鎌状赤血球症とスーパーヒーロー…「Netflix」ドラマシリーズ『Supacell/スーパセル』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2024年)
シーズン1:2024年にNetflixで配信
原案:ラップマン
人種差別描写 性描写 恋愛描写
すーぱせる
『Supacell/スーパセル』物語 簡単紹介
『Supacell/スーパセル』感想(ネタバレなし)
ラップマン、お次はスーパーヒーローに!
「鎌状赤血球症」という日本ではあまり聞きなれない病気があります。
これは遺伝性疾患であり、赤血球が体のあちこちに酸素を運ぶために重要な「ヘモグロビン」というタンパク質に異常が起きることで生じます。貧血などの不調のほか、さまざまな合併症を招くことで知られてもいます。また、皮膚や白目が黄色くなるなどの初期症状があります。
この病気の特徴は、ほとんど黒人の間でのみ観察できるということ。アフリカ系アメリカ人の赤ん坊の約13人に1人が鎌状赤血球の遺伝子を持っており、黒人全体では365人に1人程度が鎌状赤血球症で生まれてくるそうです。
ではなぜ黒人の間で多いのかというと、興味深いのがマラリアとの関係性です。鎌状赤血球症はサハラ以南のアフリカ地域で多く観察できるのですが、それらの地域はマラリアが蔓延しています。実はこの鎌状赤血球はマラリアから生存するのに有利に働くのだそうです。意外な利点があるんですね。
そんな人種的な背景があるゆえに社会的に認知されていなかった鎌状赤血球症が、2024年にあるドラマシリーズの登場で急に脚光を浴びることになりました。
それが本作『Supacell/スーパセル』です。
見間違えそうになるのですが、タイトルは「Supacell(スーパセル)」です。「Supercell(スーパーセル)」ではありません。
超巨大積乱雲をスーパーセルと呼んだりもしますが、今作の「cell」は「細胞」のこと。もう冒頭で書いたのでわかると思うのですけど、このドラマにおいては赤血球(血液細胞)のことですね。それが「スーパー」なのです。しかも、わざわざちょっとスラングっぽくくだけた言い方をしているわけで…。
その謎めいたタイトルも作品を見れば理由は綺麗にわかります。
『Supacell/スーパセル』の舞台はロンドン南部。群像劇となっており、主人公はみんなこの地でそれぞれの事情を抱えて暮らす黒人たち。そんな主人公たちが自分には特殊なスーパーパワーがあることに気づいていく…というスーパーヒーローのジャンルとなっています。
正直、この飽和状態にあるスーパーヒーローものに新作が加わったところで何の驚きもありません。オリジナル作で、予算もたいしてない。目立つ優位性はなく、圧倒的に不利です。
しかし、本作はそれでもしっかり突出した個性を放ち、2024年の見逃せないジャンル作として存在感を刻みました。この年のダークホースです。
本作は人種的な背景をスーパーヒーローのジャンルに混ざるのがめちゃくちゃ上手いです。こういう「黒人 × スーパーヒーロー」の組み合わせだと、ドラマだと『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』、『ザ・ボーイズ』、『ブラックライトニング』、『ルーク・ケイジ』、映画だと『ブラックパンサー』などがありましたが、『Supacell/スーパセル』は新たな良作の仲間入りになりました。
『Supacell/スーパセル』はとくに貧困層のアンダーグラウンドな黒人たちの生活への馴染ませ方が巧みなのです。
それもそのはず、本作を生み出したのが、あの黒人ギャングの抗争を生々しく描いて実際に乱闘騒ぎまで招いて上映中止騒動を巻き起こした『ブルー・ストーリー』で鮮烈にデビューを飾った”ラップマン”。
そちらの映画で凄まじい才能をみせていた“ラップマン”が、あの映画と同じ舞台の南ロンドンのペッカムをまた採用し、今度はスーパーヒーローものに挑戦するというのですから。それはもう注目しないわけにはいきませんよ。ギャング抗争にスーパーヒーローを合体させたらどうなるか…その答えがこれです。
でも『Supacell/スーパセル』の企画は当初はあまり評価されてなかったそうで、なんとか「Netflix」での配信が決定。配信までは全然注目度はありませんでしたが、配信後はそのユニークな作品性が多くの視聴者を魅了しました。やっぱり“ラップマン”監督は侮れません…。
ということで『Supacell/スーパセル』、「またスーパーヒーローかぁ…」と忌避せず、CGIたっぷりな大作に見飽きた人ほど、推薦できる一作です。
『Supacell/スーパセル』はシーズン1は全6話(1話あたり約45~60分)。話数が少ないので見やすいです。
