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『水を抱く女』感想(ネタバレ)…ウンディーネが現代の水面に漂う

水を抱く女

ウンディーネの神話を現代に新しく物語化する…映画『水を抱く女』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Undine
製作国:ドイツ・フランス(2020年)
日本公開日:2021年3月26日
監督:クリスティアン・ペッツォルト

水を抱く女

みずをいだくおんな
水を抱く女

『水を抱く女』あらすじ

ベルリンの都市開発を研究する歴史家のウンディーネは、アレクサンダー広場に隣接するアパートで暮らしながら博物館でガイドとして真面目に働いている。しかし、恋人が別の女性に心変わりしてしまい、悲嘆に暮れることになる。そこに現れたのが潜水作業員のクリストフ。2人は強く惹かれ合い、新たな愛を大切に育んでいく。ずっと幸せが続くように思えたが、やがてウンディーネは自分の宿命に直面することになる。

『水を抱く女』感想(ネタバレなし)

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ウンディーネが現代のベルリンに

世界にはいろいろな映画賞があり、部門別に分かれています。例えば、男優賞女優賞。これは定番です。

しかし、今度はこのカテゴリは見られなくなっていくかもしれません。

なぜなら性別は男と女しかいないことになっており、バイナリー規範を前提としているため、他のジェンダーが排除されてしまっているからです。ノンバイナリーやアジェンダー、クィアなどのジェンダーを自認する俳優は既存の賞に居場所がありません。最近はこうしたバイナリー規範にとらわれないジェンダーをカミングアウトする俳優も世界各国で目立ち始めているので、国際的な賞が対応できないのは大問題です。

そんな多様性への当然の平等が求められる中、ついに大きな動きがありました。世界三大映画祭のひとつに数えられるベルリン国際映画祭。この1951年から歴史のある映画祭では1956年から「女優賞(Best Actress)」「男優賞(Best Actor)」の2つが存在し、毎年名演を見せた俳優に賞を贈ってきました。

そしてなんと2021年からこの女優賞・男優賞を廃止し、「主演俳優賞」と「助演俳優賞」の2つを新設することにしたのです。これまでどおり2人の俳優に贈られますが、もうジェンダーは関係ありません。時代が大きく動きましたね。

もちろん賞の価値は変わりません。思えばベルリン国際映画祭の女優賞・男優賞には日本人もいくつか受賞してきた歴史がありました。1964年には左幸子が日本人として初めて女優賞を手にし、最近なら2014年に黒木華が女優賞の栄光を獲得していましたし…。これからもどんな俳優が輝くのか楽しみです。

そういう激動があったわけなのですが、結果、2020年のベルリン国際映画祭が女優賞・男優賞のラストとなりました。その年に最後の女優賞に輝いたのが、本作『水を抱く女』で主演した“パウラ・ベーア”です。

まず『水を抱く女』という映画の概要から話をしましょう。本作は邦題からはさっぱりだと思うのですが、原題は「Undine」であり、つまりあの水の精霊「ウンディーネ」を題材にした映画です。

元はと言えば16世紀の錬金術師であるパラケルススが四大精霊として提唱したもののひとつ。今では「ウンディーネ(ニンフ)」「ノーム」「サラマンダー」「シルフ」の名で定着していますね。ファンタジーものの作品やゲームでは定番ですし、最近では『アナと雪の女王2』とかにも出ていました。

このうちウンディーネは単独で作品の題材になることが昔から多く、ドイツの作家フリードリヒ・フーケによる1811年の小説とか、それをベースにしたフランスのジャン・ジロドゥによる戯曲とか、いっぱい挙げられます。

この『水を抱く女』はウンディーネの神話的物語を現代に置き換えてアレンジした一作です。だったらせめて邦題は「ウンディーネ 水を抱く女」にしてほしかったですけどね。他に同様の邦題作品はないみたいだし…。

