ディズニーは味方なんですか?…「Disney+」アニメシリーズ『ムーンガール&デビルダイナソー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年~)
シーズン1:2023年にDisney+で配信
シーズン2:2024年にDisney+で配信
原案:スティーヴ・ローター ほか
恋愛描写
むーんがーるあんどでびるだいなそー
『ムーンガール&デビル・ダイナソー』物語 簡単紹介
『ムーンガール&デビル・ダイナソー』感想(ネタバレなし)
最も面白いのに注目度の低いマーベル作品
映像作品における「表現の自由」を語るなら、まず何よりも「キッズアニメ」を観るべし。これは間違いなくそうだと私は思います。
なぜならこうした小さい子どもを視聴者対象としたアニメというのは真っ先に保守的な勢力から「これは子どもには不適切だ」という口実で表現を規制する圧力に直面しやすいからです。逆に言えば、こうしたキッズアニメの中で社会問題などをしっかり描けるというのは、そこに表現の自由があるという証左でもあります。
2024年11月、アメリカは政治的に大きな激震がありました。それはアメリカ、いや世界中にも波及するであろう(おそらく陰惨な)変化の発生点になるでしょうが、表現の自由にも無視できない影響を与えると推察されます。
そんな中、非常に残念な先例ができてしまいました。
その現場となったのが本作『ムーンガール&デビル・ダイナソー』です。
どういう出来事があったのかは思いっきりネタバレになるので後半の感想で書くことにします。ひとまずは忘れて、この作品の魅力を紹介しましょう。本作はとても面白いです。子どもだけでなく、大人も楽しめるほどに…。
『ムーンガール&デビル・ダイナソー』はマーベルのコミックが原作になっています。具体的には「ムーンガール」というヒーローと「デビルダイナソー」という恐竜のキャラクターを主人公にしたものです。
「ムーンガール」は、2015年に初登場した比較的新しいスーパーヒーローです。もともと過去に存在した「ムーンボーイ」というキャラが原点になっており、ただし、単に性別を変えた以上に大幅に再構築されたキャラになっています。ハイチ系の黒人の女の子で、マーベルの世界において最も科学面で賢い人物のひとりとされています。
「デビルダイナソー」は、アメコミの伝説的クリエイターである”ジャック・カービー”が1978年に最初に登場させたキャラです。初期の原作コミックは1年も続かずに短命で終わったのですが、その後に別コミック内でゴジラと共演したりもしたなかなかに凄い奴です。初期はムーンボーイと組んだ登場でしたが、前述したムーンガールと組んだ新しいコミックが始まり、そちらが今回のアニメの原作になっています。
マーベルと言えば、「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」と呼ばれる巨大なクロスオーバー・シリーズを映画&ドラマで盛大に展開中ですが、本作『ムーンガール&デビル・ダイナソー』は無関係です。でもマーベルの世界であることには変わりないので、おなじみのマーベルのキャラクターも脇でちょこちょこ登場します。
マーベルのアニメシリーズというと最近も『X-MEN ’97』がありましたが、アダルトアニメではなく完全にキッズ向けになっています。
しかし、キッズ向けと侮るなかれ。アニメーションの質は高く、映像のみならず、ストーリー、キャラクター、音楽とどれも良質で、私は2020年代のディズニーのアニメシリーズ群の中ではトップクラスの一作だと思います。
映像表現に関しては『スパイダーマン スパイダーバース』を相当に意識していると思われ、コミック的な演出をアニメに上手く落とし込んでいます。
また、黒人家族を主体にした作品ということで、アニメ『全力!プラウドファミリー』と同じような系譜で、非常に人種的な多様性を意識したレプリゼンテーションになっているのも見どころのひとつ。そこにLGBTQ表象も自然に盛り込まれています。
絵柄も可愛く親しみやすいです。個人的にはデビルダイナソーがたまらなく可愛すぎる。ディズニーのプルートみたいな無邪気な仕草がいっぱいで、私も家の地下に恐竜を飼いたくなる…(地下ないけど…)。
2023年から始まったアニメシリーズですが、お世辞抜きで今最も面白いマーベル作品は『ムーンガール&デビル・ダイナソー』なんじゃないかな、と。
「Disney+(ディズニープラス)」で独占配信中で、気軽に観れるのでぜひ。
『ムーンガール&デビル・ダイナソー』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 小さい子ども向けの作品なので、安心して見せられます。 |
