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ドラマ『ゼム Them』感想(ネタバレ)…野心的なエンタメか、ただのトラウマ・ポルノか

ゼム

野心的なエンタメなのか、ただのトラウマ・ポルノなのか…ドラマシリーズ『ゼム』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Them
製作国:アメリカ(2021年)
シーズン1:2021年にAmazonで配信
原案:リトル・マーヴィン
イジメ描写 児童虐待描写 性暴力描写

ゼム

ぜむ
ゼム

『ゼム』あらすじ

1950年代。ノースカロライナからロサンゼルスへ引っ越してきたとある家族。しかし、閑静な住宅地に到着するや否や、先に住んでいた人たちから冷たい目線を向けられる。なぜなら彼らは黒人だったから。ここは長らく白人の町として存在し続け、白人の住民は一致団結して黒人を排除していた。そして今回もこの異質な黒人の家族を追い出そうと動き出す。ところがそこに別の恐怖が黒人家族に襲い始め…。

『ゼム』感想(ネタバレなし)

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賛否両論で荒れたドラマ

実際にあった悲惨な事件や歴史を素材に創作される作品は珍しくないですが、その場合、センシティブな問題に直面することは避けられません。史実を搾取していないのか、都合よく捻じ曲げていないのか、当事者のことをどう考えているのか…。なので創作者はその素材を選んだ以上、批判されるのも覚悟で向き合わないといけないでしょう。

それに関係してくる用語として「トラウマ・ポルノ」という言葉を知っていますか?

トラウマ・ポルノとは、読者や鑑賞者などの相手に衝撃を与えるという目的で、トラウマとなる出来事などの最も暗くおぞましい部分をことさらに強調して消費することです。作り手としては恐怖で釘付けにしたいのでしょうが、経験者などにしてみれば不快で、場合にとってはPTSDなどを再発させるなどの危険があり、有害であると指摘もされています。

トラウマ・ポルノとは少し違いますが、最近はネット広告の中でも健康や美容に関してネガティブな画像を用いてそれがさも劇的に改善するかのように煽って商品やサービスを購入させようとするものが問題となり、規制対象になり始めています。これも本質的には同じで、相手のトラウマになりそうな部分を刺激すると行動を喚起させやすいんですね。

こうしたトラウマ・ポルノは映画やドラマなど映像作品でもたびたび問題視されます。映像ですからショッキングな視覚的刺激を容易に演出できてしまいます。

そこで議論になるのが、どこまでがトラウマ・ポルノなのかということ。さすがにショッキングな映像全部をアウトにすることはできません。ではどの程度ならいいのか、そのラインはあるのか。これは答えのない永遠の難問です。

そんな熟慮が必要なトラウマ・ポルノ問題を考えるうえでちょうどいいドラマシリーズが登場しました。それが本作『ゼム』です。

ずいぶんとシンプルなタイトル。原題は「Them」。私なんかは『放射能X』という邦題となった1954年の特撮映画『Them!』を真っ先に連想してしまいますけど…。

このドラマ『ゼム』は巨大昆虫とかは出てきません。本作は1950年のアメリカを舞台に、ある黒人の家族が体験する恐怖を描くホラーです。人種差別が題材になっているスリラーでもあるのですが、そこに常識では説明不可能な現象が続発するという心霊的展開もバンバンと混ざり合ってきます。

黒人差別とホラーの組み合わせは今ではすっかり見慣れたものになっていますし、最近ではジョーダン・ピール監督の『アス(Us)』なんかもあり、本作と合わせると代名詞タイトルという共通項もありますね。

しかしながら、こちらのドラマ『ゼム』は「Amazonプライムビデオ」で配信されると賛否両論吹き荒れる結果に。とくに寄せられた批判の中で痛烈なのが「トラウマ・ポルノ」ではないかというもの。

確かに本作はかなりショッキングな映像の連発になっています。ほぼ毎話、衝撃的な過激シーンがあり、その内容も人種差別を軸にしつつ、イジメ、児童虐待、性暴力、人体切断、殺人などなど全部揃っている状態。しかも、そのひとつひとつがことさらに目を背けたくなるほどに露骨におぞましく描かれている。明らかにトラウマを狙っているのが見え見えです。

ではこのドラマ『ゼム』はトラウマ・ポルノなのか、そのへんの私の考えは後半の感想で。

本作の原案は“リトル・マーヴィン”という人で、黒人とインド人の親に生まれ、同性愛者であり、この『ゼム』によって大きなキャリアの一歩を踏み出しました。おそらく今後も何かと挑戦的な作品で話題をかっさらうんじゃないかなと思います。

