でもそれがリアル?…映画『非常に残念なオトコ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2024年に配信スルー
監督:ランドール・パーク
人種差別描写 性描写 恋愛描写
ひじょうにざんねんなおとこ
『非常に残念なオトコ』物語 簡単紹介
『非常に残念なオトコ』感想(ネタバレなし)
もう金正恩の俳優とは言わせない
マーベル映画にもDC映画にも両方出演した経験のあるあの超大物俳優がついに映画監督デビューです!
その人とは“ランドール・パーク”!!!
…あれ…誰って? あ、ちょっと大袈裟に書きすぎたかもしれない…。「超」は言いすぎだった…大物俳優…それもダメか…じゃあ、俳優…。うん…。
確かに知名度は低いですよ。でも聞いてください。
1974年にカリフォルニア州ロサンゼルスに生まれ、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に進学しながら役者の道を進み始めます。卒業後は演劇グループに入り、スタンドアップコメディの腕も磨き、キャリアを伸ばす準備は万端。
しかし…大きな仕事はなく…。32歳になってもスターバックスで働くしかありません。ちょうど2000年代後半のこの時期は不況とストライキで空前の職不足。
そう、“ランドール・パーク”は韓国系アメリカ人。この業界はアジア系に仕事は全然与えてくれないのです…。
そんな彼に人生最大の注目を集める仕事が舞い込んできました。それが2015年の『The Interview』でこの過激なコメディ映画にて「金正恩」をアホ全開で熱演し、北朝鮮が大激怒。国際問題になりかけました。
そして同時期にもうひとつ当たり役が誕生。それが政治風刺ドラマ『Veep/ヴィープ』で熱演したユニークな州知事のキャラクター。
ここからキャリアが加速。多数のコメディ映画に起用され続け、ついにマーベル映画『アントマン&ワスプ』(2018年)、さらにDC映画『アクアマン』(2018年)で一気に二大企業の大作に進出。“ランドール・パーク”の時代です。金正恩になったかいがあったなぁ…。
けれども“ランドール・パーク”の挑戦はまだ道半ば。もっと自分に近い仕事をする…つまりアジア系アメリカ人の物語を代弁する作品を手がけるということです。
2015年からの主演作であるシットコム『フアン家のアメリカ開拓記』からそのステップアップは開始し、俳優業だけでないもともと培ってきた多才さを活かし始めます。
2019年の『いつかはマイ・ベイビー』では主演だけでなく製作&脚本を手がけました。
そしてやっと2023年、長編映画監督デビューを果たしたのです。
それがこの本作『非常に残念なオトコ』で…!
長かった…。“ランドール・パーク”、49歳。生まれて半世紀。この到達点に立つまでは本当に危ない綱渡りでしたが、アジア系はそういう道を歩まされるのでしょう。今作の物語にもそんなアジア系の苦労が滲んでいます。
原題は「Shortcomings」。本作はロマコメなのですが、ラブラブな甘い感じではありません。むしろシニカルで痛々しく苦々しい…でも最後はふと心が救われるような、そんなタッチの作品です。
原作は“エイドリアン・トミネ”という有名な日系アメリカ人の漫画家の作品で、物語はひとりの日系アメリカ人男性が主人公。こいつが、まあ、ダメダメな奴で、どうダメなのかは観てほしいのですが、全体的にアメリカに暮らすアジア系としての劣等感がぎしぎしと詰まっていて、人によってはすごく共感性羞恥を刺激される内容なんじゃないかなと思います。
そんな男性主人公が付き合っていた女性(こちらも日系アメリカ人)とだんだん距離ができ始め、焦る中でさらに痛々しさが増していく…そういう姿を皮肉たっぷりに描いたストーリーです。
ちなみに上に掲載の映画宣伝ポスターに映っている男女がメインカップルではないです。主人公男性の隣にいるのはレズビアンの友人です。このレズビアン・フレンドにもしっかりドラマが用意されています。
主演は、ドラマ『アンブレラ・アカデミー』や映画『アフター・ヤン』の”ジャスティン・H・ミン”。小さいながらも魅力的な主演作をゲットしましたね。
共演は、『トイ・ストーリー4』や『マーベル ヒット・モンキー』で声を担当していた“アリー・マキ”、『Joy Ride』の“シェリー・コーラ”、『エクス・マキナ』の“ソノヤ・ミズノ”、MCU『スパイダーマン』シリーズでおなじみの“ジェイコブ・バタロン”、ドラマ『ゴシップガール』の“タヴィ・ゲヴィンソン”、『ナイトティース』の“デビー・ライアン”など。
『非常に残念なオトコ』では日本では劇場未公開で配信スルー。ロマコメ好きのみならず、アジア系アメリカ人に光をあてる意欲的な作品を見逃せない人はぜひ要チェックです。
『非常に残念なオトコ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :隠れた良作 |
友人 | :ラブコメ好き同士で |
恋人 | :シニカルな苦さ |
キッズ | :大人のドラマです |
『非常に残念なオトコ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):残念な男の欠点に終わりなし
