アトムは飛んでいく…アニメシリーズ『PLUTO』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2023年)
シーズン1:2023年にNetflixで配信
監督:河口俊夫
自死・自傷描写
PLUTO
ぷるーとぅ
『PLUTO』あらすじ
『PLUTO』感想(ネタバレなし)
地上最大のロボットは2023年に立つ
日本の漫画家“手塚治虫”は戦後にストーリー漫画を開拓し、今なお伝説のクリエイターとしてその名は刻まれている偉人です。
ディズニーやアメコミなど海外の創作物の影響を受けながら、自身の人生観を骨組みにして、『ジャングル大帝』『リボンの騎士』『火の鳥』『ブラック・ジャック』など数多くの名作を生みだし、それらの作品は後世の日本のあらゆるエンターテインメントに受け継がれています。
“手塚治虫”は「基本的人権を茶化さない」ことを創作のポリシーに掲げていたそうですが、そのせいなのか、「倫理」をテーマとして土台にしている作品が目立つ印象があります。そのため、世界観が全然異なる作品であっても“手塚治虫”作品はどこか一貫した「正しさ」を持っています。その”正しさ”が現実に直面して苦悩する…それでも答えを出す…そして私たちの心に響く…。
そんな“手塚治虫”作品の中でもとくに”正しき”心を持ち、弱き者を助ける主人公で成り立っているのが『鉄腕アトム』です。
ロボットであるにもかかわらず人間以上の正義感を持っている「アトム」。『Mighty Mouse』のような海外のヒーローものが着想元でしょうけども、『鉄腕アトム』には“手塚治虫”らしい調整とアップデートが施され、完全に独自の魅力を放っていました。
その『鉄腕アトム』の中でも特異なエピソードとしてファンの間で語り草となっていたのが「地上最大のロボット」(1964年~1965年)という話。当時人気だった『鉄人28号』に対抗するためのに作られたものらしいですけど、ロボットバトルものでありながら、興行では終わらない後味。“手塚治虫”のエッセンスが爆発していました。
2003年、その「地上最大のロボット」を独自に脚色してリメイクし、「PLUTO」という漫画が誕生しました。手がけたのは、『20世紀少年』でおなじみの“浦沢直樹”。かなりのプレッシャーがあったでしょうが、SFとしての濃密度を引き上げ、それでいて“手塚治虫”らしさを引き継ぐという難しいミッションを達成し、この作品もまたファンを獲得します。
そして2023年、今度はその「PLUTO」がアニメシリーズ化されました。
それが本作『PLUTO』。
基本的にこのアニメ版は“浦沢直樹”の漫画に忠実に作られており、大きな改変はありません。
主人公はアトムではなくロボット刑事のキャラクターを中心に進んでいき、ハードボイルド・ミステリーのジャンルとして構築されています。世界最高水準のロボットたちと、そのロボットと関係がある人物たちが、次々と不審な死を遂げるという事件が起き、その真相解明をするというのが物語の軸です。『ブレードランナー』のようなSFと捜査が融合した作品ゆえに、当然、謎解きが鍵になるのでネタバレには気を付けてください。
スケールは相当に大きい世界観で、キャラクター数もそれなりにありますが、丁寧に説明されながら話が進んでいくので、思っていたほどにそんなに難しさは感じないでしょう。
このアニメ『PLUTO』がまず凄いなと思うのは、全8話ながら1話あたり約60分のボリュームで構成されていること(2時間映画の4本分! 下手したら最近の海外ドラマよりボリューミー)。1話が通常の日本のアニメの倍なので、これまでの日本アニメシリーズに慣れている人にとってはサクサク見づらいという欠点はあるものの、これほどまでの作り込みで量までこなしてくるのは今はそうそうありません。
それだけ「原作を欠落なしで映像化するぞ!」という気合いの表れなのでしょうけど、ボリュームだけでも圧倒されますね。
アニメーション制作を手がけたのは「スタジオM2」。監督はスタジオジブリ作品などで原画や作画を経験してきた“河口俊夫”。
