エメリッヒ監督は陰謀論と一緒に落ちてくる…映画『ムーンフォール』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にAmazonで配信
監督:ローランド・エメリッヒ
自然災害描写(津波)
ムーンフォール
『ムーンフォール』あらすじ
『ムーンフォール』感想(ネタバレなし)
月を本当に落としました!
世界はコロナ禍に苛まれ、ウクライナ侵攻で経済が追い打ちを食らい、そして“ローランド・エメリッヒ”は地球に月を落とした…。
なんだろう、この文章だけで暗黒時代の始まりを告げるプロローグ・テキストみたいになってる…。
え? 月の件は知らない? だったら今から知ってください。この映画を観ればいいんです(強制的にあなたの腕の中に押し付ける動作)。
ということで今回紹介する映画は『ムーンフォール』です。
2016年に誰が望んでいたのかよくわからないですがあの話題作の続編である『インデペンデンス・デイ リサージェンス』を世に送り出した“ローランド・エメリッヒ”監督。相変わらずのハチャメチャでしたが、その劇場公開時に「今度は月を地球に落としたいんだよ~」と無邪気にメディアで語っていました。その発言はもはや狂気の悪役のセリフですよ。
で、実現しました。その前に『ミッドウェイ』で太平洋戦争に寄り道したりしていて、「あれ、月は諦めたのかな」と思ったのですけど、全然普通に月を落としてきました。なんかもうこの説明の字面がヤバいな…。
2022年の最新作『ムーンフォール』はタイトルどおりムーンをフォールしてくるディザスター・パニック映画です。この他にも「ちょっと待って? そういう話なの!?」という展開が降り注いでくるのですけど、もうそれはいいです。とりあえず月が落下してくるとだけわかっておけばこの映画について事前に語るべきことは語られたでしょう。
“ローランド・エメリッヒ”監督は永遠にこういうディザスターパニック映画を作り続けるつもりなのかなという以前に、この企画におカネを出してくれる人がいることが凄いな…。90年代ハリウッドの残滓みたいなジャンル大作ですもんね…。
どうやら今作のプロダクションとかを見るに、中国企業が多数関わっているので、不思議な話ですけど、90年代のハリウッドの残骸みたいなこの映画を今の時代に存続させているのは他ならぬ中国なんですよね。“ローランド・エメリッヒ”監督はこれからも中国頼みでいくんじゃないかなと思います。
その我が道を行く『ムーンフォール』に出演した俳優陣は以下のとおり。
まず主役のひとりは、『死霊館』シリーズや『アクアマン』などですっかりおなじみの“パトリック・ウィルソン”。『ミッドウェイ』でもでていたのでその繋がりでの抜擢かな。どうしても“パトリック・ウィルソン”は心霊現象とすっかり私の中では結びついてしまったので、彼のいるところでは何か心霊的なことが起きるのではと身構えてしまう…。
そしてもうひとりの主役が、多くの女性にとってのシンボルとなっている“ハル・ベリー”。『ブルーズド 打ちのめされても』で監督をしたばかりですが、打って変わってこんな『ムーンフォール』にもでるのか…。
さらに本作の真の主人公を演じるのは、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』でも印象的だった“ジョン・ブラッドリー”。そっちのドラマではいろいろな陰謀に巻き込まれて踏んだり蹴ったりでしたが、『ムーンフォール』では陰謀論者の役です。なんか闇堕ちしたみたい…。
他の共演は、私も大好きな“マイケル・ペーニャ”、『荒野にて』の“チャーリー・プラマー”、『カサノバ』の“ドナルド・サザーランド”など。
そんな『ムーンフォール』ですが、2022年の映画界の最大の悲しいお知らせが…。なんと日本では『ムーンフォール』は劇場公開されない! 当初はキノフィルムズで劇場公開を予定していたのに「Amazonプライムビデオ」での独占配信に移行してしまいました。
キノフィルムズのロゴは映画冒頭で表示されるので、おそらくキノフィルムズ側は権利を有したままAmazonでの配信を決定したと思われ、たぶん劇場公開で稼ぐよりもAmazonからの支払いを選んだのでしょうね。コロナ禍でいろいろ大変なのはわかるけど、日本のこういう映画会社が映画館を捨ててしまった事実はなんか悲しいです…。
ともあれ“ローランド・エメリッヒ”監督のディザスターパニック映画が劇場公開されないなんて、月が落ちてくる並みに一大事ですよ。こんなにも映画館のスクリーンで見るしかない!と言い切れるくらいの映画なのに。
