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『スワン・ソング』感想(ネタバレ)…マハーシャラ・アリがもうひとり?

スワン・ソング

マハーシャラ・アリがもうひとり?…「Apple TV+」映画『スワン・ソング』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Swan Song
製作国:アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にApple TV+で配信
監督:ベンジャミン・クリアリー

スワン・ソング

すわんそんぐ
スワン・ソング

『スワン・ソング』あらすじ

妻と息子と幸せな家庭で暮らしていたキャメロン・ターナー。しかし、その人生に暗い影が差し掛かる。不治の病であると診断され、刻一刻と死期が迫っていた。そこでキャメロンは愛する妻子を悲しみから守るために、ある実験を提案される。それは残された妻子を全く苦しめないようにするための最後の手段だった。そして、キャメロンは真剣に独りで葛藤しながらその方法を実行に移すかどうかを悩む。

『スワン・ソング』感想(ネタバレなし)

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私がこの世を去ったとき…

自分が死ぬときに備えて何を準備するのか。よくあるのは相続の話ですが、最近はSNSアカウントをどうするべきかという問題は持ち上がります。これに関しては、サービス自体で死後にアカウントを削除してくれたり、追悼アカウントに変更してくれたりするものも登場しています。死後対応機能というやつですね。なんか生きている間にこんな名前の機能を設定しないといけないのも嫌な気分になりますが…。

近年はこういったデジタル遺品を専門的に扱ってくれる業者もあるようですが、詐欺のように信頼できない奴らも混ざっているので委託する際は慎重に判断してくださいね。

この映画感想サイトも私が死んだら…たぶん普通に更新が停止する…。

しかし、近未来になったらもっとややこしいことを考えないといけなくなるかもしれません。

そんなことを思ってしまう映画が今回紹介する作品。それが本作『スワン・ソング』です。

本作は現代よりもほんの少し未来の世界。ちょっとテクノロジーが発展して自動運転車が一般に普及しているような、そういう近未来です。主人公はひとりの男性。妻がいて、息子がいて、幸福に満ち溢れた生活を送っています。ところがその男性は末期の病気が進行し、死が近づいていることが判明し…。でもこのまま死んでしまうと間違いなく残される妻子は悲しみに沈んでしまう、そんなことはさせたくない、けど自分が死ぬのは避けようがない…。

ここでこの『スワン・ソング』の最大の要素。死期迫る主人公の前に現れた選択肢。それは自分のクローンと人生をすり替えるということで…。

本当の自分は死ぬけど、家族の前には自分と全く同じコピーであるクローンがいて、生きているのと全く変わりない人生を代わりに送ってくれる。家族は自分が死んだことにも気づかない。もちろん悲しむこともない。

もしこんな選択肢が存在したらあなたはどうするのか。それをじっくり描くのがこの『スワン・ソング』なのです。

当然、そんなクローン技術があるなら不治の病でも治せてしまうのではないかとか思うのですけど、そういうツッコミは無しの方向でお願いします。本作はこうしたSF設定を基軸に誰しも直面することになる「死」というものと向き合わせる、極めて真っ当で真摯なドラマです。SFだからといってハラハラドキドキのサスペンスがあるわけではないですし、驚異の映像体験もないです。エンタメ色はかなり薄め。人生を問いかける静かな自問自答の物語だと思ってください。

この『スワン・ソング』を監督したのが、2015年に発表した短編『僕はうまく話せない』でアカデミー賞の短編実写賞を受賞した“ベンジャミン・クリアリー”。『スワン・ソング』は長編映画監督デビュー作となります。

そして主人公を演じるのが、あの『ムーンライト』(2016年)、『グリーンブック』(2018年)で2回のアカデミー助演男優賞に輝いた“マハーシャラ・アリ”。ドラマ『TRUE DETECTIVE/迷宮捜査』でも素晴らしい演技を披露している、もはやこの人がでていれば名演は確約されたのと同じと断言できる俳優の筆頭ですけど、今回の『スワン・ソング』も惚れ惚れするような繊細な演技をみせてくれます。こんなにとんでもない俳優なのに今まで全然主演の映画が与えられてこなかったのですけど、今作は自らも製作に加わっての堂々たる主演作。“マハーシャラ・アリ”の凄さをフルタイムでお見舞いされる一作ですね。

共演は、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』『ヴェノム レット・ゼア・ビー・カーネイジ』など最近の大作でも活躍している“ナオミ・ハリス”、『フェアウェル』『シャン・チー テン・リングスの伝説』など多彩な出演で人気爆発中の“オークワフィナ”、さらに『天才作家の妻 40年目の真実』『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』などこちらも名演を約束してくれる“グレン・クローズ”。この3人が脇で出演しているというだけでも、外見の物語の地味さに反してなかなかに贅沢な映画ですよ。

