カミングアウトよりも恋がしたい…映画『クラッシュ 真実の愛』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にDisney+で配信
監督:サミ・コーエン
恋愛描写
クラッシュ 真実の愛
くらっしゅ しんじつのあい
『クラッシュ 真実の愛』あらすじ
『クラッシュ 真実の愛』感想(ネタバレなし)
配信、始まってました
いきなり唐突に配信開始するの、やめてくれませんか、ディズニーさん…。
という、のっけから文句で始まりました、今回の感想。
何の話かと言えば、この映画『クラッシュ 真実の愛』です。
経緯を説明すると本作『クラッシュ 真実の愛』、原題「Crush」という映画はアメリカでは「Hulu」で2022年4月29日に独占配信されることが各メディアで伝えられていました。
となると日本ではどこでいつ観られるのかという話に。最近は日本の「Disney+(ディズニープラス)」は「STAR」というラインナップが加わり、本国「Hulu」の作品も続々と配信開始しているので(日本の「Hulu」は日本テレビ傘下なので別物)、きっとこの『Crush』という映画もそのうち「Disney+」で配信されるのではないか…そんな予想もできました。ただ絶対にそうなるわけでもなく、保証は何もないのですが…。
日本の「Disney+」は一応は各月の末に「来月の配信作品ラインナップ」を発表しており、それでだいたい来月にはどんな映画やドラマが配信されるのかわかります。独占配信作品なんかはそこでアピールされて、日本のウェブメディアも取り上げたりするわけです。
ただ、この『Crush』は日本の「Disney+」の「4月の配信作品ラインナップ」にはリストされていませんでした。当然そうなると「あ、日本ではアメリカと同時に配信はしないんだな…」と思うでしょう。
そしたら4月29日にしれっと『クラッシュ 真実の愛』の邦題で配信しましたよ。
…いや、百歩譲って直前で決定してドタバタしていたから事前に「4月の配信作品ラインナップ」に加えられなかったとしても、何かしらの告知とか宣伝はできたでしょうに…。せめてメディアに通知とかすればいいのに…。どの日本の映画データベース系のサイトにも載ってないよ…これじゃあ映画が実在しないのと同じなんですよ…。
日本のディズニーのやる気ない仕事には私も怒り心頭ですが、それはさておき『クラッシュ 真実の愛』の話題です。
本作は一部の日本のファンには注目されていましたし、待望だったのではないでしょうか。なぜなら本作は青春学園モノですが、女子高校生同士のロマンスを描いた作品だからです。これまでは男子高校生同士のロマンスを描いた映画はいくつもあったのですが、いわゆるサフィックな映画は全然なくて…。『クラッシュ 真実の愛』はレズビアンの女子とバイセクシュアルの女子の恋を描く物語。やっときました。
原題の「Crush」というのは、口語で「片想い」とか「夢中になっている人」という意味です。それにしてもまた文句になっちゃうけど日本語タイトルの「真実の愛」という副題はなんなんだ…。別にそんな重々しい内容ではないぞ…。
本作はまだまだ特筆点があります。そのひとつは「カミングアウトが主題になっていない」ということ。こういう若い人を描くクィアな物語だとどうしても自分が性的少数者であると親や友人に告げるカミングアウトが大きなイベントとして描かれがち。けれども本作はカミングアウトは全く持ってメインで描かれずサラっと回想で他愛もないことのように流れるだけ。主人公の周りはとにかくアライな人たちばかりなので、そういう葛藤や不安はゼロな世界観なのです。
ゆえにセクシュアル・マイノリティだからイジメを受けたり、差別を受けるという描写も一切ありません。そのため当事者にとって非常にストレスなく観れると思います。
そして主要な出演者がしっかり当事者を起用しているのもスゴイです。従来のLGBTQの青春学園モノは当事者ではない人がセクシュアル・マイノリティを演じていることもあって最近はいつもマジョリティな俳優自身が「私はLGBTQを支持します」と表明してそれなりの体裁を保つのが定番でしたが、当事者起用ならそんなまどろっこしい態度も必要なし。「LGBTQを演じるのためにこんなことを参考にしました」なんてエピソードももう聞き飽きましたしね。
『クラッシュ 真実の愛』でメインキャラクターを演じるのは、“ローワン・ブランチャード”(本人はクィアと公表)と、“アウリィ・カルバーリョ”(アウリイ・クラヴァーリョ;本人はバイセクシュアルと公表)の2人。双方とも“ローワン・ブランチャード”はドラマ『ガール・ミーツ・ワールド』で有名になり、“アウリィ・カルバーリョ”は『モアナと伝説の海』でデビューしたので、ディズニー育ちの若手です。
