1回だけだよ…映画『ベイビーわるきゅーれ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2021年)
日本公開日:2021年7月30日
監督:阪元裕吾
ベイビーわるきゅーれ
べいびーわるきゅーれ
『ベイビーわるきゅーれ』あらすじ
高校卒業を目前に控えた女子高生の殺し屋2人組の“ちさと”と“まひろ”。組織に委託された人殺し以外、これと言って何もしてこなかった彼女たちは、高校を卒業したらオモテの顔として社会人をしなければならない現実を前に、途方に暮れていた。2人は組織からルームシェアを命じられ、まひろとちさとの関係はある理由で亀裂が入る。ところが、ヤクザから恨みを買ったことから面倒なことに巻き込まれてしまい…。
『ベイビーわるきゅーれ』感想(ネタバレなし)
2021年ベスト暗殺者ムービー
2021年もたくさんの「暗殺者」を題材にした映画を観ました。2022年もきっと同様でしょう。やっぱり殺し屋を描くジャンルは昔から人気ですね。
2021年の暗殺者ムービーは、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』『キングスマン ファースト・エージェント』のようなスパイものから、『Mr.ノーバディ』のような引退した殺し屋が復帰することになる日常よりなもの、『G.I.ジョー 漆黒のスネークアイズ』のようななんだかよくわからんもの、さらには『ブラック・ウィドウ』『AVA エヴァ』『ケイト Kate』など女性主人公の暗殺者映画もいくつもありました。
そんな中で個人的に2021年で一番面白かった暗殺者ムービーは本作でした。
それが本作『ベイビーわるきゅーれ』です。
『ベイビーわるきゅーれ』は日本の映画。何か原作があるわけでもない、小規模公開のこじんまりとした作品でした。通常であれば大作の陰に埋もれて話題に全然あがらずに公開が終わっていく、多くの小さい映画の中のひとつで終わるはず。しかし、この『ベイビーわるきゅーれ』は公開されると口コミで話題が広がり、映画ファンの間でちょっとした注目の一作に。
とくに印象的なのは、普段はあまりこういうジャンル作品に手を伸ばさないような客層にも関心を持ってもらえているということでしょうか。日本映画界ではなかなか見られなかった現象ですね。どうしても暗殺者を題材にしたバイオレンス・アクション映画は「男性向け」という凝り固まった決めつけが、映画業界内にさえもしぶとく根付いているのですが、この『ベイビーわるきゅーれ』は女性層にも支持を受け、そんなステレオタイプをぶち破ってみせました。こういう先入観によるジャンルの硬直化を突破する作品が日本映画として生まれているのは嬉しい出来事だと思います。
物語は、暗殺者として日々仕事をしている2人の女子高生が主人公で、その設定自体は日本の作品ならばありがちなものなのですが、その気の抜けるような日常と登場人物の掛け合いが面白く、ツボにハマる人が続出。作品の方向性が完全に観客の心を掴みましたね。
世界観自体は、殺し屋が当たり前に社会にいる世界です。『ジョン・ウィック』と同じです。
『ベイビーわるきゅーれ』の良さはさっきも少し言及しましたが、バイオレンス・アクション映画は「男性向け」という固定観念に安易に沿っていないことだと思います。だからといって「女性向け」に作っているわけでもなく、あくまで「男性向け」なんていう図式にカチっと型入れるすることをしていないということです。例えば、こういう女子高生暗殺者を主人公にすると、これまでも頻繁に見られたのは「女子高生」というキャラクター性をフェティシズム的に利用した作品ですが、『ベイビーわるきゅーれ』はそんな消費的な側面はほぼなく、露骨な「male gaze」もない。なので不快感が無く、安心して作品にのめり込めるし、紹介もしやすいんですね。
日本にそういう作品が少ないからこそ、この『ベイビーわるきゅーれ』はニッチを突くことができ、話題性を獲得できたのだと思います。
監督は2016年あたりから活躍の目立つ“阪元裕吾”。2018年の商業映画デビュー作である『ファミリー☆ウォーズ』からそうですが、アクション&バイオレンスを主軸にした作品を手がけており、『ベイビーわるきゅーれ』は2020年の『ある用務員』に登場した女子高生暗殺者コンビを引っ張ってきて主役にしたような映画になっています。こういう自分のフィルモグラフィーの中であれこれと作品が連鎖して面白みを増していく感じは、オリジナルのインディペンデント映画ならではですね。“M・ナイト・シャマラン”も同じような創作スタイルで成功しているし…。
