そして誕生日おめでとう…映画『スーパーガール』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2026年)
日本公開日:2026年6月26日
監督:クレイグ・ギレスピー
動物虐待描写(ペット)
すーぱーがーる

『スーパーガール』物語 簡単紹介
『スーパーガール』感想(ネタバレなし)
DCUにスーパーガールが降り立つ
2025年7月に映画『スーパーマン』によって新生「DCU(DCユニバース)」はスクリーンを勢いよく飛び立ったばかりですが、2026年6月は今度は彼女の出番です。
それが本作『スーパーガール』。
何も知らない初心者向けに簡単に説明すると、「スーパーガール」はその名前のとおり、「スーパーマン」の女性版ですが、スーパーマンとは“いとこ”の親族関係。当然のように、とんでもないスーパーパワーがあって、怪力、飛行、目からビームと、向かうところ敵なしの超人です。
コミックでは1959年に初登場したスーパーガール。本名は「カーラ・ゾー=エル」であり、当初はスーパーマンのストーリー上で登場するサイド・キャラクターでしたが、今ではすっかり自分の名を冠したタイトルでコミックの主役を飾っています。
タイトル・キャラクターとなる映像作品は、まず最初は、“クリストファー・リーヴ”版の『スーパーマン』の成功にともない企画され、1984年に『スーパーガール』が公開。“ヘレン・スレイター”が演じ、女性スーパーヒーローの先駆けとなる映画になりました。
次に決定的だったのは、2015年から放送されたドラマ『SUPERGIRL/スーパーガール』で、女性スーパーヒーローの主役作のドラマシリーズとして、“メリッサ・ブノワ”が主演するこちらも草分け的な一作でした。
『スーパーガール』(1984年)は学園モノ、ドラマ『SUPERGIRL/スーパーガール』(2015年~2021年)はオフィス・モノと、作風はかなり毎回違っていましたが、今回の2026年の『スーパーガール』は宇宙規模の冒険となっています。マーベルの女性スーパーヒーロー作の『マーベルズ』と被ってる感じですけど、DCUの『スーパーガール』は地球はほぼ一切舞台になりません。
ちょうどDCUを先導する“ジェームズ・ガン”の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』に近いテイストですが、『スーパーガール』はわりと登場キャラクター数が少なめなので、そこまでわちゃわちゃはしていません。
DCUのシリーズに組み込まれていますが、2025年の『スーパーマン』との接続点もわずかなので、今作からいきなり観ても何も問題なし。でも、今回も『スーパーマン』と同じく犬が可愛い、犬映画ですけどね。しかも、犬のために頑張る物語だし。
DCU版『スーパーガール』を監督するのは、『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』や『クルエラ』、『ダム・マネー ウォール街を狙え!』を手がけてきた“クレイグ・ギレスピー”。


正直、女性の監督を抜擢すればいいのに…とは思いましたけど。DCは『ワンダーウーマン』シリーズの“パティ・ジェンキンス”、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』の“キャシー・ヤン”と、女性監督の仕事の機会がなおも少ないのが課題ですね…。


一方で、脚本は女性の“アナ・ノゲイラ”が起用されています。もともと俳優業をしていた人で、最近は脚本にもキャリアを広げ始めたばかりで、今回で初の映画仕事となるそうです。
DCU版『スーパーガール』で主演に抜擢されたのは、ドラマ『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』で圧倒的な演技を披露していた“ミリー・オールコック”。『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』では「もっと演技がみたい!」と思わせてくれましたが、『スーパーガール』では雰囲気がガラっと変わりましたが、“ミリー・オールコック”はやっぱり最高です。
今回の『スーパーガール』もどこかの少女に希望を届ける存在になるといいなと思います。
『スーパーガール』を観る前のQ&A
-
Q『スーパーガール』を観る前に観たほうがいい作品は?