あるアジア系アメリカ人を主役にした映画の上映が終わり、エンドクレジットが流れる余韻の中、映画館のシアターでがスクリーンに拍手喝采が沸き起こります。スタンディングオベーションです。
大勢の観客がその映画に称賛の拍手を送りますが、ただひとりベンは微妙な表情で座っていました。隣のガールフレンドのミコは楽しそうに手を叩いて盛り上がっているのに…。
映画館を出ると、ミコは多くの人に声をかけられます。交友関係は広いです。アジア系アメリカ人をテーマにした映画祭は盛況で、会場は多くのアジア系の人たちで溢れています。
ミコは業界人と親しく会話し、ベンは隣に立っているだけ。急に自分を紹介され、「きみはフィルムメーカーなんだってね」と目の前の人に切り出され、とってつけた微笑みを顔に張り付けて応対するしかできません。ベンはこの場の空気に馴染めず、全然ノリについていけないのでした。
ベンは映画監督を目指していたのですが、映画学校を中退。それでも映画に対する自分の考え方はあります。さっき見た映画に対しても「リアルなキャラクターじゃない」と冷めた批評を口にします。それでも周りの自分以外のアジア系アメリカ人は、あの映画に好意的で、ベンはアジア系アメリカ人コミュニティの連帯のような感じで作品が支持されることに不満なようです。
一方のミコは今の映画のムーブメントはクリエイターにとってもエキサイティングであり、その熱意を語ります。
ベンとミコは同居しています。家に帰っても会話は続き、ベンは相変わらず不機嫌。ミコはそんなベンの態度にうんざりしつつも、付き合っているのでした。
今のベンはアートハウス系の映画館を経営しています。ある日、ふと目にした若い白人女性のオータムをチケット販売員として雇います。ポップコーン売り場にいるジーンとラモントに紹介。鼻の下を伸ばす2人は、さっそくお気に入りの映画監督の話題でトークを弾ませようとします。ジーンはクリストファー・ノーランの名をだし、ラモントはポン・ジュノなど国際的な監督の名をどんどんだして教養をアピール。彼女が去れば、「お前の好きな映画は全部マーベルだろ」と罵り合いです。
チケット売り場を案内していると、そこにミコが車で寄ってきます。
夜、ミコはベンにあの職場で見かけた新人の白人女性の話を持ち出し、ベンの好みそうだと言いますが、ベンは「タイプとかじゃないよ」とはぐらかします。
別の日、ミコはベンが白人女性のポルノを愛好していることに気づき、問いただします。最初は誤魔化そうとするベンでしたが、苦しい言い訳は明白。次に開き直りで正当化します。ミコには愛想つかされます。
翌日も気まずい空気です。それでもまた話せるくらいには関係は戻ります。しかし、ミコがニューヨークに3か月の間、インターンシップに行くと言ってきたことで、ベンは露骨に不満全開に…。
何でも話せる相手の親友のアリスに愚痴るも、今さらどうしようもできません。
ミコがいなくなったベンはあのオータムとデートしようとしますが…。
冷笑系の面倒くさい映画男
ここから『非常に残念なオトコ』のネタバレありの感想本文です。
『非常に残念なオトコ』の主人公であるベン。彼の管理する映画館のあの男性スタッフたちのしょうもないやりとりと言い、映画を趣味とする男性オタクたちの悲喜こもごもな生々しさが詰まっている作品です。まあ、そうは言ってもそのほとんどは劣等感なのですが…。
本作で描かれる映画男たちは成功を手にしていません。ただ単なる映画好きで、なんか一家言を持ってたまに張り合ってくる面倒くさい男たちです。既視感というか、鏡を見ているような気分になった観客もいることでしょう。
ベンはその中でもとくに劣等感をこじらせています。映画学校での夢を一度挫折し、今なおまだそれを諦めていないものの、自分の作りたいものを見い出せません。苛立ちだけが募っています。
そのむしゃくしゃを世間の映画業界で頑張っているアジア系アメリカ人たちにぶつけるという、言ってしまえば八つ当たりみたいなことをしている(冷笑系に足突っ込んでいる)のが冒頭のベンの姿です。
冒頭で上映されている映画はそのちょっと映るシーンを見る限り、裕福なパワーを手にしたアジア系アメリカ人を描いており、要するに『クレイジー・リッチ!』です。ベンはそんな大衆的エンターテインメントで描かれるアジア系アメリカ人なんて真のアジア系アメリカ人じゃないと主張しているわけです。
いかにもそういう主張をしてそうな人はこの世にいそうです。ベンのほうは作中で“小津安二郎”監督の『お早よう』とかを家で視聴しているとおり、明らかにクラシック寄りなんですが、でもこういう“小津安二郎”監督作もだいぶファンタジーなキャラクター像だと思うんですけどね…。
ここで提示される「アジア系アメリカのリアルって何?」というテーマ。実のところ、それは人によって答えが違って、たくさんのリアルの形があると思うのですが、ベンは何よりもそのリアルに自分自身が向き合える覚悟が持てていない感じがあります。
おそらくベンが理想とするのはアートになるようなリアルなのでしょうけど、現実にあるのはみっともないリアルばかりで、それを映画にすればいいのに、そこに踏み出せない。
いくらノンポリを気取ろうとも、アジア系アメリカ人は政治的に抑圧を受けているのは確かな事実だし、それ抜きでも各自の欠点があったり、そんな諸々に向き合えずして何がフィルムメーカーなんだ…と。ベンはそんな説教から逃げている男なのです…。
ちょっと待って!
