ケネス・ブラナーのポアロ映画第3弾…映画『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2023年9月15日
監督:ケネス・ブラナー
名探偵ポアロ ベネチアの亡霊
めいたんていぽあろ べねちあのぼうれい
『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』あらすじ
『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』感想(ネタバレなし)
ケネス・ブラナー、オタクの夢を叶え続ける
一部のオタクにとってのひとつの理想。それは推しへの愛が突き進み、自らで物語を考え出すまでにいたること。そうやって同人誌などに飽くなき創作意欲を注いでいる人は数知れず…。
今、映画界にはその理想をでっかく体現している人物がいます。
その人とは“ケネス・ブラナー”です。
舞台劇でキャリアを積み重ねていた北アイルランド生まれの“ケネス・ブラナー”。しかし、今ではすっかり映画監督。2021年には自身の幼少時代の自伝的な内容を映し出した『ベルファスト』を作ったりもしていましたが、その“ケネス・ブラナー”の推しのひとつが“アガサ・クリスティ”のミステリー小説「ポアロ」シリーズでした。
“ケネス・ブラナー”の「ポアロ」愛は高まり続け、ついには自分で映画化権を獲得し、自身の監督&主演で2018年に『オリエント急行殺人事件』を制作。続いて第2弾として2022年には『ナイル殺人事件』を作り上げ、ある意味では究極の同人活動ですよ。企業が入っているので厳密には同人ではありませんが、個人的な熱量は同人級です。もう“ケネス・ブラナー”のやりたいようにやってますからね。
その“ケネス・ブラナー”監督プレゼンツな“アガサ・クリスティ”映画化の第3弾『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』はもっと凄いことになってきました。
原題は「A Haunting in Venice」。その名のとおり、舞台はイタリアのベネチア(ヴェネツィア)です。
1作目と2作目は「ポアロ」シリーズの代表的な小説の映画化で超有名どころでしたが、今回は「ハロウィーン・パーティ」というかなりマイナーな作品を題材にしており、しかもあくまで着想を得たというだけで、映画では大幅に脚色しています。ほぼ別物です。
かくいう私も『オリエント急行殺人事件』や『ナイル殺人事件』は原作のオチを知ったうえで映画を観ていたわけですが、今回の『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』はオチが未知の状態での鑑賞になったので、3作目にしてこんな新鮮な気持ちで映画に触れられるとは思いませんでした。
過去2作とは毛色も違っていて、以前は「ゴージャスなミステリー大作!」という趣でしたが、今回は、舞台のスケールも小さく、地味で、何より暗いです。ちょっとホラー風味が濃い味付けになっているので、「あれ、こんなに怖い話になっていくの?」とやや面食らうかもしれません。過去作までのような観光映画的な見映えを期待してはいけません。
製作費が前作よりは減っているので、中規模予算のホラーミステリーのような感じでしょうか(それでも一般的なホラー映画よりは何倍も製作費がかかっていますが…)。
“ケネス・ブラナー”と共演する俳優陣ですが、今回の欠かせないひとりを演じるのが『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』でアカデミー主演女優賞に輝いたばかりの“ミシェル・ヨー”。今作ではアクション要素皆無ですけど、意味ありげな演技は堪能できます。
他には、『アメリカン・レポーター』の“ティナ・フェイ”、ドラマ『イエローストーン』の“ケリー・ライリー”、『ハウス・オブ・グッチ』の“カミーユ・コッタン”、『ハート・オブ・ストーン』の“ジェイミー・ドーナン”、『ロザライン』の“カイル・アレン”、ドラマ『クラウデッド・ルーム』の“エマ・レアード”、『LORO 欲望のイタリア』の“リッカルド・スカマルチョ”、『スクール・フォー・グッド・アンド・イービル』の“アリ・カーン”など。
『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』はコアなミステリーファンにもオススメです。
『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』を観る前のQ&A
A:3作目ですが、1作目・2作目を鑑賞しないと物語がわからないということはないので、この映画からいきなり観ても問題ないです。
オススメ度のチェック
ひとり | :シリーズが好みなら |
友人 | :ミステリー好き同士で |
恋人 | :少し暗いけど |
キッズ | :ややホラー風味 |
