殺人鬼とタイムトラベルは面倒くさい…映画『ハロウィン・キラー!』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2023年にAmazonで配信
監督:ナーナチカ・カーン
性描写 恋愛描写
ハロウィン・キラー!
はろうぃんきらー
『ハロウィン・キラー!』あらすじ
『ハロウィン・キラー!』感想(ネタバレなし)
ハロウィンでも声をあげる!
2023年のアメリカのハロウィンは、ちょっとした皮肉めいたニュースがプロローグとなりました。
2023年7月から全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)が全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)に待遇改善を要求してストライキに突入していましたが(全米脚本家組合のストライキは終了)、それがハロウィンにまで波及しかける出来事があったのです。
きっかけは、SAG-AFTRA側が「今年のハロウィンでは、ストライキを受けたスタジオのコンテンツを意図せず宣伝する可能性のある特定のキャラクターではなく、一般的な衣装のアイデアを用いて仮装してください」と会員に指示したこと。つまり、映画やドラマのコスプレはやめてねということです。
これに俳優などの業界関係者が次々と疑問の声をあげ、SAG-AFTRA側は急遽追加の声明を発表。「これは誰の子どもの仮装を禁じるものではない」とコメントしました(The Hollywood Reporter)。
確かにこの映画やドラマを宣伝しうる仮装はダメという指示はなかなかに困ります。第一、映画やドラマというのはこれまで散々、幽霊や怪物など一般的なアイコンを用いてきたので、たいていのそういうホラーアイコンは何かの作品と関連があります。「逆に映画等に無関係なホラーアイコンってあるのか?」とツッコミが入るのも当然です。ハロウィンそのものを題材にしている作品も普通にあるのですから。
そうです、この時期はハロウィンに合わせたホラー映画が公開されるのがお決まりの光景。仮装の話はさておき、2023年も新鮮なハロウィン映画が出現してくれました。
それが本作『ハロウィン・キラー!』です。
原題は「Totally Killer」。いわゆる「スラッシャー」のジャンルですが、『スクリーム』と『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を合体させたような、ジャンル風刺満載のコミカル作品となっています。
主人公は10代の女子高校生で、地元の町では過去に謎の殺人鬼による連続殺人が起こっているという、これまたどこかでみた設定。そしてまた今も殺人が起きてしまい、主人公はタイムトラベルで過去に戻って、その殺人鬼の真相を確かめることになる…そんな物語です。
『ハロウィン・キラー!』を監督したのは、イランの両親を持ち、ラスベガス生まれでハワイ育ちの“ナーナチカ・カーン”。『マルコム in the Middle』というシットコムで脚本家としてキャリアを始め、ディズニーで『ペッパー・アン』などのアニメーションにも関わっていたそうですが、2015年に『フアン家のアメリカ開拓記』というドラマを制作し、高く評価されました。そして2019年に『いつかはマイ・ベイビー』で長編映画監督デビューを飾り、注目の監督として躍り出ました。
イラン系という有色人種の女性である“ナーナチカ・カーン”監督が『ハロウィン・キラー!』のようなジャンル映画を手がけるというのは、それだけでも業界に風穴を開けるでしょうし、嬉しいですね。
なお、“ナーナチカ・カーン”監督はレズビアン当事者でもありますが、『ハロウィン・キラー!』のメイン・ストーリーにクィアな要素はないですが、全体的にキャンプなビジュアルであったり、定番は押さえています。
俳優陣は、主役を演じるのはドラマ『サブリナ: ダーク・アドベンチャー』の“キーナン・シプカ”。そこに、ドラマ『クルーエル・サマー』の“オリヴィア・ホルト”、『プロムの約束』の“ケルシー・マウェマ”、『ザ・ビーチ』の“リアナ・リベラト”、ドラマ『モダン・ファミリー』の“ジュリー・ボーウェン”などが加わっています。
殺人が描かれることは事実ですが、ジャンルとしては気楽なトーンですので、ハロウィンのこの時期は本作を観ながら、現実に不満をぶつけていきましょう。業界の労働改善を訴えるのもセットです。
『ハロウィン・キラー!』を観る前のQ&A
A:Amazonプライムビデオでオリジナル映画として2023年10月6日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :気楽に満喫 |
友人 | :一緒にエンタメを |
恋人 | :見やすい部類 |
キッズ | :殺人描写あり |
『ハロウィン・キラー!』予告動画
『ハロウィン・キラー!』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):アイツは誰?