『非常に残念なオトコ』にて、そんなベンの欠点として皮肉たっぷりに浮きだたせるのが、恋愛の好みです。
ベンはミコからポルノ履歴を根拠に「白人女性好きなの!?」と問いただされますが、それが事実であるかのように、以降、彼が付き合うのは白人女性ばかり。
別に好みは何だっていいのですけど、ベンの場合、“小津安二郎”監督作こそリアルなキャラとかほざいていただけあって、この自身の白人女フェチという性的嗜好を暴かれるとばつが悪いです。表向きはアート気取りやがって、裏の性癖は思いっきり大衆エンタメにどっぷりじゃないかっていう…。
同時にこれはある種の人種的緊張感を映し出してもいます。日本社会だとこれを人種的トピックとして論じないですけど、特定の人種(もしくはその要素)に性的に惹かれるというのはかなりセンシティブな話で、悪く言えば人種差別になりかねないですからね。
ベンももっと堂々と恋愛すればいいのに、ちょっと賢そうな雰囲気を取り繕おうとして余計なことを言って、肝心の白人女性相手にも反感持たれてしまうし…。
一方でミコはベンはもうダメだと見切りをつけ(逆によく耐えていたな…)、ニューヨークで日本語も話せるファッションデザイナーの男性と交際していました。それに対してベンはその白人男(ミコは白人じゃないと言う)はアジア系フェティシストに違いない!と告発してきます。「お前がそれを言うか」って感じなんですけども、これしか言えない男なのです…。
本作ではミコの視点では語られません。彼女は一見すると順風満帆に見えますが、おそらくミコの人生も決して快適ではなく、アジア系としてもいろいろな壁にぶち当たり、妥協と葛藤を重ねながらの今に至るはずで…。ベンはそこに寄り添えればよかったのに全然そうしなかった…。
本作は最終的にベンが幸せそうなミコを見て身を引くというラストで、彼なりの一歩があったのかなという感覚を残します。でも、しっかりラストで別の女性(しかもアジア系に見える)にデレデレな目がいってしまっているあたり(相手は父&子連れだった)、「こいつ、単に惚れっぽいだけやないかい!」というオチをつけていて、“ランドール・パーク”監督のお茶目な笑いのセンスで締めてましたね。
けれども最後はあの冒頭の映画が機内上映されていて、それを観ていたアジア系の高齢者がただただ号泣している姿を見かけるベン…というシーンをつけることで、本作の根底にある「アジア系アメリカのリアルって何?」という問いかけにもう一段の味わい深いオチを用意していました。
このダブルのオチが良かったです。
女たらしという意味でややベンに似ているレズビアンのアリスのエピソードも、メレディスという志溢れる女性をサポートする側に立つ道を選ぶという、ベンが取れなかった人生を選択したことで、良い対比をなしていたんじゃないかな。
『アメリカン・ボーン・チャイニーズ 僕らの西遊記』でもあったように、アジア系男性は人種的劣等感と男らしさ劣等感の二重でややこしくこじらせてしまう傾向があり、そういうのを描写する作品は今後もどんどんでてくるでしょう。それを『BEEF ビーフ』のように感情を爆発させて訴えるアプローチは今のアジア系のレプリゼンテーションには欠かせないのかもしれません。
劣等感を吐き出していこう…欠点に向き合おう…アジア系の男たちよ…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 84% Audience 85%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021 Shortcomings Holdings, LLC. All Rights Reserved. 非常に残念な男 ショートカミングス
以上、『非常に残念なオトコ』の感想でした。
Shortcomings (2023) [Japanese Review] 『非常に残念なオトコ』考察・評価レビュー
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