『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):降霊会は謎を呼ぶ
エルキュール・ポアロは目を覚まします。1947年、ポアロはイタリアのベネチアで隠遁していました。かつては明晰な頭脳で謎めいた事件を華麗に解決していましたが、探偵は引退です。穏やかなこの水の都で静かに暮らすことに徹していました。
今も事件を解決してほしいという依頼がわらわらと舞い込んできますが、頑なに無視。ヴィターレ・ポルトフォリオという真面目なボディガードが守ってくれます。
そんなある日、アリアドニ・オリヴァという旧友のミステリー作家が訪れてきました。親しいのでさすがに無下にはできません。オリヴァは降霊会に参加しないかと持ちかけてきます。なんでもジョイス・レイノルズという名の「死者の声を話せる」という霊能者がいるらしいです。
当然、理屈で考えたがるポアロはそんな非科学的な話を信じません。オリヴァもそれをわかったうえで、あえて持ちかけているようです。
パラッツォで開かれるハロウィン・パーティ。仮装した子どもでいっぱいで、影絵人形劇を楽しみ、無邪気に走り回っています。
この会場に降霊会目当ての関係者が集まっていました。
ロウィーナ・ドレイクは、元オペラ歌手。そのドレイク家に献身的に尽くす家政婦のオルガ・セミノフ。ドレイク家の主治医のドクター・フェリエ。そのフェリエの10歳の息子のレオポルドは、年齢のわりには落ち着いていて本を読んでいます。
パーティーの後、いよいよ降霊会です。レイノルズに懇願するのはロウィーナ。彼女は娘アリシアを失っており、その亡き娘と話したいと考えていました。そのアリシアと婚約していた過去があるマキシム・ジェラードも飛び入りで参加します。、
降霊会のアシスタントのデズデモーナ・ホランドも交えつつ、机をみんなで囲んで、ついに霊との対話が始まります。ポアロはそれをじっくり見物です。
レイノルズから離れた位置にあるタイプライターが文字を1文字ずつ打ち、霊と思われる存在からのメッセージを伝え始めました。
ところが、すぐにポアロはこのトリックを見破ります。隠れていたアシスタントのニコラス・ホランドが無様に転がり出てきました。手元のスイッチで文字を打てるという仕組みだったようです。
それでも、いきなりレイノルズの椅子が回りだし、豹変したように呻いて苦しみだします。さらにアリシアのような口調でロウィーナに声をかけ始め、くるくる回って周囲全体に「殺人。あなたが私を殺した!」と絶叫するばかり。
一同に重い空気が流れる中、ポアロはまたこれはイカサマだと考えているようです。レイノルズは彼女のマントとカーニバルのマスクをポアロに預けて颯爽と一時去ります。
ポアロはそれを身に着け、リンゴが水場に浮いている場でリンゴを口でとるために顔を近づけます。そのとき何者かがポアロの頭を押さえつけて、溺れさせようとしてきました。ヴィターレが駆け付けて助けてくれましたが、間髪入れず悲鳴が…。
そこにはバルコニーから転落したのか、中庭の彫像に体を突き刺されたレイノルズの姿が…。
みんながトラウマを抱えている
ここから『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』のネタバレありの感想本文です。
『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』は、降霊会での中心人物であるレイノルズの、いきなりの王道な仰々しい死で始まります。そしてドクター・フェリエも死に、ポアロも殺されそうになる中、ポアロは不可解な存在の気配を感じつつ、謎を解くハメに…。
一種の心理スリラーのようになっており、作中ではカメラで俯瞰的に舞台となるパラッツォ内部を撮ることはしません。常に登場人物の顔に近い撮り方をして、人物の視線で建物内を見渡し、何か視線を感じているような、あの空間自体を信用できなくする演出を多用しています。
これはあの舞台がそもそも後述するようにいわくつきの場所で、心霊的な何かが潜んでいるという空気を醸し出すためですが、ポアロの精神状態も示唆しています。
今作の物語の冒頭ではポアロは引退済みです。前作でもいろいろとあって、人間関係にも疲れたのでしょう。すっかりポアロはモチベーションを失い、ちょっと鬱的な症状さえも感じさせます。物語全体が陰気臭いトーンになるのも当然です。
それは他の登場人物も実は似たり寄ったりで、例えば、ドクター・フェリエは軍医であり、ベルゲン・ベルゼン強制収容所(ナチス・ドイツの強制収容所です)にいた経験があると判明し、明らかに戦争による心の傷を負っています。10歳の息子にサポートされるほどに弱り果て…。
また、アシスタントのデズデモーナ・ホランドとニコラスは、少数民族のロマ難民で、こちらも過酷な境遇だったことが窺えます。
そしてこの本作における重要な過去の出来事。それがロウィーナ・ドレイクの娘アリシアの死。自殺とされているようですが、最終的にこれは他殺(若干の事故も含む)だと明らかになります。そして今回のレイノルズの死もロウィーナの仕業でした。過去のトラウマがさらなる疑心暗鬼を生み、次の殺意へと繋がっていくという負の連鎖です。
