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『テレビの中に入りたい(I Saw the TV Glow)』感想(ネタバレ)…表象に埋没する

テレビの中に入りたい

私は飲み込まれるのだろうか…映画『テレビの中に入りたい』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:I Saw the TV Glow
製作国:アメリカ(2024年)
日本公開日:2025年9月26日
監督:ジェーン・シェーンブルン
テレビの中に入りたい

てれびのなかにはいりたい
『テレビの中に入りたい』のポスター

『テレビの中に入りたい』物語 簡単紹介

自己を見いだせないもどかしい毎日を過ごすティーンエイジャーのオーウェンは、毎週土曜日の22時30分から放送されるちょっと不気味なテレビ番組『ピンク・オペーク』に夢中になった。それは現実を忘れさせてくれる唯一の時間となる。そしてオーウェン以上にこの番組に夢中なマディと出会い、その魅力を熱心に教えてもらい、ますます番組の虜になるが…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『テレビの中に入りたい』の感想です。

『テレビの中に入りたい』感想(ネタバレなし)

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ゾっとするほどクィアすぎる青春サイコホラー

2024年のハリウッドのLGBTQ表象は全体的に後退気味であり、表現の委縮が心配される状態であるのは、専門機関も指摘しているとおり(以下の記事を参照)。

それでも私たちはLGBTQ表象を追い求めて彷徨っています。果てしない暗いトンネルを歩き続けて、光の見える入り口を探すかのように…。

そんな2024年に先んじてアメリカで公開されたある映画が、2020年代を代表する象徴的なクィア映画の一本として話題を集めました。

それが本作『テレビの中に入りたい』。原題は「I Saw the TV Glow」です。

本作はジャンルとしてはホラーとラベルづけされやすいのですが、わかりやすいエンタメとしてのホラーやスリラーのジャンルではないです。メランコリックと言いますか、語り口自体も抽象的で癖が強烈な映画です。「元気をもらえます!」みたいなシンプルなエンパワーメントを期待はしないほうがいいかもしれません。

もう少し具体的に紹介するなら、本作『テレビの中に入りたい』は、トランスジェンダーやノンバイナリーの当事者が経験するトランジション(性別移行)のプロセスを、あえて抽象的な心理映像で表現してみせたような…そんなクィアな青春サイコホラーと言えるのかな。ある意味でのトラウマを土台にしています。

私も最初観たときは「え! こんな濃厚に当事者の心理を映像化してるのか!」と驚きました。ドラマ『ファンタスマス』みたいに当事者のアイデンティティ模索の感覚を独特なセンスで物語化している作品は、近年もあれこれ散見されますけど、『テレビの中に入りたい』は抜きん出た大胆な一作になったな、と。

『テレビの中に入りたい』を語るなら監督・脚本を手がけた“ジェーン・シェーンブルン”を取り上げないわけにはいきません。“ジェーン・シェーンブルン”は1987年生まれで、ノンバイナリー当事者です(代名詞は「they/them」)。

“ジェーン・シェーンブルン”は2021年の『We’re All Going to the World’s Fair』で長編映画監督デビューを果たし、2作目がこの『テレビの中に入りたい』なのですが、この2本の映画とあともう1作を合わせて、テーマを共有する3部作と位置付けているようです。そのテーマの主たるものが、監督本人も経験したジェンダー・アイデンティティと性別違和の戸惑いで…。

なので言及しないわけはいかないレベルでハッキリとクィアな映画なんですね。ただ、際立って抽象的というだけで…。

そのため、本作はわからない人には全くわからない映画だと思います。「この映画、何を描きたかったの?」と観終わっても釈然としない観客が出るのも容易に想像がつきます。

「普遍的な愛ですね」とか、何でもかんでも性的マイノリティの体験から普遍性を見いだそうとするマジョリティの眼差しが世には蔓延っていますが、この『テレビの中に入りたい』はそういうのは一切通用しません。これはわかる人にわかる映画…それでいいのだと胸を張っています。

2020年代に20歳代後半~30歳代の年齢を迎えているクィア当事者は90年代が思春期でしたが、そこにドンピシャに突き刺さる映画です。正直、私もこの映画の映像に飲まれて、いろいろ思い出して、心をぐしゃぐしゃにされましたよ…。

当事者にとっても観るのに勇気が要る映画かもしれません。鑑賞後の感情を整理しきれないかもしれません。でもそれは間違っていません。そういう映画です。

主演は、『ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り』『米国マジカル・ニグロ協会』“ジャスティス・スミス”で、この俳優自身もクィアであることを公表しています。

共演は、『ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!』“ジャック・ヘヴン”で、こちらもノンバイナリー当事者です(代名詞は「they/them」)。今の名前は2025年から使用しています。