他にはドラマ『Love, ヴィクター』の“イザベラ・フェレイラ”、ドラマ『私の”初めて”日記』の“タイラー・アルバレジ”、ドラマ『All Night』の“ティーラ・ダン”、ドラマ『ふたりは友達? ウィル&グレイス』の“メーガン・ムラーリー”など。
監督は“サミ・コーエン”という人で、『クラッシュ 真実の愛』が長編映画監督デビュー作となります。
『クラッシュ 真実の愛』は前向きなエネルギーをもらえる手頃な映画です。全然宣伝されてないけど(まだ怒ってる)、ぜひ気づいて鑑賞してみてください。
『クラッシュ 真実の愛』を観る前のQ&A
A:Disney+でオリジナル映画として2022年4月29日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :クィア映画を探しているなら |
友人 | :青春映画好き同士で |
恋人 | :女性同士のロマンスに浸って |
キッズ | :子どもでも観やすい |
『クラッシュ 真実の愛』予告動画
『クラッシュ 真実の愛』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):あの人が好きだけど
ペイジ・エヴァンスはカリフォルニア芸術大学(通称「カルアーツ」)の夏季コースにどうしても参加したいと考えていました。芸術が好きな女子高校生であるペイジにとっては夢の学びの世界です。しかし、ウェブサイトを確認すると課題として幸せな瞬間を題材にしたビジュアル・エッセイが必要とのこと。
そんな幸せなんて自分には…。それでも考えてみます。母親にゲイだとカムアウトしたときはどうか。ペイジの母はいつも味方です。あっさり受け入れてくれたのでそんなに感動のドラマはありません。
今日も母親は部屋にやってきて、暗闇で光るデンタルダムを見せてくれます。「アソコが優しく光って可愛いの」とご満悦。「私の時は光るコンドームを利用していた」と頼んでもいないのに自分の若かりし頃の性生活を語りだす始末。
ペイジはうんざりしながらも、つい相手がいるような口ぶりをしてしまったので、母はそっちに関心が…「相手は近所のコリーン?」「そんなのクィアのコミュニティでは使わないから!」…母は協力的すぎるのが玉に瑕です。
ソウルメイトで何でも話せる親友のディロンと学校に向かいます。もちろんディロンにも幼い頃にカムアウトしており、反応は超平凡でした。エッセイの話をすると、「カムアウトの感動話だと陳腐だぞ」と苦言を呈し、「ガブリエラへの恋心を書くつもりか」と言ってきます。
そう、ペイジはガブリエラ(ギャビー)という女子に幼い頃から惚れていました。片思いです。でもガブリエラは今や学校一の人気者。地味な自分には手が届かない…。
ミラー高校に到着すると落書きが注目を浴びていました。最近は学校であちこちにグラフィティが突如出現し、キングパンと呼ばれる謎の人物が描いていると噂になっていました。正体は不明です。
ディロンは生徒会長選挙にでる予定で、今の生徒会長であるステイシーという彼女と交際しています。廊下でもアツアツに堂々とキスする2人。
ディロンとステイシーはペイジの恋人探しに意見してくれます。「レズビアンのシャンタルはどう?」「エリンは?」「アヤは?」「エイミーは?」
そこにガブリエラの登場。やっぱり彼女がいい。そんなガブリエラの後ろには妹のAJがおり、いつも姉の陰に隠れがちでした。AJもバイセクシュアルらしいですが…。
ペイジは急にコリンズ校長に呼ばれます。「キングパンはあなたね」とズバリ言われ、「私じゃないです」と否定するも停学にされそうになります。美術室の鍵は確かに自分が持っているけど…。これではカルアーツに行く夢が消える。といっても優等生でもないペイジはそもそも行けるか不透明。そこで思いつきで陸上部に入りますと宣言してしまい、そこでキングパンの正体を突き止めるとも言い放ってしまい、結果、学期の終わりまでに見つけないといけないことに。
陸上部はディロンとステイシー、それにガブリエラとAJがいるところ。運動はそんなに得意ではないペイジでもガブリエラの傍にいられるなら有頂天。
そんな調子で大丈夫なのか…。
次世代のクィアな青春学園モノ
『クラッシュ 真実の愛』は2010年代ですらもない、2020年代らしい次世代のクィアな青春学園モノ映画でした。
