マイアミ・ビッチで終わりたくない…ドラマシリーズ『ラップ・シット』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2022年)
シーズン1:2022年にU-NEXTで配信(日本)
原案:イッサ・レイ
性描写 恋愛描写
ラップ・シット
らっぷしっと
『ラップ・シット』あらすじ
『ラップ・シット』感想(ネタバレなし)
Make America Florida ?
2023年5月、フロリダ州のロン・デサンティス知事が2024年のアメリカ大統領選に出馬することを正式に表明しました(CNN)。共和党層では依然としてドナルド・トランプの支持が優勢ですが、このフロリダの男の暴走も侮れません。
ロン・デサンティスとイーロン・マスクと仲良さそうにイベントに参加していましたが、イーロン・マスクがTwitterを破壊する人であるなら、このロン・デサンティスは州レベルで地域を破壊してきました。
今、ロン・デサンティスが牛耳っているフロリダでは教育も企業も文化も彼の思うがままに壊され始めています。フロリダを民主主義から社会主義の地に変えようとしているかのごとくです。
「Don’t say Gay」法案によるLGBTQへの弾圧は序の口で、フロリダはセクシュアル・マイノリティの人たちにとって最も危険な地帯となりました。ディズニーへの目の敵に象徴されるように、ロン・デサンティスが気に入らないと思った企業は容赦なく政治的嫌がらせを受けることにもなっています。
それだけでなく黒人差別もこの地では悪化しています。黒人の人種差別の歴史を教育で教えることは規制され、図書館からは歴史を学べる本が禁書として消えています。全米黒人地位向上協会(NAACP)がこのフロリダを「危険」として勧告をだすほどの事態となりました(The Guardian)。
これほど言論の自由も文化の自由も保障されなくなっているのですから、次は何に手を伸ばすやら…。
ある人はロン・デサンティスは大統領選で「Make America Florida」のキャッチコピーを振りかざすのではないかと皮肉交じりに語っていました(トランプの「Make America Great Again」を意識して)。
それでもそんな現在のフロリダの地にもアフリカ系アメリカ人はたくさん住んでいて、自分たちの文化を育んでいます。その文化の将来はかなり心配ですが…。
今回紹介するドラマシリーズは、そのフロリダの最もホットな地帯、マイアミを中心とした、ラップに人生の夢を賭けてみようと勢いづく若い黒人女性を痛快に描いた作品です。
それが本作『ラップ・シット』。
原題は「Rap Sh!t」で、下品な「shit」の言葉をいじっています。
ドラマ『ラップ・シット』の原案は今や絶好調の注目プロデューサーとなっている“イッサ・レイ”。2016年から放送されたドラマ『インセキュア』でたちまち頭角を現します。ロサンゼルスに暮らす黒人女性の生活を赤裸々に描いた語り口は好評を博し、各賞でも高い評価を獲得。後の『ハーレム』など黒人女性たちを主題にしたドラマが続々登場する口火を切る成功事例となりました。
『インセキュア』は2021年に終わってしまい、そこで「HBO」が“イッサ・レイ”に「次、お願い」と作ってもらったのがこの『ラップ・シット』。『インセキュア』から“シリータ・シングルトン”など若いライターを引っ張ってきて、さらに切れ味の鋭い黒人女性たちのリアルを映し出しています。
俳優陣も注目の新鋭が登場しています。
ひとりは、“アイダ・オスマン”。エリトリア系の両親から生まれ、イスラム教徒として育てられ、スタンドアップコメディアンとしてエンタメの世界に入った“アイダ・オスマン”。ブレイクのきっかけが面白くて、SNSでペギング(女性が男性の肛門にペニスバンドを挿入してアナルセックスを行う性行為)についてのラップを披露し、それがバズったのが注目の始まりでした。これを機にあのアダルトすぎるカートゥーン『ビッグマウス』に参加。ドラマ『ベティ / スケート・キッチン』の脚本にも関わり、キャリアをぐんぐん伸ばしました。
『ラップ・シット』ではついに主演デビュー。ちなみに“アイダ・オスマン”はノンバイナリーでクィアであることを公表しています。
そしてもうひとりが、“カミリオン”。フロリダ出身でソングライターとして活躍。グラミー賞最優秀R&Bアルバム賞を受賞し、『Love & Hip Hop: Miami』にゲスト出演するなど、こちらもキャリアが急成長。本作『ラップ・シット』で堂々の主演デビューです。
この“アイダ・オスマン”と“カミリオン”の相性が抜群で、『ラップ・シット』の圧倒的な原動力になっています。