『ムーンガール&デビル・ダイナソー』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
13歳のルネラ・ラファイエットは今日もニューヨークのロウアー・イースト・サイド(LES)を駆け回っていました。顔なじみの人たちに囲まれ、ルネラ自身のこの街が大好きです。
家に帰ればルネラには、母のアドリア、父のジェイムズ・Jr、祖父のポップス、祖母のミミが待っています。仲の良い家族です。
ローラースケートを楽しめる「Roll With It」が家族のビジネスで、ルネラもよく手伝います。しかし、突然の停電で台無しになってしまいます。返金しないといけないので家計は圧迫されます。家族はトラブルにも挫けずたくましいですが、何かしてあげたいです。
ルネラは天才的な頭脳の持ち主であり、独自の発電機を発明してこの電力問題を解決しようと考えていました。自分の部屋から行ける地下の秘密の発明部屋があるのです。
そしてさっそくそこにあった装置をいじくって動作させますが、それはポータルジェネレーターとして機能してしまいます。さらにその異空間からとんでもないものが現れました。それは…巨大な恐竜。ティラノサウルス? でも角があって全身が赤いです。その恐竜は地下道を通ってどこかへ行ってしまいます。そして街を闊歩します。
ルネラは急いで追いかけ、ホットドッグをあげると懐いてくれました。その姿を学校の同級生でもあるインフルエンサーのケイシーに撮られます。そこへ謎の電気の怪しい人影。もしかしてあれが停電の犯人なのかもしれない…。
ルネラは考えます。私たちの頭脳とパワーが揃えばスーパーヒーローになれるのではないか。そんなことを考えているとケイシーが家に来ます。知られてしまった以上、秘密基地に案内します。ケイシーの助けも借りて、ルネラはヒーローコスチュームを作成。あとはヒーローネームだけ。ルネラはムーンガールという名前を名乗り、恐竜にデビルダイナソーと名付けました。
こうしてヒーロー活動の開始です。手近の悪者を対峙していると、アフターショックという電気を操る悪者に遭遇。それは新しい科学の先生であるディロン先生が正体でした。
ヒーローとしての自信を無くすルネラは、デビルダイナソーをポータルの元の場所に返そうと背中を押します。しかし、あのアフターショックと再戦中にデビルダイナソーが助けにきてくれます。こうしてアフターショックを倒し、停電を解決して街のヒーローとして認知されました。
ムーンガールとデビルダイナソー、このコンビはここから始まります…。
シーズン1:ヒーローは成長に忙しい
ここから『ムーンガール&デビル・ダイナソー』のネタバレありの感想本文です。
『ムーンガール&デビル・ダイナソー』は各エピソードは基本の流れがあり、主人公のルネラが悩みを解決したかったり、ヴィランを倒そうとしたりして、何かしらの発明をし、それが失敗したり、上手くいかなかったりしながら、毎度の教訓を学んで成長していく…。非常に思春期モノと空想SFを適度に織り交ぜたバランスの良さがあります。『ドラえもん』とほぼ同じアプローチですね。
13歳ということもあって、ルネラが直面する思春期の悩みはどれも等身大でよくありがちなものばかり。負けず嫌いすぎるとか、ネット荒らしが気になるとか、トラウマをどう乗り越えるかとか…。無駄な時間を飛ばせる発明をして逆に時間に翻弄される第9話のエピソードなんてちょっとホラーです。
超優秀な科学的才能があるといっても年相応の普通の子であり、学校のバレーボール組の子たちを前には完全にオタク特有のパニックがでたりと、どこの世界でも科学っ子は体育会系の子が苦手なんだな…。第7話のお泊り会入れ替わり事件はコメディのテンポも良くて面白かったです。
同時にルネラの人種的アイデンティティを濃く反映したエピソードもいくつかあって、例えば、自分の癖の強い髪が嫌いになってサラサラにする発明を試みて髪の毛に自我が芽生えてひとりでに動き出す展開。黒人女性にとっての髪の問題をユーモラスに表現していました。
また、地元のジェントリフィケーションへの抗議が描かれる第11話。プロテストこそヒーロー活動であり、声を奪われてなるものかという力強いメッセージが刺さります。DJ兼活動家というルネラの母の存在感がいいですね。
そしてデビルダイナソーもしっかり葛藤を重ねています。ハムスターに嫉妬したかと思えば(オープニングさえ居場所を奪われるかもという不安がまた笑えるけど)、自身の体の大きさに嫌悪感が生じて小さくなることを望んだり…(まさかの恐竜でボディポジティブを描くとは…)。
