シーズン2の恐怖の正体は?…ドラマシリーズ『ゼム:ザ・スケア』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
シーズン2:2024年にAmazonで配信
原案:リトル・マーヴィン
自死・自傷描写 児童虐待描写 人種差別描写 性描写 恋愛描写
ぜむ ざすけあ
『ゼム:ザ・スケア』物語 簡単紹介
『ゼム:ザ・スケア』感想(ネタバレなし)
次はトラウマ以上のものを…
「ブラック・ホラー」というサブジャンルがあります。
これは、ざっくり言えば「黒人の主人公によって黒人の物語が語られる」という主軸を持ったホラーです。黒人が主役なら何でもいいのかという話もありますが、たいていは人種差別の背景がホラーに深く関与してきます。ブラック・ホラーの専門家である“タナナリヴ・デュー”も「黒人の歴史はブラック・ホラーである」と説明しています。
つまり、ホラーというジャンルを通して、黒人としての体験が構造的に映し出されるわけです。
ブラック・ホラーの映像作品は昔からあり、古いものだと『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)に始まりますが、やはり2017年の『ゲット・アウト』が時代を変えました。ブラックスプロイテーションの時代を通り抜け、『ゲット・アウト』の大ヒットによって「ブラック・ホラーの黄金時代が到来した」とみる評価もあります。
『アンテベラム』(2020年)、ドラマ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』(2020年)、『キャンディマン』 (2021年)など、ブラック・ホラーは(少なくともアメリカでは)もうマイナーなジャンルではありません。
ブラック・ホラーの成功は他の人種を主題にした広義のレイシャル・ホラーにも波及しており、本当のその功績は大きいです。
その歴史について整理したドキュメンタリー『Horror Noire: A History of Black Horror』もあります。
そんな中、今回紹介するドラマシリーズもブラック・ホラー史を語るうえで欠かせない一作になるのではないかなと思います。
それが本作『ゼム:ザ・スケア』です。
2021年に『ゼム』(原題は「Them」)というドラマシリーズが「Amazonプライムビデオ」で独占配信されました。
こちらのドラマは黒人を主役にしており、その主人公が経験するショッキングなホラーとなっていました。具体的には1950年代のロサンゼルスの住宅地を舞台にしており、白人ばかりの地区に引っ越してきた黒人家族の恐怖が主題でした。
その『ゼム』のシーズン2となるのが本作『ゼム:ザ・スケア』で、ただし、同じロサンゼルスが舞台ですが、時代は1990年前後となり、主人公も違います。もちろん黒人が主役で、人種差別が前提にあるのですけども…。
前シーズンとは全く別ドラマとして楽しめるので、今回は『ゼム:ザ・スケア』だけで独立の感想記事を書こうと思います。
ちなみにシーズン1のほうはシーズン2と区別するために、『ゼム: コヴェナント』という副題つきになったみたいですね。
どういうホラーなのかは…秘密。でも、前シーズンは、ビジュアル的にインパクトのある強烈な描写がどうしても悪目立ちしてしまったこともあり、トラウマ・ポルノであるという批評もありました。ブラック・ホラーにはトラウマを搾取的に利用しているだけではないかという批判は常に付き物なのですが、まあ、難しいバランス感覚を求められますよね。
『ゼム:ザ・スケア』は前シーズンを反省してか、物語の語り口が豊かになり、ショッキングな視覚表現よりも見ごたえのある物語展開が用意されています。残酷な描写はやっぱりありますけども…。でも事件を捜査する刑事の視点で進むので、わりとわかりやすいでしょう。
『ゼム:ザ・スケア』で主人公を演じるのは、シーズン1から続投の“デボラ・アリヨンデ”。以前とは違う役を演じ、こちらでも素晴らしい名演をみせています。
そしてもうひとりの主人公といえる存在を演じるのが、“ルーク・ジェイムズ”。この人は歌手活動で成功しており、パフォーマンスはとてもカッコいいのですけど、本作では180度イメージの異なる怪演を披露していまして…。これがとにかくスゴイのです。ギャップにビビりますよ。
『ゼム:ザ・スケア』はいろいろなホラー映画の引用が多く、それは単なるマニアへの目配せではなく、ちゃんと意図があるのですが、そのへんも深掘りが楽しいのではないでしょうか。
ストーリーを解釈するうえで、ちょっとこれは知っておきたいという要素もいくつかあるのですが、そのへんは後半の感想で…。
『ゼム:ザ・スケア』は全8話で、1話あたり約30~50分程度です。
