アジア系がMCUの新時代を作る…映画『シャン・チー テン・リングスの伝説』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本公開日:2021年9月3日
監督:デスティン・ダニエル・クレットン
シャン・チー テン・リングスの伝説
しゃんちー てんりんぐすのでんせつ
『シャン・チー テン・リングスの伝説』あらすじ
犯罪組織を率いる父に幼いころから厳しく鍛えられ、最強の存在に仕立て上げられたシャン・チー。しかし、心根の優しいゆえに自ら戦うことをやめ、父の後継者となる宿命から逃げ出した。過去と決別し、アメリカのサンフランシスコで平凡なホテルマンとして暮らしていたシャン・チーだったが、伝説の腕輪を操って世界を脅かそうとする父の陰謀に巻き込まれ、封印していた力を解き放ち、戦いに身を投じる。
『シャン・チー テン・リングスの伝説』感想(ネタバレなし)
待望の新キャラクター
はい、マーベル・シネマティック・ユニバース、略して「MCU」の時間です。
皆さん、ついてきていますか。定期的に復習しないとね。
2019年の『アベンジャーズ エンドゲーム』で大団円を迎え、『スパイダーマン ファー・フロム・ホーム』というアフターエピソードを区切りにして、MCUの「フェーズ3」が終わりました。もちろんこれで終わりません。「フェーズ4」の新展開に突入です。
コロナ禍のせいでフェーズ4開始が出遅れたわけですが、始まるともう早い早い。
2021年1月に「Disney+」でドラマシリーズ『ワンダヴィジョン』を配信開始。続いて同じくドラマ『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』を3月に、ドラマ『ロキ』を6月に、8月にはアニメシリーズ『ホワット・イフ…?』を展開。映画も忘れていません。2021年7月に『ブラック・ウィドウ』を公開して久々にマーベルが劇場に帰ってきました。
ちょっと目を離していた人なら「もう5作品も登場しているの!?」とびっくりするハイペースですよ。
これまでのフェーズ4を振り返ると、『エンドゲーム』での大事件を通して既存のキャラクターが残してきた後悔、過去、未来への不安を丁寧に描いており、良くも悪くも地続きなストーリーが織りなされていました。キャラクターの掘り下げですね。MCUはキャラ作品ですからこういう幅の広げ方は当然でしょう。
しかし、MCUが凄いなと思うのはしっかり新規キャラクターを創出することも怠っていないという点です。マンネリにならないように常に新鮮さを投入してくれる。しかも、毎回とても挑戦的なことまでしてくれる。この1作目『アイアンマン』の頃から変わらない攻めの姿勢がMCUの最強の武器でしょう。
そしてフェーズ4でもついに新キャラクターの単独映画が爆誕しました。それが本作『シャン・チー テン・リングスの伝説』です。
シャン・チー? 知らないなぁ…と初心者勢の人は不安になるかもですが大丈夫。みんな“お初にお目にかかります”ですから。
本作の注目点はやはりアジア系です。MCUは2018年の『ブラックパンサー』でアフリカ系人種を全面に打ち出した映画として歴史を作ったわけですが、今回『シャン・チー テン・リングスの伝説』ではアジア系に出番が回ってきました。コロナ禍でもアメリカにおけるアジア系差別が浮き彫りになった今、この映画を送り込まれることにどれだけ価値があるか。ずっと日本で暮らしていた人には実感ないですが、現地のアジア系の人々は格別の感情があるのでしょうね。
製作の“ケヴィン・ファイギ”も『シャン・チー テン・リングスの伝説』を初期の頃から作りたいと切望していたそうで、『ブラックパンサー』の成功を契機に企画が動き出し…。結果的にこのタイミングでの登場となり、これはこれで運命の計らい、ベストだったのではないでしょうか。
そしてその幸運を掴んだのが主演の中国系カナダ人の“シム・リウ”です。大半の人は知らない俳優だと思いますが、それもそのはずほぼ無名です。今回の『シャン・チー テン・リングスの伝説』で大抜擢。絵に描いたようなシンデレラ・ストーリーです。MCUはこれまでも「ソー」役の“クリス・ヘムズワース”などキャリアの浅い俳優をピックアップすることがあったのですが、またもやってくれました。
他の共演陣は、『レッドクリフ』シリーズなど香港のベテランである“トニー・レオン”、『フェアウェル』など今や最も多彩に活躍するアジア系のひとり“オークワフィナ”、女性のアクション界への道を切り開いた先駆者の“ミシェル・ヨー”など。新人の周りに立つ歴戦の先人という感じ。
監督は『ショート・ターム』(2013年)で高評価を受け、『ガラスの城の約束』『黒い司法 0%からの奇跡』と数多くの映画を手がけた日系の“デスティン・ダニエル・クレットン”。
