キポとワンダービーストの冒険
多様性が当然となった2020年の新世界を象徴する…アニメシリーズ『キポとワンダービーストの冒険』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Kipo and the Age of Wonderbeasts
製作国:アメリカ(2020年)
シーズン1:2020年にNetflixで配信
シーズン2:2020年にNetflixで配信
シーズン3:2020年にNetflixで配信
原案:ラドフォード・セクリスト

キポとワンダービーストの冒険

『キポとワンダービーストの冒険』あらすじ

人類が長年にわたって築き上げてきた経済社会は崩壊し、生き残った一部の人間たちは地下で暮らすしかなかった。そして人間がいない間に地上の世界は様変わりしていた。特殊な進化を遂げた生物たちが繁栄しており、中には人語を喋り、独自の文化を形成しているものもいた。そんな未知の地上の世界にひとりの子どもが迷い込んでくる。その子の名前は「キポ」。

『キポとワンダービーストの冒険』感想(ネタバレなし)

コロナ禍で不安な子どもたちへ

新型コロナウイルスのパンデミックによって大人は大打撃を受けましたが、子どもだって深刻な影響と無縁ではありません。ただでさえ社会が不安に包まれ、その不穏さを子どもは何より敏感に感じ取っています。しかし、それら不安さを吹き飛ばすのに欠かせない“遊び”の場は極端に減ってしまい、子どもたちはさらに心を不安定にさせてしまうという悪循環です。

こうなってしまうと家で何かできることを探すしかありません。もしかしたらアニメを観て過ごす時間が増えたかもしれません。そんなとき、今の情勢の中でも子どもに希望を与えられるピッタリな作品があるでしょうか。

今回紹介するアニメシリーズはまさにコロナ渦中にいる子どもたちに見せてあげたい作品だと私も太鼓判を押せます。それが本作『キポとワンダービーストの冒険』です。

本作はドリームワークスが製作しており、アメリカで主流の3DCGではなく、2Dの平面アニメーション作品となっています。子ども向けアニメ(もしくはヤングアダルト系)であり、日本のアニメに親しんでいる子ならすんなり入っていける絵柄です。ちなみにアニメーション制作自体を手がけているのは「Studio Mir(スタジオミール)」という韓国のスタジオで、最近だと『紅き大魚の伝説』といった大作映画にも参加しており、存在感を強めていますね。


物語はポスト・アポカリプスであり、何らかの理由で人間文明社会が壊滅した世界。一部の人間は生存しており、地下で小さなコミュニティを築いて閉じこもって暮らしています。ずっと地下にいるので基本的に外の世界を知りません。まずこの設定がとてもコロナ禍の中にいる私たちそのものです。

そして普通であればこんな世紀末の世界ならディストピアとして重苦しい描写になりそうなものですけど、この『キポとワンダービーストの冒険』の特徴なのですが、とにかくポジティブなんですね。過酷な経験をしているはずなのに、本作の主人公であるキポは常に前向きで、雰囲気を明るくしようとします。キポはひょんなことから外の世界に迷い込んでしまい、独りぼっちになりますが、それでも気持ちが沈むことはありません。摩訶不思議な生物に好奇心を爆発させ、好きな気分で歌を歌い、今を全力で楽しもうとします。

この作品の主軸になっている「どんな環境変化が起きようともポジティブシンキングでいること」がコロナ渦中にいる子どもに素直な元気を与えてくれるでしょう。

『キポとワンダービーストの冒険』は2020年1月にシーズン1が始まり、そこから1年の間で怒涛の如くシーズン3まで駆け抜けて物語は完結しました(各シーズンで10話;計30話)。パンデミックと重なったのは偶然ですが、これも運命かもしれません。