『ゼム:ザ・スケア』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ホラー好きな人に |
友人 | :解釈を語り合って |
恋人 | :怖いのが平気なら |
キッズ | :残酷な描写あり |
『ゼム:ザ・スケア』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
1991年、ロサンゼルス。黒人のドーン・リーヴは目覚めて仕事の服に着替えます。職業は警察です。家では母アテナと同居しており、今日の誕生日を祝ってくれます。そこに緊急通報。さっそく現場へ向かいます。
そこは一軒家。被害者はバーニス・モットという名で、里親でした。通報者は16歳の里子の黒人のマルコムです。
現場の状況を口頭で説明して手元で録音しながら、中へ。ブレーカーが落ちているらしく室内は真っ暗。押し入った形跡はありません。天井と壁はカビのように黒ずんでいます。空調が32度とやけに暑いです。ダイニングルームにある星型の時計は割れて3時17分で止まっており、ガラス戸も破損していました。
奥に大量のテレビが積まれていて、クローゼットの中に汚れたオムツとバラバラの赤ん坊人形が散乱。気持ち悪くなりながらさらに進むと、廊下にはなぜか一直線に洗剤ボトルが並べられています。
そして棚に複雑に折られて押し込められた遺体がありました。恐怖の表情のように口を開けており、異常な現場です。
ロス市警の署長ダリル・ゲイツがメディアで会見しているのをテレビで見つつ、ドーンは署で上司から白人のドナルド・マッキニーと組めと命じられます。嫌でしたが断れません。ドーンは過去の事件で少し失態をしてしまい、ここで取り返すしかないのです。
さっそくマルコムに事情聴取。怯えている様子です。マッキニーは恫喝しながら写真を突きつけ自白を迫ります。マッキニーはマルコムが犯人だと決めつけていました。ドーンは弁護士を呼ぶ権利があると丁寧に説明します。ドーンからすれば単独でできるような殺人ではないと考えていました。
ドーンが帰宅すると元夫から誕生日カードが届いていました。息子のケルヴィンと母と一緒にプレゼントを開けると、それは子どもの頃の写真。ドーンは仕事一筋ですが、家族は支えてくれます。
家でも捜査のことばかり考えます。録音を聞いていると何か異音を感じ、急に異様な恐怖心に襲われます。一体この気持ち悪さは何なのか…。
ところかわって黒人のエドマンド・ゲインズはブタの被り物を被って着ぐるみ姿で陽気に踊って子ども連れのアミューズメント施設でパーティを盛り上げる仕事をこなしていました。けれども、上司に即興ではなく台本どおりにしろと怒られます。
エドマンドは俳優を目指していました。しかし、オーディションではいかにも黒人らしいギャングを悪戦苦闘で演じるも、目の前の黒人のカメラ担当は吹き出して笑っています。大勢の黒人が椅子で待機する前を歩いて帰っていくと、受付の女性ロンダに「諦めなければ夢は叶う」と励まされます。
そうやって今度はエドマンドはホラー映画の殺人鬼の役に熱中していきますが…。
ロドニー・キング事件との関わり
ここから『ゼム:ザ・スケア』のネタバレありの感想本文です。
ドラマ『ゼム:ザ・スケア』はストーリーを解釈するうえで結構重要なバックグラウンドがあり、それを理解しておくとグっと楽しさも増します。作中で提示はされているのですが、あらためて補足的に説明しておきます。
まず本作は1991年のロサンゼルスが舞台です。主人公のドーン・リーヴは殺人課の刑事で、第1話から猟奇的な事件を担当します。かなりおおごとな事件そうですが、何やら本署はそれどころではない様子で、わりとドーンに丸投げしてます。
第1話からチラっとニュースやセリフなどで映るのですが、これは「ロドニー・キング事件」の対応に追われているためです。
1991年3月3日、ロドニー・キングという黒人がロサンゼルス市内を運転中にスピード違反容疑で警察車両から停車を指示され、仮釈放中だったこともあり、キングは一旦は逃亡。しかし、警察に追いつかれて強制停車の後に車から降りますが、警官たちはキングを取り囲んで激しい暴行を加えました。これをたまたま近くの住民が撮影していて、その映像が報道で流れたことで大騒ぎとなります。
要するに警官による黒人への不当な暴力の案件なわけですが、承知のとおり、それは現在も根深い問題で、「Black Lives Matter(ブラック・ライヴズ・マター)」に繋がっています。
ロドニー・キング事件は後の1992年のロサンゼルス暴動へと発展しますが、本作はその論争が過熱する真っ只中に起きています。