トゥワーク(低くしゃがんだ体勢で、お尻を動かし、音楽に合わせて挑発的に踊る行為)だらけの『ラップ・シット』ですが、どこぞの知事に「下品だ」とか言われようともやめるつもりはありません。
『ラップ・シット』はシーズン1は全8話。1話あたり約30分なのでサクサク観れます。日本では「U-NEXT」独占配信です。
『ラップ・シット』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :主題に関心あれば |
友人 | :俳優をオススメして |
恋人 | :異性ロマンスあり |
キッズ | :性描写は多め |
『ラップ・シット』予告動画
『ラップ・シット』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):現実を呪うか、チャンスに乗るか
フロリダ州マイアミ。強烈な日差しと熱気に負けじと弾けまくる人たちで溢れかえっているこの地は、観光客も大勢押し寄せます。ホテルは忙しいです。
そんなホテルの受付で働くひとりにとある観光客が「動画の人だよね」と話しかけてきます。話しかけられたショーナはやや困惑しつつ、冷静にゲストに対応。見せられたのはスマホに映る自分がラップしている姿。軽快に黒人差別への問題意識を突きつけるラップを披露したのはもう2年前の話。
「何で辞めたんだ?」と聞かれ、「今も音楽活動は続けています」と答えるショーナ。現在は「The Vision(@shawna_vision)」としてラップをときどき配信していましたが、全く知名度はありませんでした。
ショーナは音楽界へと羽ばたくチャンスを欲しており、Spotifyで働くジル・グリフィンにメッセージを残すも返事は無し。
そのとき、高校時代の友人であるミア・ナイトから久しぶりに動画電話で連絡があり、娘メリッサを置いておける空き部屋はないかと頼まれます。ミアのSNSを覗くと随分と楽しそうしている様子で、自分との違いにまた少し傷つきます。
同僚のモーリスとリアクション動画を撮ろうと言われ、そこに映っていたアーティストは強烈にデビューして勢いに乗る白人の若い女性レイナ・レイン。プロデューサーはフランソワ・ブームで、ショーナはまたも過去の古傷をえぐられます。実はショーナは大学時代にこのフランソワに誘われてデビューしようとしたのですが、その機会は結局訪れず、大学だけを辞めてしまい、今はこのホテルで地味に働くしかない人生となってしまったのです。
フランソワのSNSを見ると、儲かっているようで紙幣を燃やして豪快にリッチな生活を満喫していました。リアルなラップができる私はなぜこんな過小評価されて苦しまないといけないのか…自暴自棄になるショーナ。
ミアが到着したので相手をします。ミアはメイクの仕事があるらしく、そそくさと娘を部屋において出ていってしまいます。
次にショーナは遠距離交際状態のクリフ・ルイスのSNSを覗きます。ニューヨークの大学で法律を学ぶ勉強熱心な彼ですが、SNSではファティマ・アッサンという女がそばにいるのが気になります。
後でクリフに連絡を取り、あのファティマという女はなんなんだとさりげなく聞きますが、ただの友人だと言われるだけです。
ショーナはミアを飲みに行くように誘い、2人は意気投合。ミアも娘の父で養育費を払わないラモントに鬱憤が溜まっていました。酔っぱらっていい気分になりながらストリップクラブへ行き、ライブ配信して上機嫌。
ミアは「正直言って来たくなかった。あんたは高校を卒業したらみんなと縁を切ったから。私は貧乏で進学できなかったし…」と吐露し、ショーナも「本当にごめん」と謝罪します。「本当は大学を卒業せず、中退した。プロデューサーを信じてしまった」とショーナも後悔を口にし、ミアも「私も成功を夢見てたよ」と人生の理不尽さを呪います。
その苛立ちをぶちまけるように2人は音楽にノリながら、ショーナはミアの要望でラップを即興でしてみせます。スマホで配信したまま…。
これが2人の人生に転機をもたらすことに…。
今の音楽業界はデジタルの中にある
ここから『ラップ・シット』のネタバレありの感想本文です。
ドラマ『ラップ・シット』はまずその映像のセンスが目に飛び込んできます。まさしくデジタル・ネイティブな世代らしいビジュアルでのストーリーテリングというか、かなり思い切った演出が随所に散りばめられています。
『search』シリーズほどではないにせよ、スマホなどのデジタル画面を多用した見せ方を駆使しており、ときおりアプリの機能で今や定番のエフェクトを追加する演出が唐突に入り、登場人物の顔が変化したり、周囲にキラキラとデコレーションがトッピングされたりします。
これがまた遊び心がありつつ、登場人物のいる世界がいかに「盛る」ことで成り立っているかを示すという、皮肉な味わいもあったり…。