-
A
とくにありません。
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 犬が傷つけられる描写があります。 |
| キッズ | やや暴力描写がありますが、低年齢の子どもでも基本は大丈夫です。 |
『スーパーガール』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
クリプトン出身のカーラ・ゾー=エルは愛犬クリプトと自由気ままに宇宙のどこかの星々を転々としつつ暮らしていました。宇宙船で各地を飛び回り、遊びまくり、飲んだくれ、ハメを外す日々。誕生日が近づき、自分で自分を祝います。
「スーパーマン」の名で地球に居着いて活動しているいとこのクラーク・ケント(カル=エル)と違って、カーラは地球にも残りませんでした。自分に一番しっくりくる場所はどこなのか…本人もわかりません。クラークは何度かカーラに連絡してきて、地球に落ち着くのはどうかと心配してくれてはいます。
ところかわって、戦士の一家で育ったルーシー・メアリー・ノールは、イエローヒルズのならず者集団「ブリガンズ」のリーダーであるクレムが突然来訪してきて、家族を無残に殺されます。
いつものようにカーラがクラブで音楽に酔っていたところ、剣を手にした孤児となったルーシーが足を踏み入れてきます。自分の復讐に協力してくれる相手を探すためでした。
荒くれ者に剣をあっさり奪われてしまいますが、カーラはそんな横暴な奴を退屈しのぎにぶちのめします。軽く暴れたカーラはルーシーに剣を返して去っていきます。
翌日、寝ぼけつつも起床したカーラの拠点に、ルーシーが訪ねてきます。あらためて自分の復讐に協力してくれないかとお願いするも、カーラはこちらから面倒なことに首を突っ込むつもりはないようです。
しかし、クレムの一団がカーラの宇宙船を奪い、そのうえクリプトに毒矢を放ってしまいます。クリプトは苦しそうにしており、このままでは命が危ないです。クリプトの余命があと3日であることを知ったカーラは、クレムが所持しているだろう解毒剤を見つけるしか手はないと悟ります。こうなったら即断即決。行動開始です。
しょうがなくルーシーの同行を許し、出発しますが…。

ここから『スーパーガール』のネタバレありの感想本文です。
教えて、カーラ不良先生!
DCU版『スーパーガール』におけるカーラは、あからさまにアンチヒーローとしてキャラクターで構築されています。シェアード・ユニバースのフランチャイズの前作である『スーパーマン』のクラークはとてもピュアな正義の心を持ったヒーローだったので、対比としては新鮮です。
物語のプロットは、『勇気ある追跡』(“コーエン兄弟”が『トゥルー・グリット』としてリメイクもしている)を取り入れています。家族を殺された子どもが、頼りになるかわからないが只者ではない大人に助けを求める…という流れです。
これらの基本軸は、DCU版『スーパーガール』が原作にしているコミック『Supergirl: Woman of Tomorrow』ですでに確立していました。映画はそれを踏襲しています。2021年~2022年にかけて出版されたこのコミックはかなり評価が高く、執筆を“トム・キング”、アートを“ビルキス・エヴェリー”が手がけ、これまでにないスーパーガール像を表現していました。
その原作を映像化するにあたって、やはり何よりも重要なのはスーパーガールの存在感。“ミリー・オールコック”は100点満点でしたね。
観る前は、個人的には『ザ・フラッシュ』の“サッシャ・カジェ”演じる中性的でバッドアスなスーパーガールが最高到達点で、そっちのスーパーガールを続投させてくれよと思っていたのですけども、“ミリー・オールコック”のスーパーガールは良かった…。“サッシャ・カジェ”のスーパーガールと共演してくれないかな…。
序盤から迸るあの不良学生っぽい佇まい。自堕落な生活感(あの汚さで宇宙船の管理とかできるのか?)。どおりでクリプトが何もしつけされていないわけですよ。冷静に考えるとクリプトって超危険な猛獣だから、最低限のしつけをしないとヤバいと思うんだけど…。