その残念な気持ちを抑えつつ、日本の皆さんはこの『ムーンフォール』を最大画面で鑑賞できるように努めてみてください。まあ、どんなに映像をデカく映そうと、月が落ちてくるのは同じですけどね。
オススメ度のチェック
ひとり | :暇つぶし程度に |
友人 | :楽しくツッコミながら |
恋人 | :他にすることもないなら |
キッズ | :フィクションだと教えてね |
『ムーンフォール』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):月は○○でした
1969年7月16日、アメリカのアポロ11号がフロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられ、人類史上初の月面着陸に成功。
それから40年以上が経過した、2011年1月12日。人類はあれから月に行かなくなり、宇宙に人を送り込むも、地球周辺の宇宙ステーションでの任務ばかりでした。
今日も宇宙で人工衛星を修理している宇宙飛行士が数人。ブライアン・ハーパーとマーカスは雑談しながら呑気に歌いつつ仕事をします。それを見つめながらシャトルで指示を出すジョー・ファウラー。
ところがそのとき、急に計器が乱れます。そしてハーパーの目には何か黒いものが猛烈な勢いで迫ってくるのが見え、衛星とシャトルに直撃。マーカスは放り出され、ハーパーが衝突したシャトルは回転。とにかくハーパーはシャトル内へ避難。中ではファウラーが気絶していました。ハーパーは窓から黒い靄みたいなものと、それが月から来ているのを目撃します。
1年半後。ハーパーはNASAを解雇され、不当だと訴えていました。事故ではなく謎の存在に襲われたと主張しますが、世間は小惑星や太陽フレアが原因の可能性もあるとの一般的な説を支持し、英雄だったハーパーの名声は地に落ちます。妻とも離婚し、息子のソニーにも嫌われてしまいました。
10年後の2021年。カリフォルニア大学アーバイン校の物理天文学部のアロウッド教授の部屋にひとりの男が侵入し、パソコンをいじります。月の軌道のデータを送ってもらい、男は急いでファストフード店の仕事に戻ります。そこで月の軌道のデータが送られてきて、スマホで確認。それを見て慌てた男は電話をかけだします。電話先はNASAです。
「K・C・ハウスマン博士だ、人類史上最も重大な発見をした!」
夜遅く、寝ていたファウラーにNASAから電話が来ます。緊急の呼び出しで、しょうがないので子どものジミーは子守のミシェルに任せ、ファウラーは急いで出勤。
ヒューストンのジョンソン宇宙センターは騒々しくなっていました。スタッフは開口一番に説明します。
「月の軌道が変わりました」「あり得ない」「3度も確認しました」
さらに月探査機が妙なものを捉えたそうで、場所は月の「危難の海」という位置です。そこにはクレーターがあり、穴がぽっかり開いていました。
一方、NASAに相手にされなかったハウスマンはハーパーに連絡しようと思いつき、「月はエイリアンの作った巨大建造物なんだ」と自説を熱弁し、月が軌道を外れたと説明しますが、ハーパーに追い出されます。
ファウラーたちは月は楕円軌道を描いており、このままだと3週間後に月の破片が降り注ぐことになると予測。所長はこの情報を国民に知らせないことを望みますが、すでにハウスマンがSNSで拡散させてしまっていました。
やむを得ず月探索機を送り込むことを記者会見で発表。NASAと欧州の合同で月探査ロケットが発射され、探査機はクレーターの穴に接近。ところが黒い物体の群れに襲われて乗員は全員が無惨に死亡してしまいました。
あまりの事態に唖然とするファウラー。しかも所長は何かを知っているらしく、所長からホールデンフィールドに会うように言われます。
そして驚愕の真実を知ることになります。アポロの月面着陸時から月に“何かがいる”ことは把握しており、政府はそれを隠蔽していたというのです。
月が落下してしまえば地球は終わり。この絶体絶命を乗り越える手立てはあるのか…。
VFXが全てを作る
『ムーンフォール』はディザスターパニックのジャンルど真ん中の映画なので、基本は破壊描写を楽しむだけの映像となります。
といっても月がチュドーン!と隕石みたいに落下するわけではない、実際は軌道を描きつつゆっくり接近し、その余波が地球に甚大な影響を及ぼすという流れです。
津波が起きて、地震が起きて、小隕石が落下しまくってきて…。
ただなんでしょうね。このへんのディザスター描写はもはや見慣れすぎていてあまり新鮮さはないです。
この映画が本格的な個性を出し始めるのは後半です。もうわけわからないレベルの大津波が上へ登っていく中でのシャトル発射。カーチェイスに発展したソニーの車が見せる重力突破の大ジャンプ。すでにいろいろとオーバーしまくってきて、ここまでくるとこれをディザスターと呼べるのかもわからなくなってきます。