また『キポとワンダービーストの冒険』は「クィア・アニメーション」としても批評家から非常に高く評価されている一作でもあります。その高評価ポイントは主に3つです。

第1に『キポとワンダービーストの冒険』にはLGBTQキャラクターがメインで登場します。子ども向けアニメの業界では長らくLGBTQは忌避されてきた…という歴史は『アドベンチャー・タイム』の感想でも書きましたが、本作は2020年の先頭を走る作品。さすが最新の時代を反映しているというべきか、その描写はひと味違います。ゲイを自認する主要キャラクターが序盤でごく普通にオープンリーに登場し、それがとくにことさらクローズアップされることもなく、物語内に自然に溶け込んでいるんですね。またノンバイナリー設定のキャラも脇役ながら登場します。もう子ども向けアニメでもLGBTQはテーマにするまでもなく普通に描ける…そういう時代になったんだなとちょっと感慨深いです。


第2に『キポとワンダービーストの冒険』は主要キャラクターほぼ全員が有色人種で構成されているのです。これまで子ども向けアニメを観ているとなんだかんだで主人公は白人(もしくは白人風に見える人)ばっかりでした。だからこそ『スパイダーマン スパイダーバース』は画期的だったわけですが、この『キポとワンダービーストの冒険』はもっと先に進み、メインキャラのほとんどが有色人種になっており、さながら子ども向けアニメシリーズの世界にも『ブラックパンサー』現象が起きたと言えるかも。これは日本人にはピンと来ないかもですが、業界の定番をひっくり返す凄いことです。

ちなみに主人公のキポの声を担当しているのは、『ザ・ボーイズ』ですっかりおなじみの“福原かれん”です(日本語声優は“本泉莉奈”)。他には“シドニー・ミケイラ”、“コイ・スチュワート”、“スターリング・K・ブラウン”などが声を吹き込んでいます。

そして第3に『キポとワンダービーストの冒険』の主役キポは少女なのですが、この描写がまた印象的な新しさです。いわゆるいかにも“女の子”ステレオタイプ的な存在感は微塵もないんですね。

詳しくは後半の感想で詳細に書きますが、とにかく『キポとワンダービーストの冒険』はあるゆる意味で2020年を象徴するアニメシリーズであり、ちょっとでも関心があるなら覗いてみてください。Netflixで配信中です。

オススメ度のチェック
ひとり◯(LGBTQ視点でも必見)
友人◯(趣味の合う者同士で)
恋人◯(暇つぶしにはいい)
キッズ◎(子どもに前向きな元気を)

『キポとワンダービーストの冒険』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『キポとワンダービーストの冒険』感想(ネタバレあり)

初めての世界、初めての出会い

それは突然の出来事。大量の水とともに地上に出てきた少女・キポ。父を呼びかけても瓦礫で塞がっており、単純には戻れそうにありません。帰る方法を探そうとキポは歩きだします。この「Las Vistas」の地を…。

この世界は200年前は普通に地上で人類が文明社会を築いていました。しかし、それは衰退してしまい、地上で暮らせなくなった人間の一部は地下(穴ぐら)で暮らすことにしました。人類がいない間に地上では「ミュート」と呼ばれる野生生物の変異体が繁栄していました。このミュートたちは多種多様で、目が複数あったり、足がいっぱいあったり、ちょっとそれまでの動物とは違います。

地下でキポは科学者であった父・リオと暮らしており、母のソングは亡くなっていました。ある日、急な地響きを鳴り、メガ・ミュートと呼ばれる巨大なミュートが地下空間の頭上から襲ってきたを確認。それはどうやら巨大な猿(メガ・モンキー)のようで、焦った父はキポを用水路に逃がします。

そして独り地上に来てしまったキポ。初めて生で見る荒廃した市街地、それを覆う奇妙な植物…そんな光景に恐怖ではなく興奮を感じます。地上は酷い場所だと教えられていましたが、そんなようには見えませんでした。

するとヘンテコな生き物を発見。目が4つ、足6つのブタみたいなミュートです。キポは仲良くなったこの生き物にマンドゥと名付けます。

そこにマンドゥを捕まえてしまう人間の子を発見。さそりのしっぽを棒の先につけた武器を持ち歩き、オオカミの毛皮のような衣装を被っています。どうやらずっと地上で暮らす道を選んだ人類の生き残りである地上人のようで、名前を教えてくれないのでウルフと呼ぶことにします。

