴェリック』のスタントコーディネーターである“ケイシー・オニール”を起用しているそうで、アクションのクオリティもハリウッド級にキマってました。
そう言えば、終盤のアフガニスタンで、パターンとジムがウィング式のジェットパックで壮絶に空中追跡劇をしていましたけど、あの装備品、『サーホー』にもでてた気がする。インドでは普通なの?
全然話が変わるけど、作中で「金継ぎ」の話題がでてきましたね。インド人も金継ぎに言及するのかよ…って思いました。日本人よりも外国人の口から金継ぎの単語を聞くことの方が多いな…。
ナショナリズムはインド映画を救うのか
エンターテインメントとしては確かにボリュームたっぷりな『PATHAAN パターン』で、それだけを考えるなら単純に楽しめるのですが、いかんせんややナショナリズムが濃いのが気になりますよね。
とくに今作はパキスタンとの対立という、現実の政治要素を反映させています。2014年にインド人民党(BJP)を中心とする新政権が発足して以降、ナレーンドラ・モーディー首相はぐいぐいとやりたい放題をかまし、ジャンムー&カシュミール州の自治権を規定した憲法370条を撤廃して同州を完全にインドの一部とするという、最も政治的にセンシティブだった領域にも平然と手を付けました。
とは言え、この『PATHAAN パターン』はそれを明確に批判するでもなく、むしろパキスタン側の一部の将軍が報復にでるというプロットで始まるわけで、完全に悪役とせずに配慮はしているにしても、そりゃあ、パキスタン側がこの映画に良い気持ちを抱くはずはありません。ちょっとパキスタン側が政治的に無能になってますし…。
『ミッションインポッシブル』のようなアメリカのスパイアクションも、『007』のようなイギリスのスパイアクションも、今や自国の権力に批判的なトーンで描くのが定番になりつつある中、『PATHAAN パターン』はインドの映画界での保守性を浮き彫りにしました。
ちなみに、タイトルの「Pathaan」とは、パターン族というアフガニスタンからパキスタン北西部を故郷とする民族を意味します。
インドはこうした愛国主義的な映画が昔からありましたが、最近はまた目立っているそうです。その理由は、少数の家族経営企業で成り立つヒンドゥー語映画界のネポティズム(縁故主義)に批判が集まる中で、愛国主義を映画で打ち出すことでそれを払拭しようという狙いもあるようで…。
それは功を奏したのか、ヒンドゥー語映画界隈は2022年まで不振だと言われていましたが、今作の『PATHAAN パターン』はその論調を一気にひっくり返しました。
「YRFスパイ・ユニバース」は今後は、『タイガー』シリーズの3作目を2023年に公開し、続いて『WAR ウォー!!』の続編、さらに『Tiger vs Pathaan』というタイトルの映画まで控えているのだとか。タイガーとパターンが衝突して戦うのか…あの2人、喧嘩しても3日くらいで仲直りしそうだけど…。
単にこのシェアード・ユニバースの行く末を見守るだけでなく、それがナショナリズム、ましてや映画界の政治的ポジションさえも左右しているということも忘れずに、じっくり注視していきたいです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 83% Audience 78%
IMDb
5.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Yash Raj Films PATHAN パタン
以上、『PATHAAN パターン』の感想でした。
Pathaan (2023) [Japanese Review] 『PATHAAN パターン』考察・評価レビュー