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『セイント・フランシス』感想(ネタバレ)…6歳と語る生理、中絶、そして劣等感

セイント・フランシス

6歳と語る生理、中絶、そして劣等感…映画『セイント・フランシス』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Saint Frances
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2022年8月19日
監督:アレックス・トンプソン
性描写 恋愛描写

セイント・フランシス

せいんとふらんしす
セイント・フランシス

『セイント・フランシス』あらすじ

ブリジットは34歳で独身、大学も1年で中退し、レストランの給仕として働いている。自分では一生懸命生きているつもりだが、ことあるごとに周囲からは歳相応の生活ができていない自分に向けられる同情的な視線が刺さる。ある日、夏の子守りの短期仕事を得ることができ、その6歳の子どもの面倒をしばらく見ることになる。慣れないことばかりだったが、自分の人生に少しずつ変化の光が差してくる。

『セイント・フランシス』感想(ネタバレなし)

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重苦しさばかりでは…

創作においてその題材が社会問題に根差すようなものであれば、真面目に描こうとすればするほど、重たいトーンになってしまうことがあります。それはそれで悪いことではありません。題材を深刻に描くことにだって意味はありますし、その題材の重さを観客に伝えるならそれが直球な方法です。

でもこの重たい描写になってしまうというのは欠点もあります。トラウマばかりが喚起されてしまうだけになるという問題もあったり、観る人、もっと言えば楽しめる人を大きく選別してしまうことになりやすいです。また、その題材に対する“暗い”ステレオタイプを助長する副作用も無視できません。

例えば、人種やセクシュアル・マイノリティといった差別の問題は、ことさらシリアスになりがちです。私も「この作品は題材に対してとても丁寧にリサーチして真面目に取り組んでいるけど、いかんせん真面目過ぎて重いな…」と思うこともしばしばです。

やはり表象は同一の題材であってもアプローチは多様であった方がいいです。重苦しい描き方は全部ダメだと言いたいわけではなく、重苦しい描き方以外の作品も見たいよねという話。

そんなことを2022年もたくさんの作品を見ながらぼんやり考えていた私にとって、この映画はちょっと心の憂いをスッキリさせてくれる味わいがありました。

それが本作『セイント・フランシス』です。

この映画は2019年にサウス・バイ・サウスウエストという映画祭で限定公開された作品で、観客賞と審査員特別賞を受賞したのですが、インディペンデント映画すぎるせいか、全く注目度がなく、過ぎ去ってしまったそんなマイナーな映画でもあります。

日本では2022年に一部で劇場公開されたのですが、実際に観ていると「なんだこの映画、凄いことしているじゃないか!」と私も驚きました。個人的には賞を総なめしたっていいくらいの傑作だと思います。有名な監督や俳優、著名なスタジオが関与していないと、ハリウッドでも良作映画であろうと簡単に埋もれてしまうんだなぁ…。

とは言え「凄いことしている」と書きましたけど、『セイント・フランシス』の物語はとても地味ですし、こじんまりしています。主人公は30代半ばの女性で、ある家で子守りの仕事を短期ですることになります。それだけです。ほぼ子守りしている…そんなひと夏。

この『セイント・フランシス』という映画が良いなと思うのは題材に対する向き合い方です。本作は育児、生理、さらには中絶といった、主に女性に降りかかりがちなテーマを扱っているのですが、これが驚くほどに軽妙に扱われているのです。

精神的に滅入るほどの過酷な育児を描くなんて、絶対にシリアスになるものじゃないですか。はたまた中絶なんてどう考えてもシリアス中のシリアスになるのは避けられそうにないです。でもこの『セイント・フランシス』はそうはならない。こんなタッチでも描けるんだ!とびっくりします。生理に対しても触れ方の気楽さは他の作品と比べても突出しています。

でもだからと言って題材を疎かにしているわけでもないのがこの『セイント・フランシス』の上手さです。これはもう完全にクリエイティブな才能を見せつけられましたね。

そんなフレッシュな『セイント・フランシス』を生み出したのが“ケリー・オサリヴァン”。もともと俳優として活動していましたが、自身の経験をもとに脚本を執筆し、自分で主演してこの『セイント・フランシス』を完成させました。

どおりで主人公に対する人生への寄り添い方が違うわけです。本作は30代半ばの女性が「自分は人生で何も成し遂げられていない…」と焦りながら人間関係にも悩みつつ日々を過ごす物語でもあり、とくにそういう境遇に共感できる人にとっては、ズキューン!と心に突き刺さること間違いなしです。