主人公のショーナも当然デジタル依存の人生です。誰かに会えば、その人のSNSのプロフィールを真っ先に見に行って、アップされている写真をササっとチェックしながら、そこから他人を評価する…。その動作が染みついてしまっています。
そしてそのショーナとミアが「Shawna & Mia」としてデビューし、「Seduce and Scheme」や「Nann Badder」といった曲を生み出す出発点になるのも動画配信です。アーティストの人気もSpotifyなどの音楽サービスでランキングやリストに入ったかどうかで批評されます。
こうやってざっと振り返るだけでも、今の音楽業界がデジタル・カルチャー無しでは成立しないことがよくわかります。
『ぼっち・ざ・ろっく!』みたいにライブハウスで地道に活動を重ねるとか(あちらも動画配信してたけど)、そういうのはどんどん旧時代の風景になっているのでしょうし、ことさら本作で扱っているヒップホップの世界はそんなデジタル依存度がとくに強いのかもしれません。
バズるときは盛大に注目を浴び、一気にカネも入ってくるけど、飽きられるとまたも一気に捨てられ、信じられない急落を見せる。アップダウンが極端な世界で生きるしかないのが今のアーティストたち。
ドラマ『ラップ・シット』はそんな終日ジェットコースターに乗せられているような世界の有り様を痛烈に風刺していたのではないかなと思います。
シーズン1:黒人女性は正義を語れない
ドラマ『ラップ・シット』でもうひとつのテーマとして浮かび上がるのは「黒人女性」として若い人がどうやってデビューするのか、そしてそのデビューの選択肢の少なさです。
ショーナ自身のやりたいのはコンシャスなラップです(「コンシャス」というのは社会問題に意識が向けられているということ)。「女性ラッパーは胸やお尻ばかり強調する、私は歌詞のメッセージを見てほしい」と冒頭から苦言を呈しています。
でも実際は黒人女性がコンシャスなラップでデビューするのはほとんど不可能。世間もそんなラップを求めていません(作中で披露される学生ローンのラップとかのあの微妙さ加減が上手い)。
あのショーナが思い切って自分のやりたいラップを即興で披露したときの場が冷めきってしまうシーンがなんとも辛い…。たぶんあれは当事者あるある。自分のやりたくないパフォーマンスはウケて、やりたいパフォーマンスでは場が白けるというキツさ。
これは別に「正しさを気取るのは間違っている」とかそういう作品の主張ではなく、つまるところ「黒人女性にその選択肢は与えられない」という、人種差別と女性差別の複合的な問題なのでしょう。
たぶん白人男性だったらコンシャスなパフォーマンスでデビューもできたりするかもしれません。しかし、黒人女性にはそれが許されない。それを本人たちもよくわかっているから、その現実に合わせて自らトゥワークする。性的に消費されるつもりはないし、トゥワーク自体はれっきとした文化的な自己表現だけど、同時に現実では性的に扱われているという側面の大きさも無視はできない…。
そういうダブルスタンダードの辛さです。マイノリティであればあるほど社会問題を語らせてくれない。それこそクィーン・ラティファくらいのベテランにならないと厳しくて、あの近年の大成功者であるリゾでさえもいまだにわりと苦労している(リゾだって初期の初期は女性差別的な歌詞をカバーしないとブレイクできなかったりしたわけだし…)。
原案の“イッサ・レイ”も人種問題など社会的なトピックに声をあげる人物ですが、経験としてその難しさも重々承知しているでしょうし、本作はその苦悩がエンタメの中に混ざっていましたね。
ドラマ『ラップ・シット』はそういうヒップホップ業界における黒人女性のリアルがこれまたがっつり風刺されまくっていて、このあたりも巧みでした。
最終的にあのどう考えてもアウトだろうという(黒人文化盗用全開の)白人のレイナ・レインとツアーに参加する道を選んで妥協してしまったショーナ&ミア。チャスティティとはもう組まないのか。ミアはラモントを信じないのか。そしてモーリスのクレジットカード詐欺に巻き込まれてショーナは捕まってしまうのか。
波乱万丈な人生はまだ始まったばかり。『ラップ・シット』はシーズン2も暴れてくれそうです。
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 100% Audience 58%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)HBO ラップシット
以上、『ラップ・シット』の感想でした。
Rap Sh!t (2022) [Japanese Review] 『ラップ・シット』考察・評価レビュー