『ベイビーわるきゅーれ』の魅力の中心にいるのは2人の主演俳優。ひとりは、『鬼滅の刃』や『Fate/Grand Order THE STAGE -冠位時間神殿ソロモン-』などの舞台で活躍し、『ベイビーわるきゅーれ』が映画初主演となる“髙石あかり”。もうひとりは、スタントパフォーマーとして『キングダム』や『るろうに剣心 最終章 The Final / The Beginning』などでスタントダブルを務めている“伊澤彩織”。この2人の化学反応が素晴らしく、このコンビを成立させた時点で『ベイビーわるきゅーれ』は勝ち確定でしたね。
他には、『日本統一』シリーズの“本宮泰風”、お笑いタレント「ラバーガール」の“飛永翼”と“大水洋介”、劇団4ドル50セントの元劇団員でアイドルやモデルをしている“福島雪菜”などが共演しています。
とても見やすい映画ですし、「いつもは殺し屋がでてくる映画なんて手を出さないんだけどな」という人にこそオススメしたくなる作品です。
オススメ度のチェック
ひとり | :ジャンル好きもそうでない人も |
友人 | :友達に薦めたくなる |
恋人 | :ロマンス要素は無し |
キッズ | :残酷描写はそこまではない |
『ベイビーわるきゅーれ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):殺し屋だけど
「これ、可愛いなって思って…」
そう言って店頭ポップを取り出しながら、たどたどしく面接を受けるひとりの若い女性。「深川まひろさん…他になんか仕事やってるの?」と店長に聞かれますが、「配信…とか。本業はそれで…」と言うとその店長は鼻で笑ったような態度で「君も遊んでばっかじゃダメだよ。だいたい親御さんは何て言ってるの? 親御さんを大事にしなきゃダメだよ」と一丁前に説教をしてきます。
「週何回入れるのかな?」「週3くらいですかね」「深夜でも大丈夫?」「はい」「土日でも大丈夫?」
すると無言になる深川まひろ。「あ~…後で怒られればいいや」
そう言って、おもむろにカバンから銃を取り出して店長に向けてバン!と発砲。死体を前に平然と「写真とらなきゃ」とスマホで「ハイ。チーズ」とパシャリ。
裏から店内へ戻ると、店員が血気盛んに待ち構えており、ぶつぶつ喋りながらひとり納得する深川まひろはナイフで向かってくる店員たちと乱闘開始。ザックザクに刺しまくり、このハピネスマートのコンビニを戦場に変えました。全員を倒して、服が血で汚れたことを気にしながら帰ろうとすると、大物そうな店員がひとりやってきて「明日からのシフトどうすればいいんだよ。お疲れのところもう1戦頼むわ」と立ちはだかってきます。大柄の相手でしたが刃物を奪ってひと刺し。殲滅。
そのとき深川まひろの後ろから頭を殴ってきた生き残りが…。その瞬間にレジから銃で助け舟を出したのは…同業の杉本ちさとでした。「あれ、やられてた?」と揶揄ってくるのをテキトーに流します。「うちら殺し屋なんだから」
…という妄想でした。店長との面接中に意識が別のところにいっていた深川まひろ。うっかり店長の腕を掴んでねじ伏せてしまい、あえなく雇ってもらえないことに。
杉本ちさとのいるアパートの一室に向かいます。部屋には拘束されて弱々しく泣く男がいますが2人とも気にしません。杉本ちさとはバイトに行くと言い、去り際に杉本ちさとの銃を借りて男を射殺。
杉本ちさとは飲食店で働いていたものの、ワッフルのクリームの盛り付けに悪戦苦闘し、最終的には台無しにしてしまい、クビに。深川まひろも全然バイト先が見つかりません。
家に帰宅。深川まひろと他愛もなく談義。「うちら本業殺し屋なのになんでバイトしなきゃならないんだろうね」「バイト首になるし、増税するし、日本だめだわ」
こうなった理由は数週間前に遡ります。いつものように殺しの仕事を完了させた深川まひろと杉本ちさと。銃を愛用する杉本ちさとはいつも香水をたっぷりつけて火薬の臭いを消しています。
仕事を終えて報告を組織の窓口である須佐野にします。「田坂さんが死体処理の件で直接言いたいことがあると言ってました」と事務的な連絡を受けつつ、「高校を卒業したら一緒に暮らすことになってますけど、社会に出て働いてもらいます」と言われます。
事前に伝えられていたにも関わらずまるで聞いていなかったので寝耳に水だった2人はしょうがなく2人で共同生活を送ることに。問題は社会で働くことです。ずっと殺しの仕事しかしてこなかった2人にとって、普通の労働は慣れないことばかり。
その頃、仲間を殺されたことに怒る浜岡たちヤクザは、「かずき」と「ひまり」を送り込んで、殺し屋の手がかりを追いかけ始めます。
そんなことになっているとは知らない深川まひろと杉本ちさとでしたが…。
ずっと見ていたい2人の日常
『ベイビーわるきゅーれ』は暗殺者ムービーなので当然ながらアクション要素もあります。序盤のコンビに乱戦シーンから、終盤の銃撃&格闘の大激闘まで、アクションにおいても見ごたえはじゅうぶんです。もちろん予算的な問題はあるので、そこまで豪勢なことはできず、アクションの見せ方のボリュームもバラエティも少なめなのですが、そこはしょうがないところ。ただ、深川まひろを演じる“伊澤彩織”なんかはそもそもスタントパーソンなので、ポテンシャルがそのまま発揮されていて素直に映像としての気持ちよさがありました。