本作における一連の謎の遺体はみんな全身が骨折しまくっています。これは集団リンチに遭った遺体の状態を思わせるもので、黒人の中にある人種差別の恐怖の具現化です。
一時的にドーンの相棒となるマッキニーは実は裏で警察同僚たちと白人至上主義団体を作っていることが示唆され、最後のオチでもマッキニーに鉄槌が下りますが、これは争点がズレまくって正義がなされなかったロドニー・キング事件に対する現代からの再裁判みたいなものでしょうか。
一方、ドーンは黒人でありながら(かつ女性でもある)、警察に属するという立ち位置であり、それゆえに黒人コミュニティからは裏切り者扱いで煙たがられ(第2話での黒人貧困エリアでの敵意など)、当時の緊張感が身をもって描かれます。
第3話で韓国系の被害者がいたにもかかわらずろくに扱われていなかったことが発覚するのも、1992年のロサンゼルス暴動がアフリカ系と韓国系の軋轢を背景にしていることを暗示する設定ですかね。
このように本作は当時のロサンゼルスにおける黒人がどういう心境だったのかを、ホラーというフィクションを通して上手くアレンジしながら表現していました。
ラガディ・アンディ人形との関わり
ドラマ『ゼム:ザ・スケア』のドーンと並ぶもうひとりの主人公がエドマンド・ゲインズです。当初はまるで同時間軸で進行している物語のように思わせる演出でしたが、第5話でエドマンドの物語は2年前の1989年の話だとわかります。しかも、ドーンとは生き別れの双子であり、互いにバーニス・モットの家にいた里子だったことも…。
エドマンドの物語は、“ホアキン・フェニックス”版の『ジョーカー』みたいな感じです。エンタメ界での成功を夢見るも全く芽が出ず、社会から孤立し、やがて狂気に突っ走り始める…。本作のエドマンドのほうが、セックスワーカーに不健全だなどと説教を始めるくだりといい、女性蔑視が滲み出る描写が上手かったなと思いましたけども。
明確に違うのはエドマンドは黒人だということ。エドマンドは最初からいかにも道化師的におどけた芝居をしていますが、それが黒人となればどうしたってミンストレル・ショーを想起します。
エドマンドは一連の殺人鬼の正体なのかと当初から疑念を抱かせますが、優秀で緻密な殺人鬼というドーンの分析と一致しません。エドマンドはむしろ知能の低さや危険な暴力性など、明らかに黒人男性のステレオタイプそのままです。
当然これは意図的な演出で、エドマンド自身がその黒人のステレオタイプを内面化しているということでしょう。それは裕福な(そして最低な)白人里親に育てられたことによる歪みなのか…。
とにかくエドマンドは歪み続け、やがて衝動的に殺人に手を染め、命を絶ちます。それでも自分の呪いは解けずに、殺人現象として死後も徘徊することに…。
ここで象徴的に用いられるのが「ラガディ・アンディ」という人形です。1918年に創作された人形のキャラクターで、本としてデビューし、その後に実際に人形化して子どもたちの間で親しまれました。
しかし、このラガディ・アンディは無意識の人種差別表象としてもよく言及されます。愛らしくみえるかもですけど、見た目は白人ですが、ステレオタイプなブラックネスを密かに浸透させたデザインであると分析されています。こうした差別的な人形に幼少期から触れることで人種差別意識が育つのだ、と。
今作も正体不明の恐怖の存在も、ラガディ・アンディを彷彿とさせる赤毛。それはエドマンドが行きついた先にある恐怖であり、歴史的に黒人を差別的に描いてきた側面もある数々のホラー映画も糧として、俗悪に完成されてしまいました。ブラック・ホラーの悪い意味での集大成ですね。
本シーズン2はこのエドマンドの描写がとても丁寧に積み重ねられるので、ドーンと合わさってドラマ性が多層的に深まっていて良かったです。前シーズンにこれはあまりなかったから…。白人側視点をバッサリ無くしたのも英断でした。
ラストでは、ドーン&エドマンドが、シーズン1のエモリー家の長女ルビーの子であると判明。意外な接続点ですけども、恐怖は歴史として受け継がれるというのを家族という最小構成で示した形かな。
終幕ではやっと落ち着いたかと思ったら、シーズン1の最恐アイコンである「タップダンス・マン」がひょっこり再登場。あ、お疲れ様です…。元気?
アンソロジーとしてストーリーテリングがレベルアップした本作。これなら次を期待したいですね。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Amazon Studios
以上、『ゼム:ザ・スケア』の感想でした。
Them: The Scare (2024) [Japanese Review] 『ゼム:ザ・スケア』考察・評価レビュー
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