一見すると正義が根付いていないようにみえるこのスーパーガール。でも根っこの部分はちゃんとしているのが良さでもあります。
まだ未熟なルーシーに教えてあげるのは、「復讐ってそんなにカッコいいものじゃない」「暴力って気持ちよくないよ」という事実。教えるのは下手なので、回りくどいけど、最後はしっかり身をもって責任をとる。不良学生じゃなくて不良先生なのでした。
散々、カッコいいバトルをみせておいて、あえてこのメッセージを静かに体現するのがまたグっときます。
こういうことを教えられるスーパーヒーローは貴重ですね。今の世の中、カッコよさとか、気持ちよさとか、そういう映えるものばかりが何かと持て囃されますから。
ロボは邪魔だったかも…
一方、DCU版『スーパーガール』は原作コミック『Supergirl: Woman of Tomorrow』の大事な軸のいくつかは押さえつつ、ダークなキャラクター・アークを追求する点に関してはイマイチだったかなとも思います。
一応、映画でもカーラの過去を描く回想が何度か挿入されるのですが、結局のところ、このカーラが具体的に何にトラウマを刻み込んでいるのか、観客にはわかりづらいです。
カーラのあの自堕落な生活もそういうメンタルヘルスの悪化にともなうセルフ・ネグレクトのいち形態なのは察しがつきますが、そこを改善しないと本人にとって本当に危うい領域にあるということも伝わりにくいし…。やっぱりカーラが超人すぎるので、どこまでが「普通」で、どこまでが「健康上の危険ライン」なのかが不明瞭なのも語りにくさになっているのかなとも思いました。
それこそ最近はアニメ『アドベンチャー・ウィズ・スーパーマン』でもスーパーガールの闇の部分が描かれたりして、こちらはさすが子ども向けだけあってシンプルなわかりやすさがあったのですが、今回のDCU版『スーパーガール』は、大人向けには振り切りたくないし、子ども向けすぎるのも嫌だし…みたいな中途半端な立ち位置でフラフラしてしまった感じは否めません。
今回の敵役であるクレムも、明らかに性的人身売買をしているのですけど、そこに関して直接的な言及は薄く、カーラの内面的苦悩とも絡んでこないので、すごくもったいない設定で終わっていたかな。
あらためて“ジェームズ・ガン”はこういう主人公を扱うのは上手かったなと再確認できました。例えば、ドラマ『ピースメイカー』でもそうですけど、“ジェームズ・ガン”は自堕落で自傷的な主人公を描く際も、必ず絶対に揺るがない善悪の一線があって、そこを超えるかどうかで主人公の本質を観客にわかりやすくみせていました。
さらにDCU版『スーパーガール』のカーラのプロットを壊滅的に邪魔をしているのは、あのロボの存在です。今回のロボはただ無邪気に乱暴なことをしているだけの奴でしかなく、テーマと全然合致しない、終始ズレたキャラクターでした。
“ジェイソン・モモア”がロボを演じるのは以前からファン・キャスティングで期待されていたことで、今回は完全にファン向けのサービスとしての登場だったのは丸わかりですけど、ビジュアルはさておき、プロットに合わないなら登場させないほうが良かったな、と。
他にも全体的なバランスとして、ニードル・ドロップをしたいのか、したくないのか…とか、原作の素晴らしいアートワークがあまり映像化されていないとか、構成がきっちり組み立てられておらず、散漫なところも目立っていたので、惜しい一作でもあったなというのが総合的な私の感想でした。
DCUは来年の2027年はまた『スーパーマン』の続編になり、そこでもスーパーガールは登場するでしょうが、もっと気楽に暴れる彼女が観れることを期待しています。
シネマンドレイクの個人的評価
–(未評価)
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
関連作品紹介
以上、『スーパーガール』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)TM DC 2026 WBEI
Supergirl (2026) [Japanese Review] 『スーパーガール』考察・評価レビュー
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