『テレビの中に入りたい』、これほど「クィア(queer)」という言葉がぴったりな青春ホラーは他にないですね。あなたにはどう映るでしょうか…。

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『テレビの中に入りたい』を観る前のQ&A

✔『テレビの中に入りたい』の見どころ
★当事者のアイデンティティ模索の心理感覚を映し出す独特なセンス。
✔『テレビの中に入りたい』の欠点
☆非常に癖が強く、ある意味でトラウマを土台にしているので注意。

鑑賞の案内チェック

基本 極度の不安やパニックを間接的に表現する描写があります。
キッズ 2.0
低年齢の子どもにはわかりにくい作品です。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『テレビの中に入りたい』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤)

1996年のある日。電気スタンドだけがついた薄暗い部屋で、ティーンエイジャーのオーウェンはテレビに釘付けでした。テレビ画面の明かりが部屋をぼんやりと照らしています。

そのテレビに映るのは、毎週土曜日の22時30分から放送される番組『ピンク・オペーク(The Pink Opaque)』。この番組は、ティーンエイジャーのイザベルタラが、不思議な超能力を駆使して時間と現実を歪める恐ろしい力を持つミスター・メランコリーという悪しき存在と戦う物語です。

オーウェンはその超常現象ドラマ番組の存在を知ってからというもの、それしか考えられないように頭を埋め尽くしていました。

そんなとき、学校でマディを見かけます。いつも部屋の端で本を読んで独りでいます。どうやらそのマディも『ピンク・オペーク』を気に入っているようです。これは偶然かもしれません。しかし、その共通点がオーウェンの背中を押しました。

思い切って話しかけにいきます。マディは9年生、オーウェンは7年生。そんなに人付き合いが豊富ではない2人はぎこちなく会話を重ねます。案外とマディも受け入れてくれました。オーウェンは夜遅くの放映なのでなかなか見れないのですが、マディはわりと自由に観れているようです。羨ましいかぎりでした。

そこでオーウェンはマディの家に行かせてもらい、一緒にあの番組を観る機会を得ます。やはり『ピンク・オペーク』は目が離せなくなる力があります。なぜなのかは言葉で説明できません。

家でもマディはオーウェンに番組について熱烈に語ります。オーウェンの知らないこともたくさんありましたが、マディから何でも教えてもらえそうです。

その日は床に寝袋で寝るオーウェン。マディは暗がりに座り、あの番組がこの現実よりもリアルに感じられると呟きます。

それから2年後、オーウェンはなおも『ピンク・オペーク』に夢中で…。

この『テレビの中に入りたい』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2025/09/27に更新されています。
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卵が割れるとき

ここから『テレビの中に入りたい』のネタバレありの感想本文です。

「卵(egg)」というスラングがトランスジェンダーやノンバイナリーのコミュニティで使われることがありますThem。これはまだ自分のアイデンティティに気づいていない当事者の人を指します。この文脈における「卵(egg)」が「割れる(cracked)」というのは、自分のジェンダー・アイデンティティに気づいた瞬間のことです。

『テレビの中に入りたい』はまさにこの卵が割れていく過程を生々しく、そしてときに禍々しい映像で濃密に視覚化した物語だったと思いました。

どうしても世間一般(マジョリティ側)の性別移行(トランジション)のイメージは「性別適合手術をして性別が切り替わる」みたいな単純的で大いに誤ってもいるものが多いです。実際の性別移行は、私も経験者としての感情を乗せて説明してしまいますが、そんなシンプルなものではありません。とにかく混沌としています。

ただでさえジェンダー・アイデンティティの模索は迷宮に放り込まれるようなもので、おまけに道中にいくつもの「差別」や「偏見」という名の罠が張り巡らされているので、自己発見の旅はそこまで快適ではないです(これも個人差あるけど)。

性別移行を丁寧に描く作品はありますし、そういうものはたいてい「当事者の経験に寄り添ってリアルに描きました」という体裁です。それはそれで悪い表象ではありません。

一方のこの『テレビの中に入りたい』は、その寄り添い方が「優しさ」という生半可なものではなく、混沌としたプロセスのトラウマも含めて、綺麗ごと抜きで抽象的に表現しきっており、その大胆さが凄いな、と。このタイプのアプローチは、やっぱり当事者クリエイターじゃないと作れないだろうとは思います。

万人受けさせようとはしてないですし、オーソドックスに型どりもしません。独創性に振り切っていました。

とくにジェンダー・アイデンティティに関する明確な言及はでてきません。主人公のオーウェンがマディと「あなたが好きなのは女の子?男の子?」「わからない、テレビ番組が好き」とやりとりするささやかなシーンや、“異性装を試す”かのようなシーンなどで暗示されることはありますが…。