『セイント・フランシス』の監督は、これが初の長編監督作品となる“アレックス・トンプソン”。主演の“ケリー・オサリヴァン”とは相性抜群ですね。

どうしても元気がでない。どこに進めばいいかわからなくなった。社会に、生きることに、なんだか疲れ切ってしまった…。そんなあなたに贈る映画です。

『セイント・フランシス』は無理してあなたの手を引っ張ったりはしません。重苦しく同調してくることもないです。とりあえず横に座って、一緒の空間にいてくれる。そんな小さな友達になってくれますよ。

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『セイント・フランシス』を観る前のQ&A

✔『セイント・フランシス』の見どころ
★育児、生理、中絶といった題材を軽やかに扱う。
★何も成し遂げられていない人生を肯定してくれる。
✔『セイント・フランシス』の欠点
☆作品の注目度が低すぎる。

オススメ度のチェック

ひとり 5.0:隠れた良作として
友人 4.5:オススメし合って
恋人 4.5:関係性を見つめ直して
キッズ 3.5:大人のドラマです
↓ここからネタバレが含まれます↓

『セイント・フランシス』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):私は何がしたいのか…

ガヤガヤと賑わう室内パーティ。ブリジットはそこに参加していましたが、自分が34歳で仕事はウェイトレスだと答えると、さっきまで話す気満々に見えた男は去っていきます。

それでもジェイスという男性は親し気に話しかけてくれて、ブリジットはその日のうちに彼とベッドをともにします。

翌朝、ベッドから目覚めて、鏡の前に立つと、顔に手の痕が…血のような…。ふと見るとベッドに盛大に血がついていました。生理です。ジェイスもそれに気づき、とくになんてことなく2人でシーツなどを片付けします。

その後、友だちに紹介されていたナニー(子守り)の面接のために車で出かけます。着いたのは平穏そうな住宅地。ここに暮らすアニーマヤが子守りを必要としているカップルでした。

家で説明を受けます。マヤは出産を控えており、夏の間だけ6歳のフランシスの子守りをしてほしいとのこと。

2階へ上がると、壁の絵からカトリック信者だということがわかります。今は信仰もたいしてないブリジットはやや遠慮がちに。

フランシスの部屋へ行くと、クローゼットに隠れていました。アニーとマヤはブリジットを試しにフランシスと2人きりにさせるために部屋のドアを閉じます。いきなりフランシスと向き合うことになったブリジットは内心焦りつつ、おもちゃでひとり遊ぶフランシスの横で、ブリジットも電話のオモチャで絡んでみますが期待していた反応はないです。するとフランシスの方から「終わったよ」とドアを開けて母親たちに報告します。

今回はこれで終わり。帰り際、フランシスが窓から見ているのが確認でき、さりげなく手を振りますが反応なし。ダメかもしれない…。

けれども後日、採用の連絡を受けます。思わず嬉しくなり、職場のレストランでから意気揚々と出ます。

アニーとマヤの家族には赤ん坊のウォーレスが加わっていました。

フランシスと残されることになり、見つめ合う2人。「私はブリジット、覚えている?」…しかし、急にフランシスは走っていってしまい、追いかけます。

なんとか追いつき、フランシスと家に帰ります。その道中でフランシスは自由に質問してきます。「何歳?」「ボーイフレンドはいる?」「ガールフレンドはいる?」

一緒に公園に寄ると、フランシスがバックをとろうとしたので防ぐのですが、すると「ママじゃない。助けて!」と唐突に叫びだしてしまい、警官が出動する騒ぎになります。

そんな大変な1日をジェイスに報告するブリジット。ところが、夜、身体の異変を感じたブリジットは妊娠検査薬を買って試すと、結果は陽性でした

ブリジットはジェイスに素直に伝え、自分は産むつもりはないと言い、ジェイスもそれを理解してくれます。中絶をどうやってするのか、後々で2人で調べておくことにしました。

次の仕事の日。フランシスを連れて図書館に来たブリジット。でも頭の中では中絶の件でいっぱいで、ジェイスとスマホでメールをしてトイレに籠ってしまします。その疎かな隙を突かれ、フランシスがブリジットのバッグの中身を広げてタンポンなどを机に並べ、「生理中なの?」と場違いな大きい声で無邪気に聞いてきます。

ようやく病院での中絶のための診察ができる段階になり、ブリジットは自分の腹部エコー検査の画像を見つめ、こっそりスマホで撮ります。そして処方された経口中絶薬を飲みますが、本当に中絶できているのかイマイチ確証も持てず、不安になります。

そしてフランシスの子守りの時間はまだ続き…。

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生理なの!?(大声)

生理は社会にてタブー視されてきましたが、最近の作品ではそれを払拭するべく、あえて気楽に扱ってみせる描写も増えました。2022年も、ドラマ『ペーパーガールズ』ではタンポンの使い方に戸惑う女子たちをコミカルに映し出していましたし、『私ときどきレッサーパンダ』『ベイマックス!』のような子ども向けアニメでも生理を臆することなく題材にしていました。