2023年もハロウィンの夜がやってきました。バーノンの町には陰惨な過去があります。35年前、3人の少女が惨殺されて見つかったのです。
1987年10月27日、16歳の誕生日の夜だったにティファニー・クラークが自宅のガレージで16か所刺されて死亡。2日後、16歳のマリッサ・ソンが山荘で殺され、やはり16か所刺されていました。さらに2日後のハロウィンの夜、16歳のヘザー・ヘルナンデスも遊園地の駐車場で16か所刺されて殺されていて…。
この一連の殺人事件の犯人は捕まっておらず、黒づくめで金髪マスク姿という風貌と「スイート16キラー」というあだ名だけが残っています。そして今もこの町のハロウィンの仮装の定番になっているのでした。
中にはクリス・ドゥバサージュのように「スイート16キラー」に特化したポッドキャストまでやっていて、犯罪現場ツアーで観光の材料にしている人もいます。
そんな町で暮らす女子高校生のジェイミーは母パムに小言を言われつつ、アメリアとライブに出かける準備をしていました。父と母はつまらない仮装をしています。母はいわく、女優モリー・リングウォルドの仮装らしいですが…。
両親はジェイミーがちょうど16歳なので心配なようです。35年前に殺されたのは母の友達だったのです。
「今は35年前と違うし、防犯グッズもあれば位置情報だってすぐわかる。区切りつけたら?」とジェイミーは冷たく母に言ってしまいます。
父にアメリアの家まで送ってもらっているとき、母はお菓子を貰いに来る子どもたちの相手を自宅でしていました。
そのとき、スイート16キラーのマスクの人が玄関に現れ、ナイフを手に家に侵入。護身術と隠し持った銃で応戦する母でしたが、相手は恐ろしく強く、ナイフでグサグサと刺されてしまいます。16回…。残されたのはパムの無惨な死体のみ…。
この惨劇のあと、ジェイミーは悲しみに暮れ、沈んでいました。
カーラ・リム保安官は、母がクリス・ドゥバサージュとメールでやりとりをしていたと語り、どうやら不倫絡みで父の犯行ではないかと疑っているようです。
気分を変えつつ、科学祭をしている地元の遊園地ビリーズランドに訪れます。今はすっかり閑散としている場所です。ジェイミーの親友のアメリアはタイムマシンを作っていました。
気になったジェイミーはクリスに会ってみることにします。「不倫していたの?」と単刀直入に聞くと、クリスは否定。なんでも母は35年前の最後の事件の後に「次はお前だ」と犯行を予告するようなメモをもらっていたそうです。
これは自分で犯人を見つけてやらないと気が済まない…。そう考え、アメリアと話していると急に現れたマスクに追われます。
必死に遊園地のタイムマシンまで逃げ込むジェイミー。マスクが機械にナイフを突き立てたそのとき、起動したのか、ジェイミーは衝撃を感じます。
そして再びタイムマシンから出ると、そこには賑わっている遊園地の風景が…。
80年代ノスタルジーには興味ない
ここから『ハロウィン・キラー!』のネタバレありの感想本文です。
『スクリーム』に象徴されるように、スラッシャー映画のジャンルは、ジャンル自体を自己批判的に風刺してこそなんぼのものというのが昨今のセオリーになっていますが、この『ハロウィン・キラー!』もそれに準じています。
『ハロウィン・キラー!』の場合は、そこにタイムトラベルというSF要素を加えているのが特徴です。このスラッシャー映画にSFを混ぜるのもそんなに今は珍しくなく、タイムループに陥る『ハッピー・デス・デイ』や、身体入れ替わりモノの『ザ・スイッチ』、映画の世界に入り込んでしまう『ファイナル・ガールズ 惨劇のシナリオ』など、話題作はいくつも挙げられます。
『ハロウィン・キラー!』は結構普通にタイムマシンがぬるっと登場してびっくりしますが、このサクサク進む感じが気持ちいいです。「もうみんなわかってるよね?」という省略スタイルですね。主人公のジェイミーも1987年に時間移動した際は、出会う人に「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は観た?」とまずは確認して、その人のタイムトラベルのリテラシーをチェックするがまたシュールだったり…(でもジェイミーも『アベンジャーズ エンドゲーム』とかそのへんの知識しかないのだけど)。