前述したとおり、カミングアウトを主題にしていないのが潔くていいですね。それは本作の冒頭でもハッキリ示されます。ペイジの母へのカミングアウト話は超あっさり味。友人のディロンにも「私、女の子が好きなの」「僕も」でおしまい。葛藤ゼロ。開幕終了。そこには「カミングアウトを大仰にドラマチックに描くのはもうダサいだろう」というイマドキなZ世代的感覚もあって…。
もちろん『Love, ヴィクター』とか『HEARTSTOPPER ハートストッパー』とか、カミングアウトを丁寧に描く青春学園モノもまだ大切だとは思います。でもそればかりでなくてもいいだろうというスタンス。それはそのとおりだと思います。ワンパターンも飽きてきますから。
そんな中、“メーガン・ムラーリー”演じる母親の描写も面白おかしく、このお母さんは要するに“アライすぎる”ところがユーモア・ポイントで、こういう笑いの在り方もなんだかほっこりする。娘を持つ母なんてただでさえ貞操を守らねばと厳格になりそうなのに、この母親はいたってフリーダム。セックス・ポジティブすぎる母というギャグは新鮮で楽しいです。
全体的にクィアを普通に平凡なものとして扱ってくれているので安心感がある本作(この安心の居心地は当事者じゃないとわからないかも)。それを単なる“良きこと”で片付けず、ちゃっかり笑いに変えるのはアメリカの王道コメディの持ち味です。
遠征で指導教師が「男部屋と女部屋に分かれなさい。半分以上はクィアだと思うけど」と投げやりに言う感じとか、短距離走のコースを「ストレートすぎる」とクィア学生が揶揄ったり、目立たないAJを文字どおりの「バイセクシュアル・イレイジャー」としてコメントしたり…。随所にクィアだからわかるギャグの目白押し(逆にクィア文化を知らない人が本作を観たら、どこまで理解しているんだろう?)。
バイセクシュアルのアイコンとしてフリーダ・カーロ(メキシコの画家でバイセクシュアルでした)に言及したり、クィア・カルチャーをちゃんとわかっている人が作った青春学園モノのドラマだなと実感できる作品だったと思います。
地味なクィア・ライフを応援
『クラッシュ 真実の愛』のメイン・ストーリー部分は基本はシンプルです。斬新さはありません。
キングパンの正体もたいていの観客はすぐにAJだと推察できます(物語展開上、他にいないでしょう)。もう少しあり得そうな候補を用意しておけばいいのにとも思わなくもないですが…。
あえてこの『クラッシュ 真実の愛』のストーリー面での特徴を挙げるなら、学校でそんなに目立たない位置にいる、いわば日陰者の2人の恋愛物語だということ。ペイジは美術が好きなので文系の日陰者で、一方のAJは運動部系の日陰者です。あのパーティーの居場所のなさそうに過ごしている感じとかね…。ともに目立たない奴同士が恋をするも、別にイケてる側に変身したいわけでもない、というよりはそうならなくても地味なりに恋できる。そういう姿を描くのは大切だなと思います。
ただでさえレズビアンはどうも目立ってなんぼという強烈さが重視されたりすることもある。まあ、これはクィア界隈全体がそういう傾向かもしれません。そうではなくひっそり自己表現できる人間でもいいんだという肯定感をこの『クラッシュ 真実の愛』は描いてくれています。
それと対比させるようにディロンとステイシーのストレート(異性愛)・カップルはやたらとわかりやすいくらいにベッタベタに目立つ愛の表現をしており、そこは皮肉込みの描き方なんでしょう。母親のセックス・ポジティブ推しすぎる感じとかも、そういうことかな。無理にポジティブになりすぎなくてもいいという…。
『クラッシュ 真実の愛』は、地味なクィア・ライフを応援してくれる映画にも思いましたね。
でも本編に関係ないことでふと思ったのですけど、これでレーティングが「15+」なのか…なんか厳しすぎるんじゃないですか? セックスプレジャー・グッズがちょろっとでてきたくらいなのに…。
LGBTQ作品はレーティングがキツく見られている疑惑が深まるなぁ…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 76% Audience 89%
IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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・『ラフィキ ふたりの夢』
・『ユンヒへ』
・『ハピエスト・ホリデー 私たちのカミングアウト』
作品ポスター・画像 (C)Disney
以上、『クラッシュ 真実の愛』の感想でした。
Crush (2022) [Japanese Review] 『クラッシュ 真実の愛』考察・評価レビュー