さらに今度はベンソンという少年とも出会います。彼も地上でたくましく生きてきたようですが、彼には相棒がいました。それがデイブという喋れる虫のミュート。デイブは早いサイクルで脱皮を繰り返し、赤ちゃん姿から高齢者姿までくるくると変化します。

こうしてキポ、マンドゥ、ウルフ、ベンソン、デイブの5人は一緒に流れのまま旅をすることに。目指すはキポの住処である穴ぐらです。

途中で、ヒルビリー・キャット(ティンバー・キャット)、ウムラウト・スネーク、ニュートン・ウルフ、タッド・マルホランド、スクーター・スカンク、ハミング・ボンバーズ、モッツ・フロッグ、ダブステップ・ビーなど、個性豊かなミュートたちと出会い、ときに仲間になり、ときに敵対します。

そんな中でスカールメインと呼ばれる恐れられるミュートがいることを知り、その野望がキポたちにも牙をむいてきます。しかも、このスカールメインはヒューゴという本当の名前があるらしく、その真相をキポの父親は知っていました。

さらにキポの体にも変化が。片腕が獣のようになり、常人ではないパワーを発揮できるようになって混乱するしかありません。一体、何が起きているのか。

知られざるこの世界の全貌が明らかになり、人間とミュートの運命が試されるときが…。

LGBTQ描写としてどこが良いのか

『キポとワンダービーストの冒険』の高評価ポイントのひとつが、LGBTQキャラクターがメインで登場することです。じゃあ、なんだLGBTQキャラを出すだけで絶賛されるの?ずいぶん安易だね…なんて皮肉を言う人もいるかもしれません。でもそれは間違いです。重要なのはその描写なのです。

これに関して実は『キポとワンダービーストの冒険』が生まれる前にひと騒動がありました。

製作のドリームワークスは2016年~2018年にかけて『ヴォルトロン』というアニメシリーズを展開していました。これは日本のロボットアニメ『百獣王ゴライオン』の北米アレンジ版のリメイクなのですが、その主要キャラクターを同性愛者として描きました。ところはその描写をめぐってかなり批判が巻き起こりました。というのも簡単にまとめると、その同性愛描写が及び腰な感じで、そのキャラ周辺のストーリー展開も含めて「ゲイのキャラを出すのは意義があるけど、これはどうなんだ」と声があがったんですね。結果、製作陣は謝罪コメントを出すまでに。

この背景には繰り返しますけど『アドベンチャー・タイム』の感想でも書いたように、子ども向けアニメでLGBTQを登場させることへの社会的抵抗感があり、製作陣もそれを意識すぎて板挟みになったあげく、この中途半端さに終わったのだと私は推察していますが…。

要するにLGBTQキャラを出せば手を叩いて喜ぶほど世論も単純ではないのです。そのクオリティをしっかり問われます。

『キポとワンダービーストの冒険』はその『ヴォルトロン』の反省を踏まえて作られているのは間違いないと思います。

本作ではベンソンというキャラクターがシーズン1の第6話というかなりの序盤で「僕はゲイなんだ」とハッキリとカミングアウトします。それをことさら異質に描くわけでもなく、自然と受け止めるキポたち。さらにベンソンは穴ぐらで暮らす青年・トロイに恋をし、ボーイフレンドとして関係を深め、シーズン3の終盤ではプロムに誘うまでに(キスシーンも)。

同じく子ども向けアニメとしてLGBTQ視点で注目を浴びた『シーラとプリンセス戦士』は同性愛であることを示す展開を大団円としてラストに持ってきていましたが、『キポとワンダービーストの冒険』はそれさえもしません。


描いていることは極めて平凡です。しかし、この平凡さが何よりもLGBTQ表象に求められていることです。とくに悲劇や対立が起こるわけではない、とくに特殊な扱いを受けるわけでもない、ごく普通の愛のかたち。だからといってどこぞの日本にありがちなように、同性愛を「普遍的な愛」として塗りつぶしはしない。ちゃんと「ゲイ」という言葉を真正面から使う。この誠実さですよね。

