ハズレでもいい…Netflix映画『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2023年にNetflixで配信
監督:ジュエル・テイラー
人種差別描写
ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン
ぜいくろーんたいろーん おれたちくろーん
『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』あらすじ
『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』感想(ネタバレなし)
クローンって今どんな感じ?
なんだかすっかり今の時代は「AI」の脅威で一色になっていますが、ひと昔前は人類社会を脅かしかねない革新的技術と言えば「クローン」というものもありました。
皆さん、「あれ、そういえばクローンって今はどうなっているの? どこまで実現したの?」と思っているかもしれません。
簡単にクローン技術の発展の歴史を振り返ってみると、まず1885年にウニの初期胚の細胞を人工的に分離して2つの完全なウニに成長させることに史上初めて成功します。これがクローンの原点です。次に1902年にサンショウウオでそれを成功させます。そして1952年にはオタマジャクシで初めて核移植に成功し、1958年には分化した細胞からの核移植も達成します。さらに1975年、ウサギを用いて核移植によって初めて作成された哺乳類の胚が実現。
その流れで象徴的な出来事が起きます。1984年、核移植によって哺乳類のクローンを作成することに成功し、このクローン羊は大々的にメディアでも話題となりました。1996年には培養細胞でも核移植によってクローンが作れることが証明され、加えて成体の体細胞から哺乳類のクローンが作成できることも立証。このクローン羊「ドリー」も一躍注目のまとになります。
1997年には霊長類でもクローンが作られ、同じ年には遺伝子操作された実験細胞からの核移植も可能になります。ここからはもうクローン動物ラッシュです。続々とクローンが実験室で作られつつ、2013年、ヒトの胚でクローン作製がついに実現し、技術の節目となりました。
でも「クローンってそんなに身近にある気がしない」という人もいるはず。確かにそうです。スマホとかですぐに確認できませんしね。
実際はもうクローン犬は主に職業犬分野ですでに出回っていたり、クローン猿が病気の解明に役立てられていたり、亡くなったペットをクローンで蘇らせるビジネスを始める人がいたり、絶滅危惧種をクローンで保存する取り組みも進行していたり、いろいろ起きています。
ただし、人間の完全なクローンは実現していません。そこは科学界も倫理面で慎重です。
「クローンってやっぱり不気味な感じがする…」と怯える人もいるでしょう。けれども園芸なんかでは市民でも簡単にクローン生成に手を出していますよね。植物は結構簡単にクローンで増殖するので(完全な人工クローンではないですが)。
前置きが長くなりましたが、今回紹介する映画もクローンが主題です。
それが本作『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』。
本作は、ある地区で実は密かにクローン技術の研究が実社会で拡大していて、それに気づいてしまった者たちの苦悩と抵抗を独自のセンスで描き出しています。構図としては“ジョン・カーペンター”監督の『ゼイリブ』(1988年)に近く、社会風刺性の強いSFスリラーです。
ユニークなのが、アフリカ系アメリカ人の人たちのコミュニティを主役にしたものになっている点。映画自体がブラックスプロイテーションを土台にしており、その昔の黒人エンタメのノリを培養細胞にして、そこから大きく別生物へと成長を見せている…そんな作品です。
『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』を監督するのは、『クリード 炎の宿敵』や『スペース・プレイヤーズ』の脚本を手がけた“ジュエル・テイラー”。
俳優陣は、『スター・ウォーズ』シリーズのフィン役でおなじみの“ジョン・ボイエガ”、『デイ・シフト』の“ジェイミー・フォックス”、『マーベルズ』の“テヨナ・パリス”、ドラマ『サバイバー: 宿命の大統領』の“キーファー・サザーランド”など。
ちなみに“ジェイミー・フォックス”は2023年4月に病気で入院してリハビリ施設にいると報じられましたが、回復を祈るばかりです。
『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』は「Netflix」で気軽に観れますから、たくさん視聴してライセンス料を俳優などに届けてあげてください。