中絶も同様です。中絶の意思を伝え、どうやるのか調べ、病院に行き、処置をして、中絶が完了したのかなという段階に到達する…この過程をあえてドラマ性抜きでパパっと示していくなんて、あまり今も映画においてないと思うのですが、すごく新鮮でした。

経口中絶薬を飲んだ後に自分の体からでてきた血の塊のようなものをジェイスに見せて「これで終わりなのかな…」と2人でキョトンとしている姿はシュールですらあるのですけど、何かと悪魔化されやすい中絶の描写として、これくらいあっけない表象があることは今の世の中、とても大事だと思います。

『あのこと』みたいな映画も意義はありますけど、現代医学の日常的な中絶の光景も平凡に描かないとね。

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女たちのリアルを隠さない

こうした軽やかな扱いの一方でリアルにも描いているので、『セイント・フランシス』はこれらの題材を小馬鹿にしているような不快感はありません。

リアルと言えば、アニーとマヤの育児生活も生々しいものでした。育児に精神的に滅入ってしまってノイローゼになってきているマヤの姿は苦しそうですし、赤ん坊に付きっきりで自分への愛情が薄くなっていることを実感し始めているフランシスのときおり見せる寂しそうな表情も…。後半でぶちまけるアニーのさまざまな苦しさも切実です。

おそらくアニーとマヤはカトリック信徒のレズビアン・カップルとして、はたまた異人種カップルとして、いろいろな狭間にいる立ち位置ゆえに、映画から観察できる以上にかなり苦労も多いはず。

一方でブリジットの辛さも映像から滲みでてきます。周囲ではどんどん結婚や妊娠の話題が増え、キャリアアップしている友人もいる。なのに自分はこんなところで子守りをしているだけ…。独身の行き場の無さ。チクチクジワジワとメンタルを蝕まれていくあの嫌な感じ。そういう点ではドラマ『サムバディ・サムウェア』にも通じます。

このある意味で対極にいるブリジットとアニー&マヤなのですが、それを「どっちが可哀想か」みたいな不毛な比べ合いを一切していないのがこの映画の良いところ。両者ともに辛い…そしてそれは不可視化されやすい女性の辛さであり、中身は違えどその構造の被害者として共有し合う。

『セイント・フランシス』は「マイノリティvsマジョリティ」の二項対立では整理しきれない複雑な社会における多様な女性たちを上手く捉えているなと思いました。

やはり女性のリアルを隠さず、徹底的に打ち明け合う…そんなスタイルが一貫しているからいいんでしょうかね(公共の場での授乳における揉め事のシーンは最たる例だけど)。

あとこの女性の苦しさを男性に理解してもらうみたいな物語の構造がないのもいいのかもなと思ったり。男女の相互理解とかは後回しでいい、まずは女たちの物語だ…みたいな潔い立場を映画から感じるのかも(実際にジェイスとの完全な対面和解は描かれませんし、あれはあれでいい割り切り方だと思います)。

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34歳と6歳のシスターフッド

その大人の女たちの物語に徹している『セイント・フランシス』ですが、その中で6歳のフランシスの存在はかなり浮いています。

この映画が面白いなと思うのは、このフランシスもブリジットと対等に並べているところです。2人の関係を疑似的な母娘に置き換えず、そこに母性を介在させもしない。あえて言うならあのブリジットとフランシスの間にあるのは、34歳と6歳のシスターフッドなんですよ、きっと。

教会の中で告解の真似事をするシーンもしかり、ところどころフランシスの方が人生経験豊富な姐御にすら思えてくる…。

エンディングも良いシーンです。あそこでは初めての学校でそわそわと不安げな子どもと、これからの人生に不安いっぱいなブリジットが等値として描かれています

そこでまたフランシスがラストにブリジットを「“生理”友」として慕ってくる。その無邪気さに救われる…。

フランシスを演じた“ラモーナ・エディス・ウィリアムズ”、めちゃくちゃ愛らしいですね。どうやってディレクションしているのか気になる…。

子どもも対等な友人であり、この対等さの安心感は『カモン カモン』と同じ居心地の良さでした。2022年も良い「大人と子ども」の映画の豊作だったなぁ…。

大人こそ殻にこもったりするものですが、不安・恐怖・劣等感はぐちゃぐちゃに散らかってしまうこともあります。オモチャの後片付けくらいには面倒ですが、でもそういうものなんです。6歳の子どもと同じように。

『セイント・フランシス』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 99% Audience 75%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
9.0

作品ポスター・画像 (C)2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED セイントフランシス

以上、『セイント・フランシス』の感想でした。

Saint Frances (2019) [Japanese Review] 『セイント・フランシス』考察・評価レビュー