また本作にはキポの穴ぐらの友人としてアッシャーダリアという双子が出てくるのですが、このうちアッシャーはノンバイナリーという設定になっています。

『キポとワンダービーストの冒険』は子ども向けアニメのLGBTQ描写として待ち望んだ“ありふれた”到達点を迎えたのではないでしょうか。

有色人種がメインになるパワー

『キポとワンダービーストの冒険』のもうひとつの特色は有色人種を多数派として構成しているということです。

ベンソンやウルフといったおそらくアフリカ系と思われるキャラクターが画面の多くを占めます。せいぜいいたとしてもひとり程度であった黒人をここまで自然にフィーチャーした子ども向けアニメはなかなかありません。とりあえず出しておきました的な都合のいい友人役でもなく、ましてや召使いでもない、みんなが有色人種であるというパワーに勝るものはないです。

肝心の主人公であるキポですが、彼女も有色人種です。父親はアフリカ系で、母親は推測するに声優を“ジェー・ヤング・ハン”が担当していることからもアジア系なのでしょう。

逆に白人はどこにいるのだろうと思ったら、スカールメインことヒューゴの声を担当しているのが“ダン・スティーヴンス”だったり(すっかり獣人専門になってきたなぁ)。これ、もしスカールメインをアフリカ系の人に声を任せていたらどうしたって差別的ニュアンスが滲み出るわけで(猿の声を黒人に…というのは言い訳通用しませんよね)、当然と言えばそうなのですが正しい選択ができています。ちなみにスカールメインがルイ14世みたいに貴族生活に憧れていたり、猿の支配という意味で完全に『猿の惑星』オマージュでもありますが。

さらにこの多様な人種を反映してか、作中を彩るポップカルチャー、とくに音楽も特徴的です。ヒップホップからKポップまで終始ノリのいい色付けをしてくれており、これもまた本作の独自性になっていました。

女の子でも好きに自己表現していい

『キポとワンダービーストの冒険』の忘れてはならない良さがまだ残っています。それはキポの女性としての描写です。

キポは女の子であることは自他ともに語っているのでそこはそれでいいでしょう。しかし、その思春期を迎えた少女としての描写はとてもエポックメイキングです。見た目はいわゆるとてもボーイッシュと呼ばれる雰囲気で、既存の“女子らしさ”(キュートに、セクシーに、おしとやかに…等)を感じさせるものはありません。ジェンダーとしての少女的な定番の役割(男の子を支える…等)を物語で背負うこともありません。

つまり良い意味で“女の子”としてのプレッシャーを吹き飛ばしており、少女であっても好きなように自分を表現していいと高らかにこれを観る子どもたちに教えてくれます。もちろん既存の“女子らしさ”を悪だと言っているわけではないです(作中でもプロムのときにキポはドレスを着たりしている)。自由に自己表現できるということが大事。

また、キポは物語が進んでいけばわかるように実は出生前の胚の段階からミュートのDNAが組み込まれており、メガ・ジャガーに変身ができます(そのせいか全身が紫がかっている)。

この特性を踏まえると、キポの存在はとくにぴったりの用語はないですが、あえて言えばクィア的な揺らぎがあるわけです。

そんなキポが中心に立って、人間とミュートの分断の危機に立ちあがり、融和を訴える。これもまさに今この瞬間に起きている問題であり、その時代を生きる子どもたちに見せたい物語そのものです。クィア的存在が世界の融和の結び目となるというお話は『スティーブン・ユニバース』もそうでしたし、今後もしばらくは続くのではないでしょうか。


子ども向けアニメは視聴者である子どもたちにとっての自分を投影できる居場所を与える存在です。だからこそその視聴者の子と一致するキャラや世界観が描かれるというのは想像以上に意味があること。

その期待に見事に応えてくれた『キポとワンダービーストの冒険』は、2020年を先頭で突っ走る動物であり、その生命が今度どんな命を広げていくのか、楽しみでワクワクしてきます。

『キポとワンダービーストの冒険』
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 100% Audience 95%
S2: Tomatometer 100% Audience 93% 
S3: Tomatometer 100% Audience 100% 
IMDb
8.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C) DreamWorks Animation Television

以上、『キポとワンダービーストの冒険』の感想でした。