俳優陣は、『ハリエット』の“デボラ・アリヨンデ”、「バッシー(Bashy)」というネーミングでミュージシャンとしても活躍する“アシュレイ・トーマス”、『アス』でも大奮闘していた“シャハディ・ライト・ジョセフ”、ドラマ『スタートレック ピカード』の“アリソン・ピル”、『トーゴー』の“クリストファー・ハイアーダール”など。

黒人主題の作品は日本では扱いが弱いですが、本作は吹き替え版もあります。なので…観やすい…と言いたいところですが、なにせ非常にバイオレンスなので…。その手の暴力・残酷描写を見慣れている私でも、この『ゼム』はなかなかに心理的にダメージを受けました…。映画含めて今の時点で観た2021年の作品の中で一番キツイんじゃないだろうか…。

シーズン1は全10話で各話40~50分ほど。それなりに心の防御力を高めたうえで鑑賞してみてください。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:恐怖と衝撃に惹かれるなら
友人 3.0:エンタメという感じではない
恋人 2.0:雰囲気は最悪になる
キッズ 1.0:過激な残酷描写が満載です
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ゼム』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):ここは白人の住む町

幼い赤ん坊のチェスターをあやす母親のリヴィア・エモリー。夫のヘンリーや友人からはラッキーと呼ばれています。彼女は今はノースカロライナ州の辺鄙な地域にポツンと建つ家で、チェスターと2人きり。夫は娘のルビーグレイシーと連れて出かけてしまいました。

そこに家の外に白人の老いた女がフラっとやってきます。「道に迷われたのですか?」と声をかけますが、その白人女は気にしないように、大好きな歌だという歌を口ずさむだけ。父がよく歌っていたというそれは黒人奴隷を歌うもので、不敵な笑みを浮かべます。「夫はじきに帰ってくるのでお戻りになって」と警戒したラッキーは告げますが「それって1時間ほど前に女の子2人と出かけた人?」とその白人女。明らかにこちらを見張っていたようです。そして「赤ちゃんをちょうだい、よこしなさい!」ともの凄い剣幕で叫び始め…。

目覚めるラッキー。今は車の中。夫のヘンリーが運転しています。後ろにはルビーとグレイシーと娘2人。エモリー家族はヘンリーの新しい仕事の関係もあって、5日もかけて引っ越し先の町であるコンプントンへ向かっていました

一方、パーマー通りの小綺麗な住宅地。この地域に長年住むベティ・ウェンデルは向かいの家が売れたことに驚きます。不動産会社の女性に「どんな家族?」と訊ねると「確か娘さんが2人いる」と言いました。歓迎しようと近所の女性たちとお喋りしていると、例の新居にやってくる住人が。

それはエモリー家族でした。ベティたちは唖然として茫然と見つめます。

同時間、新しい家を見て回るラッキーでしたが、家の契約書を見ると「いかなる場合も黒人の居住を認めない」と追加で書いてあり、心配します。しかし「ご主人に伝えたとおり強制力のない条項です」とのことで、ヘンリーも気にするなという態度でした。

ところが白人たちは家の前にたむろして連日大音量で音楽を流してくるという嫌がらせをしてきます。ヘンリーは新しい職場の「タナー・エアロスペース」へ行きますが、家に残るラッキーはその不快感に直面。ストレスは1日で最高潮に。

さらにグレイシーは本に夢中で歌を歌い出すのですが、本の中の人物(ミス・ヴェラ)が教えてくれたというその歌はラッキーがかつて“最悪の日”にあの女から聞いた歌でした。それはラッキーの心を酷く動揺させます。

ラッキーは「C.E.」と書かれた箱を開け、その中にある衣服の臭いを嗅ぎます。そして密かに箱を地下にしまうのでした。

ベティは夫のクラークと話し、あの黒人たちを私たちの町からどう追い出すか、画策しだします。クラークを除いて白人たちはみんな黒人を排除することに賛同です。

そしてついに地下でエモリー家族が飼っていた犬が死骸で発見され、白人の仕業だと判断したラッキーは、近所の家に銃を向け、「家に近づくな!」と怒鳴ります。

1日目。まだ恐怖はこれから…。

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シーズン1:時代背景を知る

ドラマ『ゼム』は1950年代のアメリカにおける黒人差別が背景になっているわけですが、あまり説明はしてくれないので、わからない人にはわかりにくいです。

当時は、南部に暮らしていた黒人が北部などへ移動し始めた時期に該当し、これは1910年代から1940年代の第1期と、1940年代から1960年代に起きた第2期に分けたりもします。