最後はロウィーナはアリシアと同じ顛末を辿るように高所から落下して死亡しますが、これまでと比べると今作はそこまでスッキリした後味ではありません。
それでもどこか絶望の中でも一筋の希望を見い出していこうという前向きさも感じます。
背景に埋もれているあの悲惨な歴史
『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』はミステリーとしてのトリック自体はそんなに斬新でも何でもなく、そもそもが人の心の闇の連鎖的なドミノ倒しで死が連発していたわけです。
しかし、今作の背景には歴史的な大事件が横たわっており、それがこの物語に別の深みを与えてくれます。
その大事件とは、序盤で影絵人形劇でも少し語られる伝染病の悲惨な歴史です。
実は、1348年、1575年~1577年、そして1629年から1631年にかけて、イタリアでペスト(黒死病)が流行したことをきっかけに、このベネチアの街も夥しい死者をだしたという歴史があります。その死者数は尋常ではなく、当時のベネチアの市民15万人の3分の1が死亡したと言われています。無論、ワクチンなんて当時は医学的に存在しないので、パンデミックを止める術がほとんどありません。住民たちは恐怖の中で死に絶えていくしかないです。『ベニスに死す』などの映画でも描かれていますね。
作中でポアロもその最悪の歴史の片鱗を目撃しますが、ベネチアは確かに綺麗な街です。第二次世界大戦で攻撃を受けて建物が破壊されることはなかったこともあり、街並みは保存されていて、一見すると平和です。
でもそこには歴史的な悲劇が埋まっています。それは人間も同じで、人生において誰しも悲劇を経験してしまうものです。それをどう乗り越えて次に進むか…。
『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』はコロナ禍とも重なるようなかたちで、ポアロの再起というものを静かに描いていました。無理をせず、ゆっくりとリハビリしていく…そんなペースでいいんだと肯定するかのように…。
また、今回はレオポルドという随分と大人びた聡明な子が登場し、なんだかポアロの幼き頃と触れ合うような交流もありました。そのレオポルドを演じたのが、あの『ベルファスト』で主役の子を演じた子役である“ジュード・ヒル”であるというあたりも、少し意味ありげに思えてきます。
原作と映画はかなり異なっていて、まず原作はイギリスのカントリーハウスのミステリーで、映画はそれをベネチアのホラーミステリーに180度変えています。原作ではジョイス・レイノルズは13歳で、この子の死の謎を解くのですが、映画ではこの子どもの死というものをさらに拡張させて、娘アリシアの不可解な死とペストで大量死した子どもたちという要素で混ぜ合わせています。
共通点があるとすれば、謎解きで全部が解決せず、不可解さをほんのり残すことです。映画でも全ての現象がロウィーナの仕業や幻覚のせいだと言い切れません。もしかしたら本当に怨念があるのかもしれない…。
でも“ケネス・ブラナー”監督はその超常現象に完全な解明を求めていません。これは心に残る恐怖を消化するステップです。嵐が収まればそれでいい…。
“ケネス・ブラナー”監督が次もポアロ映画を作るのかはわかりません。たぶんディズニー側が作ってと言えば作るでしょうけど…。少なくともこのシリーズのポアロはひとつの峠を越えたので、もう新しい謎に挑む準備はできています。
もしかしたら本当に結構長期的なシリーズとしてしばらく展開し続けることも可能かもしれませんね。原作はひとくちで持ち上げられないほどに、まだまだいっぱいありますから。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 79% Audience 70%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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犯人を特定するミステリー映画の感想記事です。
・『ナイブズ・アウト グラス・オニオン』
・『ウエスト・エンド殺人事件』
・『エノーラ・ホームズの事件簿2』
作品ポスター・画像 (C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved. ア・ホーンティング・イン・ベニス ヴェネツィアの亡霊
以上、『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』の感想でした。
A Haunting in Venice (2023) [Japanese Review] 『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』考察・評価レビュー