とくに面白いなと思うのは、『ハロウィン・キラー!』は80年代へのノスタルジーが一切ないんですね。こういう時代を描くとたいていはノスタルジックな雰囲気をだすのが毎度のことですが、本作はむしろ痛烈に辛口です。
ジェイミーはこの時代に来て早々、この時代における人種差別と性意識の低さにげんなりしまくりです。先住民を消費するチーム名とロゴ、性的露出の多い体操着、無神経なハラスメントの連発、プライバシーの欠如…。DNAの証拠だってろくに真面目に扱ってくれない…。
そのたびにジェイミーはきっちり辛辣に批評してくれます。先生みたいです。終盤のお化け屋敷内でのバットを持って構えるジェイミーの佇まいといい、なんだかダメな生徒のためにも根気強く指導して頑張ってくれるヤンキー教師みたいだった…。
シニカルなZ世代の視点を主軸に、しかもジェイミーは「何が正しくて何が正しくないのか」をよく熟知しているモラルのある若者というポジション。80年代の大人以上にきちんとしている。
モリー・リングウォルドやジョン・ヒューズ監督作品に心酔している当時の若者に、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)を教えるのはめちゃくちゃ大変だろうけど…。
この善良性が中心に貫かれているからこそ、本作は安心して見ていられますし、きっちり最後のオチとしても「やれやれ…」みたいな空気で終わっていいですね。
その性の態度はダメですよ
『ハロウィン・キラー!』は、スラッシャー映画と80年代の双方を、現代的視点で皮肉たっぷりに批評するのですが、ことさら焦点となるのは、この双方が組み合わさって起きる退行的な性の問題。
ある種のジャンルのお約束として、またはこの時代当時の感覚として、なあなあにされていたこの事柄について、ジェイミーはかなりハッキリ物言います。
たとえ冗談でも同性愛嫌悪的な発言はダメなんだとか、フェラをするのを嫌がる女子のランニングジョークを通して性的同意の重要性を強調したりだとか…。
何よりもこのスイート16キラーによる殺人事件の発端が、とある女子へのイジメが原因であり、結局は女性差別なんですよね。
殺された被害者の3人の女子はその点では加害者であり、本作は加害者を安易に許すことなく、ちゃんと反省してくださいと促します。
既存のこのジャンルはたいていが男性視点で、イジメを描いていてもそこにあるのは男性を被害者とするものばかりで、女性の主体性は無視されがちでした。『ハロウィン・キラー!』はそこに光をあてます。
そしてそのうえで、この映画は、旧世代のパムというファイナル・ガールから新生代のジェイミーというファイナル・ガールへの継承をやってみせるわけで、コンパクトな作品でしたが、実のところ、ジャンルのアップデートに欠かせないステップアップを成し遂げた重要な一作になったのではないでしょうか。
『テリファー 終わらない惨劇』の感想でも語りましたが、最近の飛躍が著しい「新世代ファイナル・ガール」のひとりとして、この『ハロウィン・キラー!』のジェイミーは堂々と参戦できたと思います。
個人的にジェイミーというキャラクターが好きなのは、当人は作中でとくに恋愛するわけではない点。ある種の「恋愛という人間関係の変動」を外から見つめている立場で、性的動機で立ち回る人物に対しても俯瞰的に眺めて(ときにツッコミを入れて)います。なので、恋愛感情に興味ない観客の人にもシンクロしやすい主人公だったかな、と。
ハロウィンは仮装をみんなで楽しむのもいいけど、モラルを守るのも忘れないでくださいね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 77%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
ハロウィンを舞台にした映画の感想記事です。
・『ホーカスポーカス2』
・『ハロウィン』
作品ポスター・画像 (C)Amazon ハロウィンキラー! トータリーキラー
以上、『ハロウィン・キラー!』の感想でした。
Totally Killer (2023) [Japanese Review] 『ハロウィン・キラー!』考察・評価レビュー