そんな俳優ファンにも見逃せない一作である『スワン・ソング』なのですが、「Apple TV+」のオリジナル映画として配信されているだけということもあり、やや注目度は低め。結構他にも良い作品が多いんですけどね、「Apple TV+」のオリジナル映画。Appleさん、ほんと宣伝しないから…。もう「Apple TV+」はかなり充実したオリジナル作品が揃ってきたので、そろそろ利用してみるのもいいですよ。

ちなみに『スワン・ソング』は全く同じタイトルの映画が2021年に登場しているので、少し混乱することもあるのですが、こちらは“マハーシャラ・アリ”主演の『スワン・ソング』だと覚えておいてください。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:個人でじっくり堪能
友人 3.5:素直に語れる同士で
恋人 3.5:静かな家族愛の物語
キッズ 3.5:大人のドラマです
↓ここからネタバレが含まれます↓

『スワン・ソング』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):もうすぐ死ぬ。その前に

キャメロン・ターナーは列車に乗っていました。静かな車内です。通路からロボットが飲み物はいるかと訊ねてきて、キャンディ・バーをおまけでくれます。

そんなとき、キャメロンの前の席に女性が座りました。耳の端末で通話中らしく、忙しそうな雰囲気。キャメロンは自分のノートに絵を描いていましたが、その対面する女性を観察して描くようにします。会話のない2人でしたが、おもむろにその女性が2人の間にある机にあったキャンディ・バーをひとつ摘まんで食べました。それを見て少し驚いたキャメロンでしたが、だったらと今度は自分もひとつ口にします。すると女性はまたひとつ。こうして同じ1本のバーのチョコレートを食べ合っているうちになんとなく会話も無しに打ち解ける2人。

そうこうしているうちに駅に着いて女性は急いで降ります。短い時間に満足したようにキャメロンは笑みを浮かべます。しかし、自分のスーツの内ポケットにキャンディ・バーがあるのを発見。自分のを食べ合っていたと思っていましたが、相手の女性のものだったと判明し、思わずひとり笑ってしまいます。

これがキャメロンとポピーの出会い。

今、キャメロンはスコット博士から電話を受け、悩んでいました。家に帰ると、子どもがベッドでスヤスヤと眠っており、別のベッドには妻であるポピーがいて起こさないようにキスをします。

ひとり葛藤を抱えたまま、鏡の前でコンタクトレンズを外します。水を流そうとすると、ふと倒れこんでしまいました。床で目覚めながら、妻に知られぬようにドアを閉めるキャメロン。

彼は深刻な病が体を蝕んでおり、余命はもうそう長くないのでした。でもそれを家族には打ち明けられません。実はポピーはすでに大切な家族を失っており、そのときの悲痛な姿を見てしまったキャメロンはもうそんな絶望を味合わせたくなかったのです。

そこでキャメロンはある分野の専門であるスコット博士のもとへ向かいます。場所はボートでしか行けない、人里離れた森の中。優雅で広々とした邸宅です。地下に降りていくと、コントロール・ルームに案内され、ダルトンという心理学者がいます。

そしてある人物のもとに導かれます。そこには自分と瓜二つの人間が椅子で眠っていました。まじまじと見つめるキャメロン。「夢を見ているのか?」「まだよ」

スコット博士はクローン技術の専門家。死を間近にしている人間のクローンを用意し、その本人とすり替えて人生を送らせ、本人の死を家族に感じさせないという機会を提供しているのでした。

動揺を抑えるかのように窓辺へ立つキャメロン。「私にはできない」と呟き、一旦帰ります。

家出は妻と子どもの他愛もない会話を幸せそうにソファで眺めます。翌朝。まだ悩んでいました。ベンチでスコット博士と話し、「妻は知るべきじゃないか」と不安を吐露します。

そこですでにクローン化とすり替わった女性に会いに行くことに。そのクローンの女性は普通に働いており、子どもと親しく接していました。じっと見つめてしまいますが、違和感は何もありません。

キャメロンは実行すると決めました。

まずは記憶の移行です。これを繰り返し、慣れさせていかないといけません。自身のクローンと向き合って座り、瞼を閉じます。記憶が走馬灯のように流れていき、かつての思い出がフラッシュバックし…。

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死は人生を映画に変える

『スワン・ソング』は本当に地味な物語で、下手したら起承転結すらも感じられないような、ほぼ無風、波風の立たないようなストーリーです。

でも映画の演出と俳優の演技のアンサンブルでとても上質な物語に仕上がっていました

世界観自体はさりげなく丁寧に作られています。近未来なのでちょっと現在には存在しないけど今後はあり得そうなガジェットが出てきたり…。いかにもAppleが作ってそうな品々ばかりです。本作の時代では、自動運転車は当たり前で全然運転する必要性もないのでリムジンみたいな快適な移動ですし、手に持つスマホなんてものはなく、コンタクトレンズ型のARな端末が任意で表示できるようになっています。ゲームだってARスタイルで気軽にプレイできますし、簡易的なロボットが日常の労働に従事しています。