監督はドイツの“クリスティアン・ペッツォルト”。『東ベルリンから来た女』(2012年)、『あの日のように抱きしめて』(2014年)など着実に評価を高めており、直近の過去作『未来を乗り換えた男』(2018年)ではファシズムが現代社会に蔓延した世界を描き出し、寓話と現実を巧みに融合させる語り口がお見事でした(世界の批評家は絶賛だったけど、日本では全然話題にならなかったですね)。『水を抱く女』もその方向性で、今度は古典的な神話を現代社会に混ぜ合わせています。

で、そのウンディーネを主演するのが“パウラ・ベーア”。私もこの俳優のことを認識するようになったのは最近なのですけど、フランソワ・オゾン監督の『婚約者の友人』(2016年)に始まり、『未来を乗り換えた男』、『ある画家の数奇な運命』(2018年)と一気に映画界で注目をかっさらっているドイツの女優です。もともと舞台ですでに活躍していたそうで、キャリアの拡大も持ってした実力からすれば当然なのかな。でも1995年生まれでまだ26歳なんですけどね。この若さでこの評価は凄い…。

共演は『ヴィクトリア』『名もなき生涯』の“フランツ・ロゴフスキ”。また、『5パーセントの奇跡 〜嘘から始まる素敵な人生〜』の“ヤコブ・マッチェンツ”など。

ウンディーネ神話に興味ある人、大注目の俳優や監督を目にしたい人…。少し咀嚼しづらいストーリーかもしれませんが、ちょっと好奇心で一歩前に泳ぎ出せばいろいろな視点で楽しめる映画だと思います。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:シネフィル向けではあるけど
友人 3.5:趣味の合う同士なら
恋人 3.5:悲愛のストーリーでいいなら
キッズ 2.0:大人のドラマです
↓ここからネタバレが含まれます↓

『水を抱く女』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):ウンディーネは語る

ドイツのベルリン。気まずそうにカフェの野外の席で向き合って座る一組の男女。おもむろに男は口を開きます。「わかっていただろう。普通だったら会いたいと言うけど、今回は話したいと言った」

しかし、女の方はイマイチよくわかっていない顔。こういう状況にある理由を飲み込めていないのか、女は電話に残った言葉を確認するのに必死。「ウンディーネ」と呼びかける男は付き合っていられないとでもいうかのようにその場を離れます。

別れを切り出された女・ウンディーネはただ座るのみ。2人は交際していましたが、それもここで終わりのようです。少なくともウンディーネの恋人であったヨハネスはそう考えています。

ヨハネスはコーヒーを持って帰ってきますが、「行かなきゃ」を告げ、立ち上がります。

ウンディーネは「私を愛しているはず、永遠に」「私を捨てたら殺すわよ」と言い放ち、仕事に向かうべく駆け足で立ち去っていきました。仕事が終わればまたここに戻って話の続きをするつもりで…。

部屋に戻り、急いで着替えて仕事の準備です。「ヴィブーさん、見学者が待ってる」と急かされます。

ウンディーネ・ヴィブーはベルリン市住宅都市開発省の博物館で歴史研究者として展示品の解説をする仕事をしていました。今回も大勢の見学者を相手に流暢に語り始めます。目の前にあるのはベルリンの街の模型。1990年のベルリンの歴史を語り、東と西のドイツの都市構造の違いを説明。見学者は聞き入っています。

「ベルリンはスラブ語で“沼”を意味します」

そう言ってひととおりの解説を終えると、そのままツカツカと歩いてヨハネスが待っているはずのベンチへ。しかし、そこには誰もいません。カフェ内にもいない…。

そのとき、「良い解説でした」とひとりの男が話しかけてきます。ところが2人が面と向かったとき、近くの水槽が割れて2人は倒れて水浸し。ずぶ濡れのまま見つめ合います。

その男は潜水作業員として働いているクリストフ。ウンディーネはクリストフと急速に仲良くなり、ベッドをともにし、一緒に潜るまでになります。

しかし、ある日。共に潜水していると、クリストフはウンディーネと文字が彫られている場所に案内します。するとふと目を離すと彼女がいません。慌てるクリストフ。視界の悪い水中でオロオロしていると、潜水具がひとつひとつ落ちてきます。気が付けばウンディーネは水面付近で浮かんでいました。

