本気で愛して愛されたい…アニメシリーズ『私の推しは悪役令嬢。』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2023年)
シーズン1:2023年に各サービスで放送・配信
監督:大庭秀昭
LGBTQ差別描写 恋愛描写
わたしのおしはあくやくれいじょう
『私の推しは悪役令嬢。』物語 簡単紹介
『私の推しは悪役令嬢。』感想(ネタバレなし)
推しの多いあの悪役令嬢百合作品がアニメに
「悪役令嬢モノ」というジャンルがあります。
これはもともとひとつのキャラクター類型でした。少女漫画や乙女ゲームなどでは、主人公の女性の前に立ちはだかる悪役として令嬢が登場することがよくあります。だいたいはヒロインの恋路を邪魔する嫌な敵対者の役割であり、令嬢としての財力や家柄などを活かし、基本的に性格も我儘だったり、ストックキャラクターとして確立されています。
たぶん「マリー・アントワネット」などがそのキャラクターの源流にあるのだと思いますが、今やもっぱら日本のサブカルチャーの定番のキャラになっています。
そんな悪役令嬢を主役に据えたのが「悪役令嬢モノ」です。本来は敗北して破滅してしまう、いわば負け役のキャラをあえて主人公にし、物語の王道を覆そうとする…。そんなドラマが設定されることが多いです。
この「悪役令嬢モノ」が支持されるのは、純真なヒロインよりも現代の大衆にとって共感できるからなのか…。とにかく以前はニッチな市場なのかなと思っていましたが、いつの間にか一大サブジャンルとして今の日本でも大賑わいになりました。
アニメ業界だけ見ても、『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』(2020年)、『悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました』(2022年)、『悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。』(2023年)、『ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテと実況の遠藤くんと解説の小林さん』(2023年)、『悪役令嬢レベル99 〜私は裏ボスですが魔王ではありません〜』(2024年)、『ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する』(2024年)…。
傾向として「異世界転生モノ」のジャンルと組み合わせることが目立ち、ある意味では「異世界転生モノ」の派生型という感じで勢いが増しているのかな。
海外でも令嬢的な振る舞いをする『クルエラ』『ロザライン』などヴィランやライバルに位置する女性を主役にした映画などが製作される潮流はあるので、世界的なひとつのムーブメントなのかもしれませんね。
そんな中、今回紹介するのは絶好調の「悪役令嬢モノ」に乗っかるようなメタな構造を持つ作品です。
それが本作『私の推しは悪役令嬢。』。
“いのり。”によるライトノベルで、女性主人公は乙女ゲームの中に異世界転生し、そこで本来の恋愛攻略対象であるイケメンたちではなく、当初から推しているライバルの令嬢に恋をしていく…というファンタジーラブコメとなっています。
いわゆる百合作品なのですが、女性主人公が最初から令嬢を熱烈に好意的に推しているという姿勢と、この手の百合ジャンルに珍しく、同性愛のテーマにオープンに焦点を当てている率直で明示的な語り口が特徴です。単に女性同士の関係を素材にしているという消費的な軽さではなく、異性愛規範への問題提起も含め、レズビアンのアイデンティティに寄り添った物語の構図を持ち合わせています。
これができる百合作品とそうでない百合作品では、やはり大きな開きがありますよね…。
この作品の個性が支持され、数多の百合作品の中でも熱いファンが多いです。今を象徴する次世代的な百合作品のひとつと言えるかもしれません。
その『私の推しは悪役令嬢。』が2023年にアニメシリーズ化され、当然ながら原作からのファンの注目を集めましたし、溢れる「悪役令嬢モノ」アニメ群の中でも突出した個性を放つことになりました。
今まで「悪役令嬢モノ」を見たことがない…「異世界転生モノ」を見たことがない…百合作品自体を見たことがない…そういう人でも本作は最初の一歩にちょうどいいかもしれません。こういうアニメなどのサブジャンルをあまり見ない人でも適度な入り口になるんじゃないでしょうか。
なお、以下の後半の感想は、あくまでアニメだけを前提に感想を書いており、原作には触れていませんのであしからず。