『Supacell/スーパセル』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :コンセプトに関心あれば |
友人 | :ジャンル好き同士で |
恋人 | :異性ロマンスあり |
キッズ | :やや性描写あり |
『Supacell/スーパセル』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
監視カメラが設置された窓のない堅牢な薄暗い廊下をひとりの黒人女性が何かから逃げるように走っています。その姿は手術着です。それに気づいた監視員が警報を鳴らすと、瞬く間に武装隊が入り組んだ廊下を挟み撃ちするように包囲しようとします。
逃げる人物は瞳を黄色く光らせ、ロックされたドアに手を振りかざすと、いきなりドアが爆破破壊。しかし、背後から撃たれ絶命。その遺体が引きずられて運ばれる姿を他の隔離された者たちが目撃します。みんな黒人です。
ところかわって、南ロンドンのペッカム。青いオープンカーを運転する黒人のマイク(マイケル)が通りすがりのディオンヌという女性を饒舌な口調でナンパ。実は2人は以前から付き合いがありますが、これでさらに機嫌を取ろうという魂胆です。ディオンヌはそんな軽口のボーイフレンドと一緒の時間を過ごします。
また、別の場所。アンドレは息子のAJに会えて嬉しそうです。元妻のアイシャのおかげですが、「会わせてくれてありがとう」とお礼を言うも、養育費を請求されて全然払えないので立場はすぐに悪くなります。息子にはなんとか気に入られようと最新のiPhoneをプレゼントしますが…
そんなアンドレはコールセンターで懸命に働き、残業だってするつもりでした。しかし、上司から前科の調査が入り、職場にいられなくなります。外でぼやいていると、ロッド(ロドニー)という新人のドラッグ売人が近寄ってきて、イラつきながら追い払います。
逮捕されたクレイジーに代わってギャングの新しいリーダーとなったテイザーは、チャッキーが率いる敵対ギャングのシクサーズと衝突し、刺されてしまいます。
配達の仕事中のマイクは、シャーリーンの家に荷物を届けます。シャーリーンはマイクに惹かれようとアピールするが全く効果なし。「ゲイなのかな」と看護師の姉のサブリナに悩みを呟きますが、呆れられるだけ。サブリナはベルグレイヴ病院で働いていました。
当のマイクはディオンヌへのプロポーズを考えていましたが、母のティナの見舞いも忘れません。母は鎌状赤血球症を患っていました。遺伝性の疾患でしたが、マイクは患っていません。そこへヘルス&ユニティのビクトリアが立ち寄り、母を治療するのに最適な自身のサービスをオススメしてくれます。
ある日、配達中にマイクはトラブルとなってテイザーに刺されます。ところが、時間が少し前に戻り、今度は刺されません。
おかしいと思っていると、今度はワープしてしまいます。そこは見慣れた街並みのようで何かが違う世界。目の前にいたのは、もうひとりの自分。そしてロッド、サブリナ、アンドレ、テイザーの4人。フードをかぶった人物たちと戦っていて、それぞれで何か能力を使いこなしています。
ここは未来らしく、しかも、ディオンヌが2024年7月9日に亡くなると墓の前で告げられてしまい…。
シーズン1:バラバラな5人が運命で集まる
ここから『Supacell/スーパセル』のネタバレありの感想本文です。
『Supacell/スーパセル』のメインとなる主人公は5人。みんな南ロンドン住まいの黒人ですが、社会における立ち位置は全然違っていて、「それぞれバラバラだけど、どうやって揃うんだ?」と最初は観てるこっちが不安になってきます。
でもちゃんと点と点が線として結ばれ、最後は綺麗に結集していきます。その導線がとても丁寧なので、観ていてスッキリします。
“トシン・コール”演じるマイク(マイケル)は冒頭はとても充実した人生設計を順調に進んでいるように見えます。恋人ディオンヌとの結婚、母に高度な医療サービスを受けさせ、新生活に期待を胸躍らせ…。それが失われる恐怖がマイクを焦らせ、ときに空回りさせてしまいます。未来に死を宣告されるディオンヌはソーシャルワーカーで、人知れずに社会から黒人が消えている不穏な現象に気づいており、もっと協力できるとよかったんですけどね…。
”エリック・コフィ=アブレファ”演じるアンドレは妻と息子の信頼を失うまいと切羽詰まっている男です。ドラッグ関連の前科が足を引っ張って定職に就けず、またも倫理観に揺らぎ、良くない勢力に利用されるハメに…。でも息子のAJがギャングとつるむことは制止したい…そんな矛盾した自己正当化と親心が入り乱れていました。