これによって北部を中心に黒人の人口が増えたわけですが、付随して生じたのが人種差別です。黒人差別というと南部が酷いという印象ですが、北部に暮らす白人も黒人への扱いは陰惨だったんですね。とくに黒人が住み着くことで住宅地のイメージが悪化することを恐れ、それは白人住人だけでなく不動産業者も関わる大きな反発を招きました。このあたりは『サバービコン 仮面を被った街』でも描かれていましたし、『ザ・バンカー』という映画で業界事情も含めてリアルに描かれているので興味があればぜひ。

そんな黒人の新規居住者を嫌がり、一部の白人は白人だけが住めそうな場所に引っ越しするようになり、それは「ホワイト・フライト」と呼ばれたりしています。

『ゼム』のシーズン1はまさにそんな時代背景の真っ只中。白人がどんどんいなくなり、古株のベティだけは意地になって黒人を追い出そうとする。そして起こる惨劇を描いているのですが、同時にこれはこの時期だけの問題ではなく、アメリカに入植者が来たばかりの開拓時代でも、黒人奴隷がまかり通っていた奴隷時代でも、ずっと脈々と続いてきたことなんだということがところどころで挟まれるエピソードで映し出されるのでした。

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シーズン1:4つの異形の恐怖

ドラマ『ゼム』の主人公であるエモリー家族のそれぞれ4人には、各々の恐怖と理想が反映された異形の存在が出現し、心を惑わせ、精神的に追い込んでいきます。

ラッキーの前に現れるのは謎の神父であり、平等を根差すはずの信仰が救いではなく絶望を与えることに…。学校で陰湿なイジメで孤立するルビーの前に現れるのが、なぜか優しい白人の女子生徒。けれどもそれは幻想でしかなく…。グレイシーの前に現れるのは本の中のキャラクターであるはずのミス・ヴェラ。しかし、教えてくれるのは白人中心の思想…。

そして最もインパクトがあるのは、ヘンリーの前に現れるアレでしょう。一応の名前は「タップダンス・マン」らしいですが…。ブラックフェイスを身に着けたミンストレルのステレオタイプそのまんまながら、異様な存在感でヘンリーの心を脅かします。演じた“ジェレマイア・バーケット”が素晴らしい…。もうこの「タップダンス・マン」を主体にした映画を一本見たい気分です。

こういうピエロ系の恐怖は珍しいものではないですが、『IT イット』シリーズではどこかエンターテインメントな余裕がある一方で、本作『ゼム』のそれは生理的嫌悪という点でおぞましさが上回る。白人のピエロと黒人(ブラックフェイス)のピエロは同じではない。これこそ本作の肝ですけどね。

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シーズン1:トラウマ以外の語り方はないのか

で、ドラマ『ゼム』はトラウマ・ポルノなのかという話ですが、これは確かにトラウマ映像ありきの作品です。とくに第5話、あのチェスターの死の真相、そして第7話で明かされるベティの行動。ここはもう「やりすぎでは?」と思うのも無理はない過激な追い詰め方。

別にホラーであればこういうのは普通ではあります。黒人だけでなく、日系人のコミュニティのホラーを描く『ザ・テラー』シーズン2もあったりしましたし。ただ、同様に黒人差別を題材にホラーと融合したドラマシリーズである『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』と比べると、『ゼム』のほうはトラウマ以外の描写の深みはそれほどなく、考察していくような楽しさもない。完全にショックを与えることに特化しているんですよね。

『アメリカン・ホラー・ストーリー』『ラチェッド』と同じ部類というか。まあ、監督が同じなので似ているのも当然なのですけど。

しかし、『ゼム』の意図はまさにそこでその抗いようのないトラウマに人は向き合っていけるのかをテーマにしているわけで、決して衝撃映像を餌に視聴者を釣ってアクセス稼ぎをするYouTuberなんかとは全然違う、それなりの健全な覚悟を持って作られた作品であるとも思います。シーズン1の最終話は確かにカタルシスもありました。サバイバーでも立ち向かって生きてやるぞという…。

それでもちょっと脚本の詰めが甘いところはあったかな。例えば、黒人差別憎悪を中心的に引き起こすのは、子どもができない女性であるベティで、しかもゲイの夫がいるという、これだと規範的ではない家庭が悪いかのように思われかねず、なんだかこの描き方はズルいというか、不当な気もします。

ドラマ『地下鉄道 自由への旅路』のような繊細なバランス感覚を見せている作品を同時期に観てしまうと、『ゼム』は粗削りですね。その粗さは確かにスティーヴン・キングっぽいですが…。

今後は史実を考えると「ワッツ暴動」みたいな反撃のターンになるのかな。やっぱり観たくはなってきてしまいますね。

『ゼム』
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 62% Audience 65%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
5.0

作品ポスター・画像 (C)Sony Pictures Television, Amazon Studios

以上、『ゼム』の感想でした。

Them (2021) [Japanese Review] 『ゼム』考察・評価レビュー