また、「差別の被害を受ける」など露骨にトラウマ描写があるわけでもないです。どちらかというともっと内面的なパニックを映し出していきます

疎外感、自意識過剰、自己嫌悪…ひたすらにこのループが繰り返される。停滞と虚無の狭間で、まるで自分だけがおかしくなっているような感覚…。

私も自分が思春期だった頃のことを極力は思い出さないようにしているのですが、この映画の鑑賞の中で向き合わされてしまった感じはある…。

本作は年数もまた嫌なリアルさがありましたね。2年、8年、10年、30年と年月が経過していくのですが、全然好転はしない。もしかして自分はこのまま一生「自分がわからない」ままこの世界に佇まないといけないのか?…という最悪の不安。

あぁ…なんか感想を書いているだけで気持ちがまたぐしゃぐしゃになってきたな…。

でも良い意味での挑戦的な映画ですし、トラウマを消費している感じは一切ないので、そこは安堵できますね。

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表象の影響力は恐ろしい

『テレビの中に入りたい』のもうひとつの欠かせない要素が「表象(レプリゼンテーション)」です。

性的マイノリティの当事者にとって、アイデンティティが彷徨っている時期に出会える表象というのは本当に大切です。それがきっかけで迷路の出口を見つける人もいます。逆に迷路に入っていくことになるかもしれません。

表象は良い効果だけを単純にもたらすわけではなく、良くも悪くも当事者を揺さぶります。それが表象のパワーです。良い表象と悪い表象に二分化できるわけでもなく、表象が当事者に複雑な心情を芽生えさせる…そういうことって頻繁にあります。

オーウェンとマディが夢中になっていく『ピンク・オペーク』。オーウェンの父親は「女の子向けの番組だ」と評していましたが、それにしたって不気味な内容です。

この架空の番組は、“ジェーン・シェーンブルン”監督も言及しているように、ドラマ『バフィー 〜恋する十字架〜』を参照にしています。1997年から2003年にかけて放映されたこのドラマシリーズは、青春ホラーなジャンルですが、LGBTQコミュニティから絶大な支持を受け、カルト的な人気を獲得し、今も語り継がれています。

“ジェーン・シェーンブルン”監督の長編一作目の『We’re All Going to the World’s Fair』ではオンラインのコミュニティの影響力を題材にしていましたが、今作もメディア繋がりで、テレビドラマというわけですね。

その番組に夢中になりすぎて文字どおり飲み込まれていき、虚実が曖昧になっていく展開はどことなく『ツイン・ピークス』っぽさもあります。

現実と創造の世界を行き来する…もしくはその線引きが不明瞭で、自分が後から知った片方の世界こそが真実なのではないかと認識する…。この体験自体が非常にクィアな感覚ですが、このアプローチを確立した有名作と言えば、同じくトランスジェンダー当事者のクリエイターが創り出した映画のパイオニアである『マトリックス』ですね。

『テレビの中に入りたい』は『マトリックス』ほどスケールは壮大ではないですが、イチ個人の青春の延長戦上にある異世界体験、その誘惑の魅力と怖さを鮮明に描き切っていました。

表象が記憶の中で美化されて、いつしか色褪せてしまう…そんな恐ろしさも含まれていたり、単なる表象の賛美ではないところが実にホラーです。

静寂のシーンも多い本作ですが(そもそもそんなお喋りな映画ではない)、この静けさにこそ恐怖が詰まっています。そしてそれ自体がまさにこの映画を見つめている観客のこの瞬間ともシンクロするものだから、この作品を他人事に思えない当事者の観客にしてみれば、これほど薄気味悪いものはないですよ。

『テレビの中に入りたい』の最後は悲痛な叫び(のはずですが実際に口からこぼれるものは…というあたりがミソだと思う)で終わりますが、こうなりたくないと思って行動にでる覚悟を持つか、この映画自体に飲まれてしまうか…それは観客しだい。

私はゆっくりこの映画から距離をとりつつ、少し目を休ませることにします。

『テレビの中に入りたい』
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
◎(充実/独創的)

作品ポスター・画像 (C)2023 PINK OPAQUE RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED. アイ・ソー・ザ・ティービー・グロウ

以上、『テレビの中に入りたい』の感想でした。

I Saw the TV Glow (2024) [Japanese Review] 『テレビの中に入りたい』考察・評価レビュー
#アメリカ映画2024年 #ジェーンシェーンブルン #ジャスティススミス #ジャックヘヴン #トランスジェンダー #ノンバイナリー #A24 #ハピネットファントム

ホラー青春
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シネマンドレイク

ライター(まだ雑草)。LGBTQ+で連帯中。その視点で映画やドラマなどの作品の感想を書くことも。得意なテーマは、映画全般、ジェンダー、セクシュアリティ、自然環境、野生動物など。

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