しかし、大方の人はこの『ベイビーわるきゅーれ』で夢中になるのはアクションをしていないあの主人公2人のどうってことはない日常のシーンなのではないでしょうか。逆にこの日常シーンが気に入らないならこの『ベイビーわるきゅーれ』も根本的に合わないでしょうし…。
作中でもこの2人の掛け合いが脈絡なく1コマ漫画のオチのように連発されていくのですが、これがなんとも味わい深くていい。ものすっごくありがちな会話を自然体でやっているだけなのに、そこに殺し屋業という要素がほんの少し混ざっていることのシュールさの出し方も絶妙です。日常と非日常のバランスを上手くとっていて、ありきたりなギャグで台無しにしないあたりのセンスは、“阪元裕吾”監督の得意分野なんでしょうね。このへんは日常アニメっぽい空気感です。
とくに自他ともに認める社会不適合者である深川まひろのキャラクター性が抜群ですね。アニメならまだしも実写でやると嘘臭くなるかなと思われかねない存在なのですが、“伊澤彩織”が本当に自然に演じていて何も違和感を感じない。戦いながらもボソボソと独り言がこぼれる感じもまたよくて…。「ああいうのはちょっとな~。ネコはいいですね、うらやましいぜ」と猫動画でほくそ笑む深川まひろに共感する人なんていくらでもいるでしょう。
他の女性キャラクターも良かったですけどね。対立するヤクザの浜岡ひまり(演じているのは“秋谷百音”)も負けじとクセが強いし、あのメイドカフェの姫子の貧乏関西キャラもなんか無性にツボに入る。
女性の殺し屋2人の関係性を軸にした映画と言えば、2021年はハリウッドでも『ブラック・ウィドウ』がありましたけど、『ベイビーわるきゅーれ』はそれを日本でやったらこうなりますというアンサーではないでしょうか。たぶん深川まひろは『ブラック・ウィドウ』のエレーナと友達になれる気がする(同じ波長があると思う)。エレーナ再登場の『ホークアイ』での、日常を送りながら殺し仕事もマイペースでやっていくスタイルとか、すごく似ているし…。
気の利いている安心設計
そんな主人公2人のずっと眺めていない日常の観察を邪魔しないという、気の利いている安心設計が『ベイビーわるきゅーれ』には搭載されているのも本作の良さ。
例えば、前述のとおり、こういう暗殺者映画で女子高生主役だとどうもフェチっぽい消費をされやすいですが、そういうのは皆無。というかこの2人、俗に言う女子高生っぽいシーンが全然ないです。学校の描写もないですし、本当にたた「女子高生」という表面上の設定があるのみ。
その2人を雇用している組織ですが、とくにこれといって支配的でもなく、平凡で事務的、もっといえばかなり親身に接してくれます。なので若い女性が搾取されている感じもしない。
ヤクザが登場すれば、そこに女性がいるとすぐに暴力(もしくは性暴力)の被害対象になるのが邦画の単純思考であり、そういうヤクザ映画を2021年も何度も見てきたわけですが、『ベイビーわるきゅーれ』はそれも無し。メイド喫茶に来店したあのヤクザ2人もケチャップ仁義に失敗してブチ切れた時はそのメイドたちを売り払おうとしますが瞬殺です。ヤクザの美学みたいにされがちな男社会もあっさり殺す。
深川まひろと杉本ちさとはしだいに仲違いするのですが、かといって女同士の争い合いになるでもない、やっぱり互いを想っている気持ちの再確認をちょこんと優しく描くだけで終わる。杉本ちさとに「ケーキくらいしか思いつかず」とたどたどしく敬語謝罪する深川まひろ。杉本ちさとは深川まひろ殺しを手伝ってとねだり、「1回だけだよ」と承諾する深川まひろ。微笑ましい…。
個人的に本作で一番良かったと思う安心感は、深川まひろというキャラクターを全然バカにしていないことですね。バイトなんてできなくても全然いいんですよという肯定感。「絶対に働かないぞ」とボソっと意思を固める深川まひろには素晴らしいエンパワーメントがありますよ。あの世界では殺し屋業は生活保護制度みたいになってるな…。
好評につき次回作も決定とのことですが、続編ではもうヤクザとは戦ったので次は税務署と戦ってほしいかな。税務署の中に殺し屋を殺す部署があるとか…そういうので。後は運転免許をとった深川まひろのぶつぶつ独り言カーアクションがあれば言うことなしです。
ROTTEN TOMATOES
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シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021「ベイビーわるきゅーれ」製作委員会 ベイビーワルキューレ
以上、『ベイビーわるきゅーれ』の感想でした。
Baby Walkure (2021) [Japanese Review] 『ベイビーわるきゅーれ』考察・評価レビュー