急いで陸上に引き上げ、心臓マッサージと人工呼吸をします。「ステイン・アライブ」の曲に合わせて…。

ウンディーネは目を覚まし、何事もなかったかのようにクリストフに優しい表情を見せます。

2人はその後も親密に。「僕に解説して。君は話し方も魅力的だ」とクリストフは夢中です。

けれども住んでいる場所が違うのでずっとはいられません。クリストフは仕事場に帰るので、一緒に駅まで向かいます。途中、ウンディーネはヨハネスが別の女性と仲良さそうに並んでいるのを目撃。

駅で名残惜しく別れる2人。

ところがその夜、奇妙な電話がかかってきます。ヨハネスはウンディーネが他の男への想いを持っていると勘ぐっているようで厳しく責めてきます。

そしてある事件が起きてしまい…。

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ウンディーネとは何か?

まず初歩的なことから。題材となっている水の精霊「ウンディーネ」とはどういうものなのでしょうか。

「オンディーヌ」とも表記されるこの精霊は、基本的に湖など水辺にいる存在で、女性、とくに美女と世間では称されるような美しい女性の姿をしています。なぜ女性なのかと言うと、古来から水と女性は関連づけられていたからだそうです。

精霊なので人間ではありません。しかし、人間との愛を手に入れたときだけ魂を手に入れることができる…ということになっています。パートナーとなる相手に嫌われるようなことになってしまうと、その存在は揺らぐことになり、水に帰ることになって魂を失います。

そしてもしパートナーが不倫をすれば、そのパートナーを殺さないといけない…これが一番のウンディーネの特徴です。

こうやって整理するとなんともハードモードすぎる恋愛ですよね。こんな命にかかわるプレッシャーだらけの恋愛、絶対にしたくないなぁ…。

こうした事情からウンディーネの物語は基本的に悲恋となります。まあ、当然ですよね。設定からして悲しくなる運命しかないような存在ですし…。

ちなみに「先天性中枢性肺胞低換気症候群」という病気は「ウンディーネの呪い」という別名を持っているそうです。

ウンディーネの物語はハンス・クリスチャン・アンデルセンの「人魚姫」などの基盤になっており、中にはその派生によってはハッピーエンドになっている作品もあります(ディズニーの『リトル・マーメイド』とか)。

映画だと2009年にアイルランド映画として『オンディーヌ 海辺の恋人』という作品がありました。これは割とわかりやすいタイプのウンディーネ系譜のストーリーで、ある漁師の男が網でひとりの女性を引き上げてしまい、その女性としだいに愛を深めていくという構成。ちゃんと愛のライバルになる要素も登場し、死が巻き起こりかねないスリルとともに、この関係性はどうなるのかと観客はハラハラできます。

『オンディーヌ 海辺の恋人』でもそうなのですが、やっぱりウンディーネは美女として描かれるのが鉄板ですし、艶めかしい描写も多く、それでいて人間界については世間知らずな感じのキャラクターになりがちです。

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新しいウンディーネの描き方

一方でこの“クリスティアン・ペッツォルト”監督の『水を抱く女』はこれまでのウンディーネのイメージを覆す大胆な存在感を提示してきます。

まず冒頭からそれはハッキリわかります。なんともギスギスした空気の男女。こういう場に近寄りたくはないものです。

ここでウンディーネは「私を捨てたら殺す」と公で平然と言い放っており(ウンディーネ伝説のとおりなのですが)、これだけを切り取ると露骨に「ヤバイ女」としか映らないでしょう。この場面だけだとヨハネスの方に同情したくなるのも無理はありません。あの電話の音声を確認しだすあたりとか、結構狂気じみている感じで私は好きですが(一応、電話のくだりはその後の伏線になっていくのですけど)。

少なくともウンディーネにありがちな水も滴るセクシーな美女みたいな、男のステレオタイプな理想は欠片もありません。“パウラ・ベーア”がまた無愛想な表情を常に浮かべているのがまたいいですね。端的に言って近寄りがたい。