そんなハイテクに溢れた世界で主人公のキャメロン・ターナーは鉛筆で絵を描いているというのがまた象徴的ですね。どんなに技術が進歩しても変わらない魅力を持つものもある。そしてその絵を描くという行動が序盤でキャメロンがポピーを写生するという場面で活用されるのですが、これは後の本作の主題であるクローンと重なります。つまり、絵で描くというアナログを愛する主人公が、最新テクノロジーによる完全なコピーを生み出すクローンを受け入れるのかということ。

こんな時代になっても不変なもの。それは「死」です。死は避けられない。でもその死は排除できなくても悲しみを低減できるとしたら…。そのためだったらクローンを受け入れるべきだろうか…。

その倫理的主題に対して、本作はコントラバーシャルな議論を永遠と繰り返すわけでもなく、かなりアートなアプローチで主人公の心の懐柔を映しとっていきます。

例えば、コンタクトレンズで撮られた映像をモニターで観ることができる専用の部屋があるのですが、そこはまるで映画館のシアタールームのようであり、まさしく人生を映画体験しているかのごとく、一種のリアルとフィクションが混在した空間を醸し出しています。

これらの過程を通して主人公はクローンによる人生の客体化を容認していくことに…。

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マハーシャラ・アリvsマハーシャラ・アリ

『スワン・ソング』は俳優の演技も抜群です。

“マハーシャラ・アリ”の演技なんてもう震えるほどに素晴らしいもので、最初の冒頭の列車シーンの時点ですでに短編映画みたいな完成度。セリフ無しでこうも感情の機微を伝えられるとは…。

そこからクローンをめぐる葛藤がひたすらキャメロンを孤独に押しつぶしていくのですが、あのクローン「ジャック」の登場以降は、“マハーシャラ・アリ”vs“マハーシャラ・アリ”の演技合戦になるので、どっちが勝っても“マハーシャラ・アリ”の勝利という…。ひとりはクローンという異質の存在を受け入れるかを悩み、もうひとりはクローンの自分が本物になり替わるという事実をどう受け止めるかで悩む…。それぞれ方向性の違う苦悩をしっかり演じ分けていました。

脇の俳優も見事です。やっぱり『フェアウェル』でも思いましたけど、“オークワフィナ”はシリアスな演技になっても最高にいいですね。あの弱った体でもコミカルさを出そうと健気に頑張っている感じとか、とても上手いし…。

“グレン・クローズ”は下手をするとただのマッドサイエンティストになってしまいそうな役どころながら、ブレることなくそれでいて人間性を忘れていない研究者を巧みに演じていました。『ディストピア パンドラの少女』でも博士の役だったけど、同じ博士でも全然違うなぁ…。

“ナオミ・ハリス”も“マハーシャラ・アリ”に負けずの名演で、夫を支える献身的な妻以上に、あのひとりの人間の体の中にある感情を全部押し込めているような演技がまた良くて…。この作品はあまりポピーに同情させすぎると観客の関心がキャメロンから逸れてしまうのでそれを回避しているのだと思いますが、それでも“ナオミ・ハリス”のあの演技力は無視できないものがありますね。あんなふうに激情で失意に沈んだ愛する人を見てしまったらそれはもうキャメロンじゃなくてもこれ以上悲しませられないと思ってしまいますよ…。

あと、犬も名演でしたね。「あれ、2人いる?」ってやつ。犬の演技賞をあげたい…。

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アンチクライマックスな最後

『スワン・ソング』のラストはとてもアンチクライマックス的。『レプリカズ』みたいなエンタメ性の強い倫理的問いかけを派手に映像化した展開も無し。

自分とクローンのアイコンタクトを通して「死」と向き合う最期の時間を作ってあげる。ここで描かれる同意の重要性は臨終医療の現場などでもやはり大事な部分でしょうし…。本当に近未来の死はこういう死になるのか、それはわかりませんが、死が人生を映画に変えてそれを観るだけになってしまうならば、それはそれで映画好きの私でも切なすぎるですけど…。

それにしても「Apple TV+」のオリジナル映画、『フィンチ』もそうでしたけど、しんみりしたものが多い気がする。私は好きだからいいけど、かなりテンションが低空飛行になるし、エンタメなサービスとしてこれでいいのかな。

Appleも将来はクローン・ビジネスをやるのか、知りたいような知りたくないような未来ですね。

『スワン・ソング』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 77% Audience –%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
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関連作品紹介

マハーシャラ・アリ出演の映画の感想記事です。

・『ムーンライト』

・『グリーンブック』

作品ポスター・画像 (C)Apple スワンソング

以上、『スワン・ソング』の感想でした。

Swan Song (2021) [Japanese Review] 『スワン・ソング』考察・評価レビュー