『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2023年7月21日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :気楽に鑑賞 |
友人 | :興味あれば |
恋人 | :恋愛要素なし |
キッズ | :やや性的話題あり |
『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):地元は知っている…つもりだった
アフリカ系の人が多い貧困層のグレン地区。フォンテーンを探す自転車に乗った黒人少年がひとり、街を駆けていきます。辿り着いたのは、道端でウエイトリフティングをして鍛えていたフォンテーンのもと。
その子を車に乗せるフォンテーン。フォンテーンは常に不機嫌そうで、「スポンジ・ボブ」のイカルドみたいだと横で言われてしまいます。
その子が案内で教えてくれたのは、麻薬密売の現場。その売人に車で体当たり 「よそで売れ」と静かに告げます。「アイザックに殺されるぞ」と言われても気にしません。フォンテーンはこの一帯を取り仕切るドラッグディーラーでした。
密告してくれた子には5ドルを渡します。その子は文句を言いますが「帰って宿題でもしろ」と追い返します。
その後、フォンテーンは日課になっている酒店でスクラッチを買います。でもハズレ。当たるわけもないです。傍のホームレスに酒をわけます。
家に帰ると、弟のロナルド・チェンバレンに関する品が壁に飾ってあります。弟は亡くなっており、母はずっと部屋にこもりっきりで出てきません。
客引きのスリック・チャールズがいなくなったと仲間から聞いて探しに行くことにします。セックスワーカーから「ロイヤルにいる」と居場所を聞き出します。
スリックはヨーヨーというセックスワーカーと揉めていました。「ジェダイみたいにたぶらかすな」「ブロックチェーンは未来だ」とヨーヨーはまくし立てて激怒。
ヨーヨーが通りすぎながらフォンテーンはスリックの部屋のドアを叩きます。「カネはどこだ?」と静かに問いただすフォンテーン。「全てを帳消しにしないか? 猶予をくれ。黒人同士争うこともないだろ?」と調子よく喋り続けるスリックを無視して、部屋をくまなく探し回ります。
それが終わり、フォンテーンは車に戻って一服。しかし、危険を察知して覚悟を決めて車から出るも撃たれます。フォンテーンを撃ち殺した人物は車で立ち去り、何事かとスリックは外に様子を恐る恐る見に出ていき…。
目を覚ますフォンテーン。ベッドの上です。ウエイトリフティング、スクラッチといつもの日常を過ごしていましたが、馴染みの酒屋の前で道端をふらふらと歩いている者を遠くに見かけ、車が高速で近づいてきてその不審者をさらっていきました。あれは何なんだろうか…。
スリックの部屋を誰かが叩きます。フォンテーンだとわかって慌てるスリック。「幽霊を送って来たのか」とパニックです。「お前は撃たれた。覚えてないのか」と言われ、フォンテーンは混乱します。
自分は死んだのか? でもなぜ生きてここにいるのか?
わからないことだらけで、スリックを連れてヨーヨーのもとへ行きつつ、調査をしていきます。
この地区のことなら知っている。そう考えていたフォンテーンの認識は覆されることに…。
同化は平和を生むのか
ここから『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』のネタバレありの感想本文です。
『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』は単なる既存ジャンルをブラックにカスタマイズしたブラックスプロイテーションとは1次元違ったワンステージを踏み出した、人種差別構造を意識した社会風刺SFスリラーです。
同じ風刺性だと最近もドラマ『僕は乙女座』がありましたが、『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』はもうちょっとストレートでわかりやすかったのではないかなと思います。
それでも何を風刺しているのかわからないと『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』の作品全体の掴みどころがさっぱりなままエンディングになってしまうでしょうけど…。
舞台は架空のグレン地区。ブロックと呼ばれる典型的な黒人貧困層の多い場です。ドラッグ・ビジネスも普通に横行していて、主人公のフォンテーンが地区の一画を縄張りにしているようです。
真相を全部書いてしまうと、この地区の地下には巨大な施設が張り巡らされていて、実は住民の黒人たちのクローンを密かに製造し、本物とすり替わらせていたのでした。しかも、その実験はシカゴやロサンゼルスでも進行中のようで、すでに壮大に着手されてしまっています。
首謀者はニクソンですが、この科学の暗躍を実行したのは主任遺伝学者のひとり。それはフォンテーンのオリジナルでした。彼は淡々と語ります。「黒人を白人化する。絶滅するより同化するほうがいい」と。