『私の推しは悪役令嬢。』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :新しくファンに |
友人 | :好きそうな人に推薦 |
恋人 | :同性ロマンス主軸 |
キッズ | :過度な暴力描写なし |
セクシュアライゼーション:わずかにあり |
『私の推しは悪役令嬢。』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):推しの悪役令嬢
王立学院を舞台に3人の王子様との恋を楽しむドラマチックな恋愛シミュレーションゲーム『Revolution』。大橋零にとって、その乙女ゲームでの自分の推しはイケメン王子ではなく、クレア=フランソワという令嬢でした。ライバルである主人公を虐め、最後には逆転される意地悪なお嬢様。いわゆる悪役令嬢です。
中小企業に務める大橋零は、残業を終えてひとり部屋で正座して趣味のゲームに没頭していました。しかし、ふと世界が変わります。
目を覚ますとそこはいつもの自分の部屋ではありません。朦朧としながら「平民風情が私と机を並べようなんて身のほどを知りなさい!」とのキツイ声が自分に浴びせられます。見渡すとあの乙女ゲームの世界観そのままな講義室に座っていました。制服もキャラクターもみんな知っている…。そして目の前にいるのは…あのクレア=フランソワです。
「クレア様、私の名前、覚えていらっしゃいますか?」「バカにしていますの? レイ=テイラーでしょう」
レイはゲーム開始時に入力した名前です。これは異世界転生なのだと状況を把握し、開口一番、レイは「好きです」とクレアの手を握り、目を輝かせながら「私はクレア様が大好きです!」と言い放ちます。
クレアは驚きながら身をひき、「あなた一体何を言ってますの!?」と困惑。「何って単にクレア様が大好きなだけですけど」「ふん!取り入ろうとしても無駄ですわよ。私は平民なんかに少しも心を許したりしませんから」
そう厳しく言われても「可愛いな~」とレイはニヤニヤ。その反応にクレアは「何なんですの、この人…」と不気味に怯えます。
「クレア様は私のこと嫌いですよね?」「当たり前ですわ」「それでOKです。今後もどんどんいじめてください。ばっちこいです!」
ますますドン引きするクレア。この学院生活の始まりを楽しむ気満々なレイ。レイはバウアー王立学院にて平民の特待生という設定になっています。
クレアはゲームどおり案の定いじめてきます。廊下を歩いていると背中を突き飛ばされ、罵倒。でもレイは大喜び。「そんじゃそこらのイジメっ子とは格が違います!大好きです!もっと強く踏んでください!」
ルームメイトのミシャ=ユールはレイを心配しますが、レイは「クレア様はイジメても一線は越えないんだ」と常に自分の手を汚す姿に惚れていると説明。「あの人間臭さが可愛くてたまらないんだよ」
そんな2人の周囲にはゲームであれば本来の恋愛攻略対象である、ロッド=バウアー、セイン=バウアー、ユー=バウアーがいました。バウアー王国の王子です。
レイにとっては興味のない男たちですが、クレアはセインに好意があると知っています。
レイの自由気ままな振る舞いのせいでセインの前で恥をかいてしまったクレアは「こうなったらあなたが泣いて屈服するまでいじめ抜いてみせますわ!」と宣言。
今後行われる学院の試験で勝負をすることになりますが、レイはゲーム周回やりこみ勢なので楽勝です。しかも、主人公スペックとして特殊な魔法力を持ってもいます。
こうしてクレアとの時間を堪能しますが…。
この世界で解放されること、されないこと
ここから『私の推しは悪役令嬢。』のネタバレありの感想本文です。
『私の推しは悪役令嬢。』の主人公であるレイ=テイラー(大橋零の転生後)は物語開始時点から自由気ままにゲーム世界を謳歌しています。
クレアにいじめられてもへっちゃらで、見てくれはドMそのものなのですが、この言動にはちゃんと人生背景に基づく理由があります。
現実世界でのレイはどうやら労働にくたびれ、メンタルを大きく疲弊させていたことが察せられます。そのレイにとってゲームが唯一の逃げ場。そしてついにそのゲームの世界に迷い込み、現実から解放されて一気に気分爽快となっています。つまり、現実ではこんな振る舞いは当然してないのでしょう。
現実で不平等な構造に実は苦しんでいた若い女性が“何かしらのファンタジーな存在や出来事”によって初めて対等な機会を会得するというのは、『デキる猫は今日も憂鬱』などでも見られた構図ですね。
『私の推しは悪役令嬢。』の場合はそこにセクシュアリティがさらに深く関わってきます。