悩んでいるデビルダイナソーには申し訳ないけど、その姿すらも全部可愛いんですよ…。
そんなルネラを引っ掻き回すトリックスターである変幻自在の宇宙次元的存在のビヨンダー。“ローレンス・フィッシュバーン”が陽気に声を担当しているのですが、こちらも良い味が出ていますね。私はこういう超越的なキャラが好きなので、観ていて楽しいです。実際に目の前に現れたら鬱陶しいことこのうえないでしょうけども。
シーズン2:その前に検閲問題
『ムーンガール&デビル・ダイナソー』はLGBTQ表象をメインキャラでやっているわけではありませんが、シーズン1の時点で脇のキャラでさりげなく登場させており、近年のキッズアニメではかなり手広い包括性がありました。
ルネラのヒーロー活動におけるサポート・パートナーとなるケイシー(プエルトリコ人とユダヤ人のルーツ)は、一瞬だけですが2人の父が映し出され、ゲイ・カップルの子であることが示されます。
バレーボールチームに所属するタイはノンバイナリーで(声を演じているのもノンバイナリー当事者の“イアン・アレクサンダー”)、わざわざ「they/them」などと各メンバーの代名詞がシーズン1の12話で表示されるあたり、曖昧にせずに明確な作り手の姿勢が現れていました。
そしてシーズン2。もっと寄り添うエピソードが登場しました。それはシーズン2の「The Gatekeeper」というエピソードでした。
このエピソードでは、バレーボールチームのキャプテンのブルックリンがトランスジェンダーであることがハッキリ示されます(声を担当しているのはトランス&ノンバイナリー当事者の“インディア・ムーア”)。シーズン1でもトランスジェンダー・フラッグが持ち物に一瞬映るので「そうなのでは?」と考察されていましたが、このエピソードでは明示されます。しかも、相手チームのコーチからトランスジェンダーであるゆえに試合から外すように指摘され、その偏見と闘うという、女性スポーツにおけるトランス女性アスリートの排斥を直球で描くものでした。
アニメ『デッド・エンド:ようこそ!オカルト遊園地へ』のようにトランスの子を主人公にしたものを除けば、この『ムーンガール&デビル・ダイナソー』はエピソード単体レベルとはいえ、かなり真正面からトランスジェンダーの物語に踏み込んでくれている快挙な作品だと思います。
ところがこのエピソードは2024年に放送されずに飛ばされてしまいます。それを11月に製作アニメーターのひとりが暴露し、2度目の大統領の座が決まったドナルド・トランプが押し進めてきた一連のトランスフォビアなキャンペーンの圧力に屈したからだと非難しました(The Mary Sue)。
トランプ勢力は「トランスジェンダーはイデオロギーにすぎなく、社会的な流行だ」と主張し、「子どもが学校で性別適合手術を受けさせられる」などと事実に反する発言を繰り返してきました。
おそらく製作陣はあのエピソードを作ることはしっかり意思表示をしたかったのだと思います。世界のあちこちでトランスの子たちがイジメを受けたり、暴力を受けたり、自死に追い詰められる今の時代だからこそ…「自分たちは子どもの味方なんだ」と…。
トランスジェンダーのエピソードだけを非公開対象としたのはあからさまであり、どう理由を言い繕っても検閲とみなされるものです。今回のディズニーの態度は「子どもの味方であることを放棄した」と批評されても仕方のないことですし、企業として権力に忖度した姿勢は批判され続けるでしょう。後でひっそり公開しても責任は消えません。ディズニーはレインボープライドなグッズを売る資格もないです。
何よりも『ムーンガール&デビル・ダイナソー』はディズニーの上層部に決定的に欠けている正しさと責任の大切さを真っ直ぐ描いていました。13歳の子からディズニーも学ぶべきではないですか?
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)
関連作品紹介
多様なジェンダー・アイデンティティやジェンダー表現を描く子ども向けアニメシリーズの感想記事です。
・『スティーブン・ユニバース』
・『デンジャー&エッグ なかよし2人のおかしな大冒険』
作品ポスター・画像 (C)Disney ムーンガール&デビルダイナソー
以上、『ムーンガール&デビル・ダイナソー』の感想でした。
Moon Girl and Devil Dinosaur (2023) [Japanese Review] 『ムーンガール&デビル・ダイナソー』考察・評価レビュー
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