正直、今作のディザスターはそんなに面白くなかったかなと思ったりも。理由としては大半がVFX頼みになっているのも大きいです。本作はスタジオでのセット撮影が多く、ほとんどがグリーンバックによるVFXでシーンを構築しています。カーチェイスも当然VFX。津波のシーンも水描写の大部分がVFX。メイキングを見る限り、野外で撮影しているのはシャトルを博物館から運び出すシーンくらいなのかな(シャトル自体はVFX)。だから「本当にこの映像を作るために実際にここまでやったんだ!」という驚きもなく、ちょっとゲームプレイ映像を見ている気分になります。
まだ『ジオストーム』の方がセットでディザスターを表現していた気がする…。
長いクレジットが示しているとおり、VFXアーティストはすごく頑張ったけど…。
コロナ禍とはいえ、このVFX依存でのスリリングさの提供には今の時代は限界が来ているのかなと思います。
でも“ローランド・エメリッヒ”監督は微塵もVFX依存体質を気にも留めてなさそうなんですけどね…。
陰謀論者が大喜びしそうな映画
『ムーンフォール』最大の欠点は、あからさまに陰謀論者を無邪気に味方しまくって、全力肯定していることでしょうか。世間の陰謀論者が大喜びしそうな映画ではあります。
結論から言ってしまえば全てはK・C・ハウスマンの持説どおりの展開であり、月は超巨大な建造物でした。人類の祖先は完璧な調和した生活を送っていましたが、自我に目覚めたAIの反乱によってそれは崩壊。次なる人類の繁栄のために大地に遺伝子情報を残し、社会の発達を月から見守っていた…というオチ。
ストーリーはこのハウスマンをひたすらに引き立てるものになっており、陰謀論者万歳!なストーリーを突き進み、彼が犠牲になるも意識をスキャンされて月の一部となり、なんだか始まりそうな予感で終わります。
このご時世にここまで陰謀論を全力応援する映画を作るなんて、“ローランド・エメリッヒ”監督は何を考えているのかと思いますけど、これまでの言動を見るにきっと何も考えてないんじゃないかな…。“ローランド・エメリッヒ”監督はどうも空気が読めていないというか、見たくないものは見なかったことにするクセがあって、それは過去作でも大いに発揮されて不評を買う引き金になっていたのですが、今回も「なんか陰謀論者の人って世間では責められているな…よし、私の映画ではヒーローにしてあげようっと!」という感じで安易にピックアップしたんだろうな、と。それが社会にどう影響するかとかは全然考えてないと思う…。
まあ、特定のジャンルの映画なんて何かしら陰謀論をベースにすることも多いので、別に映画が陰謀論から一切距離をとれとは私も思わないのですが、一方でこの『ムーンフォール』は陰謀論者の描き方としてもやっぱり解像度が粗雑です。
まず陰謀論者とオタクの区別がついていない気がする。『Qアノンの正体』を見るとわかるように、陰謀論者とオタクは本質的に違う構造を持っているのですが、本作はハウスマンがステレオタイプなオタク的に描かれており、その区別をつける気は全く感じません。
加えて陰謀論者は科学者と同質の別の仮説を有する者として対等に描かれており、これも随分と不正確だったり…。『ビハインド・ザ・カーブ 地球平面説』で映されるとおり、現実の陰謀論者は科学とはまるで異なる土壌にいるのですけどね。
なので『ムーンフォール』は陰謀論を風刺するみたいなことはまるでできておらず、作中の社会混乱などの描写も物語上の意味をなさない…ものすごく取って付けたパーツのツギハギみたいな構成に思えるし…。『ドント・ルック・アップ』の風刺精度とは雲泥の差がある…。
「この監督の映画は難しく考えずに気楽に観ればいいでしょ」というのはわかるのですが、そういう気楽な思考でゆるゆるに無頓着だとあっけなく無自覚に陰謀論にハマるので、そのへんの境界線はしっかりつけておくべきなのは言うまでもなく…。
“ローランド・エメリッヒ”監督の破壊映画の構造的宿命として、人の死や文明・社会といったものがどんどん軽々しくなっていくというのは以前から指摘していましたが、こういう軽いノリは陰謀論にはちょうどいいんだなと納得しました。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 36% Audience 70%
IMDb
5.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Lionsgate
以上、『ムーンフォール』の感想でした。
Moonfall (2022) [Japanese Review] 『ムーンフォール』考察・評価レビュー