レイは第3話にてミシャから「同性愛者なのか」と聞かれ、「たぶんそうだと思う」と素直にカミングアウトします。この場面では、異性愛者だと現時点では自認するクレアの同性愛への偏見や、「好きな人がたまたま女性」みたいなレトリックの問題点を指摘するだけでなく、レイの心境と姿勢が明らかになります。
レイはクレアについて「近くにいられるだけで幸せ」で「結ばれることではなく幸せにすること」に生きがいを感じています。でもこれは妥協であり、「好きになった瞬間から遠い」「茶化して笑い飛ばしていないとやっていられない」とも自覚しています。
要するに、レイは現実の異性愛規範に浸ることですっかり消極的になっている当事者の典型です。日本という同性結婚が法制化されていない社会に生きる同性愛当事者の多くなら痛感できる苦しさです。
残念ながらこのゲーム世界にも異性愛規範が存在します。それをゲームシステムとして可視化することでわかりやすくしているのが本作です。レイはクレアを恋愛対象にすることがシステム上で許されていません。
なのでレイはこのゲーム世界でも完全に解放されたわけではないんですね。「好きです!」と屈託なく言えるのはゲーム内だからですけど、以前として苦しみは引っかかり続けます。そのゲーム世界での当事者としてマナリア=スースも登場し、その苦悩は生々しく吐露されます。
攻略打倒すべきはシステムにある
こうやって異世界転生ラブコメの枠をなぞりつつ、『私の推しは悪役令嬢。』は視聴者にクリア目標を丁寧に提示します。好きなキャラとラブラブになってゲームプレイしておしまい!…ではない。推し活をするだけでは終わらない。攻略・打倒すべきはシステムにあるんだ…と。だからこのゲームのタイトルも『Revolution』なのだろうし…。
アニメシリーズの第1期ではこのシステム打倒は描かれませんが、平民運動に身を投じる人たちなどのその片鱗は映し出されます。
方向性としては『ウエストワールド』ですね。異世界転生で異性愛規範のシステムに抗うという仕掛けはアニメだと最近の『転生王女と天才令嬢の魔法革命』とも同じ。海外作だとアメコミの『グウェンプール』もメタな世界観の客観視の中でセクシュアリティへの向き合いかが描かれます(こちらはアセクシュアルだけど)。
アニメ『私の推しは悪役令嬢。』では最終話で、レイはようやく「私をあなたのパートナーにしてくださいませんか」とクレアに告げることで、メイドではない、対等な間柄に向けた一歩を踏み出します。
こんなふうにドタバタコメディに見えて、結構丁寧な積み重ねをする作品です。
現状、貧富や階級の批評についてはかなり大雑把なところがあるのは否めないですが…。ふわふわした恋愛シミュレーションゲームかと思えば、実は殺伐とした格差社会をも映し出す本作ですが、このあたりのクレアの特権性自覚の物語はまだ道半ばです。
個人的には、第7話でロロ皇国という中東ムスリム風の国家の皇太子がお邪魔キャラとして人種的ステレオタイプな悪役で描かれているあたりがちょっと残念です。そもそも本作のキーキャラクターである推しの悪役令嬢のクレアという存在自体が「オクシデンタリズム(西洋崇拝)」として機能している面が否めないので(オクシデンタリズムの問題点は『江戸前エルフ』の感想でも説明済み)、ロロ皇国をああやって描くと余計に白人至上主義感がでるのだと思います。
あと、レーネとランバートのオルソー妹兄が血縁関係ながら恋愛感情で密かに結ばれていて、ある事件を引き起こしますが、あそこでレイから同性愛と兄妹間の恋愛をタブー視される愛として並列に語るようなセリフがありますけど、さすがにその2つは歴史的にも構造が全然違うので等価で扱うべきではないのでないかなとも…(タブーという概念でマイノリティをひとくくりにするのはたいてい何かと問題ありですよ)。
そんなアニメの描写の不満点も挙げましたけど、原作はまだまだドラマチックに拡大していくので、アニメももっと続いてほしいですね。『私の推しは悪役令嬢。』の推せる真価はこれからです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
日本のアニメシリーズの感想記事です。
・『私の百合はお仕事です!』
作品ポスター・画像 (C)いのり。・愛中出版・一迅社/わたおし製作委員会 私のおしは悪役令嬢
以上、『私の推しは悪役令嬢。』の感想でした。
I’m in Love with the Villainess (2023) [Japanese Review] 『私の推しは悪役令嬢。』考察・評価レビュー
#異世界