”カルヴィン・デンバ”演じるロッド(ロドニー)は白人の母を持つハーフなのですが、家から追い出されている不憫な生い立ちがあります。ドラッグ・ディーラーで生計を立てようとしていますが、明らかにそういうアンダーグラウンドな黒人文化に溶け込めていません。高速移動の能力で調子に乗っている感じは幼いです。
”ジョシュ・テデク”演じるテイザー(タヨ)は5人の中では一番無鉄砲で危なっかしいです。ギャング「タワー・ボーイズ」のリーダーになって勢力を拡大しようと必死になるあまり、見境がなくなっていってます。素は祖母想いな良い子そうなのですが…。テイザーが透明能力というのもなんだかふさわしい気がします。
”ナディーン・ミルズ”演じるサブリナは5人の中で最も真面目です。妹のシャーリーンと比べても、善人として人格が出来上がっています。ただ、看護師として人種差別な患者相手に耐えながら、自分は本当にキャリアアップできるのかと心の内では心配しており、それがあのテレキネシス能力の不安定さに滲み出ていました。
この5人、本当に立場も性格もてんでんばらばらで、ようやく5人が揃う第6話でも連携は全くできません。ラストでついに同じスタート地点に一同が並びます。この『Supacell/スーパセル』は5人が揃って覚悟を決めるまでのプロローグでした。
シーズン1:障害をスーパーパワーにする
『Supacell/スーパセル』はスーパーパワーを持つ異能者を主軸にしていますが、「これでスーパーヒーローになれる!イエーイ!」みたいなお気楽さはありません。ロッドの友人スパッドが「アベンジャーズじゃん!」と興奮しているのですが(でも人体実験されぞとオタク的な深読みもしていて、それが当たっている)、この世界にはマーベルもDCも存在しているようで、登場人物たちはフィクションとしてのスーパーヒーローの概念を認知しています。
気楽でいられないのは、スーパーパワーというのが、銃やドラッグと同質な黒人コミュニティにとっての危険因子となりうる存在だということを、本作の作り手がしっかり意識しているからでしょう。
能力を利己的に使ってしまう個人問題に収まらず、スーパーパワーが自身の周囲の勢力図をぐらつかせます。人種差別的な構造ゆえに社会的に機会に乏しい中、そのスーパーパワーは光明か、奈落か…。
そして本作のスーパーパワー設定の肝となるのが、鎌状赤血球症です。ずっと1話から示唆されていましたが、5人は家系に鎌状赤血球症の患者がいるのですが、本人はなぜか発症していません。その理由は、鎌状赤血球が特別に変異して、スーパーパワー保有者となったからでした。なので「目が黄色くなる」「疲れやすい」といった鎌状赤血球症の症状も少し現れるようです。
こういう障害を超人化の理由付けに使うアイディアはディサビリティのステレオタイプになりやすいという問題があるのですが、『Supacell/スーパセル』は人種的背景を上手く溶け込ませることで、都合よく障害のいち側面だけを抜き取ってスーパーパワー扱いにせず社会問題から逃げない姿勢をみせていました。
現状で判明している最たる巨悪はあの能力者の黒人を誘拐して使役している謎のアッシントンの施設です。“エディ・マーサン”演じるレイが施設運営責任者のようですが、そこにヘルス&ユニティのビクトリアも関与しており、大きな裏がありそうです。
何にせよ医療ケアや雇用を謳っていますが、実態は医療権威主義そのもの。奴隷制といい、人体実験の歴史といい、これまた現在の黒人が背負い直面し続けている差別の形態と重なっています。
能力吸収というなかなかにチートだったクレイジー(クレイグ)も使い捨てられてしまいましたし、最後は可哀想な奴でしたね…。
黒人同士で争い合っている場合ではない、本当の敵を認識した5人は未来を変えられるのか…。『Supacell/スーパセル』は王道のスーパーヒーローものをなぞりつつ、”ラップマン”監督のお得意のギャング抗争を土台にジャンルを強化する技で魅せてくれ、このスーパーヒーロー飽和時代でも輝いていました。
続きが気になりますが、シーズン2に更新されたようなので、カタルシスのある展開は次に期待できるかな? でも”ラップマン”監督はもっと捻ってくるかもですけどね。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
関連作品紹介
黒人のスーパーヒーローが登場する作品の感想記事です。
・『ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー』
・『ジェン・ブイ』
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『Supacell/スーパセル』の感想でした。
Supacell (2024) [Japanese Review] 『Supacell/スーパセル』考察・評価レビュー
#スーパーヒーロー #ギャング