アニメ『PLUTO』は「Netflix」で独占配信。シリアスなストーリーで大人も楽しいですし、一方で子どもでも観れる表現に収まっているので、大丈夫です。
AIが身近になりつつある今、“手塚治虫”の倫理を再び私たちにインストールするときです。
『PLUTO』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :初めての人も |
友人 | :オススメし合って |
恋人 | :趣味が合うなら |
キッズ | :ややシリアスだけど |
セクシュアライゼーション:なし |
『PLUTO』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):その犯人は…
スイスの森林で、山火事が拡大し、全滅の危機に消防隊は焦りを隠せません。その隊員は木が根こそぎ消滅している地帯を目の当たりにして言葉を失います。そこへラインハルト博士がふらっと「私のモンブラン…」と狼狽して現れます。その場所には、燃え盛るモンブランの頭部が無惨に放置され、角のようなものが刺さっていて…。
ゲジヒトは目を覚まします。リビングではテレビでニュースが流れており、スイスで起きた森林火災の現場で、山の管理ロボットとして愛されているモンブランが破壊されているのが発見されたと報じられていました。
朝食も食べずにゲジヒトは家を出ることにし、妻ヘレナに「今度の休みはどこかにいこう」と言って出勤します。
ゲジヒトはユーロポール特別捜査官です。今日の現場は、ロボット人権法を擁護する団体の幹部ベルナルド・ランケが犠牲となった部屋。ゲジヒトは遺体の頭部に角のようなものがたてられていることを機にします。
そこに不審人物が検問を突破したと報告があり、駆け付けると巡査ロボットが大破していました。ゲジヒトは疑わしいドラッグ中毒者と思われる人物を発見。鉄パイプを振りあげて襲ってきますが、ゲジヒトは頭にくらってもびくともしません。「私はロボットだ。人間は撃てない」と告げて、抵抗をやめるように忠告します。
それがひと段落すると、巻き添えで破壊された巡査ロボットのロビーの妻に死亡を報告しに行ってあげます。
事件に捜査に戻るゲジヒト。今回の事件はあのモンブラン殺害と同一犯ではないかと疑い、さらには人間を殺害できるロボットの仕業の可能性を考えます。もしそうだとしらそんなロボットの登場は8年前のあのとき以来…。
ゲジヒトはホフマン博士に定期メンテナンスを受けており、ときどき夢を見ることを伝えます。
あるとき、偶然にも手がかりが見つかります。あのロビーのメモリーチップを奥さんに頼まれて入れてあげると、その映像に背景のビルからビルへ飛び移る何かが映っているのを確認。これはロボットではないですが、では何なのか…。
謎の詰まったゲジヒトは過去にただ一人、殺人を犯したロボットであるブラウ1589と面会します。角の意味は冥界の神「プルートゥ」だと教えてくれ、次の犠牲となるロボットも推測してみせます。
「君も含めてあと6人だ」
かつて独裁的な統治をしていた国王ダリウス14世が支配する中央アジアのペルシア王国。大量殺戮ロボット保有の疑いがあり、トラキア合衆国のアレクサンダー大統領はこれを見過ごさず、調査団を送り込んで対立が深まっていました。こうして第39次中央アジア紛争が勃発し、国連平和維持軍として世界最高水準とされたロボットたちが派遣されます。スイスのモンブラン、ドイツのゲジヒト、ブリテンのノース2号、トルコのブランド、ギリシアのヘラクレス、そして日本のアトム。オーストラリアのエプシロンは戦争を嫌って拒否しました。
これらのロボットは今は世界各地で平穏に暮らしていましたが、そのロボットに狙いをつけている何者かがいるのか…。
疑惑を抱えたままゲジヒトはアトムに会いに行きます。自分の秘密を知らないまま…。
ロボットの人権を通して
ここから『PLUTO』のネタバレありの感想本文です。
MCU風の漫画コマを駆使したロゴで始まるアニメ『PLUTO』。どうせなら“手塚治虫”作品を使いまくったまさにスター・システムな「手塚治虫ロゴ」を作ってほしかったけど、「手塚プロダクション」さん、考えてみませんか?