しかし、その後のウンディーネの職場のシーンで印象がまた変わります。

本作のウンディーネは博物館でベルリンの街並みの歴史を解説しているのです。つまり、本作のウンディーネは、博識でアカデミックな女性として位置づけられています。仕事の姿勢も真面目そのもので、見学者からの評判も良さそうです。

人ならざる者が人類史に詳しくて人間相手に教えているなんて冷静に考えるとヘンテコなんですけど、こういう女性キャラクターは『ワンダーウーマン 1984』でも同じでしたね。

でもあの序盤の解説場面だけでもウンディーネの背景が窺えると思うのです。彼女がどういった経緯でベルリンに住むようになったのかは作中では詳細は明らかになりません。しかし、街の歴史をずっと見てきたのかもしれません。作中では解説内容を変更することを要求され、必死に勉強して解説を覚えるウンディーネの姿が描かれます。ああやっていろいろ地味に学習してきたのかな、とか。

ベルリンの街は戦争によって歴史的に常に蹂躙され、そのたびに街の構造は変わっていきました。けれどもウンディーネが語るようにもともとこのベルリンは沼地だった。そこに水辺の精霊としての接点が浮かび上がります。

ある意味ではウンディーネこそがこのベルリンの先住民みたいなものなのか。

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ホラーとナマズと海底二万哩

そのウンディーネとクリストフのロマンスは甘酸っぱく、豊かに描かれています。最初の一目惚れになる、水槽の水を被って倒れこむシーンの、どことないファンタジーさもいいですね。まあ、カフェの店員の気持ちになればふざけるなよと思うでしょうけど(出禁になるのもしょうがない)。

しかし、物語のトーンは常に一定のサスペンスがあります。そこはウンディーネですからね。本作にいたってはちょっとホラーっぽい描写も濃いです。

一緒の潜水中にウンディーネが溺れる場面(というかたぶん一時的に魂が抜けてしまったのだろうけど)。これと対になる12分間酸欠状態で脳死となるクリストフの覚醒(ものすごいガバッと起き上がるものだからこっちもびっくり)。そしてその前に起きるウンディーネによるヨハネスのプールでの殺害。ここで完全に人ならざる者の力を本領発揮させ、無言でプールに沈めていく姿が本作の白眉かもしれません。大の男なら抵抗できそうなのに一切反抗できずに沈められるのがスリリング。

結果、ウンディーネは自分の人間としての魂を捨てるだけでなく、それをクリストフに与えたような感じさえある。単純な悲劇のヒロインとは違う、決着の仕方がユニークでした。切ないオチなのは同じですが。

あと、ウンディーネを象徴する生き物として本作はナマズをチョイスしているのがいいですよね。あの美とは割とかけ離れたナマズという不格好そうな魚。でもなんだかしっくりくる。いや、もしかしたらドイツの淡水に生息する最大の水生生物はナマズなのかもしれないですけど。ちなみにあのナマズは実物ではなくCGアニメーションで作られているそうです。

水中撮影シーンもすごく良かったです。“ハンス・フロム”の撮影の賜物ですが、あのクリストフが潜る水底にあるあれこれ。監督は最も魅力的だった水中映画はリチャード・フライシャーの『海底二万哩』だとインタビューで答えているのですが、あの水底の雰囲気がある種のドイツのさらなる深い歴史を感じさせて、ファンタジー感がぐっと深まります。あそこだけでも「ああ、ウンディーネは実在しそうだな」と思わせてくれますし…。

ということで『水を抱く女』は新しいウンディーネ寓話として堪能できました。

「私を捨てたら殺す」って言われても「ウンディーネなんだな」って思って温かく迎えておいてください(無理か…)。

『水を抱く女』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 83% Audience –%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0

作品ポスター・画像 (C)SCHRAMM FILM / LES FILMS DU LOSANGE / ZDF / ARTE / ARTE France Cinema 2020

以上、『水を抱く女』の感想でした。

Undine (2020) [Japanese Review] 『水を抱く女』考察・評価レビュー