見慣れない顔が映っているので興味が惹かれにくいかもしれないですけど、ここからMCUの新時代が始まると高らかに花火を打ち上げる記念すべき一作ですので、ぜひ映画館でどうぞ。『ブラック・ウィドウ』のときのように「Disney+」では同時配信はしていませんよ。
『シャン・チー テン・リングスの伝説』を観る前のQ&A
A:本作の敵となる組織なのですが、『アイアンマン』シリーズにてすでに登場済みです。
A:本作で初MCUという人でもOKです。『アイアンマン3』や『インクレディブル・ハルク』、『ドクター・ストレンジ』から“とある人物”が再登場していたりします。気になる場合はこちらの作品を事前に観ておくといいでしょう。
オススメ度のチェック
ひとり | :初心者でも歓迎 |
友人 | :ファン同士で白熱 |
恋人 | :エンタメを大満喫 |
キッズ | :不思議動物もたくさん |
『シャン・チー テン・リングスの伝説』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):過去と向き合うときがきた
アメリカの陽気で坂道の多い街、サンフランシスコ。ショーンはここでホテルマンとして働いていました。高校時代の大親友ケイティも一緒です。すぐに宿泊客の高級車を乗り回したがるケイティにつられて、ショーンも人生を精一杯満喫していました。ケイティには賑やかな家族がいて、ショーンもよくお世話になっています。ケイティの祖母は中国文化を大事にしており、清明節に力を入れている様子。
ケイティと2人で夜も遊びまくって好き放題した次の日、2人はバスで職場へ。しかし、そのバス車内でひとりの男がショーンの首につけた緑の宝石のネックレスに目をとめ、「それをよこせ」と言ってきます。そしてその男の仲間も車内に大勢いました。乱暴に掴みかかってくる男にショーンは咄嗟に思わぬ反撃。ショーンを喧嘩もできない優しい人間だと思っていた旧知のケイティもびっくり。そのままショーンは瞬く間に男たちを運転手気絶で暴走するバスから放り出し、危機を脱しました。
しかし、ネックレスは片手が剣の大男(レーザーフィスト)に盗られてしまいます。そしてその襲撃者が口にした「妹」という言葉に反応し、ショーンは慌てて荷造りをしてマカオに出発しようと言い出し…。
さっぱりわからないケイティは事情を問いただします。
実はショーンの本名は「シャン・チー」で、父親は「テン・リングス」という極悪非道なことをして社会を裏で牛耳る組織を率いるシュー・ウェンウーなのだとか。父は1996年に特別な力を求めて伝説の村「ター・ロー」を探していました。そこで出会ったのがジャン・リーという女性、後のシャン・チーの母です。2人は恋に落ち、父は武器を放棄し、母は神秘の力を捨て、一緒に生活。シャン・チーには妹のシュー・シャーリンも生まれました。
ところが母が亡くなってしまい、父はまた以前の力に頼るようになり、息子を戦士として育て始めます。しかし、10代のシャン・チーはそんな父のもとから逃げ出し、アメリカに来たのでした。
父は自分たちを狙っている。今度は妹が危ない。そう感じたシャン・チーはケイティとともに妹がいるであろう場所に向かいます。そこは裏闘技場で、今もファイターたちが闘っています。
シャーリンは兄が自分を見捨てたと思っており、彼女も父のもとを離れ、ひとりでこの自分の世界を築いたようです。そこに父の部隊が襲撃してきて…。
アジア系のパワーを見せつける
『ブラック・ウィドウ』の鑑賞時も「MCUの中でも一番のアクションだな」と思ったものですが、『シャン・チー テン・リングスの伝説』もさすがというか、常に上限突破してくるので天井が見えない…。なにせ武術の本場である中国が題材ですからね。最近は実写版『ムーラン』やアニメ映画『ラーヤと龍の王国』のようにハリウッドでもアジア武術が奇異な扱いではなく正確な尊敬のもとに取り入れられていますが、『シャン・チー テン・リングスの伝説』はそれをさらにパワーアップして、エンターテインメントとして堂々たる存在に昇格させていました。
序盤はウェンウーとジャン・リーの幻想的な対決。浮遊感あるアクションは『侠女』などに代表される武侠映画の鉄板。この母の見せる戦闘スタイルが後の物語で繰り返し引用されるなど、アクションとストーリーが噛み合った作りも上手いです。
続いて現代、シャン・チーのバス内バトル。ここはもろにジャッキー・チェンのオマージュが濃く、『レッド・ブロンクス』を思わせるジャケットを使った戦闘とか、『ポリス・ストーリー』シリーズのような乗り物豪快アクションとか、とにかく楽しいです。そこからの舞台は変わって闘技場ビルでの高所アクションもジャッキー・チェン風味。
そして別世界のター・ローでの集団戦…からのまさかの大怪獣バトル。シャン・チーと父との対決もテン・リングスを駆使したファンタジー色の強い派手過剰戦闘に様変わりし、ここは日本人なら『ドラゴンボール』を連想するところ。