アニメ『PLUTO』の本題の感想ですが、やはり世界観が圧巻の構築です。ロボット・フェティシズムとテクノ・オリエンタリズムありきだった『ザ・クリエイター 創造者』とは対照的に、しっかりロボットの人権を通して、全生命の倫理を問う物語として確立していました。
『PLUTO』の世界では、旧式から最新アンドロイドまで多様なロボットが高度なAIで動作しつつ、普通に人間社会に溶け込んで暮らしています。単なる労働力だけでなく、結婚していたり、子どもを持っていたり、ほぼ人間と同等です。
しかし、ロボット法第13条で「ロボットは人間を殺せない」ことになっているように、ロボットと人間は同一的な平等性を有してはおらず、基本は人間に従属する存在として位置づけられています。このロボットの人権をどう扱うかはこの世界の世論を分断しており、ロボットの人権を尊重すべきと考える人権団体もいますが、多くの国々ではロボットは「人間の下」です。
今作ではこのロボットが心、とくに憎悪を抱くことで起きる事件が主軸となります。その憎しみの原因はもちろん人権侵害です。
紛争で殺戮兵器として利用されたロボットはPTSDのような心の傷を負い、またゲジヒトは残忍な幼児ロボット連続殺害事件の中で我が子を奪われて怒りのままに犯人の人間を殺め…。そして、もとは純真な理想に根差していたサハドはプルートゥとして利用され…。
本作に登場するロボットはどれも本当に人間以上に魅力的で、同情を誘います。
もう戦場に行きたくないのでピアノを弾けるようになりたいと願うノース2号、戦争の根絶を模索し続けたエプシロン、複雑な葛藤のうえに優しさを見い出したアトム…。
1話1話でたっぷりとその心情に寄り添ってくれるのがまた嬉しいです。
ロボットの兵器利用と心の葛藤というテーマは、日本以外でも後に『アイアン・ジャイアント』や『ベイマックス』など数多くの作品へと脈々と続くものですが、『鉄腕アトム』の世界が持つ語り口の深さにあらためて気づかされますね。
現代に届く風刺
『フューチュラマ』みたいにふざけまくりながらロボットが大切なことを教えてくれる作品もありますが、『PLUTO』はとことん生真面目です。
この『PLUTO』で重要な歴史として描かれる第39次中央アジア紛争。これは現実におけるイラク戦争を着想元としています。と言ってもイラク戦争ももう20年も前の話なので、今の若い世代にはリアルタイムで知らない人も普通にいます。
簡単に説明しておくと、イラク戦争とは、2003年にアメリカが主体となってイラクに侵攻した戦争のことで、その口実は「イラクが大量破壊兵器を保持している」でした。しかし、『記者たち 衝撃と畏怖の真実』でも描かれるとおり、この大量破壊兵器に関しては誤りで、結局は間違った情報に基づいた戦争だったということが明らかになります。
イラク戦争開戦を決めたアメリカのブッシュ大統領を裏で操っていたとされるディック・チェイニー副大統領に焦点をあてた『バイス』のような映画でもわかるように、全ては政治家の権力欲です。そのせいでどれだけ多くの人が犠牲になったことか…。
『PLUTO』の風刺は現代でも通じる鋭さがあり、それはしっかり世界観が構築されていることの証左です。
それでも2000年代初めに作られた原作をそのまま映像化しているので、SFとして現代を風刺するうえでポイントが外れている箇所がいくつかあるのは少し気になりますが…。
例えば、この世界ではヨーロッパ諸国は「ユーロ連邦」という架空の連邦国家を形成しているのですが、今や現実のEUは連帯が崩れつつある惨状ですからね。アブラー博士(ゴジ博士)の企みの中で、この世界のユーロ連邦も分裂していくような展開が背景に描かれていれば、もっと風刺力は増したかもしれません。
また、アメリカをモデルにしたトラキア合衆国のアレクサンダー大統領は実際はDr. ルーズベルトというコンピュータの操り人形と化していることが判明し、世界の超高性能ロボットを破壊して自国を唯一の超大国へと上り詰めさせるべく狙っていたことも明らかになります。ブラウ1589が一矢報いてくれますが、このトラキア合衆国内の政治的緊張感もさらに見たかったところはありました。
他にも、ロボット人権法廃止を唱える反ロボット主義の団体が登場し、いかにも「KKK」っぽいですが、このあたりも今なら「Qアノン」に置き換える方がリアルですし、いくらでもアレンジはできたと思います。
原作への忠実性に傾いて安定路線をとったのはわかりますけど、やっぱりSFというのは攻めてこそだと思うので、ストーリー面でのクリエイティブな挑戦を見たかったのが正直なところ。少なくとも“手塚治虫”はそういう挑戦をし続けてきた人なのですし。
ともあれ『PLUTO』がこうして2023年に世界中で観れるのは良いことです。私たちが今考えないといけない課題が詰まっていますから。
AIが漫画を描くような時代に到達しようとしていますが、“手塚治虫”が生きていたら、何を思うのか…。やっぱりそこでも人権を問うんじゃないかな…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
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シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)PLUTO制作委員会 プルートウ
以上、『PLUTO』の感想でした。
PLUTO (2023) [Japanese Review] 『PLUTO』考察・評価レビュー