これはいわゆる「同化政策」であり、植民地主義における定番のやりかたです。例えば、日本が朝鮮半島を侵略したときはその現地の朝鮮語を禁止して日本語を学ばせたり、白人がアメリカに入植したときはその先住民の文化を消したり、さらに異性愛規範の社会がセクシュアル・マイノリティのコミュニティの場を奪ったり…。こうやって「支配者側」に合わせるように強行する。これが同化政策です。
歴史はドキュメンタリー『殺戮の星に生まれて / Exterminate All the BRUTES』などが参考になるので、そちらをどうぞ。
本作ではただクローンを作るのではなく、人種を越えた同化の実験が行われており、中身は白人みたいだけど雰囲気は黒人化している存在を作りだすことで、黒人社会の伝統文化やアイデンティティを内側から乗っ取ろうとしています。
また、黒人が歴史的に医療実験に利用されてきたという現実もこの映画には反映されています。
チキンだったり、黒人教会だったり、アフリカ系の歴史と関係ある要素が盛り込まれつつ、『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』はマイノリティな人種に襲いかかる同化の怖さを個性たっぷりに物語に取り込んでいました。
その疑いが人生の出発点
その『時計じかけのオレンジ』みたいな洗脳まで起きている(ヨーヨー的に言わせると「正常位ではなく“ぶっかけ”だ!」)世界で織りなされる『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』。
その主人公のフォンテーンは、冒頭からなんだか覇気がないというか、抜け殻みたいに社会で生きています。
オリジナルのフォンテーンがこのおぞましい同化に手を貸したのは、弟が人種差別的な暴力で死亡したことがきっかけだそうで、ある種の諦めがこの事態に傾いたということでしょう。
その失望感をクローンのフォンテーンも無自覚に引き継いでいます。部屋に籠っている母親さえも実は虚構の存在で、自分は一体何のために、何を目指して生きているのか。未来の展望は見えません。
真実を知ってからも戦意喪失は強まり、どうせハズレしかでないのにスクラッチを買い続けてしまう姿でも強調されます。
でもこういう心境は共感できるでしょう。「どうせ自分が頑張ってもどうにもならないのだから、このまま惰性で生活するしかない」…そうやって反抗心の牙を抜かれて生きている人たちはきっとリアルでもいっぱいいます。
そこで「いや、立ち上がってみるか!」と鼓舞してくれるのはやはり同じアイデンティティを共有するコミュニティの仲間たちでした。自分のアイデンティティは見つからない。それどころかオリジナルですらなかった。でもそれを気にする必要なんてあるのか。
その疑問を抱いてからが人生のスタートラインだと言わんばかりの『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』であり、それはラストのオチでも示されていました。ロサンゼルスではタイローンという黒人がテレビでグレン地区の騒動のニュースを見ていて、そこに映ったフォンテーンのクローンが自分とそっくりで初めて「自分もクローンでは?」と自覚する…。
こういうジャンルは今では陰謀論に絡めとられやすいので、危うさを抱える側面もあるのですが、『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』は人種に焦点を当て続けることで、変にブレたりしないようになっています。
主役が、ドラッグディーラー、ポン引き、セックスワーカーの3人の組み合わせであり、そしてこの3人が絶妙にユーモアも発しつつ(“ジョン・ボイエガ”だけがほぼコミカルさを抑えているのもいい)、この奇想天外な物語を引っ張っていくので、その塩梅も良かったです。
こういうことには絶対に利用してはいけないクローン。せめてクローンは今は、イチゴとかを増殖させるだけに使ってほしいですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 93% Audience 100%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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作品ポスター・画像 (C)Netflix ゼイクローンタイローン 俺たちクローン
以上、『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』の感想でした。
They Cloned Tyrone (2023) [Japanese Review] 『ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン』考察・評価レビュー