なお、あの世界で登場する不思議生物は全部中国の神話上の生き物です。頭のないモーリスは「渾沌(帝江)」、可愛らしさ満点なキツネは「九尾(妖狐)」、前を横切る馬みたいなのは「麒麟」、燃えている鳥は「鳳凰」、デカい図体で戦闘でも大活躍していたのは「獅子」、そして「龍」ですね。
こんなてんこ盛りなアジア系主体映画が作られる時代が来るなんて…。『アベンジャーズ エンドゲーム』での雑なアジア要素から本当に一転したなぁ…。
演技が人生を変えることもある
俳優陣も最高の最高です。
個人的には”シム・リウ”演じるシャン・チーと“オークワフィナ”演じるケイティの関係性がいいですね。男女だからって恋愛というベタな感じにはならない。あの友情を純度100%で突き抜けた雰囲気。
女性キャラクターと言えば、妹のシャーリンも良かったです。というかMCUの妹キャラ、『ブラック・ウィドウ』のエレーナといい、『ブラックパンサー』のシュリといい、みんな強すぎる。最強“妹”チームを作れるよ…。
シャーリンで私がいいなと思うのは彼女がステレオタイプなアジア系の女性像になっていない点です。どちらかと言えば母親(演じるのは“ファラ・チャン”)がそうなのですが、そこからのシャーリンへのバトンタッチ、そして家父長的な組織を彼女が塗り替えていくラスト。テン・リングスを解体すると兄には言ったみたいですけど、エンドクレジット後のシーンでは思いっきり鍛錬させまくっていたので今後もどうなるやら。演じた“メンガー・チャン”も無名でしたが今作で一気にスターです。
そして宿敵である父親を熱演した“トニー・レオン”。父との確執を描くのは『アイアンマン』や『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』などと同じなのですが、今回の父親はひたすらに殴り倒したい憎々しさという印象でもない、ひとりの人間としての切なさもある。それはやっぱり“トニー・レオン”だから成せる技です。あんな無茶苦茶カッコいい人が1000年以上君臨していたのか…惚れるじゃないか…。悪の組織を率いてないで、俳優やりなよ…。
あの父親は“トニー・レオン”が演じているのでめちゃめちゃ魅了されてしまうのですが、物語上は家父長制の権化みたいなもので(力による支配、男尊女卑、年功序列)、本作はそれとの対峙の物語。シャン・チーが一時は父に鍛えこまれた“男らしさ”でぶつかろうとするも、最後は母の武術で“男らしさ”を脱する。その姿を視覚的にストーリーに組み込んでいくあたりも見事でした。
あと忘れてはならない(忘れてた?)、偽マンダリンことトレヴァー・スラッタリー。このキャラ、こんなに大切にされるとは思わなかった…(よくあの激動の出来事を生きていたよ…)。“ベン・キングズレー”、美味しいなぁ…。
トレヴァーはおふざけキャラクターのポジションですけど、同時にMCUのアジア系に対する表明でもあるんですよね。もともとテン・リングスやシャン・チーの父親の描写はコミックではかなりアジア系蔑視なステレオタイプでした。それをトレヴァーという偽物を通して、本物を浮かび上がらせる。実在感のある誠実なキャラクターを演技する価値をトレヴァーは語っており、意外にも本作の最も大事なテーマをあのトレヴァーが集約してくれています。
ある一本の映画を観て、その演技に夢中になり、人生が変わることもある。この『シャン・チー テン・リングスの伝説』もまさにそういうパワーを世界に発揮できた一作になれたのではないでしょうか。
恒例のラスト後日譚では、ウォンに連れられてキャプテン・マーベルとブルース・バナーが腕輪を分析。2人にもわからないその1000年以上前からある物質で、何やら発信しているらしい。これは次回作『エターナルズ』への布石か、それとも…。あと「テン・リングスが帰ってくる」と最後にでるというのは、テン・リングスのドラマシリーズでも作るつもりなのかな。
それよりもウォンが可愛い。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 98%
IMDb
8.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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・『ブラック・ウィドウ』
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作品ポスター・画像 (C)Marvel Studios 2021 シャンチー テンリングスの伝説
以上、『シャン・チー テン・リングスの伝説』の感想でした。
Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings (2021) [Japanese Review] 『シャン・チー テン・リングスの伝説』考察・評価レビュー
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